6日目 いざ激流へ
帆つきカヌーでの川下りははじめゆるやかに始まった。
じつはこれはかなり危険な行為だ。もともと不安定な小型で細長い船に帆がついている、というだけでかなり危ない。そんないつ転覆してもおかしくない船に立ち、雷太はジェシカの風の補助をうまく利用しつつ天才的なバランス感覚でもって状態を安定させている。
さらにこの河川がどういうコースになっているかを把握していない。この緩やかな渓流がいつ激流となって、滝が現れるかもわかっていない。にもかかわらず船の素材は柔軟性のとぼしい氷だ。ただの氷ではないからある程度は耐えるかもしれないが、突き出た岩場に正面衝突などしてしまったら無事で済むはずはない。
しかし雷太はこんな危険なことをしてでも距離を稼ぎたかった。ならばやはり空を飛べよという話になるのだが、それはただでさえ確率が低い原生生物との遭遇を無にしてしまう恐れがあったので避けたい、というのが建前だ。
本音は一つ。
「(やっぱこれくらいスリルがねえとな!)」
これは記録に残るとさすがに問題になる。雷太はかろうじて冷静に、本音を心の中でだけにとどめた。
ところが雷太の期待からはずれ、川の流れはしばらく穏やかなままだった。ジェシカががんばって追い風を吹かせてくれてはいるが、思うように速度は上がらず雷太が求めるスリルとやらは一向に訪れない。
それでもしっかりと道のりは進み、川らしくうねうねと曲がりくねったそれにあわせて右に曲がり左に曲がり、少し流れが速くなったところに期待するがまたすぐに穏やかに戻ってしまう。その繰り返しだった。
しかし、新たに大きな河川との合流が近づいてから流れは一変する。
「うお! 一時停止、岸によせるぞ!」
近づくだけで水量も速度も違うとわかる轟音がきこえはじめた。一度川から出たのはべつに怖気づいたわけではなく、川の合流地点にはしっかりマーキングしておかなければ後で同じ道順をたどる時に面倒になるからだ。
「よし、戻るぞ。二人ともこんどはしっかりつかまってろ! 気合入れるぞ!」
雷太は自分にも向けて檄を飛ばし、気持ちを鼓舞した。
激流に飛び込むとさっそくその荒波の洗礼を受ける。今までとは打って変わって激しく波打つ水面のせいで雷太の天才的なバランス感覚をもってしても船体を御しきれない。
「おっ! くそ!」
短く悪態をつくが表情は非常に楽しそうだ。
曲がりきれず、対岸の岸壁に激突するかと思われたが、なんとか方向転換が間に合った。しかし氷の帆がいくらか削れてもっていかれる。
「邪魔になるかっ! 座ったら帆を切る!」
息つく間に転覆するか否かが分かたれる状況だ。雷太にしがみつきながらも、雷太とおなじようにどこかスリルを楽しんでいるように見える二体のアルフェーイに向け、なるべく短く合図すると背中の大剣を抜きながらすばやくカヌーに下半身をもぐりこませた。
ガキン と硬い音とともにマストを切り離すと、空気抵抗の関係で帆だけがぐんと勢いよく後ろへ飛んでいく。同時に、帆という大きなつっかえが無くなった氷のカヌーは激流のままにさらに勢いを増す。
「ッハハハアー!」
雷太もいよいよエキサイトしてきた。
マストを切り離した大剣をそのままオール代わりに使い、バランスをとりつつ水を掻いて、時々飛び出ている岩を突き、岸壁を突き、どこにも激突しないようカヌーの位置を調節していく。
「ヤッフウウウ!」
目に水しぶきが飛んでこようが関係ない。まばたきの一つも惜しい。しかも座って視点が低くなったせいで体感速度も上がっているのだ。
興奮の度合いとは裏腹に位置取りは至極冷静で、体裁きも堂に入っている。反射神経は並み並みならぬもので、雷太の名が示すように雷のような速度で大剣を切り返す。
「フアァァァッハアア!」
雄たけびに意味などない。楽しさが自然と口からあふれ出るのだ。
雷太のテンションに呼応するように激流はさらに早くなる。
川岸は完全に崖となっていた。上を見て高さを確かめる余裕はない。
遠くからはさらに大きな音が近づいてくる。
既に焼け付きそうな雷太の脳裏をさらにチリチリと焦がすものがあった。
「そろそろやばいぞ。しっかりくっついてるか!?」
叫んで確かめるが返事の明滅を確かめている余裕はない。代わりに正面からやんわりとした風を受けた気がした。雷太はそれを応と取る。
「そいやあああ!」
ここだ! というタイミングで氷のカヌーに剣を突いて立ち上がってその勢いのまま跳びあがった。カヌー自体が上に跳ねるタイミングを狙ったのでかなりの高さまで跳ね上がる。
「っ……!」
一気に広がった視界。映る光景に雷太は息を呑んだ。
未だうねりながら長大に続く巨大な河川。その両岸には気が遠くなるほどの草原が広がっている。そして僅かな……
「よっしゃああ!」
大剣を振り回し、姿勢をあやつって崖に近づく。そこにさらに、剣を突きたて岩壁にしがみつく。
「ふっ、ふふ!」
下を見て、やはりあった滝の高さを確認すると、雷太は笑ってしまった。
「はははははは!」
音の大きさのあまり警戒していたが、滝は5メートルほどしかなかったのだ。今までのこの星のスケールを鑑みるにナイアガラ級もあるかもしれないと思っていたが考えすぎだった。しかも一度滝壷に落ちてしまえば、河はまた穏やかな流れへ変わっている。
「降りるか。それともせっかく上ったんだし上に行くか」
迷っていると、二体のアルフェーイが同時に出てきて上に何かあると主張した。
「よし、じゃあ上だな」
アルフェーイの意見をくんで崖をよじ登る。最後にまたちらりと滝つぼのほうを見ると、ひっくり返ってはいたが氷のカヌーがぷかぷかと浮いていた。
帰還可能時刻まで、あと約152時間。




