葬儀
王都に鐘の音が響いていた。
聖女メイベルの葬儀には、多くの人々が集まった。
辺境を長く脅かしていた上位魔獣を討伐し、その帰還を目前にして命を落とした聖女。
その死を悼むため、王族や貴族だけではなく、神殿関係者、兵士、そして大勢の市民が大聖堂を訪れていた。祭壇の中央には、白い花に囲まれた棺が置かれている。棺の中のメイベルは、白い法衣を身につけていた。傷はすべて隠され、長い髪は美しく整えられている。まるで眠っているだけのようだった。
棺の前には、途切れることなく花が供えられていく。
「おいたわしい」
「まだお若かったのに」
「最後まで国のために尽くされたのね」
すすり泣く声が、あちらこちらから聞こえた。
オルフェンは大聖堂の端に立ち、その光景を眺めていた。
聖女の死について、すべてが公表されたわけではない。上位魔獣討伐からの帰路、不慮の事故によって命を落とした。人々に知らされたのは、それだけだった。
あの信じがたい儀式のあと、事態はオルフェンの予想もしなかった方向へ進んだ。
聖女の最後の言葉は、レオンハルトとロイドにも伝えられた。
――お2人の気持ちは届いております。どうか、もうお苦しみにならないで。もう何もおっしゃらないで。すべての罪は私が引き受けます。
それを聞いたロイドは、声を上げて泣いたという。
そして2人とも、それまでの供述を撤回したいと申し出た。
聖女の言葉がすべてです。2人の言い分は、奇妙なほど一致していた。それ以上の事情を尋ねても、何も語ろうとはしなかった。
先の調書が消えるわけではない。聖女の証言と食い違っている事実も変わらない。何より、肝心の短剣はいまだに見つかっていなかった。
事件は何ひとつ解決していない。
だが、聖女の亡骸をいつまでも留め置くこともできなかった。
レオンハルトとロイドはそろって、せめて聖女の亡骸に詫び、最後の別れをさせてほしいと願い出た。
第二王子と、国でも名高い魔術師。一介の事務官であるオルフェンに、それを止められるはずもない。
そうしてまた、あれよあれよという間に、本日の葬儀を迎えたのだった。
聖堂内に流れていた厳かな音楽がやみ、レオンハルトが棺の前へ進み出た。
正装に身を包んだ第二王子の顔には、薄い傷痕が残っていた。鼻の脇から左の頬へ走る傷。医師によれば、時間が経てば今より目立たなくなるという。だが、完全に消えるかどうかは分からない。
レオンハルトは棺の前で立ち止まった。しばらくメイベルの顔を見つめ、参列者へ向き直った。
「彼女とは、今回の使命を通じて多くの時間をともにしました」
静かな声が大聖堂に響いた。
「聖女として、仲間として、彼女は何度も私たちを救ってくれました。彼女がいなければ、私たちは使命を果たすことができなかったでしょう」
あちこちですすり泣く声が聞こえた。
「彼女の死に、私は生涯責任を感じ続けると思います」
レオンハルトは一度、言葉を切った。
「その思いが消えることはありません」
嘘ではない。
オルフェンはそう思った。
少なくとも、その言葉だけは。
「彼女の慈愛と献身を、私は生涯忘れません」
レオンハルトは深く頭を下げた。顔を上げたとき、指先がほんの一瞬だけ左の頬へ動いた。
だが、傷に触れる前に、その手は下ろされた。
次に棺の前へ立ったのは、ロイドだった。いつもの魔術師の装束ではなく、黒い礼服を身につけている。
ひどく痩せたように見えた。
「俺は――」
声が詰まった。しばらく俯いてから、もう一度口を開く。
「僕は、彼女を守れませんでした」
大聖堂が静まり返った。
「何度も彼女に助けてもらったのに。最後の最後で、何もできなかった」
ロイドは棺の中のメイベルを見つめた。
「彼女は優しい人でした」
オルフェンは目を伏せた。
「自分がどれだけ苦しくても、人のことを考えられる人でした。僕は、そんな彼女を――」
言葉が途切れた。ロイドは唇を噛み、やがて小さく首を振った。
「忘れません」
それだけ言って、棺へ一輪の花を置いた。立ち去る直前、ロイドは誰にも聞こえないほど小さな声で何かを囁いたが、オルフェンのいる場所までは届かなかった。
葬儀が終わるころには、棺の周囲は花で埋め尽くされていた。
人々はそれぞれに聖女との別れを惜しみながら、大聖堂を出ていく。
オルフェンも棺に背を向けた。
白い花に埋もれるようにして聖女メイベルは静かに微笑んでいた。




