8日目 の終わりに
「む、そちらからどうぞ」
「いやいや、そちらから」
「「……………」」
「「じゃあ私から、あ……」」
「うぅむ……」
細い路地でお互いに道を譲ろうとして逆に道をふさぎあってしまう事があるが、会話においても似たような事が起こりえるのだと、雷太はこのとき初めて知った。
「主任から頼みます」
普段から話の長いカッシェルフに対して、輝紗螺は普段から話を簡潔すぎるほど簡潔にまとめて説明が足りずに物足りなくなるタイプの人間だ。ならば短い方から順にしゃべらせる方がいいと判断した。それに輝紗螺からの通信は時間制限もある。
「うむ。私の話は二つ。
一つ目は、その平行宇宙への進出はわれわれにとって非常に有意義なものであると認可された。君への早急な援助も用意できる見込みだ。
二つ目は、患者たちにはブドウ糖飲料を与えてみたまえ。
両方とも、詳しくは今共有化したデータを見てくれ。私からは以上だ」
やはり簡潔だ。雷太は非常にありがたいと思う。
「カッシェルフも、何か急な話だったんだろ?」
「あ、ああ。うむ。ええと、だな」
この期に及んでなぜか言いよどむカッシェルフ。こんどは雷太にも訳がわからない。
「その、女性の前でこんな事を言うのも何なのだが……」
「うん?」
「私なら気にしない、急を要するならばそちらも気にせず話してくれ」
たしか直前までは魔石の話をしていた。それと関係あるのだろうか。だとすれば女性に話し難い会話の発展とはいかなるものなのか。
「おそらく……いや、ほぼ確実にそうなのだが。その、な。あの獣たちは、その」
「その?」
まだもったいぶるカッシェルフ。続きを促す雷太。カッシェルフはさらに数秒迷ったあと、たっぷりためてこう言った。
「糞食らいに憑かれている」
なんとなく流れる気まずい空気――
「ふむ。なるほどな」
「え?」
――を感じていたのは雷太だけで先に理解を示したのは輝紗螺の方だった。これで驚かずに居られようか。
「え? なに、俺がおかしいの?」
「いやあ、女性に糞などと言うのはためらわれるものなのだが。理解のある女性で助かる。おまえは上司に恵まれているようだな雷太」
「お褒めにあずかり光栄だよ、カッシェルフ殿。では、件が落ち着いたらいずれ」
「ああ、対面を楽しみにしている」
そのまま、二人は同時に通信を切った。残された雷太には釈然としない気持ちだけが残される。
「ええ……」
スッキリしないまま、まずついさっき地球から共有化されたデータに目を通す。それは、雷太のこれまでの行動の評価と、地球側の大まかなものから細かなものまでの現状、そして輝紗螺なりに患者たちのデータを分析して提案された新しい手当ての方法だった。
まず雷太の評価においては、おおむね高評価を得られたようだった。
転送後すぐに各機能のチェックを行った基本を抑えた行動。
天体内での座標や天体そのものの座標の観測をすぐに始めた点や、三点観測のために適した観測ポイントを即座に判断し、そこへ向かう行動力。
道中でも細かなサンプルの採取を忘れず、凶暴な原生生物を前にしても取り乱さず対処できた判断力。
全て未開の地へ単体で赴いているという事を加味して、文句無しの高評価だった。
逆に注意点は、周囲の安全確保が完全でないまま木の上だからという安易な理由で睡眠をとってしまった点。
知性ある原住民とのファーストコンタクトでテンションがあがりすぎて奇行に出た点。
新たに得た技術がしっかり身についていない状態で協力者のそばから離れた点。
さまざまな面からみて効率的な移動手段をとらずに趣味に走った行動が多い点。などなど。
行動評価については注意点のほうが項目は多いものの、新発見とそれに対する雷太なりの考察も含めて実績評価から、総合的な高評価を得られたらしい。
さきほどの通信で輝紗螺も言った通り、この平行宇宙への進出はほぼ確定事項のようで、やはり魔法という新しい技術体系の可能性を見つけられた事が非常に大きいのだろう。これで、アルカンコー族に加担する行為も、後続への協力者を得るという名目が立ったおかげで完全に正当化された。
次に地球の現状である。
大まかなところから読めば、地球圏全体は一週間くらいじゃ大した動きもないよ、という当たり前のもので、雷太の家族も変わりないから心配するな、という程度のことしかかかれていなかった。
ところが、細かな部分に入る前にここから先を読むかは雷太の判断に任せると前置きがあった。
なんとなく予想がついていた雷太はためらいなくデータを開く。
雷太以外に同時に別々の平行宇宙へとジャンプしたメンバーは、雷太を除いて一名だけしか帰還していない。その一名はしっかりと五体満足で帰り着き、成果もかなりのものを挙げて帰ってきたものの、未帰還者のうち二名は死亡が確認され、残りの全員は一切が不明である。彼らの人間性を考え、自ら望んで跳んだ先の平行宇宙へ残る事を選んだという可能性もある、と輝紗螺の個人的な予想も付け加えられていた。
そういった事情もあって、現在は地球側がすべきサポートを全て雷太に集中させる事が可能であるらしい。さらに雷太がもたらしたデータは、こんな状況でなくとも雷太に重点的なサポートを置くべきだと判断できるものであるから、何か緊急の不足があれば遠慮なく申し出るように、という言葉で「地球の現状」とやらは締めくくられていた。
そして最後に、アルカンコー族の悪性魔力蓄積症に対しての処置案だが、魔法や魔力というものに触れたことがない輝紗螺からしてみれば、低血糖症に非常に近い症状である、らしい。
男女差による症状の軽重にとらわれすぎているのではないかという注意とともに、通信でも言われたブドウ糖の投与で症状が改善され、結果的に延命治療にも繋がるのではないかという考察が述べられていた。
ものは試しだ、と雷太は早速それをためそうと思ったのだが、老人達は既に全員寝入っていて、食事を、という雰囲気ではない。
そういえば自分も寝るところだったのだと思い出した雷太は、ブドウ糖、とだけ書いたメモを視界の端に映るよう残しておいて、ゆっくりと瞼を閉じた。
カッシェルフが言っていた「糞食らい」とやらの事は、すっかり忘れて。
帰還可能時刻まで、あと約71時間。
もう7月が終わる……
ひどい話しだ




