6-1
【1】
「あーあ、こりゃ酷いな」
めくったブルーシートを元に戻し刑事は呟く。立ち上がり悲惨な床から視線を移す彼だったが、壁にも血痕と油が飛び散った跡が残っていた。刑事は反応を示さずに大きなため息を吐くと、後ろに立つ部下に話しかける。小心者のように見える部下の男は若干ナーバスになっていた。
「何かに似てるんだよな。もんじゃ焼き……」
「先輩やめてください」
「悪い悪い。人間の力で潰れたんじゃないって言いたかったんだ」
配慮の足りない上司に抗議するような目を向けつつ、部下は手元にあるメモ帳の方を向く。尋常でない力で殺害された憐れな被害者の情報。この1Kの小さなアパートの一室で起きた惨劇、二人の後ろで部屋を往来する鑑識たち。
全ては解決の為に。
「被害者は山田剣、五十九歳。水道業者の独身男性」
「死因は頭部外傷……というか爆死か?頭がミンチだぞ」
「玄関ドアが破壊され侵入、防御創がないので不意打ちかと」
午後、白昼堂々と行われた犯行。大きな音もいとわずドアノブを破壊すると、武器を使用して被害者の頭部を粉砕。誰にも見られず逃走に成功。床の痕跡と肉片を見るに、被害者は何度も殴打されたのではなく一撃で粉砕されていた。銃器でもなければできそうにないが、その痕跡はない。
上司が壊れた玄関ドアの方を見る。
「ショットガンパンチってか。ははは」
「不可解なのは金銭目的ではないことです」
「金が目的で顔面吹っ飛ばす必要はねえからな」
「通帳やクレカ、財布は全て手付かずでした」
犯人と被害者の関係性は見えて来ない。遺体の激しい損壊状態から考えるに怨恨の線も伺えるが、殺害方法がハッキリしない以上はそこも曖昧だ。暴力団と関係を持ってしまい、報復等の目的で残忍に殺されたのか。
真実は霧の中である。
「ただ、なくなっている物が一つあります」
「犯罪の証拠かそれとも……」
「冷蔵庫と棚の食べ物全てです」
「……えっ?」
冷蔵庫の中は既に空、言わずもがな棚に食品は残っていない。犯人はドアを壊して不法侵入すると殺害し、室内の食べ物を全て奪い取って逃走。まともな事件ではない。
人の頭部を一撃でミンチにできるというのに、何故金を奪わなかったのか。
「こいつ、一体何がしたいんですか……」
これは何を目的にした犯行なのか。
【2】
蒸し暑い駄菓子屋の店内。椅子に座り壁に頭を預ける気だるげな粳部と、店の入り口を見つめるカウンターの藍川。今日も夏らしい過酷な暑さに苦しめられていた彼女だったが、彼女の悩みは暑さのことだけではなかった。
粳部が椅子に沈み込む。
「はあ……成果なしって」
「そんなに落ち込むなよ」
「朝から夜までデータベース漁ったんですよ……」
粳部の現在の階級はα+だ。昇級によって閲覧できる情報も増え、自分の力に関する情報も探しやすくなるというのが今までの想定。しかし、こうしていじけている粳部を見れば分かる通り成果はなかった。
そもそも、α+程度で手掛かりを得られるのであればこんな話にはならない。
彼女が小銭をカウンターに置いて駄菓子を手に取る。
「あれはデータが膨大過ぎる。検索はコツが要るぞ」
「検索性に難アリって報告したいです……」
「便利にすればするほど複雑になるんだよ。俺も全貌は知らん」
「駄目じゃないですか……」
完全に使いこなすことができればこの上なく便利なデータベースなのだろうが、それができる人間は組織内でもそう居ない。人はやることが多ければ多いほど何をすればいいのか、何をしていいのかを見失ってしまうものだ。
粳部は駄菓子の包装を解いて口に入れる。安いチョコレートらしい舌が焼けるような甘さが口に広がった。
「鈴先輩、後で調べ方教えてくださいよ」
「悪いな、今色々仕事抱えてるんだ。次にしてくれ」
「……暇なのいつですか?」
「三日か四日後だな」
「気の長い話っすね……」
藍川はあまり暇がない。組織内の最上位に該当するΩ+ということもあり仕事の量が多く、こうして駄菓子屋の店主として仕事をできる時間は少ない。その為、店の外には『営業日は不定期』という駄菓子屋らしからぬ表記がされている。
「昨夜も谷口と一緒に戦ったんだ。休んでもバチは当たらないだろ」
「えっ、昨日ですか?怪我とかないですよね」
「あいつに付き合ってると命が足りねえ。勘弁して欲しいぜ」
藍川と同様に調子が戻った谷口も通常業務を行っている。時間にうるさい彼の場合は効率的に仕事のスケジュールを組み、体を酷使して仕事に集中している。病的なまでの執念で働く彼を止めることは藍川にもできない。
彼女は駄菓子の包装をゴミ箱に捨て、椅子に座る。
「……谷口さんって常にクールなイメージですけど」
「戦いぶりは無茶だぞ。最強の身体能力でごり押しだ」
藍川以上の速度とパワーで敵に迫る谷口の姿を粳部は想像する。信じられない怪物が脳内で誕生してしまい、粳部は慌てて忘れ何もなかったことにする。谷口は等級がΩにも関わらず身体能力において藍川以上の天才だ。
「さながらダチョウだ。怪我しても止まらないぞ」
「そういうとこはクールじゃないんすね……」
「でもまあ、複数の任務を同時に進めたりと几帳面な奴だよ」
「わー立派に人間を卒業してらっしゃる」
拍手しながら呆れる粳部。一つの任務で手一杯の彼女からすれば、それは想像つかない度を超えた器用さだ。彼が時間にうるさいことは以前から分かっていたが、その几帳面さがこう結びつくとは、微塵も考えていなかったのだ。
その時、聞き慣れたラジオのノイズが鳴り響く。もう驚く粳部ではない。
「あれ、ラジオさんですか」
『何だもう分かっちゃいましたか』
「流石に慣れますって」
コンセントの入っていないラジオから音が響く。二人はもう何度もやり取りを行っている為、常にラジオが聞いているかもしれないと考えていた。一方的に何度も驚かされ続ける彼女ではない。
『藍川さんには申し訳ないですが、お二人に新しい仕事です』
「おっ、来ましたか新しいの!」
上体を起こしやる気を見せる粳部。任務をこなして昇級し、自分の体を元に戻すことこそが彼女の最終目的。階級の低さが悩みだった彼女からすれば願ったり叶ったりのチャンスだった。
だが、平和な日々が続くことを祈っていることも事実だ。
『先日、未登録の司祭の犯行と思われる事件が発生しました』
「……殺人ですか」
「容疑者の目星は?」
『残念ながら……最近発生した司祭の可能性が高いです』
蓮向かいの情報網にも上がらず、容疑者すらも浮上しない謎の司祭。蓮向かいがスカウトするか保護観察にして管理しない場合、野放しにされた司祭によって事件が起きる可能性がある。裏で糸を引くのはテロリストか諜報機関か、暴力団かそれともカルト教団か。
粳部が眉をひそめる。
『今回の担当者は二人なので、合同で捜査をお願いします』
「……?合同ですか?」
『ええ、もうそこに居ますよ』
驚いた粳部が周囲を見渡し店の入り口に誰かが居ることに気が付く。藍川は彼女が言い出す前からそのことに気が付いており、既にその方向を見ていた。
逆光を浴びる二人の男女。
「うわっ」
『今回の事件の担当者、サンダー兄妹です』
入口に居た男女二人が粳部たちに近付き、店内の商品に目もくれず進むと二人の前で足を止める。
「い、いつの間に来たんですか……」
「ん?どこかで見た顔だな」
ラジオがサンダー兄妹と言った二人組。兄妹ということは実の兄妹なのだろうかと思う粳部。藍川よりも身長の高い男と粳部と同じくらいの身長の女。いかにも東欧という顔立ちに、粳部の緊張が高まっていた。
粳部を見た男が口を開く。
「Blimey, that's way more flamboyant than I expected!」
「はい?」
「すまん粳部、翻訳法術を使ってなかった」
饒舌な英語を話す男と理解ができない粳部。彼女の英語の成績はそこまで悪いわけではないが、優秀なライティングに対してリスニングの評価は並と言ったところだった。咄嗟に出た早口の英文を理解できるほどではない。
頭を抱えた藍川が三人に向けて手をかざした。
「あー伝わってない感じか?」
「あっ、い今伝わりました。凄いですねこれ」
「グラスの時は事前に俺が使ってたんだ。翻訳できたぞ」
蓮向かいの職員は様々な国に存在する。となると言語の壁という問題も自然に浮上するが、翻訳法術を用いれば解消できる。これが開発される前は複数言語を話せることが重要視されていた。
活発そうなオールバックの男が日本語で話す。
「俺はカルラ・サンダー。カルラでいいぜ!」
「……レジェ・サンダー。よろしく」
「ど、どうも……粳部音夏です」
「声が小さいぜ嬢ちゃん!」
粳部が笑顔のようで苦虫を噛み潰したような表情をする。彼女はこういった手合いが得意ではない。別に、学生時代は明るい人間との交流がないわけではなかった。割合で言えばその方が多かったかもしれない。シンプルな性格の人物の方が彼女にとって付き合いやすかった。
だが、根が暗い粳部には結局のところ過酷だ。
「うっ……」
「堂々としろよ」
「無茶言わないで!」
「まあ、お前は根が明るくないからな……」
「心読めるのに傷付くこと言わないで!」
粳部の心を絶対に読まない藍川には分からない話である。そもそも、天然気味の彼は権能がなければあまり人の心の機敏に聡くない。
「ただでさえ暗い事件なんだ。元気に行こうぜ嬢ちゃん!」
「うっさ……近所に響くよ兄貴」
「おう!音量下げたぜレジェ!」
「音量のつまみ壊れてんの?」
痴話喧嘩をするサンダー兄妹。仲が良いと思う粳部だったが、少し前の彼女と藍川の痴話喧嘩もそうだと思われていたことは知る由もない。ある意味、似た者同士だ。それに粳部は兄妹が居るという共通点があった。
藍川が一つ咳ばらいをする。
「じゃあ、俺の名前は……」
「おっと言うまでもないぜ!あんたは鈴藍川!そうだろ!」
「あれ、お知り合いですか?」
「そりゃΩ+の司祭なんて滅多に居ないからな!有名人だぜ」
「それを言ったら兄妹で司祭なんて滅多にないぞ」
驚く粳部。両方が司祭だったことに衝撃を受けたが、兄妹の司祭が珍しいことも初めて知った。司祭は遺伝しない一代限りの『現象』でしかない以上、司祭に覚醒するのは運だ。親子で司祭のケース、兄妹でのケースは珍しい。
「そうなんすか?」
「司祭になるかどうかは完全に運だからな。遺伝しないし」
「双子に比べればレアじゃないさ!」
「双子の司祭は過去二件しか確認されてない……」
「は、はえー……」
粳部がぐいと近付くレジェを見て退く。口調と雰囲気からクールな人物だと予想していたが、思いの外兄と似ていた。となれば、レジェは自由な兄のブレーキ役ではなく第二の問題児ということになる。先を思いやられる粳部。
「とは言え俺達はサンダー兄妹だ!希少価値より実力で魅せるぜ!」
「私達はいずれ天下を獲る……いずれ必ず」
「ロックだからな!」
「……癖が強くないと司祭になれないんですか?」
当然だが、そんなルールはない。生きてさえいれば誰もが司祭になれるチャンスを持っている。高らかに宣言するサンダー兄妹のことを呆れたような目で見る粳部。どこまでも自由な二人には付いて行けそうにない。
「ロックがあれば何でもできる!ということでいくぞ!」
「いやどこにですか!」
「世界の果てまで!」




