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ガランドゥ『仮想現代戦記』  作者: 扇屋
ガランドゥ 4話 『拒食の女王』

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4-6

【13】


「このっ!どういう出力だこいつ!?」

 全速力で逃げ回る制限の司祭を、グラスはまるで玩具のように転がして削っていく。最早、目で追うことが精一杯の常識外の速度。すれ違い様に殴る彼女に対応しようとする敵だったが、何とか腕で受け止めても衝撃に耐え切れず壊れていく。既に壊れた右腕は使い物にならなくなっていた。

 熱を放ちながら接近するグラス。

「俺の速度制限の権能が効かねえ!」

 グラスの権能『井戸底知いどそこしらず』は過剰出力。食べた大量の食事をエネルギーとして消費し、それらを過剰なパワーで出力する。司祭が持つ概念防御を過剰に強化した結果、速度の制限の権能を無理やり無視した。それだけでなく過剰に強化された肉体は圧倒的な性能を誇り、まともに戦えるのは谷口くらいのものだろう。

 グラスの拳を胸で受け、大きく吹き飛ばされる制限の司祭。

「どうした。制限しないのか」

「くそっ!面白れぇ!概念防御出力最大!」

 空中で姿勢を戻した敵が着地し、衝撃でガリガリとアスファルトを削りながら勢いを殺して停止する。そして、佇むと概念防御の出力を振り切らせた。グラスには及ばないものの限界近い出力に達し、敵の防御力と攻撃力は最大限に高まった。権能が通用しないのであれば残る選択肢は一対一の真剣勝負。タイマンだ。

 制限の司祭が地面をひび割れさせて飛び出す。

「諦めたらそこでおしまいだって!お前もそう思うだろ!」

 制限の司祭はジグザグな軌道でかく乱させた後、最高速度で回し蹴りを叩き込む。しかし、グラスはその足を受け流すと彼の腕を掴んで地面に体を叩き付ける。二度地面に叩き付けた後、彼女はグルグルと敵を振り回して放り投げた。

「ぐえっ!?」

 地面を跳ねて飛んでいく制限の司祭に追いついたグラスは跳び上がり、彼目がけて蹴りで飛び込む。彼はすんでのところでそれに気が付くと何とか避け、着地した彼女の追撃を何度も躱し立ち上がろうとした。だが、その隙を突かれて腹を蹴り上げられ、空中に浮かぶ彼に追いついたグラスが拳を叩き込んだ。

 最上位の司祭であるクラスΩ。その一番下であるΩ-でも通常の司祭とはレベルが違う。彼女の場合、食事が必要だが。

「制限速度、振り切れたぞ」

「まだだああっ!」

 立ち上がった瞬間を狙ったグラスの攻撃をギリギリで弾く敵。それで姿勢が崩れるも制限の司祭は力を振り絞り、最後の攻撃として拳を振るう。全てを拒絶せんとする限界突破した概念防御を纏う制限の司祭。それをグラスは棒立ちで受け止めた。少しも揺れることなく、真正面から受け止めた。

 彼が崩れ落ちていく。

「ふっ……天晴れだぜ」

 普通の司祭にしては健闘した方である。彼の実力はγとγ+の真ん中くらいはあっただろう。しかし、今のグラスは彼の攻撃で消耗していない。『過食』状態である彼女には傷一つ入っておらず、消耗らしい消耗は過剰なエネルギーの消費によるものだった。大量の食事でエネルギーを確保した今の彼女であれば本来のスペックを百パーセント発揮できている。二日前のようにはいかない。

 エネルギーはまだ残っている。

「まだ腹八分目か」




 その同時刻。粳部うるべが駆ける、再び敵を殴る為に。相手も粳部が自分を脅かす存在であることを理解して応戦し、粳部の拳を弾こうと殴り掛かる。近寄る彼女だったが再び反射の壁に阻まれて弾き飛ばされるも、もう一度反対の腕で殴ると反射の壁を突き破る。その原理は分からないが当たったのだ。

「やった!ぐうっ!?」

 だがしかし、何故か概念防御を破ることができずダメージを与えられない。それどころか拳の反動で筋肉が裂け、骨は折れてしまう。体が次第に再生を始めるが、ダメージを与えられないと確認した男は彼女の腕を払いのけると蹴りで思い切り蹴り飛ばす。姿勢が崩れかけるも持ち直した粳部だったが、追い打ちの拳を受けて弾き飛ばされた。

「そんな……概念防御を破れない!」

 反射の壁を貫通する効果はランダムで、発動する時としない時があり攻撃するまで分からない。だが、発動したとしても概念防御を貫通できないこともある。そう、粳部の力は全てがランダム。不死身以外は役に立たない。

 その時、粳部は横に海坊主が立っていることに気が付く。

「何やって……があっ!?」

 突然蹴りかかった海坊主の攻撃を受け止め、彼女は壁を突き破って地面を跳ねていく。海坊主は正体不明であるが故、粳部自身にも完全な操作ができない。いや、普段から操作できているのか怪しい。路地裏に出た粳部が立ち上がると既にそれは消滅していた。

「あいつまた逆らって……!?」

 粳部が立ち上がろうとした瞬間、駆けて来た反射の司祭が迫る。彼女は咄嗟に海坊主を出して腕を伸ばさせると建物の屋上まで伸ばし、腕を縮めて上に上昇する。敵も追うべく勢い良く跳び上がると、粳部はある考えが脳裏に浮かぶ。

 海坊主に指示を出す粳部。

「刀を出して!」

 今まで腕を伸ばしたり、敵の真似をして剣山のように海坊主の形を変えてきた粳部。もしこの海坊主が何でも再現できるのであれば、ラジオの祭具であるあの刀を再現できるかもしれない。

 海坊主は口から刀を取り出し、引き抜くとそれは確かにラジオと同じ物だった。構える粳部。そして、地上から跳んできた反射の司祭が着地する。

「猿真似ですけど……使いますよラジオさん!」

 刀で攻撃範囲を広げ、反射の司祭に襲い掛かると刀を振るう。再び反射の壁に阻まれるも怯まずに距離を取り、何度も打ち込むと一本だけ攻撃が入る。肩に斬り掛かることに成功したが、ギリギリ手で受け止められて威力が落ちる。彼女は掴まれた刀を捨てると海坊主に新しい刀を出させ、再び相手に斬り掛かった。

「まだまだ!」

 手数があれば勝負ができる。効果が発動するかがランダムである以上、相手に多く攻撃できればチャンスは多く生じるのだ。反射の壁を破れず何度ものけぞる粳部に反射の司祭が接近すると、片手で刀を掴んでそれをへし折る。だが、彼女は後ろに退こうとするも敵のある行動で判断が遅くなった。

 刀で斬りつけてきたのだ。それは粳部が捨てた先ほどの刀だった。いつの間にか拾っていたのだ。

「いつの間に!?」

 不意打ちで判断が鈍った粳部の側面に回った反射の司祭。彼は思い切り殴ると彼女を弾き飛ばし、建物の屋上から地面へと落とす。受け身を取れずに粳部は重傷を負い、体を再生するもいつの間にか下りていた彼に蹴り飛ばされる。

 流石に相性が悪すぎる。彼女は海坊主を出すと腕を伸ばし、電信柱に絡ませると何とか着地した。

「いたた……どうしてそんなに強いのに……テロリストなんかと」

 粳部が小さくこぼした時、ふと反射の司祭が反応する。

「……司祭はそれしか能がない。死にたがりの殺人マシーンだ」

「っ……!そんなことない!」

「殺人は司祭に与えられた特権。権能と概念防御はその証明だ」

 意思のない目で答える彼を見て、粳部は強く拳を握ると海坊主を出して構える。彼女は自分が司祭なのかそうでないのか分からない。そうでないのかもしれない。だが、粳部がよく知る司祭は殺人マシーンでも死にたがりでもないのだ。

「私は知ってる!普通に生きたがる!人間らしくあろうとする人を!」

「神は俺たちを見捨てていない」

「……?」

 一つ、違和感。

 だが、今はそれを無視する。それよりも優先すべき大切なことが、彼女にはあったのだ。

「ここで殺し切るぞ不死身の怪物!もう二度も邪魔はさせない!」

「来い!」

 駆けだした反射の司祭。粳部は海坊主の腕を鎖に変えると彼に巻き付けようと投げつけるが、反射の壁に弾かれて失敗に終わる。何度も蹴られ地面を転がる粳部だったが、最後の望みに賭けて鎖を出し続けた。彼は跳び上がり、倒れる粳部に蹴りを叩き込もうと急降下する。

 彼女の精神力は既にかなり擦り減っており、もう限界が近い状況だった。だが、まだあきらめていたわけではない。

「やれ海坊主!」

 そう命令すると、海坊主は鎖を放ち空中で反射の司祭を拘束する。そう、それはあのラジオの戦術。彼女が使った法術の『結鎖けっさ』を真似たそのやり方は、反射の壁を破れるかというランダム要素があったが、彼女は試行回数で突破した。

 粳部が立ち上がる。

「低確率でしか壁を破れないなら……当たるまでやるまで!」

 拳を乱打して無理やり突破する粳部。貫通してダメージを与えられる結果が来るまで殴ればいいというシンプルな結論。当然、反射されれば体はのけぞってしまうわけだが、鎖で自分と相手を繋げば距離は常に一定。鎖が壊れる前に倒せば何も問題はない。

「おらああああ!」

 死力を尽くして殴り続ける粳部。壊れた腕はすぐに再生して元に戻し、相手に鎖を千切る隙を与えない。一秒間に何回も殴ることで壁を破る確率を何度も引き当て、彼女は敵を段々と追い詰めていく。

 だが、全身をタコ殴りにしていると遂に鎖が壊れ相手が解放されてしまう。蹴り飛ばされる粳部。

「ぐえっ!」

「しつこいぞ!」

 だが、粳部は勝利を確信していた。自分が掻いた汗が全て蒸発していたことが何よりの証拠だ。宙を舞う粳部の横を風が、いやグラスが通り抜ける。未だ限界突破した状態のグラスはこの場において最強。反射の壁を破れる第二の存在。

 最高速度で駆け抜けたグラスは、その拳で反射の司祭を殴り抜けた。

「よくやった、粳部」

 反射の司祭は倒れて意識を失い、それと同時に疲れ切った粳部も意識を失った。勝負は付いたのである。





【14】


「不発弾だった!?」

 蓮向かいの基地のあるスペースにて、席に座り驚愕する粳部といつも通りの無愛想なグラスと藍川。グラスは大きなハンバーガーを口に詰め込みながら、興味なさそうに話を聞いていた。あれから一日、敵の司祭とテロリスト全員を逮捕できた為に任務は終わり、三人は通常業務に戻ろうとしていた。

「ああ、複製の司祭が複製したのは、何と失敗作の爆弾だったのさ」

「じゃあ何とかなったんですね」

「んむっ……これで私は通常業務に戻る。本国へ帰還だ」

 テロリストの捜査が完全に終了し、日本での用が済んだグラスは元居た国に帰還する。粳部達も自分の担当の地区に戻れるわけだ。事件は何もかも解決して悩みは何もない、とはいかないのが粳部の心残りだった。

 テーブルのハンバーガーを手に取るグラス。

「……反射の司祭の心を読んだんだ」

「あっ、あの手ごわい人ですか?」

「あの司祭、酷い弱点を抱えてたぞ。何だか分かるか?」

 燃料不足のグラスと一度互角に渡り合い、不死身の粳部ですら突破するのに時間を要した強力な司祭。攻防共に隙がなく正に無敵と言っていい優秀な司祭だったが、戦闘面に置いて弱点らしい弱点はなかった。

 考える粳部を無視し藍川が先に答えを言う。

「弱点は、自分の意思と真逆の行動をしてしまうことだ」

「……えっ?」

「あいつ、やりたくもないことをやってたんだ……心と反対のことを」

「そんな……残酷な」

 自分の意思に反してやりたくもない犯罪を、やりたくもない暴力を強要される。それも自身の弱点によって。粳部はもし自分がそんなことになったらと想像すると、恐ろしくてたまらなかった。殺したくない人を殺してしまう、そんな悍ましい弱点がこの世には存在する。

「……司祭はいつだって、自分の弱点に振り回され続ける」

「あいつは罪に問われないだろうが、一生隔離するしかないな」

「自分で望んだわけでもないのに、勝手に弱点を……」

 粳部はようやく、以前反射の司祭に抱いた違和感を理解する。それは主張が一貫しておらず、本心から言っているように聞こえなかったこと。ずっと感じていたその違和感は、彼が言ったことは全て真逆だったからなのだ。

「あの人、神は自分たちを見捨てたって言ってました。反対に翻訳すると」

「……そいつも、私のように神を恨んだ司祭だったということだ」

 だとすると、それは悲劇だ。

 暫くの間全員が無言になる。何も言えず黙りこくってしまう。そんな空気に耐えきれず、真っ先に粳部が口を開いた。

「でも……司祭を提供したのは誰なんですかね?」

「それに関しては別で捜査中だ。だが、ネット経由らしく情報が少ない」

「心を読んで何か分からなかったのか?」

「読みはしたが……タダで司祭を貸し出す謎の金持ちってことくらい」

 心を読んだところで、相手が情報を出していなければ何も分からないのは当然だ。相手が知っていることを知ることができるのが藍川の権能。故に、相手の正体を少しも知らなかったテロリストのリーダーからは何も得られなかった。

「……まあ、他のチームの担当だ。私はもう無関係だよ」

「何か凄い気になるんすけど……」

「お前が気にしてどうするんだ。自分の体のことはどうしたよ」

「あっ、そうでした……」

 粳部が最優先にすべきなのは自分の体のことだ。不死身がいつ終わるのかいつ海坊主が消えるのか、それらはまだ何も分かっていない。今回のことで少しだけ自分の体の特性が分かったくらいなものだ。粳部の旅に終わりは見えない。

 グラスは碌に噛まずに食事を飲み込み、粳部の方を向いた。

「ところで、何故反射の壁を破れた?それはどういう権能だ」

「私が聞きたいですって!ノリだったんですけど……今考えると意味不明で」

「……何も分からないってのが結論だよ」

「どうしたもんすかね……」

 粳部が嘆きながら背もたれに体を預けていると、ふと通りがかった谷口が三人に気が付いて近寄ってくる。粳部が起き上がる。

「随分と暇なようだな。俺は不在のお前達の分まで働いていたというのに」

「悪い悪い、こっちも忙しかったんだ」

「冗談だ。休暇をゆっくりと過ごすと良い。時間いっぱいな」

「冗談分かりにくいですねこの人……」

 その時、粳部をチラッと見たグラスがゴミを入れたレジ袋を手に取る。

「粳部、すまないがゴミを捨ててきてくれないか」

「ええ……何で私が行くんすか」

「色々あるんだ。頼む」

「……分かりました」

 大人しく従った粳部が椅子から立ち上がり、グラスからレジ袋を受け取って歩き出す。立ち止まり周囲を見渡す彼女は、ゴミ箱の場所を把握していなかった。

「……ゴミ箱どこっすか?」

「俺が案内しよう。こっちだ」

 グラスの目的を察した谷口がグラスに合図を送り、粳部を連れてゴミ箱のある場所へ向かう。その場に残されたのはグラスと藍川だけになり、途端に会話が途絶えて無音になった数秒後、グラスがその口を開く。

「粳部に死傷者を伏せたのは何故だ……藍川」

「……」

「爆弾が不発弾だと気が付いた奴らは、自力で起爆した」

 そう、リーダーは途中でそのことに気が付いた。スイッチを押しても爆弾が起爆しないことから、自分たちが失敗作の爆弾を大量にコピーしていたことを知ったのだ。故に相手はやけを起こし、自らの手で積まれていた爆弾を起爆した。その結果、多数の死傷者が出た。

「大規模の爆発で死者十三名、負傷者十二名」

「初耳だなあ」

「死体だけ霊安室から消える事件も起きた。粳部に全て隠したんだぞ」

「……あいつには関係のない話だからな」

 関係がないことは事実だ。テロリストを逮捕して事件が終結した以上、これ以上この件に粳部が関わる必要はない。誰かが死んでいようと死体が無くなろうと、それはもう関わりのない話なのだ。粳部はその担当ではない。

「……黒塗りの報告書を渡された粳部が、それを知ったらどうする」

「どうもしないさ。ただ、なるようになるだけだ」

「……そんなに傷つけたくないのか」

「……ああ」

 ふとグラスは考える。藍川が最も優先していることは、もしかすると任務よりも彼女のことなのかもしれないと。グラスが席から立ち上がる。道の向こうに帰って来た粳部が見えていたからだ。

「一つ言っておく。死体と別の組織については俺が昔から担当する案件だ」

「……何だと?」

「お待たせしましたー」

 粳部が戻ると話は終わり、藍川も立ち上がる。とうとうこれでグラスともお別れというわけだ。グラスは粳部をジッと見つめると不意に笑い、彼女に向かって手を差し出す。握手に応える粳部。

「今までありがとう。粳部」

「いえ、こちらこそ助けてもらってばかりで……」

 粳部が手を放し、ぷらんぷらんと手を揺らすグラスはどこか寂し気だったが、答えを得たような清々しい目をしていた。粳部はその目を見つめると安心したような表情を浮かべる。

「神が居るかは分からないし、何故弱点を与えたのかも分からない」

「……」

「それでも、私は生きていくつもりだ。この世の全てを食らい尽くしても」

 そう言ってグラスは粳部に背を向けると、手を振って二人の下を去っていく。次に再会するのは数年後か、数十年後か。彼女が遠のいていく中、粳部はその背に声をかけた。

「またいつか!」

「……ああ、どこかでな」

 それだけ言い残し、絶食の司祭グラス・ガルグリスは去った。

 彼女が去った後を見つめていた粳部に、彼が気を使うようにして話しかける。

「昼飯にするか?」

「……はい!」

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