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9日目 地面からの伝播

 雷太は夢を見ていた。以前みたような、過去の記憶を繰り返すような夢ではない。目が覚める前に、外からの刺激に左右されて内容が変わってしまうような浅い夢だ。


 これが夢である、という自覚は雷太にはなかったが、違和感はあった。


 視界がおぼろげで焦点を合わせようとしても合わせきれない。なんとか周囲の状況を確認しようと耳を澄ますと、地面の下からゴリゴリと岩を削るような音が聞こえてくる。


 なぜ周りを知ろうとしたのに地面の下からの音に気が行ったのかなどという疑問を抱いてはいけない。こういった夢に整合性は皆無だからだ。


 この音はなんだろう、と地面の方に目を向けると、ゆっくりと地面が透けてくる。そして雷太は見た、巨大なミミズがまさに雷太の足元から雷太をめがけて地面を掘り進んでくるところを。


「うおっ!」


 ゾッとしない状況に急速に意識が覚醒した。勢いよく飛び起きると、まだ誰も置きだしていない時間のようだ。相変わらず睡眠時間は短くてすむ。


 前回の、ヒントになるような夢と違い、周りの状況を起きてからしっかりと確認しているうちに夢の内容はすぐに忘れてしまう。ただ、何か嫌な音がしていたような印象だけ残っており、その音をそれとなく探してみたがそれらしき音はもう聞こえなかった。


 それよりも、と雷太は気持ちを切り替える。


 寝る前に残しておいたメモを開き、上司が直々に作成してくれた治療案文を見ながらブドウ糖溶液を作り始める。


 ブドウ糖溶液の原料は七日分の消耗物資の中に入っていた高濃度のゼリー状のもので、スーツを身につけられるほど特殊な訓練と施術を行なわれた、雷太たちのような先遣調査隊員用のものだ。


 口に入れる場合と、点滴のように直接血管から投与する場合と、パッケージングされた状態で具現化するのが主だが、両手が同時に届く範囲内ならば指定した場所に直接具現化する事も可能である。


 雷太は指定具現化のためのグローブ型の座標指定機を装着すると、ゼリー状のブドウ糖溶液の原液を、雷太は水をはった桶の上に直接具現化させた。この原液のままだと、濃すぎて逆に彼らの健康に害が出るかもしれないと考えたためだ。


 ぼちょりと湿った音のあと、すぐに原液が水に溶けて薄まっていくのが目に見えた。


 桶に張っていた水の量はしっかりと計量しておいたが、ちゃんと狙った濃度になっているか、簡易解析装置を使い念入りに確かめる。


「うん、大丈夫だ」


 この三日間に蓄積されたさまざまなデータと、地球で未だに蓄積され続けているさまざまな生き物のデータを照らし合わせ、最も近い種について研究された結果をもとに導き出された、最適と思われる濃度、それが雷太がいま手作りしているブドウ糖液だ。無造作にかき混ぜて作られたように見える割に、じつに高尚なデータに裏打ちされている。


 独り言として出た完成の宣言で助手の片方が目を覚ました。


「んぉ……はよーごじまづ」

「おはよう。おじいさんたちが起きたらこれをこの容器一杯ずつ飲ませてあげて」

「おぐづいだづ?」

「そう、お薬だ」


 正確には薬と定義できるような代物ではないのだが、人間にすら効くかどうかどうかわからない薄い強心剤からの偽薬効果で回復のきっかけを掴む者もいたのだ、既に起きて、ひそかにこちらの様子を観察していた数名の老人たちにも向けて雷太はわざと強い口調で薬である事を肯定した。


「あい」


 そんな雷太の意図を察しているのかいないのか、ゾーリューネヅも力強く頷き返した。



 原因が魔力に関わるものであるため、細かな究明までは現状で不可能であるが、雷太が考えたイリュートロン結合による物質の変質説を発展させた輝紗螺の推論はこうだ。


 主軸となるところは雷太が思いつきで考えたものと変わらない。イリュートロンが物質の安定化に強い作用をもっている事はデータで立証されている事であるから、何らかの変質がもたらされている事は確定的だ。


 まず輝紗螺がやったのは、今までイリュートロンが結合している状態を確認された物質を見やすくした事と、具体的にどの元素に結合しているかを纏めただけ。ここまでは粒子物理学の分野だ。


 そこから急に展開し、里の者たちが訴える症状に対しては、いったいどの物質がおかしな事になっているから、こういったことになっているのか、が重要であるとした。


 下手に魔法の要素が加わってしまったから混乱したのかもしれない、というフォローはあったものの、雷太が野戦病院でも経験していればもっと早く気付いただろうという、雷太の経験不足に対する軽い叱咤も挟まれた。


 結局のところは、血液中の糖分を糖分として肉体が認識できなくなっている事が症状の直接的な原因の低血糖状態であると高い信頼度で推測でき、別の場所からイリュートロン結合がなされていない糖類を補給してやれば症状の緩和がのぞめる、と締めくくられていた。


 結果を述べてしまうと、老人達は全員とも一時的な回復を見せた。あくまで一時的な回復でしかなく、放置しておけばまた同じような症状を訴えるだろうし、ひょっとすると、一時回復から再び症状が出始めると感覚的にもっと辛いと思ってしまうかもしれない。


 だが症状が回復している間に少しでも例の呼吸法をおぼえられれば、根治にいたる可能性もでてきた。


 これはまさしく快挙である。


 ところが雷太は微妙な顔だった。


 老人達にも病に打ち克つ可能性が出てきた。これは純粋に喜ばしい。


 自分が集めたデータで上司が美味しいところを掻っ攫っていったから? それも微妙な顔の一因ではある。しかし主たる原因ではない。


「何か……何か忘れてるような。サザンカ、なんだろう」


 尋ねてみるが、水色のアルフェーイは戸惑ったように揺れるだけだ。と、黄緑色のアルフェーイが雷太の視界に躍り出て、なぜ自分には聞かないのだと駄々をこねる。


「はは、ごめんごめん。でもジェシカは俺が何を忘れてるか知ってるのか?」


 するとこんどは、知るわけないじゃない! と怒られた。どちらにしても怒られるのだ。


 アルフェーイとじゃれあっていると、老人の一人がゾーリューネヅを呼んでぼしょぼしょと耳打ちしているのが横目に見えた。小声だが雷太には丸聞こえで、調子が久しぶりに良くなったのでトイレに行きたい、というような内容だった。


 どうやらその老人は女性であったらしく、おばあちゃんになっても恥じらいを持てるとはいい種族だなあ、などとのんきに思う。


 そこから、短い連想ゲームが始まって終わる。


「そうだ、糞喰らいだっけ」


 ここで雷太は、ようやくカッシェルフが何度も伝えようとして伝え損ねていたワードを思い出した。


「なんだよ糞喰らいって……」


 昨日の通信三者面談では、輝紗螺の簡潔な喋り方にアテられてカッシェルフも短くこの単語だけ告げて通信を切ってしまった。


 しかも輝紗螺はなにかに納得したようで、あの場でわかっていないのは雷太だけだったような雰囲気だ。


「主任がわかったってことは、共有化したライブラリん中に答えがあったりするんかね」


 雷太がデータベースにそれらしき単語を検索しようとしたとき、


 地面が大きく揺れた。



 帰還可能時刻まで、あと約66時間。


 最近予約忘れがひどい

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