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6日目 小から中へ

 下流へ、下流へと向かうにつれて、雷太はようやく自分以外の動物がこの大森林に存在している痕跡を発見した。


 一つは獣道ともいうべきか足跡すらないただ点々と枝葉が折られたり葉をむしり取られたりした低い木の跡。もう一つ、決定的な証拠が糞である。


 この天体で見つけた動物は今のところメタルアーミドーがほぼ唯一で、他は手の爪ほどの大きさしかない小さな節足動物ばかりだった。今回見つけたそれは直径2センチほどのつぶれた球状で三つほど転がっていた。大きさが決定的に違うが、形状として最も近いパターンはゾウのものだ。


 さっそく一部採取して解析にかけると、雷太は頭の上で何か反応があった気がしたが、結局見えないので無視した。きっと汚いとか言っているのだろうと当たりをつけたが、糞などの痕跡はその対象を調べるにあたって非常に有用なものだ。


 糞の中の残留物はまずその種類が何を主食として生きているのかがわかる。その個体の寄生虫などの有無や健康状態もだいたいわかるし、血液型からある程度の骨格まで推測を立てられる。


 さらにこの糞は、小川の流れからある程度はなれた所で見つかった。偶然かどうかは、まだわからないが、意図的ないしそういった習性として水場から離れた場所でするようにしているのなら、水の汚染を経験則から知っている可能性すら見出せる。


 まとめるとこの糞の落とし主は、体長1.5メートル以上2メートル以内。体重は80キロ以上100キロ未満。健康状態は悪くなく、一定以上の知能を持っているか清潔観念が習性となるほど長く続く種族。となる。


 もっとも、現物を見ていないので全てまだ可能性の段階だが。


「うむ、まあ、運がよければ遭えるだろう」


 ここまで解析しておいてなんだが、雷太は予定を変えずこのまま下流に向かう事にした。水場に近いほうが遭遇できる確率も高くなる。


 そのまま水辺に沿って下流に向かうにつれて少しずつ植生が変わってきた。


 木々の背が低くなり、広葉樹、に分類してもよいのだろうが、少し葉っぱの形が変わった植物が増えてきた。葉っぱ一枚の大きさ自体は長さ5センチほど、幅3センチほどで大きめだが、形としては種から発芽したばかりの双葉のように一組ずつ、どの木のどの枝からも一定間隔で出ている。幹からはほとんど出ていないが、何かの原因で横倒しになった木は幹からも一定の間隔で、上の部分に芽が出ている。


 葉が出ている理由は日光の関係なのだろうが、種類が違って見えるどの木からも一定してその光景が見られた。さらに、その双葉は成長すると自然に落ちて幹の種類に応じて全く違う形の葉が現れるらしい。


 地球でこんな森があれば奇妙だといわれ研究の対象にもなっただろうが、この世界ではこれが自然なのだろうと、雷太は漠然と理解した。そしてふと、カッシェルフの家に貯蔵されていた書物には、植物学や農学についての書籍が一冊もなかったなと思い出した。


 考えてみればあの生白い細腕がクワやらスキやらを振るっている姿は想像できない。やるなら魔法で豪快に土をひっくりかえし、風で種を運ぶといったそれはそれで幻想的な光景になりそうだが、そもそも畑を見なかった。どうやって食料を得ていたのか。


 そこまで考えてはっとなる。


「重大なミスを発見してしまった」


 記録のためにあえて口に出している事だが、当然二体のアルフェーイも反応した。ススッと雷太の視界の中に現れて、どうしたの? と尋ねるように揺れている。


「カッシェルフの髪の毛の一本でももらっておくべきだった。彼の生態情報を読み解けば、もっとこの世界について知れたのに……」


 後悔先に立たず。位置はもちろん把握しているが、今から戻るというのも労力が要るし、なんとも間の抜けた話だ。


「はあ。仕方ないか」


 ミスはミス。こんなデータを持ちかえって、上司になんと言われるかわからないが諦めも肝心だ。アルフェーイたちの方は雷太が一瞬でも落ち込んだ理由がよくわからないようで、不思議そうに揺れながらまた所定の位置に戻っていく。


 すっぱりと気分を切り替え、さらに下流へと降りていくと、やっと小川が合流した。


 この小川だけでいったい何十キロあっただろうか。


 合流地点の近くの、適当な木の根元にビーコンを打ち込んでマーキングすると、ようやく川らしい幅になった河川の、上流と、下流を、交互に見た。ただながめるだけでなく、拡大望遠機能も使って見ている。


 上流の方にはだいたい800メートル級の山がある。霊峰ジェンボのような雄大さはないので、山というより岡といった雰囲気だが、その形は地球でもよく見られるもので、山そのものには特に見所もなさそうだ。緑豊かで、ところどころに色鮮やかな花も見えるが、あまり魅力を感じない。


 下流の方は高低差の関係でよく見えないが、やはり下流へ向かうのが正解であるように雷太には思えた。


「よし、幅も深さも十分広がった。水の流れがまた枝に隠れるような事ももうないだろうが、ちょっと趣向を変えようと思う」


 少しだけ、また空のたびへと戻る事を考えた雷太だったが、すぐに却下とした。せっかく、けっこうな河川が目の前にあるのだから、次のエンターテイメントはこれだ。


「氷結」


 雷太は左手をまっすぐ前に伸ばし手のひらをうえに向ける。目線と同じくらいの高さにある手のひらの、少し上の空間に注目しながら一言唱えた。その一言がトリガーとなって雷太の頭の中にあったイメージを忠実に現実化した。そこにあらわれたのは、六角柱の両端に六角錐を取り付けたような形の氷の塊だった。


「固定。形成を三日月の翼の一かけら」


 唱術と念術の併用で、唱術の複雑さを簡略化しつつ空いた穴を明確なイメージで補っている。


 そもそも、魔法が起きるプロセスが全くわかっていないが、使えてしまっている事も間違い無いため、精査が可能になるまでは詳しい事を一切考えずに使えるだけ使っていこうと決めたのだ。


「サザンカ、水を少しかけてくれ」

 なんとなく視覚的に見えているようないないようなおぼろげなイメージを、作りたい範囲に作る。それを一つの枠として、サザンカが得意とするところの水を操作する魔法で協力してもらい、新たな氷の素材を注ぎ込んでいく。


 ピカピカ と了承の意で明滅したサザンカは川にホースを繋いだように水をくみあげる。その水が、雷太が作った氷の核に触れると、水は瞬く間にシャーベット状になって、さらに一瞬で氷になった。そうして、見る見るうちに氷のそれが形成されていく。


「よし、これで船体は完成だな。次は帆だ」


 出来上がった氷のカヌーを一度川原におろすと、同じ要領で氷のポールとマストを作り上げ、カヌー本体と結合する。できあがったそれは、ウィンドサーフィン用のサーフボードを大きくしたような形だった。


 出来上がった帆つきカヌーを川原に流し、すかさず飛び乗る。水の流れに従ってカヌーが流れ始めたが、そんな勢いでは満足できない雷太はもう一体のアルフェーイにも協力を願い出た。


「ジェシカ、後ろから風が来るようにたのむ」


 いままで退屈そうにしていた緑色のアルフェーイは、わが意を得たりとばかりに張り切って風を起こす。カヌーが一気に加速した。


 こうして、雷太のささやかな船旅が始まったのだった。



 帰還可能時刻まで、約155時間。


小さな川から中くらいの川に


と、いうことは?

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