あんパン編 ―トラムでの出会い―
都築 善弥の朝は、早い。
毎朝3時45分には起床し、身支度を整える。父と祖父も同じぐらいに起床している。そして、売れ残ったパンを1つ食べてから仕込みに入る。
ある程度仕込みが終わると、改めて朝食をとる。そのほとんどがサラダと、スープと、売れ残りのパンである。パンが完売すればご飯に味噌汁という事もあるが、都築家では売れ残ったパンをよく朝食にしていた。そして、場合によっては昼食もパン、である。
その日、都築家の食卓には、10個ものあんパンとコーヒー、ハムが添えられたサラダが並んでいた。
「……なぁ、親父」
「ん?」
コーヒーを飲みながら黙々とあんパンにかぶりつく父親に、善弥はため息交じりに問いかける。
「なんで、今日はこんなにあんパンだらけなのさ?」
「しかたねぇだろ、あんパンが売れ残ったんだからよ」
「儂は生クリームを入れたあんパンも好きじゃ。試しにやってみんかね?」
肩を竦め、再びあんパンにかぶりつく父親。そこへ善弥の真向かいに座っていた祖父があんパンの断面をみながら提案する。と、父親は少し考えながら咀嚼。
「俺も、生クリーム入りのあんパン食べたいな」
「ん……、だったら、パンの生地を少し変えようかな。今のは和風よりだし」
と父が言うのも現在はもちもちとした生地にするべく米麹を使っているのである。父としては「大福をイメージしてみた」らしい。
「生クリームと、例の生地も合うかもしれないけど。もうちょっとしっかりした生地に餡子と生クリームの方が食べ応えを感じるんだよな……」
と、最後の1欠片を口に入れたまま2つ目のあんパンに手を伸ばした。善弥は牛乳を飲みながら
(親父のあんパン、美味いんだけどなぁ)
と、売れ残ってしまったあんパンを見ながら首をかしげる。と、父親がぽいっ、と紙袋を投げ渡した。
「ん? 今日の弁当は何? あんパン以外の売れ残ったやつ?」
「いや、あんパンだ」
「えっ?! なんで!!」
思わず出た言葉に、父親は申し訳なさそうに言った。
「昨日は、あんパンだけ売れ残ったんだ」
その言葉に、善弥は思わず内心で呟いた。
――お米がもっと食べたい。
(今日は天気も悪いし、トラムで行こ)
善弥はあんパンの入った紙袋を手に、トラムの停留所まで走る。家から商店街を抜ければすぐそこにあるので、実にありがたい。高校までこれに乗れば45分で到着するし、正門前で下りられるから重宝している。
停留所につくと、ちょうどいいタイミングでトラムが到着していた。猛ダッシュで停留所へ駆け込むと、善弥は天鵞絨をまとったふわふわな座席に腰を下ろした。
(この時間のに乗れば、まず遅刻しないな)
安堵の息をついていると……何かが善弥にもたれかかる。その正体は、栗色の髪を項当たりで束ねた、若い女性だった。緑色のジャケットに砂色のロングパンツ姿の彼女は、どこか幸せそうな顔で眠っている。
(え?)
思わず目を丸くした善弥だったが女性慣れしていないため顔が真っ赤になる。そんな事になっているとも知らず、彼女は幸せそうに眠っていた。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
えーっと、まだ主人公のもう一人の名前出てませんね……。