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第三十四話


 あれから五日。シリウスは王の代理としてよく働いているが、状況は(かんば)しくない。未だに捕虜の尋問が進んでいないのだ。

 王都の尋問官がやって来て仕事をしてくれているが、相手がかなり手強いらしい。


「どーも。お姉さん、まだ喋ってないんだって?」


 そんなこんなで、ハヤトはギルドの収容所へやって来ていた。鉄格子越しに女に声をかけると、彼女はうっとうしそうな顔をしてこちらを見る。

 自殺できないよう武器の類は取り上げられ、尋問で受けた傷も即座に回復され……。普通の人間であればとっくに正気を失っているだろうが、女の目にはまだ力強さが残っていた。


 前世で散々いやなものを見てきたが、彼女もどちらかと言えば利用されている側だな。かわいそうに。

 などとハヤトが憐憫の目を向けたのが分かったのか、女がギッと目を鋭くして睨んでくる。


「おー怖っ。で? そこから君に何ができるの?」

「……チッ」

「物理的にさあ。喋る以外の選択がないんだから、大人しく従ったら? 別に用が済んだからって殺さないよ」


 地べたに座る彼女の目線に合わせるため、ハヤトは牢の前でしゃがみ込んだ。

 殺す気がないのは本当のことだ。今後、彼女を送り込んできた国と、表でも裏でもバチバチにやり合う可能性がある。そうなるとその国の情勢に詳しい人間は、一人でも多く居たほうがいい。


 女の実力も分かっている。ハヤトにこそ敵わないが、暗殺者としてはかなりの腕前だ。尋問に耐える精神力も素晴らしい。

 もし彼女とハヤト側の意向が合致すれば、公爵家で雇ってもいいかとさえ考えていた。


「って事なんだけど、どう?」


 軽いノリで寝返りを勧めてくるハヤトに、女はあからさまに顔を歪めドン引きしている。しばらくニコニコとして反応を待ってみると、やがて女は盛大な舌打ちと共に顔を逸らした。


「……馬鹿を言うな。仮に私が頷いたとして、一度寝返った人間なら、また簡単に寝返ると思わないのか?」

「そこはまあ、違反すると大変な事になる魔法の契約書にサインしてもらうし……。あ、もちろんサインは同意の上でね」

「……」

「お姉さんが今そういう契約を交わしてないのは、分かってるから」


 契約を交わした人間には、魔力による痕跡が残る。王都の尋問官によると、女にはその痕跡がないらしい。であれば雇い主を裏切っても、即座に死ぬなんてことはなさそうだが……。

 それとも傭兵団の仲間を殺した人間なぞ、信頼に値しないということか。男の方はあっさりと自殺していたし、そんな甘い関係には見えなかったけれど。


「お姉さんはさぁ。なんか俺にして欲しい事とかないの? 金? 物?」


 ハヤトの甘言に惑わされぬよう、顔を背け無視を続けていた女。しかしよく見ればまったく無反応というわけではなく、交渉の余地はあると感じた。

 物理的な尋問で効き目がないのであれば、何か事情があってもおかしくはない。雇い主に弱みを握られているだとか……。


「また来るよ。考えといてね」


 相変わらず無視されたが、ハヤトはめげずに手を振り別れの挨拶をした。

 幸い夏季休暇はまだある。じっくりと懐柔していくとしよう。そうしてハヤトは収容所を後にした。



 屋敷に戻って魔法を解く。全身を光が包み、アステリアの姿へ戻った。

 通話機の受話器を取って内線へ繋ぐと、交換手へシリウスの所在を尋ねる。ちょうど兄リゲルと会議中であると聞き、そのままリゲルの執務室へ向かった。


 許可を得て入室すると、室内には重苦しい空気が漂っていた。話には聞いていたが、こちらも遺跡の調査など進捗はよろしくないらしい。


「ステラ、傭兵の方はどうだった?」

「わたくしの所感としては、尋問より懐柔の方が効果がありそうですわ。しばらく通ってみます」


 シリウスに聞かれたから答えたというのに、聞いた本人は渋い顔をしている。

 さんざん危険な橋を渡っているのに、今更なにが嫌だというのだろう。はて? と首をひねるアステリア。まさか懐柔と聞いて(また人を誑かそうとしてる……)と思われているとは、気付きもしない。

 第三者であるリゲルだけが、すべてを察して笑いを堪えていた。


「そちらはどうですか? 調査隊はまだ現地に居るのでしょう?」

「あー……まあ……」


 なんとも煮えきらない反応である。

 尋問官同様、王都から調査隊が派遣され、現地入りしてから二日ほど経つ。中々スピーディーな対応だ。

 調査隊により古代語の解読や、遺跡の年代の特定はぼちぼち進んでいるらしい。問題なのは宗教的な遺跡であるにも関わらず、肝心のソレイユ聖教が調査に非協力的なことだった。


「我が家があまり献金していないからでしょうか……」

「それはあるだろうね。あと、あちらは家のことをあまり良く思っていないし」

「え? 逆かと思っていたよ」


 事情を知らないシリウスが不思議そうな顔をして言う。

 確かに、公爵領で盛んな文化である音楽や演劇では、女神ソレイユを称えるようなものが多い。良好な関係を築いていると思うのも無理はない。ただ、だからこそ演目の内容に口を出せる立場の人間は、ソレイユ聖教にとっては疎ましいのだ。

 それに宗教と音楽には密接な関係がある。その音楽のプロフェッショナルが公爵領に集中しており、聖教側は頭を下げて音楽家を派遣してもらう立場にあった。


 このご時世、まだまだ娯楽は発展途上だ。そんな国で重要な娯楽文化を半ば独占している公爵領は、実は民衆を扇動できる情報統制機関と言える。

 表向きはお互いに持ちつ持たれつの関係だが、ソレイユ聖教側は目の上のたんこぶのように思っているだろう。

 

「……と言っても、広まると困る思想にNGを出せる立場なだけで、それほど口出しはしてないよ」

「聖教側はそうは思っていないから、公爵家にあまり情報を渡したくないと?」

「恐らくは。我々が余計な情報を仕入れて、今後の演目に口を出すつもりだと思われたかな」


 リゲルは面倒そうに腕を組んでいる。口出しは可能だが、それを実際にしようと思うと、膨大な量の資料をチェックしなくてはならない。そんな事をわざわざ公爵家がするはずないのに。


 確かにソレイユ聖教側が、それを懸念して協力的でない可能性はある。だが……。


「お兄様、殿下。話半分で聞いていただきたいのですけど……」

「なんだい? ステラ」

「単純に今回の誘拐事件の裏で糸を引いているのが、聖教の関係者なのではありませんか?」

「あー……」


 ルナも言っていたが、実行犯が彼女の王都に戻るタイミングを知っていたのは、内部に情報を漏洩させた何者かが居るとしか思えない。セレスティア王国は魔の森があるため、こと他国との外交においては平和ボケしている。

 国教であるソレイユ聖教の上層部は、国の中枢に深く食い込んでいるが、そこに他国のスパイが潜んでいてもおかしくないのでは……。


「遺跡の調査が進んでしまえば、犯人が聖女様で何をしようとしていたか分かるでしょう? 目的から犯人が予測できてしまうと困るのでは?」

「その線はまあ、僕らも想定はしている。ただ根拠が薄いまま手を出せないからね」


 リゲルの言う通りだ。聖女争奪戦には勝った王室だが、何だかんだ宗教は強い。下手につついて喧嘩を売る形になるのは御免である。


「……やはりあの捕虜が鍵ですわね。彼女と取引してみましょう」

「ステラ……。なにも君がせずとも、捕虜との取引だって尋問官の仕事だろう?」

「そういえば殿下にはお伝えしておりませんでしたね。実は彼女をわたくしが雇おうかと考えておりますの」

「えっ!?」

「彼女の傭兵としての腕前は大したものでしたわ。それを御せるわたくしが適任かと思いまして」


 アステリアが胸に手を当てながら堂々と告げると、シリウスは驚いた表情で硬直してしまった。見かねたリゲルが椅子を立ち、彼の肩に手を置いてなにやら耳元で告げる。アステリアに話している内容は聞き取れない。

 やがて正気に戻ったシリウスは、非常に複雑な表情ではあったが、なんとかアステリアの言葉に頷いてみせた。


「……分かった。陛下には私から伝えておこう」

「まあ、ありがとうございます殿下。では、引き続き進展があればご報告に参ります。わたくしはこちらで」


 アステリアはお淑やかに礼をして、リゲルの執務室を後にする。彼女が完全に部屋から離れたことを確認してから、シリウスはがくりと項垂れた。

 そして急にスイッチが入ったかのように、バッと顔を上げてリゲルに向かって叫ぶ。


「なあリゲル! 君の妹はどうして女性ばかり誑かすんだ!? やっぱり女性が恋愛対象なのか!?」

「あの子はそんなつもりじゃないと思うけど……」


 あと傍から見ると、明らかにアステリアはシリウスに対しても親愛以上の情はない。とは面倒くさいので言わないでおいた。


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