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第三十七話


 フェルを迎えに行くにあたり、アステリアは入念な準備をした上で帝国へ出向いていた。彼女を公爵領ではなく王城に運び、秘密裏に王室と協力して治療を進めることにしたのだ。

 しかし急に連れてこられた場所があからさまな王城だなんて、フェルが警戒しないはずがない。すっかり心を閉ざされてしまった。


 それでも治療拒否までされないのは幸いだ。アステリアはセレスティア王国の専門家と共に、あの老人が託したファイルを研究し、治療法を模索していた。


「いやぁ、やはり随分と高度な研究内容ですよ。これを書いた人は素晴らしい知見をお持ちですね」


 と専門家が感心した様子でファイルの紙をめくっている。

 ああいった場末の個人医院の医者が実は凄腕なのは、創作物ならよくある設定だな。と思いつつ、アステリアは適当に相槌を打っておいた。


「とにかく出来ることは何でも試しましょう」

「うーん、アステリア様。そうは言いますがね……」

「なにか問題でも?」


 元々不可能を可能にしようとしているのだ。どんな事でもしていかねば、と鼻息の荒いアステリアをなだめるように、専門家の男はファイルのページを指して言った。


「これ、全部ほぼ伝説上の存在だと言われてます」


 彼はページに列挙されている単語を、すぅっと指でなぞる。……確かに。ドラゴンの心臓だの、海獣の胆嚢だの、アルラウネの蕾だの、世界樹の蜜だのとファンタジーな単語が書き連ねられている。

 アステリアはしばらく無言でそれを見つめて……。覚悟の決まった表情で、男に尋ねた。


「貴方は、これらが手に入れば魚人化症も治ると思われますか」

「どれもこれも効能が素晴らしすぎて眉唾の素材ですよ。そりゃ治りますよ」

「……分かりました。取ってきますわ」

「え?」


 アステリアがすたすたと部屋の出口に向かおうとすると、男は慌てて彼女を引き止める。


「何を仰ってんですか!? ドラゴンも海獣も世界樹も、人の立ち入らない魔境に居るとされてんですよ! 無理ですよ!」


 貴族の娘が何を言っているのかと、男は半ば喚くように言った。

 ……確かにソロでの討伐経験はない。だがアステリアは……勇人は、魔境だろうと秘境だろうと、依頼があれば赴いて、どんな魔物も退治してみせた。

 できないじゃない。やるんだ。どれだけたらい回しにされようと、勇者はメインクエストからサブクエストまで、全部請け負ってこそ勇者なんだよ!

 アステリアの熱意に反応してか、手袋で隠された勇者の紋章が熱くなったような気がした。手袋越しに紋章を見つめ、グッと腕に力を込める。


「少なくとも夏季休暇の間は帰らないでしょうから、フェルさんを頼みます」

「ほんとに行くんですか……? 冗談ですよね……?」


 アステリアは無言でにこりと微笑むと、そのまま踵を返し部屋をでた。後に残された専門家の男は、しばらく一人で頭を抱えていたという。


***


 夏季休暇もすっかり終わった九月の頭。オリオン・ロワ王立学園の1-Aクラスの一角で、ずーんとした重いオーラを放つ男女が居た。


「で、殿下~。大丈夫っすよ。あのステラ様ですよ? そのうちひょっこり帰ってきますって……」

「そうですよ。ステラ様の生命力は普通じゃありませんから」


 友人の慰めも意味をなさず、シリウスとルナは真っ青な顔をして押し黙っている。レオとノーマンは顔を見合わせて苦笑した。

 これ以上無意味に慰めてもしょうがない。二人はシリウスとルナの一段上の席に座る。そこが彼らの教室での定位置だった。


「まあ確かに、不治の病を治すために魔境にドラゴン狩りに行くのは、さすがに現実離れしてるよな……」

「ドラゴンと言えば、稀に人里へ降りてくると一個大隊で対処にあたるような魔物ですからね」

「あの人いつの間に人間捨てたんだよ」


 かく言う二人はアステリアとハヤトが同一人物であるとは知らない。ただ幼少期からアステリアを知っていることもあり、ここ最近の彼女を取り巻く環境の変化には気づいていた。

 元々、破天荒で規格外の体力の持ち主だった彼女のことだ。淑女教育を受けて落ち着いたように見えていたのが、実はただの演技だったと言われても、何ら驚くことではない。


「いくらなんでもドラゴン退治は荒唐無稽です。事情があり本当の理由を隠しているのでしょう」

「にしたってドラゴンはねーだろ! 誰がそんな話信じるんだよ」


 アハハハハ! と頭上で笑い声を上げる二人の話を耳にしたシリウスは、あいも変わらず暗い表情をして思った。


(事実なんだよなあ……。ドラゴンだけじゃないし……)


 シリウスがひぃひぃ言いながら、何とか慣れない仕事をこなしていたある日のことだ。アステリアは急に「不治の病に罹った病人を連れ帰るから、王室お抱えの医者を貸して欲しい」などと言い出した。

 詳しく聞けば事情は分かったが、普通捕虜の女のためにそこまでするか……? そう思っていても、シリウスはアステリアの言う通りにした。惚れた弱みというやつである。


 数日して無事に患者が運ばれたと連絡があり、国内でも症例のほとんどない病だと聞き、気の毒には思った。しかし捕虜の女と取引をするためとは言え、国内随一の人材と設備を投入するのだ。たとえ治療がうまくいかずとも、充分力を尽くしたと言えるだろう……。


 が、アステリアはそれでは納得しなかった。


 シリウスが手配させた病の専門家に、あるかどうかも不明な伝説の素材を取りに行くと言い残し、姿を消してしまったのだ。少なくとも夏季休暇の間は帰らないと宣言したそうだが、その夏季休暇も終わってしまった。

 いくらアステリアが規格外とはいえ、今回は相手も規格外の存在だ。彼女が無事である保証などどこにもない。


 ……因みに、ルナが沈んだ表情をしているのは、少し理由が異なる。アステリアがろくに正体を隠す気もなく旅立ったため、周囲がどう理由付けしたものか苦心した結果、なぜか「アステリアとハヤトの二人旅でドラゴンを倒しに行った」ことになってしまったためだ。

 ハヤトがドラゴンを倒すのは信じて疑わないものの、男女二人旅という点が気になってしょうがないらしい。


(可愛らしい悩みで羨ましいよ……)


 シリウスはなんとなしに教室の窓に視線を向けた。ガラス越しの風景には、セレスティア王国の国土を超えて、はるか遠くの雄大な山脈まで映っている。今日は天気が良いようだ。

 彼女も今頃は、あの天高くそびえる山で、伝説の魔物でも討伐しているのだろうか。


 はぁ……と、シリウスはもう何度目か分からないため息を吐いた。


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