6-2
【3】
「世界の果てって……ただのマンションじゃないですか」
古いマンションの一室、粳部と藍川、サンダー兄妹の四人が佇んでいる。玄関を封鎖するバリケードテープを乗り越えて室内に入った彼らは、床に置かれた標識版と人型のチョークアウトラインを見つめていた。
外に立つ警察官を見た粳部にはここで事件が起きたことは容易に想像できたが、司祭絡みの案件の場所に警察官が立っているとは思っていなかった。
「よし、じゃあ説明しろレジェ!」
「ちっ……丸投げ……」
司祭による犯行と思われる事件の捜査が四人の任務。粳部にとって司祭絡みの事件の捜査はこれで二回目だったが、人の死の絡む事件もこれで二回目。だというのにハチャメチャなサンダー兄妹が居るせいで緊張感は薄かった。
無表情で解説を始めるレジェ。
「被害者は勤務先から帰宅後に何者かが襲撃。そして殺害」
「殺風景な部屋だな。音楽の趣味は何だ?」
「いや……それよりこの壁、血痕ですよね」
黒く染まった壁を見る粳部と藍川。被害者の血痕で汚れたその壁は起きてしまった惨劇を示している。その黒い汚れは相当量の血が流れた証拠。一体何をすればそんなことになるのか粳部には想像つかない。
粳部の顔が険しくなる。
「被害者は頭部を粉砕されたと警察は報告。恐らく、司祭の力」
「えっ……粉砕?粉砕って頭をですか?」
「おい、レジェ」
「まあ、司祭なら容易だな。加減しなかったらミンチだぜ」
レジェに抗議するような目を向ける藍川と、柄になく冷静に喋るカルラ。粳部は司祭が人間を殺す瞬間をイメージできない。自分が殺されたことはあれど客観的にその光景を見ることはできず、強さの印象は残れどそれが人間に振るわれる姿が思いつかないのだ。
「そんなこと……そんなことって」
「司祭にとって人間は壊れ物の玩具……よくあること」
「犯人の目的は何だ?」
「不明……でも、食品だけが家から失われてた……金はそのまま」
「むっ、こいつ演歌のカセットテープしか持ってないぞ」
金銭は一切手を付けず、食品だけがこの部屋から失われた事実。状況から見れば普通の強盗殺人のように見えるが、食品だけというのが粳部と藍川の中で疑問となった。司祭の力がありながら何故そんなことの為に人の命を奪ったのか。
カルラは話を聞かずに勝手に他人の部屋のカセットテープを漁る。
「食品だけって……もしかして、そういう弱点だったり?」
「食べ物を摂らなければ死ぬ……居たな、そういう司祭」
「なら……金を奪って食べ物を買った方が効率が良い……」
「そりゃそうだ!でもそうしないってことは、ワケありなんじゃね?」
ふざけていると思いきや途端に真面目になるカルラ。あまりこういった捜査には向かなそうな彼ではあるが、疑問を持つことはあるようだった。馬鹿そうに見えて意外と頭が回るタイプなのかもしれないと粳部は考える。
「兄貴……変な物でも食ったの」
「おう!さっき落ちてるコーラ飲んだ」
「えっ!?買ったんじゃなかったんですかカルラさん!?」
「俺はケチだぜ!」
「威張れることですか……早く吐いてきてください」
まあ、司祭に毒は通用しない。並大抵の毒は概念防御に弾かれ、例え消化できないような石だろうと金属だろうと司祭の胃は消化する。その恩恵をイマイチ感じ取れない粳部からすれば分からない話だった。
「でも、犯人の目的は食べ物の可能性が高い」
「……と言うと何だ?」
「事件前に起きた司祭の犯行と思われる空き巣でも、同じだった」
「その時も誰か死んだんですか?」
「いや……家主は不在だった。食品だけ消えた」
レジェの回答に少しだけ安堵する粳部。人死にに慣れていない彼女からすれば、誰も死んでいないのであればそれで万々歳だった。だが、レジェの回答で益々謎は深まった。犯人の目的が食べ物だと言うのなら何故金を取ろうとしないのか。もしや本当にそういう弱点なのか。
「玄関ドアが司祭の筋力で破壊……食品だけが盗まれてた」
「そういう弱点だと仮定しましょうか……で、どう調べます?」
「まず俺が一曲弾こう」
「却下で!」
「指紋や唾液等は見つかってないのか?」
カルラが何の解決にもならないことを言った後、藍川が具体的に犯人を絞り込む為の方法を模索する。この現場で一番役に立つのは藍川、次点でレジェ、粳部、最後にカルラだ。
「指紋は見つかってる。でも犯歴がない……進展なし」
「類似の案件を洗いながら目撃証言をマンパワーで稼ぐか」
「ああ、捜査の基本ですね。足で稼ぐってやつ」
「じゃあ、出かける前にレジェの権能やっとくか!」
思ったよりも知的な提案が出たことに粳部が驚く。司祭が二人居るのならば当然二つの権能がある。飾身のような戦闘用の権能か、それともラジオのような非戦闘用の権能かの二択。どちらかが後者の可能性があった。
「えっ、どういう権能なんです?」
「兄貴はいつも私だけを働かせる……」
「俺は戦闘能力が高い代わりに捜査能力は低いぜ!」
「はあ……やるか」
大きなため息を吐いて三歩後ろに退くレジェ。司祭が祭具を解放し権能を天から授かろうとしている。弱点を背負う代わりに力を手に入れた司祭が、どんな無法な力を振るおうとしているのか。
レジェが右手を差し出す。
『祭具奉納、命と繋ぐ電子の綱よ』
祝詞が唄い上げられ、彼女の手の中に小さな光が生まれていく。
『天電天糸』
それは何の変哲もない携帯電話。近年に普及し、どこにでもあり誰でも持っているようなそんな普通の携帯電話。レジェ・サンダーの祭具はそれだった。
粳部は何故か持っていないのだが。
「私の『天電天糸』はその場の、過去の音声を再生できる」
「と、言いますと……?」
「『留守電』を再生する」
レジェが携帯電話のボタンを押すと、英語の機械音声が聞こえた後にピーと鳴り何かが再生される。誰かが歩くような足音、何か服を脱ぐような衣擦れの音。携帯電話のノイズ混じりの音声に耳を傾ける四人。
椅子に誰かが座るような軋む音が鳴った。直後、金属が破断するような大きな音が突然鳴り響く。
『えっ何だ』
年配の男の声が出て来た。粳部はそれが今までの音の主であることと、今回の事件の犠牲者の記録だと理解する。となれば、今の金属が壊れるような音は誰が鳴らしたのか。レジェの権能『天電天糸』は過去の音声を再生できた。
誰かの足音が響き音が忙しくなる。
『お前何してっ……!?』
突然、何かが破裂するような音が鳴ったかと思うとグチャっという耳障りな音が響く。起きたことを理解した粳部の表情は歪み、他の三人はポーカーフェイスのまま。何が起きているのかを把握することだけに神経を集中させていた。
人が倒れるような音と複数人にも聞こえる足音。
「……二人?」
『これ食べれるかな?……硬いけど食べれそう……匂いはいいよね』
「なあ、誰と話してんだ?」
ふと疑問に思うカルラ。その女は一人で呟きながら食べ物を物色しているようだった。やはり金を探すような素振りは音を聞く限りない。異常者による考えなしの犯行かと思う粳部だが、そこに何か理由があるのではないかとも考える。
冷蔵庫がガチャリと開く音が鳴った。
『前より少ない……そうだね……棚はどう?……硬い食べ物ばっかり』
「若い声だな」
『とっとと行こう……うん』
直後に何度か物音がすると、足音が遠ざかり何も聞こえなくなる。犯人は食品だけを強奪して部屋から逃げ出した。あまりにも非合理的な犯行だったが、事実として被害者は殺害され部屋から食品がなくなったのだ。
携帯からはノイズしか聞こえなくなり、レジェが留守電の再生を止めた。
「留守電の記録はここまで……これが事件の全ての音声」
「凄いですねレジェさん……これ凄い便利じゃないですか」
「それほどでも!」
「おめえに言ったんじゃねえよ」
ふざけるカルラと突っ込むレジェ。彼らがこうして話を脱線させるせいで余計に時間が掛かっているのではないか。しかし、自分よりも経験豊富な彼らに口出ししようと思う程の度胸は彼女にはない。こんな調子でも。
「ノイズをクリアにできないか?少し気になることがある」
「可能……でも本部に戻って専門の人に頼まないと」
「なら頼む。お前たちは各被害者の繋がりを調べてくれ」
「了解です」
疑問を覚えた粳部だったが、藍川が部屋の玄関へと歩いて行くのを見て慌てて追いかける。それはここから先は自分は不在だと言っているようなもの。グラスの時ならまだしも、この二人と共にずっと仕事をできる自信は彼女にはない。
玄関で粳部が呼び止める。
「ちょ、ちょっと!鈴先輩どこ行くんですか!」
「悪いな、別の任務がある。あと、過去に似た事件がないか調べてみる」
「えっ!?じゃあ私一人であの二人と……?」
「別に目を離した隙に機密を漏らすような馬鹿じゃないさ」
「そっちの話じゃなくて!」
手を振って外に出ていく藍川。ここから先、まだ不慣れな状態でこの二人に仕事をさせながらミスなく仕事をこなすというのは、彼女にとっては中々の心労だ。しかし、最高位の等級を持つ藍川は基本的に忙しい。
一人で呆然としていると祭具をしまったレジェとカルラがやってきた。
「他の被害者宅にも調査に行く……」
「えっ、ああはい分かりました!」
「俺も頑張らないとな。今ロック聴く奴は死なないって論文書いてんだ」
「クソみたいな論文……」
それが本当なら、世界中の人にロックを聴かせ世界平和が実現できる。最も人々に好まれている音楽は何だろうかと考える粳部だったが、すぐにそんなことを考えている場合ではないと判断する。思考を彼らに汚染され始めていた。
「じゃ、じゃあ……行きましょうか」
「お嬢ちゃん緊張し過ぎだぜ?そんなんじゃ演奏できない」
「いい加減静かにして兄貴……」
「か、カルラさんは事件捜査の経験は?」
ふと、気になってそんなことを聞いてみる粳部。既に彼女の嫌な予感は頂点だった。
「四回くらいだが、全部レジェが解決してくれた」
「……マジです?」
「カルラは緊急時の為の暴力装置……捜査は期待しちゃ駄目」
「荒事は任せろ。ロックに解決するからな」
【4】
粳部とレジェが居るのは最初の被害者の家。家主が不在な為に食品以外に被害がなかったものの、確かに玄関ドアは尋常でない力で破壊され司祭の犯行は確かだった。ここでレジェの権能を使い犯行の様子を確認することが彼らの目的だ。
粳部は家主に捜査を見られないように、外に出してからリビングに戻る。
「家主を外に出してきました……できますかレジェさん?」
「可能、留守電を再生する」
機械音声が聞こえた後にピー音が鳴り、携帯電話特有のノイズが響く。アパートの時に聞いた金属が壊れる異音が響いた後、犯人と思われる誰かの足音が近付いてくる。ここでも食品だけを持って行ったのであれば犯人の目的は確定だ。
足音が止まり、冷蔵庫を開く音が響く。
『結構ある……それ食べられる?……多分……そう』
「誰かと通話してるんですかね?」
「こんなずさんな犯行なのに……指示役が居ると?」
「それは……そうっすね」
犯行があまりにもずさん過ぎる。中に人が居れば殺害し、金目の物を盗まずに食品だけ盗んでいく謎の犯行。こんな非合理的な行動はそういう弱点の司祭だからという結論しか出ない。そして、粳部の中に新しい疑問が生じる。
何度か物音がすると足音がしてすぐに止まった。
『どうやって食べるの?……噛み砕けない硬さじゃない……うん』
その言葉を最後に足音は小さくなって消え、携帯電話のノイズだけになる。それしか記録は残っていなかったのか、レジェはボタンを押して再生を止めた。
「やっぱり……金銭を探す素振りがない」
「あの……司祭の弱点が誰かと被ることってありますか?」
粳部の脳裏に浮かんでいたのはグラスの存在だった。食べ物を大量に食べなければ死んでしまう彼女の弱点をよく知る粳部は、同様に食べ物だけを盗む犯人の行動に心当たりがあった。しかし、自分の推測に確信を持てずにいた。
「同じ司祭は存在しないよ。権能、祭具、祝詞、弱点が違う」
「全員違うわけですか」
「でも似てることはある。同じ刀の祭具でも長さや厚みが違ったりする」
「じゃあ!僅差で違う弱点ってことはあり得ますよね!」
同じ司祭が存在しないというのは大原則だ。一つの例外を除き権能、祭具、祝詞、弱点が被ることはない。炎を出す権能と爆発を起こす権能が異なるように同じものは存在しない。
同様に弱点も異なり、歌を歌う弱点と木の上で歌ってしまう弱点は別物だ。
「なら、食べ物を食べないと死ぬ感じの弱点かもしれません!」
「……あり得るね。念の為にこの地域の飲食店を見張らせようか」
「う、ウチってマンパワー凄いですよね……」




