9日目 地面からの炎の使者
地面が揺れた。明らかな異変である。
「震源地と規模の測定をオーダー」
指を動かす間も惜しく、口早に音声認識にてプログラムを起動する。するとすぐに回答が来た。
「測定ポイントが少なすぎて計測不能、そうきたか」
実に初歩的なミスだ。今までの道中で雷太が残してきたビーコンには簡易的だが地震波を観測する機能もついている。しかし雷太はまだこの里のどこにもビーコンを打ち込んでいなかった。最後にビーコンを打ったのは森から出る直前の、滝下りの際の崖の上である。
スーツそのものも足の裏から振動を感知して、ビーコンよりもさらに簡易的な震度測定をする機能が搭載されているが、スーツの開発者が遊び心で搭載したものなので、ぶっちゃけ体感で震度を測定するのと大した違いがない。
「……震度2ってところか。騒ぐほどの規模じゃないんだが」
まだこの星の地殻活動がどういう風になってるのかがわからないため断定はできないが、こんな内陸部で地震など起きるものだろうか。と、思い返してみると、森と草原の境目は高さこそそれほどのものではなかったが恐ろしく長大な崖であったと思い出す。
地震、そういう事もあるのかもしれない。
「余震というおそれもあるか。とりあえず、リューネさん、こういう事はこの辺では多いのか?」
何にしても情報が足りない。せっかく大きな問題がひとつ片付きそうだというのに、雷太はややうんざりした気持ちになった。
しかし返事はない。
「リューネさん?」
「あっ。あい! ほづ、ごづ」
「まず落ち着け。ほかのみんなも、すぐに同じようなものは来ないから。ゆっくり話してくれ」
これは雷太にも解読不能だった。動揺して滑舌が悪くなっているせいもあるのだろう。まず目の前のゾーリューネヅの呼吸を整えさせて、その間に回りの老人たちにも声をかける。相変わらずオグゾンドールアだけは寝ている。この場合は逆に手間がかからなくてよい。
「おんごっだむがじだ、じべたンゴウンゴウンつだつ、いいつだえだ、あるづす」
おんごっだ、いう単語の意味がわからなかったが、雷太は「凄く」や「とても」などの修飾語であると解釈した。さらにゴウンゴウンという単語もわからなかったが、ジェスチャーつきだったのでおそらく揺れている場面の擬音である。
つまり「凄く昔に地面が揺れたという言い伝えはある」と解釈できる。
訛りの解読とは時に新しい言語を解読するよりも難易度が高くなるようだ。
「という事はこういう事はしょっちゅうは起こらないんだな?」
「しょっちゅ、つが、じべただゴゴつだつ、はじめでだづす」
少なくともゾーリューネヅが生きている間に、地震が起きたのはこれがはじめてであるらしい。ゾーリューネヅはこの惑星の周期で言っておよそ18歳だ。
これは要調査である。しかしいくら老人たちにまで根治の希望が見えてきたとはいえ、未だ予断を許さない状態だ。ここで雷太がこの場をあまり長い間離れるわけにはいかない。
「けっ、賢者さまあ!」
悩んでいるうちに老人テントに転がり込んできたのは例によってウヅスグルオンだ。
「落ち着け。どうした」
「広場だ火だ、ぎえぢまうっす!」
「んっ。それは……まずいな」
火くらい点けなおせばいい、と思うのは雷太が魔法を使うまでもなく、テクノロジーで簡単に火を熾せるからだろう。彼らはその技術すらあまりなく、少ない燃料をやりくりしながら何代も何代も絶やさず守ってきた。賢者の御伽噺とならぶ信仰のシンボルの一つと言ってもいいかもしれない。
そういったものは火が燃えている事それ自体に意味がある。一度でも絶やされれば里の者達への精神的なショックは雷太には計り知れない。
「なんとかしにい……うお!」
慌ててテントの外に出たその時だ。先ほどよりもさらに激しい地震。直後、今まさに向かおうとしていた焚き火の広場のまさに中心を基点として大きく亀裂が走る。
「っ! 広場から離れろ! 全員今すぐだ!」
瞬間的に、今朝見た夢の内容が雷太の脳裏にフラッシュバックした。地中を削って足元まで来た巨大なミミズ。
広場の焚き火をどうにかしようと集まっていた男衆へ向けて大声で警告するが、地面が揺れているため上手く動けていない。
「くそっ!」
こういった特殊な状況でもとっさに動けるように訓練を受けていた雷太はすばやく移動して広場に駆けつけたが、亀裂はゆっくりと隆起して次第に焚き火を揺らがす。ただでさえ一度目の揺れで弱まっていた火がさらに小さくなる。
「この際火は点けなおすか……」
広場の中心はつまり焚き火が燃えている場所だ。裂け目が更にひろがれば、焚き火は地面に飲み込まれる。
「ジェシカ! サザンカ!」
とっさに、この状況でも自由に動ける二つの名前を呼んだ。それぞれいつもの位置にいた二体のアルフェーイはすぐに雷太の意図を汲み取ってふわりと離れ、協力して強い風を起こして広場に集まっていた男衆を吹き飛ばす。
「おおおおお!」
強い風にあおられ、広場の焚き火が一瞬だけ勢いを取り戻した。しかし衝撃的瞬間は続く。
ドオオオオオン と更にひときわ強く地面を震わせ、巨大なミミズが裂け目からその身をあらわした。
「うおおお!」
巨大なミミズの先端でぱっくりと口が開いている。口の中にはウナギの仲間のようにびっしりと鋭利な牙が並んでおり、一つ一つが戦艦の衝角のようだ。
唐突に現れた大物に雷太も驚きを隠せない。さらにスーツが警告を鳴らす。
「体内にエネルギー反応!?」
ミミズの芯の部分に複数種類の高密度エネルギーが検出される。温度はさほど高くないが観測されている電磁場は10メガワット相当。アルミを精製するための電磁炉に匹敵し、決して生物が自然に体内に持つようなエネルギー量ではない。
絶対に撃退せねばならないが、迂闊に手を出す事は何か更にとんでもない災害を引き起こしかねないと勘が告げた。見たところ外皮は普通のミミズとあまり変わりない様子なのでエネルギー弾も実弾も簡単に通るだろう。だが芯の部分をなんの用意も無く打ち抜いた場合、内包されているエネルギーがどう作用するかまったく想像もできない。
巨大ミミズの地上に出ている部分は三メートルほど。地中にあとどれだけ埋まっているかわからないため、余計に手を出しあぐねる。しかしどういうわけか突如として広場のど真ん中に現れてからはピクリとも動いていない。この隙を使わない手はない。
「くそう! スグル! とにかく里からみんなを離れさせろ!」
雷太が大声で指示を飛ばした、瞬間に、ミミズはまた動き出した。
「賢者さま! あぶね!」
スグルの警告もむなしく、大きくしなったミミズが口から何かを吐き飛ばしてきたそれが雷太に直撃した。
「ぐお! あつっ!」
なんと、赤熱してドロドロに溶けた金属である。こんなものをまともに食らえば普通の生物ならばひとたまりもない。だが幸いにして溶解した金属は雷太の数少ない素肌にはつかなかった。
「スーツさまさまだなおい! 見たろ、さっさと皆連れて逃げろ!」
慌てて赤熱する金属を振り払いながら魔法で冷却。ブルンブルン腕を振りながらもう一度避難誘導の指示を飛ばした。その間にジェシカとサザンカが戻ってきて雷太の周りに薄い風と水の膜を張って援護してくる。
ちなみに鉄が溶ける温度が千八百度で付着した溶解金属は八百度ほどしかない。それでも生身に触れれば致命傷になりかねないが、スーツ自体の耐熱性はおよそ二千四百度だ。ただし、一定時間以上その環境下にあればスーツの着用者は無事に済まない。
「すまんが、二人もみんなの誘導をたのむ」
ミミズは地面に頭を出しただけの状態でもそれなりに動けるらしい。しかも飛び道具まで持っている。ますます攻め方がわからなくなった雷太は、とにかく里の者達の避難を優先させようとした。
しかし、アルフェーイたちは従わない。
「お、おい?」
ジェシカが早いテンポでモールスを刻む。
はっきり言ってしまえば、二体とも里の者たち全員よりも雷太の方が大事なのだ。この辺り、アルフェーイは自分の気持ちに忠実である。絶対命令などできる立場ではない雷太にこれ以上の要求はできない。
「くそう、じゃあせめて時間を稼ぐぞ!」
思い通りにいかないものだと内心で舌打ちしながら、雷太はミミズに向き直って大声で叫ぶ。同じタイミングでまた溶けた金属が吐き飛ばされた。
帰還可能時刻まで、あと約65時間
猛暑の中みなさまいかがお過ごしでしょうか。
うちは南の方なのですがわりと大丈夫そうです。 むしろ都会の方が色々と大変そうですねえ。
水と、あと塩分を忘れずに!




