6日目 道すがら、ちょっとした過去話
森の中を歩きつつ、たわいない話をするように雷太はさりげなく二体のアルフェーイの過去の話を聞いていく。
あいかわらず単語を数珠繋ぎしたカタコトのモールス信号だったが、だんだんとそれぞれのクセがわかってきた雷太はほとんどノータイムで解読した。この辺りはさすがに、スーツの補助などではなく雷太の自力である。
「へえ、それでよくカッシェルフたちを許す気になったなあ」
エルフ文明が健在であった頃のアルフェーイたちの待遇は、雷太が想像していたより、そしてカッシェルフの書物から読み解けるよりも過酷なものだった。
アルフェーイはアルフェーイ同士で生殖するような事はせず、自然に生まれてくる。彼らは自分たちが自然から使わされた代弁者であると認識しているが、物理的な面からみてどのように生じているかは、彼ら自身もわかっていない。
そこは、エルフ文明人たちにも解明できなかったようだが、自然発生するアルフェーイたちは数こそ少なくとも基本的に寿命が存在しないせいで増える一方、そして所有される一方だった。
まず、ちょうど雷太が簡易解析装置にかけるときに使う小瓶ほどの大きさの特殊な容器にとじこめられる。
そして、個体によって違う得意不得意を一切考慮されずに、高度な記術をほどこされた器具に装填され、無限のエネルギー源として利用された。
いってみれば、電池と同じだ。しかもその電池は使えなくなったあとしばらく放置しておくだけで充電しなくとも勝手に復活してくれる。使う側から見れば、それはそれは使い勝手のいい道具であったに違いない。
だがアルフェーイたちは皆、例外なく感情を持っている。それは犬や猫よりも単純で、あまり深いことは気にしないというか、考えられないのかもしれないが、辛いという感覚は確実に持っていて、ずっと記憶される。
たとえば、人間の血液がそのままエネルギーとして利用できるようになったとする。死んでしまうほど血液を抜かれる事は決してないが、血液を抜かれるときには激痛を伴い、抜かれたあともひどい虚脱感が続く。それを、何度も何度も、延々と、起きて活動できる間はずっと続けられる。
次に血を抜かれる時が来れば、抵抗するのは当たり前のことだ。
多くのエルフ文明人が、もっと早くそれに気づけばきっと違う結果があったのだろう。しかしアルフェーイたちの抵抗が大きな効果をあらわすタイミングの方が早く来てしまった。部外者である雷太が言ってしまえば、たったそれだけの事だ。
雷太たちにとって重要なのは、エルフ文明人と同じ事を、雷太がアルフェーイたちにしない事。その考え方に説得力を持たせるだけの情報をなるべく多く記録しておく事だ。
しかしまあ、雷太をこの平行世界に送り込んだ直属の上司は、八百万の神の考え方を濃く継いだ純血の日本人である、少なくとも彼女の管理下にある間は同じ過ちが繰り返される事はないだろうと雷太は考える。
「うん? 俺の話か?」
雷太にはまだ聞きたい事が残っているのだが、アルフェーイたちは話しきったという感覚があるのだろう。次は雷太の話しを要求してきた。
「俺の話か。そうはいっても、どこから話したものかね……」
雷太は現在の地球圏においてはいたって一般階級に生まれた。社会的地位も、学生時代の成績も、どれもいたるところにありふれていてパッとしないものだ。しかしそれは、雷太が知る地球圏の中での話し、普通の人間だったよ、といっても社会の基盤からしてまったく違うのだから、アルフェーイたちに理解できるはずがない。
「そうだなあ……。俺の話をするよりもまず、俺の生まれた場所の話をしようか」
あまり公式記録には残したくない会話だな、と思いつつ、雷太は少しずつ自らの過去を語り始める。
雷太はまず、自分たちの世界とこの世界とで最も大きく異なる点から述べる事にする。雷太の世界には魔法が存在しなかった。したがって、この世界の魔法という法則によって存在をゆるされている多くの生命体はどこを探しても見つけられず、ただ物語りの中にだけ生きていた。
あるいは実在したからこそ物語りの中にも登場しえたのかもしれないが、ファンタジックでスピリチュアルな世界観を事実とする考えは、産業革命くらいから急速に消えていった。科学技術こそが真理であると。
アルフェーイたちには難しかったのか、いまひとつ反応がよろしくない。雷太は苦笑しながら乱暴にまとめる。
「つまり、俺の世界に君たちはいなかった。ゆるされすらしなかったんだと思う」
それはある意味で、虐げられ、利用されるよりも残酷な事だ。二体のアルフェーイはショックを隠し切れないようで、怒りなのか、恐怖なのか、小刻みに震えている。
「かく言う俺もその世界から来たんだ。君らの存在をゆるさなかった世界から、その世界で育った技術を使ってな。だからって、べつにこっちの世界に来てまで君らを否定する気は無い。むしろ、実在してくれて、居てくれてありがとう、って気分だ」
記録されているというのに、気分が乗り始めた雷太は余計な事まで言うのを自分で止められない。きっとあとから自分で記録を見返し、恥ずかしさのあまりに悶絶するだろう。その甲斐あってアルフェーイたちはいくらかショックから立ち直った。
ほんとうに? いてもいいの? と尋ねてくる。
「当たり前だろう」
見た目は本当にただの宙に浮かんだ光る点なのだが、ここまであからさまに懐かれると悪い気はしないのが不思議なところだ。少しずつ愛着もわいてきてしまっている。触れられても感覚が無いのがもったいないくらいだ。
「しかし……」
そんな可愛い彼女たちに話を続けようとして、雷太は困った。今はなした感じからすると、彼女たちはあまり難しい話は理解できない。
「それで、えっとだな。うーむ、そうだ、君らは何を聞きたいんだ?」
逆に訊き返すと、二体のアルフェーイはそれぞれ違う事を聞いてくる。さすがに二箇所からのモールス信号を同時に処理することはできず、スーツのアシストが働いた。ちなみにジェシカは雷太の好きな食べ物、サザンカは雷太の世界の事を続けてきいてきた。
「お、おう……順番に答えるか――あ?」
ひとまず好きな食べ物のほうから答えようとして、雷太はとある音に気づく。
「水の音、しない?」
耳を澄ませばちょろちょろと、おそらく流れる水の音だ。雷太の声を合図にアルフェーイたちも気づいた、のかと思えば、何をいまさらといわんばかりに静かに横揺れしながらおそらく雷太を見ている。
「気づいてたの?」
訊けば、返事はモールスではなく始めに決めた肯定の縦揺れだった。
「早くいってくれよ。その場所まで案内してくれるか?」
すぐに先導して前を行く二体のアルフェーイ。
雷太の目的はあくまで調査。調査において水源の確保は命題である。
帰還可能時刻まであと、約166時間。
やけに……乾くなあ……
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