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ガランドゥ『仮想現代戦記』  作者: 扇屋
ガランドゥ 5話 『平和な日』

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5-2

【3】


「ところで、児童福祉司の方の到着が遅れると連絡が来たんですが」

「あれ、そうでしたか。こちらにはまだ何も……」

「たっ、立ち会ってもらわないと駄目ですよね?」

「そうですね。あと……面会する子がまだ帰ってきていないのです」

 面会をする準備が何も整っていない。本来は担当の児童福祉司の立会いの下、児童の生活の場で面会をするのが今日の予定だ。それが二つのイレギュラーによって先延ばしにされてしまっている。

 だが、粳部《うるべ》達の目的はあくまで雨田《あまだ》の調査であって子供との面会ではない。

「となると、待たないといけませんね」

「そうなんですが……待っている間施設内を見学するというのは?」

「いいですね。あ、あなたもどう?」

「ああ、雨田《あまだ》さんお願いできますか」

「ええ、ご案内します」

 彼はそう言って二人を先導していく。粳部《うるべ》は貼り付けたような笑顔で状況を必死に乗り切ろうとし、藍川《あいかわ》はまるで本当に子供を引き取ろうとする里親のように辺りを眺めている。ゆっくりと歩いて行く三人。

 次第にソワソワし始めた粳部《うるべ》がしきりに藍川《あいかわ》の方を見ると、突然雨田(あまだ)に聞こえないような声量で話し掛けた。

「あの……心読めないんですか?」

「とっくに読めたが?」

「読めてるんじゃないですか!じゃあ捜査終了ですよ……」

 心が読めたのであれば司祭かそうでないかの判別は済んだ。調べるべきことは残っておらず、後は彼に蓮向かいに加入するかを聞けばいいだけ。終わらせられるのであればそうしたい粳部だったが、落ち着き払った彼はそう考えていない。

「司祭で確定だ。危険性も概ねゼロ」

「えっ、ホントに終わりじゃ……」

「お二人は結婚して何年ですか?」

 突然話題を振って来た雨田に驚く彼女。藍川は助け舟を出すつもりもなく黙っており、早く回答しなければと焦る彼女は事前に話した内容を思い出し話す。ここ数日で記憶力が鍛えられたと感じる粳部であった。

「四年ですねっ……大分早くに結婚しました」

「しかし、事前に聞いていた年齢よりもお若いですね」

「えっ!?よく童顔って言われるんですアハハー」

 年齢を六歳も鯖を読んでいる為に見た目で気付かれるのではと焦った彼女だが、雨田はあまり気にしていなかったのかすぐに納得した。ミスをしてはいけないというプレッシャーに晒され、心臓への大きな負担に苦しんでいた粳部の気も少しはマシになった。

 雨田がある部屋の前で足を止める。

「ここが広間です」

 広い空間の端にはテーブルやテレビがあり、ソファに座った小学校低学年くらいの子供が彼らを見ていた。本棚には漫画もあり、のどかな環境だということが見て分かる。それに、子供は何もなくたって楽しみを見つけられるものだ。

 三人は点々と散らばる子供達を眺める。

「中々広いですね」

「子供達は普段ここで遊んだり勉強してますよ」

「この施設は何人の子供が居ますか?」

「今は十人です。大きな施設でもないですし、経済的にもこれが限界ですね」

 雨田が別の場所へと歩き出す。働く職員と子供の数からあまり経済的な余裕がないことを粳部は悟る。しかし、通り過ぎていく子供の足取りからは微塵も辛さを感じられず、この施設が子供を大切にしていることも彼女には伝わった。

「子供達の居室は個室と二人部屋です。個室は特に人気ですよ」

「へーもっと大人数の部屋だと思ってました」

「お前って学年時代は二人部屋だったか?」

「そうですね。お姉ちゃんと二人でした」

 粳部の家は片親だったこともあり経済的に裕福なわけではなく、そこそこの広さの部屋を姉妹で共有していたのだ。彼女が子供達の暮らす二人部屋を覗き込むと、そこには同じくらいの広さの部屋が広がっていた。何となく懐かしさを覚えると同時に寂しさを覚える彼女だが、先を進む雨田の後を遅れて付いて行く。

「こっちにはホールがあって、ピアノとか卓球台がありますね」

 広間と同じくらいの広さのホール。箸に畳まれた卓球台とピアノがあるくらいで対照的に物が少なく、手を叩けば音が響くくらいには広い空間だ。これだけあればヨガ教室が開けそうだと粳部は思っていた。

「でもまあピアノを使う人居ないんですよね……私だけです」

「おお、演奏できるんですね。中々教養がある」

「いえいえ。昔教会に勤めてたのでパイプオルガンの経験がありまして」

 ふと、それを聞いて一つの疑問を覚える粳部。特に任務と関係のない極めて普通な質問。

「パイプオルガンとピアノって何が違うんですかね?」

「お前そりゃ……俺も知らないな」

「ふふっ、似てますよね。ピアノは打弦楽器でオルガンは管楽器です」

 笑顔で豆知識を披露する雨田。両方とも鍵盤を叩いて演奏する楽器ではあるが、中身については仕様が違う。オルガンは風箱からの風圧によってパイプが振動し、あの独特で壮大な音が出る。弦の振動で音が鳴るピアノとは根本から違うのだ。

「オルガンは操作によって九オクターブ以上の音が出るんです」

「……昔一度、教会でオルガンの演奏を聞いたことがあったかな」

「教会でよく弾きました。余韻の残らないあの感覚、複雑な音色」

 雨田が昔を懐かしむような目をする。粳部から見ればその表情はかつて見た情景を望むような、遠く離れたことを悲しむような感情があった。だが、不思議と過去に戻りたいわけではないことも伝わる。彼のその立ち姿に弱々しさを感じなかったからだ。

 彼女がまた尋ねる。

「……何で教会を辞めたんですか?」

「……私にしかできないことがあると思い飛び出した、そんな感じですかね」

「人は見かけによらないな。中々挑戦的ですね」

 どこまでも穏やかな立ち振る舞いと言動から、彼がかつて聖職者であったことは粳部達にも理解できた。この道を選んだことも彼の信仰故なのか、それとも彼の言う通り自分にしかできないことを探した結果なのか。

 しかし、藍川にはそれを知ることができる術がある。彼がそれを選ぶのかまでは分からないが。

「何事もそう上手くはいきませんが、やれるだけやるつもりです」

「……さて、そろそろ本題に入ろう」

「……?本題というのは?」

 突然話を切り出した藍川に困惑する粳部。確かにいつ切り出してもおかしくはないと思っていた彼女だったが、本題が頭から薄れたこのタイミングでということに驚いていた。彼らは見学をしに来たわけではなく、雨田が蓮向かいに入るかどうかを調べに来たのだ。

 藍川が穏やかな表情を捨て去る。

「雨田圭《あまだけい》さん、あんた司祭《しさい》だな」

 一般人であれば本来の意味でしか通用しない単語だが、本人が誰よりもその意味を知っていた。司祭は司祭になった瞬間に自分の存在や権能と弱点を理解する。彼には誰よりも心当たりがある筈だ。そもそも、藍川が既に調べ終えている為に彼が司祭であることは確定している。

 雨田は目を大きく見開き、あまりの事に口も開く。

「……一体どうして……何故それを」

「あんたに残っている選択肢は二つだけだ。さて、どちらを選ぶ?」




【4】


「この部屋であれば誰も聞いていないでしょう……」

「結構」

 児童養護施設の一角、誰も居ない空き部屋に三人は居る。ここからどうなるのかが予想できずにいる粳部と、淡々と自分の仕事を行うようになった藍川。ずっと笑顔を浮かべていた雨田は緊張と少しの警戒心が混じった表情をしている。それもその筈、目の前に居るのは自分を司祭と見抜いた者なのだから。

 日のあまり入らない静かな部屋に、重苦しい空気が立ち込める。椅子に座り向かい合う雨田と粳部、窓際に立つ藍川。

「組織と司祭の説明は終えた。後はあんたがどうするかだ」

「……組織に恭順するか保護観察の身になるか、ですか」

「わ、悪い組織ではないですよ?福利厚生もしっかりしてますし」

 蓮向かいは職員の待遇がしっかりしている。組織から様々な手厚いサポートを受けられる上、相当の高給が与えられる。ヘルスケアサポートや住宅手当や家賃補助などを受けることもできる。

 雨田は考え込む。

「保護観察についてもう少し教えて欲しいのですが……」

「保護観察の身は権能の使用が基本禁止だ。社会のバランスを乱すからな」

 自由に権能が使える状況は非常に危険だ。見えないところでそれを使われ、とんでもない不正で莫大な利益を得られてしまうリスクがある。例えば金を生み出す権能を持った司祭が居たとして、そんな存在が陰でこっそりと権能を使って金を生み出してしまえば市場のバランスは崩れてしまう。

「蓮向かいの職員が、あんたが権能を使わないと確認する為に監視する」

「死ぬまでですか……」

「でも、緊急時は蓮向かいの職員があんたを助ける。見捨てはしない」

 力の行使を制限する以上、その責任として緊急時は手を差し伸べるようになっている。蓮向かいが常に人手不足を起こしているのはこの監視の業務が原因で、監視対象の多さから給料は上がり続けている。職員の質を落とすわけにはいかない為に採用基準を下げることもできず、蓮向かいは青色吐息である。

「……でも人によっては監視って要らないんじゃないっスか?」

「そいつに問題はなくとも、他の奴にはあるんだよ」

「他と言うと……?」

「司祭を傭兵にするテロリストとかな」

 そういう手合いは多く存在する。先の事件で逮捕された複製の司祭はテロリストの作った爆弾を複製し、結果として大惨事を引き起こした。このような権能は様々なことに悪用でき、違法薬物やもっと危険な兵器を複製されればそれよりも酷い惨劇が起きる。正に金の生る木だ。

 野放しにしていれば、考えられることは一つだけ。

「司祭一人で一国の軍隊以上だ。誰だって欲しいだろ?拉致してでも」

「そこまで価値があるのでしょうか……私なんかに」

「他国の諜報機関や反社が稀に拉致をやる。それを止めるのも俺達の仕事だ」

「……司祭って案外窮屈っすね」

 自由な存在であるが故に司祭はしがらみが多い。法に、犯罪者に、弱点に。彼らは常に縛られている。そうでなければ彼らは自由過ぎるのだ。この世の何よりも自由な彼らは縦横無尽に駆け回り、人類が築き上げた社会を玩具のように壊してしまう。そんな理不尽な存在を止められるのは同様に理不尽な存在のみ。

「どちらを選んでもいい。俺達の負担が増えても気にすることじゃない」

「とは言え、あなた達が戦っていることを忘れることはできません」

「それは……まあ、選ぶ時は一旦忘れてくださいよ」

「そういう事情は無視していいんだ」

 蓮向かいに入るかどうかは自分の意思で決めるべきこと。罪悪感に突き動かされてすることではない。ここから先は何が起きようと全て自己責任、どちらを選ぶかの決断は本人が選ぶべきこと。粳部がスカウトを受け加入した時のように、最後は彼が自分で決めるのだ。

 雨田が重苦しい顔をする。穏やかな表情を続けていた彼にそれは似合わない。

「……私のような司祭でなければ、できないことがあるわけですか」

「宗旨的に駄目か?」

「あっ、私の心を読んだのですか?」

「権能は必要な時にしか使わない。あと、こんな卑怯なもの使いたかないさ」

 彼より弱い心の持ち主でなければ彼の干渉を避けられない。基本的に大半の人間が藍川の権能の効果対象として選択されてしまう。しかし、彼はそれを選ばない。司祭として傍若無人に振る舞うことを選ばず、人間らしく生きることを藍川は選択した。彼の権能は余りにも非情過ぎる。

「善であろうとする心ですか……良いことですね」

「……そんな大層なものでもない」

「……確かに暴力を振るう仕事ですけど、その分人を救えます」

「いえ、そうではありません。殺さずに誰かを救えると理解しています」

 教会の司祭を辞めて児童養護施設で働き、経営者になるほど優しく穏やかで熱心な男。だが、今の彼にとって重要視するべきことは教会の教えではなく、また別に存在している。彼という人間はそこまで単純ではない。

「私は教会の人間ではない。社会の為に戦うあなた方は素晴らしいと思います」

 雨田が眉をひそめる。少しの悲しみをその表情に織り交ぜて。

「司祭でなければできないことがある。司祭でなければ倒せない者も居る」

「……」

「……でも、私にはこの施設があります。守らなければなりません」

 教会を去って辿り着いたこの場所で、彼は子供たちを見守り育ててきた。それぞれの事情を持った子供たちと共に過ごし、その生活を支える仕事。他と掛け持ちできるような簡単な仕事ではない。ただ業務をこなせばいい仕事でもない。

 雨田にとって、そこはもうただの仕事場ではなくなっていた。

「離れられない……でも、保護観察の身を選ぶこともできません」

「えっ?どうして駄目なんですか?」

「権能を使えないというのは……困るのです」

 驚く粳部と少しも表情を変えない藍川。彼女はてっきり、元は教会の司祭だった為に宗旨の面で悩んでいるのかと思っていた。だが、実際のところは権能を使えないという事情。加入もできないが保護観察も選べず、状況は八方塞がりだ。

「子供たちや困窮する人々の為に……私は権能を使わなければなりません」

「保護観察の身で権能を使えば罰金。最悪は拘束だぞ」

「それって……機密保持の為ですよね」

 世界の形を変えるわけにはいかない。司祭の存在を明かしてはならない。

 その時、部屋の扉が誰かにノックされる。雨田がはいと答えるとゆっくりと扉が開かれ、慎重に入って来た職員の女性が彼の方を見た。

「すいません雨田さん。明日の炊き出しの食材の話なんですけど」

「ああ、それですか。いつも通り私が用意するので気になさらず」

「いつも助かります……」

 職員は頭を何度か下げて部屋の扉を閉める。何てことのない普通の話だと思っていた粳部はあまり気にしていなかったが、職員の足音が去っていったタイミングで雨田の様子がおかしいことに気が付く。先ほどと似た憂いを帯びた表情。

 俯いていた彼が顔を上げて立ち上がる。

「丁度いい。お二人にお見せしましょう」

「見せるって……あれ、まさか」

 はしゃぐ子供の声が遠くに聞こえるこの小部屋。静寂がやけに際立っていた。

「私の権能《けんのう》です」

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