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【1】
「えー鹿島秋彦さんね。こりゃ凄い経歴だな」
「いえいえ……た、大したものでは」
作業着を着た壮年の男が履歴書を見ながら話す。スーツを着た鹿島秋彦と呼ばれた男は緊張しているようで、両手を握ったり開いたりしつつソファに浅く座っていた。小さな工場の二階にある社長室、行われているのは一人の面接。
「海外の製薬会社でお仕事を。へーこりゃ凄い」
「はは……」
「何だってこんな四国の辺境に?それもこんな印刷会社に」
「その……元の会社で色々とすれ違いがありまして」
明らかに面接が得意でなさそうな反応を示す鹿島。都内の有名企業であればこの時点で不採用が決まりそうなものだが、ここは都内ではなく四国の辺境。クーラーが全開で稼働する室内で、鹿島は必死に言葉を考える。
「元は一年で日本に戻る話が反故にされて……」
「えっ?」
「何故かずっと海外に働くことにされたので、故郷に戻ろうと」
「はーそりゃ納得のいかない話だ!」
鹿島は苦笑いをしつつ汗を掻く。一番触れられたくないと思っていたことに触れられたからか、夏には向かない黒のスーツは熱気がこもっていた。とはいえ、室内は二十六度と適温である。
壮年の男は履歴書の隅から隅まで確認する。
「んーなるほどね。確かにウチの仕事と相性が良さそうだ」
「あ、ありがとうございます」
「この下に工場があるんだけど、一度見学して行かない?」
「ああはい!是非!」
「それじゃあもう採用だし、職場へ顔合わせといこう!」
テンポよくゴーサインを出し、壮年の男は社長室を出る。鹿島はその後を付いて行き、階段を下ると一階の工場内に入った。鹿島は男の指示で作業用の帽子を被り、様々な機械が稼働する室内を見学していく。
「ここが工場、ウチは今五人で回してるよ」
「見覚えのある商品もありますね」
「まあね。小さい会社だけど、取引先は大きいから」
様々な機械が立ち並ぶ中、作業着を着た男達が忙しそうに機械を回している。夏場ではあるが冷房もフル稼働しており、彼らは外の事情を気にせず淡々と仕事をこなしていた。機械は延々とシールを吐き出す。
「ほら、このシール何か分かる?」
「あっ、ツボネ製薬の薬瓶ですよね?」
「そうそう、ウチの取引先の一つだよ」
従業員の数が少ないものの会社の売り上げは非常に大きい。需要に対して供給が追い付いておらず、いくらこなしても仕事は減らない。鹿島が周囲をざっくりと観察していくと、ふと一人だけ幼い少年が居ることに気が付く。
壮年の男も彼の存在に気が付き声を掛けた。
「おっ白伊君!ちょっと来て!」
「はい!ただちに」
少年が作業の手を止める。白井と呼ばれた染野は、小走りで壮年の男の傍までやって来た。作業着を着た彼は工場に溶け込んでいるものの、平均年齢が高いこの職場においてはかなりの若手であった。それこそ、三十代手前の鹿島ですら一応若手の部類に入るというのに。
「彼、白井君。丁度四日前から働き始めたの」
「お、お若いですね」
「どうも……白井です。採用予定の方ですか?」
「そ、そうです。鹿島秋彦です。よろしくお願いします」
自分より遥かに若い十代の子供が働いている。鹿島からすれば奇妙な話であった。何故彼のような若い少年がここに居るのか。よりにもよってこんな辺境で。
【2】
『また調査ですか?』
『対象は鹿島秋彦、元製薬会社の人間だ』
蓮向かいのオフィスにて、染野達は食事をしながら会議をしている。机の上には大量のロブスターが置かれ、市販の物よりも大きいそれをバターソースに付けて豪快に食べていた。希代は少し不満そうであったのだが。
『……流石にロブスターも飽きたな』
『贅沢な悩みだな。基地内ならタダで食えるんだぜ?』
『それに死んだら食えないでしょ?』
『まあ……そうですが』
『……しっかし、司祭は食べる量も規格外だな』
遠い目をしながら黄月が話す。染野達三人はとんでもないスピードでロブスターを消費していく。二口で巨大なそれを口に入れ消化することは、普通の人間には難しいだろう。司祭は食べなくても生き続けられるが、食べれば食べる程強くなる特殊な生き物なのだ。
『鹿島はハイチで、司祭の身体改造の研究に関与していた』
『ああ、司祭の兵器化か。連中のやりそうなことだ』
『奴は自分の研究データを持ち出し、妻と逃亡中だ』
『こんな奴でも結婚できんのね』
そう言うとシルバー7はロブスターを丸ごと呑み込む。鹿島秋彦はかつてハイチの製薬会社で働いていたが、ハイチというところに問題がある。腐敗と悪化が年々進むハイチで働いていたということは、何らかの犯罪に関与していてもおかしくはない。
『俺達の狙いはその、持ち出した情報にある』
『なるほど、鹿島じゃなくて情報が得られればいいと』
『そうだ。奴は現在、四国の高知県に滞在している』
『……今度は長旅になりそうだな』
今度の相手は馬鹿ではない。製薬会社、それも海外で働けるレベルの言語能力を持つ相手なのだ。並大抵の嘘は見抜ける上に、自分に追手が掛かることも想定しているだろう。いつものような手は通用しない。
『接触は俺に俺が行う……偽の身分が要るな』
『まだ温存してる予備があるぜ、ボス』
『……今回はもう一つ必要だ』
『ん?』
染野がアパートの部屋を出る。彼が雨蓋町で住んでいた時の部屋と負けず劣らずの古さであったが、寝泊まりする分には何の問題もなさそうだ。夏本番、学生は夏休みの時期。染野は概念防御で暑さを気にすることはなく、外廊下を歩いて階段へ向かう。
それと同じ時間に、鹿島は大きなダンボールを抱えて階段を上っていた。
「……おっと!」
ダンボールを複数個抱えていたこともあり、足下が見えていなかった彼は少しだけ躓いてしまう。そんなことをしていれば当然転んでしまうわけだが、幸いにも惨事になることはなかった。
丁度外廊下を歩いていた染野が駆け寄って支えたからだ。
「だ、大丈夫ですか?」
「ああ、す、すいません!よく見えてなくて」
「支えますよ」
「助かります……すいません」
鹿島は相手がよく見えていないものの礼をし、染野にダンボールを支えられながら鹿島の部屋の前まで行く。扉が開かれた玄関で彼が腰を降ろし、大きなダンボールを床に置いてから振り向いた。
「どうもすいません……助かりました」
「ええ。もしかして、新人の鹿島さんですか?」
「……あっ!白井さん……でしたよね」
染野が偶然を装って鹿島に思い出すよう誘導し、鹿島の方も染野の顔を見て数日前のことを思い出す。工場でたまたま会った十代の少年。職場の人間とこんなところで出会うとは完全に予想外だっただろう。
「もしかして引っ越しですか?自分も先週ここに越したんです」
「君も?中々タイミングが良いな……」
「新人同士、お互い頑張りましょうね」
「よろしくお願いします!」
その時、話し声に気が付いたのか部屋の奥から女性が歩いて来る。二人が彼女の存在に気が付いた。染野としてはターゲット二人に一度で接触できて楽だったことだろう。
「こんにちは」
「ああそうそう、妻です。彼は職場の……一応先輩かな」
「どうも、鹿島遥です」
「ご丁寧にどうも、白井です。まさか偶然同じアパートとは」
偽名で挨拶をする染野は手慣れた様子で嘘を吐く。彼は鹿島がここに引っ越すことを事前に把握し、先んじて同じマンションに住んで同じ職場を選んだ。何もかも事前に計算し尽くされているのである。
「おいくつですか?」
「今年十八になりました。ここにも先週に越して来まして」
「十八!?ホントにお若いですね……」
「若いとは思ってたけど……年齢より若く見えるなあ」
「よく言われます」
大嘘である。染野は六月に十六歳になったばかりで、成人はまだ二年先だ。それは夫妻を騙す為に吐いた嘘でしかない。彼の常とう手段だ。
鹿島が次の荷物を運びに再び階段へ向かうと、染野もその後ろを付いて行く。
「やっぱり、この仕事って慣れるの大変ですかね?」
「最初の週は大変ですよ。特に腰と脚を痛めるので」
「ああ……そんな予想はしてました」
「自分は過去に経験があるのでもう慣れてますが」
二人が階段を下ると、車の通らない静かな道路を一台の自転車が走っていた。それはアパート横にある駐輪場に停まると、籠に入っていた買い物袋を提げて階段付近までやって来る。
染野が作り笑いをしつつ足を止めた。
「お帰り」
「ただいま……」
「あー妻です」
「ああっ、こんにちは」
「……旦那がお世話になってます」
日折は特に失点もなく演技をこなす。末端の職員として活動をし始めた彼女は、この夏休みの期間を活かして任務に参加していた。履歴書に書けはしないが、その重要さは学生のバイトとは桁違いだ。
東京から大きく離れた高知の地で、任務が始まる。




