第四話【政情と清浄】
第四話 【政情と清浄】
物語の規模が次のステージへと進む初手がここかと思います。
防衛大臣/須崎宗喜を筆頭に様々な新キャラが出てきます。
私が多くを語るよりはご覧頂き、このイグナクトの世界を見てやってください。
では物語第二幕の開幕です。
第四話
【政情と清浄】
6月4日 銀の柱での激戦の翌日。 東京都 市ヶ谷 防衛省 本省。 日本の防衛の要。
首都、東京、その中でも屈指の人口密度を誇る新宿。
その東。
皇居の北西に位置する広大な敷地。
周囲を住宅に囲まれた特異な立地にそれはある。
陸/海/空、それぞれの幕僚幹部や最高指揮執務室などが入る中央指揮所もここにある。
この区画にはそれぞれ対応を特化した形で幾つかの建物が存在する。
A~Fの専門担当棟に福利厚生のための施設が立ち並ぶ。
その一画、明らかに異質な鉄の塊のような箱型の建造物。
日本が国防軍を制定した時に手が入った唯一の区画。敷地内では一番新しい建築物となる。その内部は省内でも限られた者しか立ち入る事が出来ない厳重な管理体制が敷かれていた。
【特区防衛戦略研究所】
F棟に存在する防衛研究所に端を発するこの組織。
当初は米軍との戦略連携が得られない場合を想定した日本独自の防衛対策を研究する部署として発足。だが銀の柱研究知見増加に伴いそれらへ特化する形で特区、すなわち24区の防衛を主眼とする銀の柱専門研究対策組織へと変貌していった。
先の一色区、空港に隣接する国防軍ラボなどはここの直轄出先機関としての意味合いが強い。
体裁として民間研究者も受け入れてはいるが基本は軍所属の軍閥研究者組織。
この施設はその重要性から建物全体が
【最高峰の物理シールド(エミッションセキュリティ/EMSEC)】
として構築され、建築段階のコンクリート素材選定から電磁波盗聴(TEMPEST)の性能テストをクリアする徹底ぶりである。 このシールド性能は後発であることからも首相官邸の地下シールドルームを超える性能が維持されている。 他のシールドルームでも施設内部に入った途端に携帯通信端末の電波が圏外となることは基本なのだがこの施設は各部屋単位でもその性能が担保されている。
加えて全てが部屋単位でスタンドアローンとなり物理的に隔離、データを持ち出すには専用規格な上にロットを完全登録管理された施設内データ搬送メディア【S-MDI(Shielded Medium for Data Interconnect:シールド型データ相互接続媒体)】を要する。
スパイ天国と揶揄されるほど為政者が機密へ関しても頓着ないザルだった日本の国防意識。そんな昭和/平成/令和の日本への教訓として聖政権時に取られた措置でもある。
その【特区防衛戦略研究所】の地下、中央指揮所と同等の設備を持ちながら組織内でも内容に関しては秘匿され続けている中央統合戦略予備指揮所…
「この未曽有の危機のなか勝利を収めた事は瞠目以外の何者でもないが…」
細身の体躯に小さな楕円型レンズの眼鏡、パリパリスーツの男。
現防衛大臣/須崎宗喜49歳。
為政者にしては立ち振る舞い身なりの洗練された様から政界の貴公子と呼ばれている。
だが実家はゴリゴリの畜産酪農家。
自身も学生時代は繁忙期の農場で体力自慢脳筋アルバイトの群れに突撃、汗を流した隠れ体育会系。
その後司法試験を突破し検事、思うところあり政治家へ転身した異色の経歴。
聖の立ち上げた さきがけにっぽん の現政務調査会長(通称:政調会長)でありながら大臣も兼務する次期首相の筆頭候補とまで噂される男。
今回初報で敗色濃厚との知らせを受け、次手としての対策模索を検討すべきと決めた直後にもたらされた完全勝利の報。
それは彼にとって政治生命的にも起死回生となった。だがその勝利へ伴う様々な事実を前に正解を導き出せないでいる。
「彼女は民間人です。我々から命令を下す権限はありません。またもう一方の橘真鎖人。彼は元軍閥ではありますが今現在国防軍ラボの特設研究員という立場。同様に我々へ報告義務はあれど命令権限がありません。」
国防軍総司令官/前田圭史59歳 旧自衛隊での統合幕僚長に当たる役職。
現場の最高責任者。
24区の銀の柱の全防衛統括に当たる者であり撤退戦の承認含め責任を負う立場にある。
「私も貴方も二人に助けられた立場。だからというわけではないが、最大限配慮してもこの二択になる。」
そう言って手元、須崎自身が作成した二通の書面を前田に見せた。
事態に対しての対策として考えられるケースを簡潔にまとめた書面。
「正式なアドバイザー(有識者)として迎え入れる、か、NDA(秘密保持契約)を交わすか…ですかな。」
「企業が交わすただのNDAではない。事は最高レベルの国家機密にも該当する。特定機密として情報本部の枠組みを使って秘匿するほか二人を守る手立てもない。」
それは一民間人に強いる枠組みとしてはかなりのプレッシャーとなる事でもある。 公の動きを制限される可能性が出ること含め、特に旭柰に対しては絶対保護の観点からの護衛は必須となる。
表舞台での露出も多い彼女にとって、それは制約としてかなり大きなものとなることは必至。
この場にいる者達は同様の認識の下、それ以外の手段を呈することもできないでいた。
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6月5日 13時45分
一色区 一色基地
銀の柱防衛の要、今回の戦場となった地。
真鎖人が旭柰と共にライトニングボルトへ乗り込んだ格納庫。
この地下には滑走路含む地上同基地区画とほぼ同じ面積の地下フロアが存在する。 主に航空燃料に兵站関係、基地の福利厚生など、そして大規模な整備設備を伴う施設が設置されている。
変わったところとしては託児施設も併設されおり軍関係者家族の該当資格保持者を中心に雇用、軍関係者の子供達を預かるなどしている。同様施設は2017年辺りから都内防衛省内部にも福利厚生棟に配備されており、取り組みとしては一般的なもの。地域自治体の認可を受け補助金も投入されているため周辺住民の子供も受け入れている。
これら取り組みは官民協働の象徴として機能し久しい。だが基地で併設されているところは全国的に見てもまだ少ない。
そんな地下施設の一画にイグナクトは運び込まれていた…
「ここまで来るともう私にはお手上げだね・・・これはもうライトニングボルトの皮を被った空飛ぶ物体だよ。特機の方がまだ触れるんじゃない?」
そう述べてお手上げと白旗宣言をしたのは整備小隊長/朝倉あゆみ准空尉 50歳 。
それぞれの機体専属の機付長を束ねる機体整備の神様と言われる人物。
男性が99%と言われるほどの現場で10代から現場に従事、双子を育て上げ純空尉として整備の現場を取り仕切る。
その彼女が見たイグナクト/ライトニングボルトは前述のとおり。
戦闘機形態のそれは外観だけライトニングを模していて、機構もそれに準ずるものが残されている。
だが内部は一部油圧系のそれを残し大半が
『これが推進?』
『これが伝達?』
『この密閉された箱が動力源?』
程度の見分けしかつかない有様。
基地にある整備用の工具では何もできない状態だった。
内部もイグナクトがハッチを開放したことで視認できただけでそれがなければトンカチで叩いてここは薄い、ここは厚い?ここは色々詰まってる?という判定で終わる可能性すらあった。
彼女の言う特機というのは真鎖人の所属するラボに付随する
【特殊先進機械兵装技術研究所(とくしゅせんしんきかいへいそうぎじゅつけんきゅうじょ)】
通称/特機研を指す。
「やはりそうですか・・・」
操作系からモニターにいくつかの技術仕様を表示しながら真鎖人がつぶやく。 そこに表示されているのは言語こそイグナクトに頼んで英語表記にしてもらってはいるが、そもそも人類には概念としてしか認識されていないモノも平然と存在する。
「イグナクト、君の内燃機関はモノポールが主体なのか?」
真鎖人が率直な疑問をぶつける。
『その通りだ真鎖人。私はモノポール・コアにより状態を維持している。』
状況を把握できない朝倉。
「なんだいそのモノポールって?」
「一言で言えば 「N極だけ、あるいはS極だけの性質を持つ」 極の独立した幻の素粒子(磁気の粒)です。存在だけが示唆されていて人類は見つけられない・・・」
「そんな大層なものなのかい?」
「イグナクトの、銀の柱の起こしてきた様々、技術論は別にしてそれで全て成し得るのだろうなという想像はつきます。そのくらいには今当たり前に人類が認識している物理現象は否定されてしまう可能性のある代物です。」
真鎖人はイグナクト顕現の際に、リアルタイムで書き換えられていくシステムの中にモノポールの存在を示唆する記載を複数確認していた。
実際にイグナクトを操り、その意識の幾何かを共有する中でも垣間見えるテクノロジーの片鱗。この存在が事実であれば技術体系に筋が通ると体感するモノがある。 モノポールによる莫大なエネルギー収集効率を下敷きとする未来の超テクノロジー・・・
イグナクトとのファーストコンタクト。
赤い光の粒子の漂う空間、あれは生命の意識をトレースし、デジタル化したモノを電脳空間上で再現、超光速データのやり取りでの対話を行う空間だったのでないか?と仮説を立てた。
旭柰と互いの存在を認めるのに触れることができないばかりか、彼女は自らの手で自身に触れようとしたところ、その手は身体をすり抜けている。
そして電脳空間内は実空間の会話より数百~数千、場合によっては数万倍の速度の情報交換を可能とできる事実。 彼が空間内で視認した腕時計の時刻は実空間のリアルタイムを表示しているに過ぎず、そのため空間内では外の遅い時間間隔が遅れて表示されていたのでは?
そのように仮定する。
意識が実空間に戻った際に時計が刻んでいた実測、手が操縦桿から離れたことによる機体の
【FLIGHT MODE: HOVER [ AUTO-SUSTAINED ]高度維持オートパイロット】
への移行。
発生していた事象、これら全てに説明がついてしまう。
機体UIから一通り該当項目のステータスを記録し操縦席から降りる真鎖人。
特機との連携は必須となる事を考えながらも、今こうやってコピーしたイグナクトの仕様など明日になれば変更が発生している、日を重ねればそれだけ内部の変成が進むのであろうことは容易に想像できた。
『真鎖人。今後の私の状態に関しては人類側の対グラードルへの具体的対策と共に早急に手を打たなければならない。』
「理解してる。その話も進んでいると思う。」
「指令と隊長二人同時に本省呼び出しだからねぇ、流石にこれは異例だよ…」
朝倉がそう述べるほどに、事態は危急存亡の果ての今なのだという事実がある。
先の一戦、急を受けこの基地へ派遣された艦艇は日本防衛体制の3割に届くほど。
今回の戦闘終了後も、多くの艦艇はそのまま周辺海域に即応体制で展開されたまま。
一色区には元々、国内の2割に近い戦力が置かれていたことも銀の柱への戦略的重要性を示している。
だがそれでも柱を守備する戦力としては不十分、それがこの一戦により可視化されたという事に他ならない。
イグナクトの存在含めこれからの日本の在り様はグラードルの脅威に対し世界の指針となる重要な局面を指し示している。
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6月8日
銀の柱/一色24区
ここ一色港では本土への避難指示体制が解除され、一時的ではあるが区民が戻り始めていた。
戦時下ゆえ、このまま鎮静化するのか、今後も避難を継続・維持する体制となるのかはまだ見えない。
だが、最終的な決定が下される前に一度住民側の体制を整え、混乱収息を優先させたのであろう。
その間にも並行し確定事項を出していく。
為政者の綱渡り加減も垣間見える措置であった。
そのため、万が一のグラードル再強襲に対する備えとして、最優先で一色区への戦力集中防衛態勢構築が取られた。
またこれと並行し、大きな動きが政府にも出ていた。
現首相であり
「さきがけにっぽん」
党首の冨樫敏弘、60歳。
凡夫な首相と揶揄されるほどに「何もしない男」との評であったが、この国難最大級の有事に際し、周囲にこう言い放った。
『俺は馬鹿だからどうしたらいいか分からん。だが、この国難に有益となる策ならエビデンスと共にじゃんじゃん持ってきてくれ。馬鹿な俺には責任を取る覚悟しかないから、よろしく頼む。』
と豪胆ともとれる指示を出す。
これを受け、即日超党派での緊急会議が防衛大臣筆頭に複数持たれていた。
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同日夕刻
議員会館
須崎事務所
元来、為政者の多くは国政に近くなるほど多くの秘書を雇用する。
仕事の規模にもよるが国政となると 【公設秘書/3名+私設秘書数名】 というケースが多い。それぞれがその建付けで給与の出所も違う。
須崎事務所はそれなりの大所帯で地元選挙区にも事務所を構えている。
秘書含む事務方総数は、全国会議員の中でも気持ち多い部類に入るだろう。
緊急事態の最中、須崎の事務所も秘書含め全員がそれぞれタスクの山と相対していた。
ドサッ! 書類の束がまとめられる。
これらは大半が不要で、机上の空論的なペーパープランにすらならない内容。
その中からわざと目立つような赤い表題紙の挿入された束が取り上げられる。
「このプラン、本当に使えるのか?」
このファイルをまとめ上げたものは須崎事務所の 【政策担当秘書】 名を鍵谷利光 33歳。
※秘書は複数人抱えられるが【政策担当秘書】は一人のみ
『船は民間持ちですが実質JST(科学技術振興機構)が管理している形です。それに調べた中には他に都内だけでも複数の国資産と紐づけされた船があります。』
彼の作成した資料には国の施設で管理している中型船籍のリストが挟まれていた。
そこには海上保安庁の直近廃船された船舶リスト、展示用に繋留されている船舶など多岐にわたる。
その中でも比較的容易に避難船として改修/転用できる船の「船籍港/所在地」がまとめられていた。
※自動車/車庫証明のようなもの
中でも須崎の目を引いたのは一般展示されている船、その中でも航行能力を維持したまま【展示】というよりは【保存】されている船舶群である。
「南極観測船...施設は国、場所の管理は東京都...わかった、この件はこちらで至急確認する。都側への話はそのあとだ。」
「須崎さん、下準備は済ませてます。大臣の意見を知りたいと。」
「愚問か。すまなかった、このプランは了解した。最優先で上に諮りにかける。鍵谷君、ありがとう。」
政府に持ち込まれたこの案は建付け的には命令系統が政府直轄(文部科学省系)に近い部分も多く、一色区の属する東京都も絡む部分があるため即日進められた。
人命優先の対策としてこの大~中型船の集中投入案。
進め方も「法律」の制定ではなく「政令」で通す手段を取り、閣議書にサイン、即日有効化させ、問題が出たら自身の首(命)を差し出すという覚悟で推し進めた。
これにより緊急避難対処プログラムに組み込む船の候補リストが作られる。
中でも南極観測船や柱の調査船などで活躍する
「海洋探索技術地球研究機構(JEDMET)」
は全国各地の港で展示されている退役船の中から、可航性を維持している船の緊急船籍復帰を指示。 超法規的措置として船籍復帰手続きを並行しながらの航行許可を出す。
この組織の存在は僥倖で乗船200人規模の船舶を複数有していたことが幸いした。
東京青海、湾岸地区、湾岸警察署脇には未来の船舶関係者を育てるための広報活動を主目的とされる施設が複数存在する。
日本化学技術未来館/帆船科学館などは、退役/退艦の南極観測船以外にも整備万全の歴戦船舶を複数展示公開していた。
これらは全て避難船として急遽一色24区常設展示配備へと切り替えられる。
中でも現存する南極観測船
【宗谷/ふじ/しらせ(初代)/しらせ(二代目)/隼雪】
これらの存在は大きかった。
東京/千葉/名古屋それぞれの港に万全の態勢で永久保存されていたのが功を奏する。
一色24区へ歴代南極観測船がそろい踏みする様、それはもう圧巻という他なく、その勇壮なる様が結果としてこの措置の後押しともなった。
特に初代「開南丸」は秋田にレプリカ2隻が残されており、これが広島県でアナログ帆船として構造木部の多くをハイテク素材により近代化改修、当時の雰囲気を保ったまま周遊船
【朝凪 / 夕凪】
として運用されるべく手が加えられていた。
この時代にあって帆船(近代化補助動力搭載)が避難体制のシンボルとして扱われたのは全くの偶然なのだが、往年の名船の現役復帰はマスコミにも大きく取り上げられ、政府案を推し進める追い風ともなった。
夕凪は先行していた分、改修がほぼ完了しておりそのまま一色区へ出航。
朝凪も同様の改修待機、完了後にバックアップ船として移送配置が決定される。
その他にも、日本船籍で運行されていた大型客船「創英」の系譜は、現政府にとって最大の助けとなった。
2075年現在、「創英Ⅲ」が現役クルーズ船として航行している。先代の「創英Ⅱ」は長崎での改修作業を終え、バハマ船籍へ変更した後に売却先が検討されていたが、これを政府が船体ごと買い上げる話が浮上。
加えて、初代「創英」を買い取り【暁】として現役継続していた香川県の造船大手・大日本丸亀造船が、「暁」の一色港集中寄港クルーズプランを公表。
定員の半分で近海クルーズを運行させ、緊急時は1,000人以上の避難受け入れとする案を公式に決定した。
危機に対する国民の改善意識、イグナクトの鮮烈な勝利がこれらを後押ししたことは想像に難くない。
移送中含む暫定とはいえ、わずか5日ほどで2万人規模の避難に対する即応体制が構築されたのは多くの者たちがその鮮烈な勝利に希望を見い出したのだと確信できる。
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同日
東京24区
一色漁港
一色区は全周が海であり、陸地構造は全てがメガフロート構成。
この基本仕様は簡易的な港湾ユニット増設で大型船が寄港できる港の増設設備が整う。
そのための資材搬入と共に漁港にも活気が戻り始めていた。
「う~...どうしよう確認するのが怖いわ...」
旭奈は漁港大型冷凍設備群を前に頭を悩ませていた。
大災害級の事態に見舞われた漁港含む一色区、全体でどの程度の被害規模となったのかはまだアナリストの概算しかなく、人的なこととは別にインフラへの被害実態は確定していない。
さすがにここばかりは彼女も経営者目線で考えるしかなく、被害規模概算の数字ばかりが頭を飛び交っていた。
「社長! 冷蔵庫の電源生きてます! 冷凍分はみんな問題ないですよこれ。イクラも全部大丈夫♪」
「えええっ!!!! ほんと! よかった…冷蔵は足の早いのはもう無理ね。そっちは釣りの餌にでもしちゃうしかないか。」
港へ戻った旭柰達漁港関係者が最初に確認したのは、緊急避難でそのままになっていた冷蔵設備全般の稼働状態。
漁港にとってこれらは絶対死守の最重要設備。 それが電力喪失もなくバックアップ電源含め無傷だったことは事業再開へ最大の懸念が解消されたことを意味する。
「みんなも無事で、設備も問題なくてよかった・・・ホント、ホントよかった...」
旭柰は膝から崩れるようにその場にあるコンテナの上にへたり込んでしまった。それほどに心底安堵したのであろう。
ここで漁業に従事する者達であればこの気持ちは皆共通のものである。ここが機能喪失の場合は投棄する魚も然ることながら、その後処理と機能復帰に膨大な労力を割くことになる。
最悪それ一発で倒産という事業者すら出てもおかしくない。
それを回避できたことは不幸中の幸いである。
「お~そっちも大丈夫そうやな。よかったよかった。」
「魚住さ~ん・・・もう私本当に気が抜けちゃったよ・・・」
「そらそうや (がははと魚住は豪快に笑い飛ばした。)あんな無茶苦茶な中でこんな程度で済んだとかホンマ奇跡やな。星野なんか大阪でひっくり返っとるで。」
魚住の言う通り一色区はその戦闘の規模からすると奇跡と言われるほどに被害が少なかった。
とは言え避難中に戦火や事故に巻き込まれ命を失った者は空港と海洋避難中の市民合わせて130人。このように実際に死者が発生したことも事実である。
このこと自体は政府も重く受け止め対策の徹底が取られている。
だがその最大の功労者であるイグナクト、ただ二人の操者である真鎖人と旭柰のことは世間には公表されることはない。
一部状況を捉えた映像中にイグナクトが映り込んではいるが望遠で掠めるような撮影、特定をするまでには至らなかった。
政府からのここへの公式発表もなく、光の一閃により巨大飛翔体が貫かれる映像が世界を駆け巡り、日本の新兵器が宇宙からの脅威を打ち砕いた! のだと噂されていた。
当然ながら、魚住もまさか目の前の華奢な魚屋社長を世界が歓喜を持って受け入れた奇跡の中心人物だとは想像すらしていない。
魚住のその様を見た旭柰は空を見上げ、自身が放った光の矢の光跡を重ね記憶を反芻していた…
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-グラードル母艦(大型飛翔体)撃破直後-
一色区、銀の柱の北。
雷光一閃、敵機大型飛翔体を文字通り正鵠のもと粉砕したイグナクト。 陽光に照らされるその雄姿を迎えるように、殿を務めたライトニングボルト6機が周囲を護衛するようにピタリと並走。
イグナクトは空中掩護され下降する。
「イグナクト、ライトニングボルトに、」
事態を察し、言い終わるより早く形態をライトニングボルトへ変形させたイグナクト。 真鎖人の意を理解し航空機の機体制動そのままに通常飛行で滑走路へその身を下した。
事態を間近で見ていた基地、管制塔に最後まで残っていた者は4名。 滑走路脇、その管制塔の者達の撤退最終手段として最悪自身が柱崩壊と共に死を受け入れるほかないと不退転の決意で待機していた軽輸送機TS-7Lパイロット1名と2名の整備士。
皆上空の南雲たち同様の覚悟を胸にその場へ残った勇士たち。
互いの無事を確認するのもそこそこに奇跡の勝利を導いたイグナクトを地下格納庫へと誘う。
誰もが歓喜の興奮と共にこの超テクノロジーの産物、銀の柱の力を使ったイグナクトがここにあることの重要性を理解していた。
このことは超一級の国家機密となり自分達はその目撃者となってしまったこと、事の是非は自分達がするものではないが、このまま衆目に晒していいものではないと…
地下へ移されたそれはどう見てもライトニングボルトのソレでしかない。
だが秘められた力は先刻、自分達が見た超テクノロジーの技を振るう未知の人型兵器。
その操者である真鎖人と旭柰、降りてきた二人を出迎えたのは管制に残っていた一人、一色区基地司令/航空総隊司令官/道源宗徳56歳。
南雲の前に飛行群司令を務めていた者。
「本当に君か・・・そしてそちらの女性…」
混戦の最中、南雲から友軍認定の指示の際、道源は真鎖人の報告を受けていた。
だが半信半疑であったことも事実。
基地司令、元パイロットという立場からライトニングボルトの国内配備にも少なからず意見をした立場にある。
その観点から述べると
【ライトニングボルトに関係した者で橘真鎖人を知らない者は偶然関係資料を見ていないか、天下りの役人】
この二択であると断じてほぼ相違ない。
それ程に彼とライトニングボルトの関係は深い。
何故若い一介の研究員がこれ程の知見と共に存在を認められているのか?
隣に立つ旭柰はまだその解を得ていない。
だが彼とコックピットを共にし、イグナクトの力で様々な感情の共有を得たこと、答えがなくとも信頼を置ける相手であることだけは理解していた。
「お久しぶりです道源司令。こちらは銛旭柰さん。自分と一緒に偶然ライトニングボルト、このイグナクトへ乗り込んだ方です。」
『私がそのイグナクト。地球人の司令官、お初にお目にかかる。』
その声を聴き驚きの色を隠せない道源。
目の前のライトニングボルトが超兵器の偽装体であることだけでも瞠目するほかない様なのだがまさかしゃべりだすとは…
「きっ、君は…意思があるのか?…いやはや戦場の様にも驚かされたが、まさかしゃべりだすとは・・・」
飛び込んできた情報の洪水に晒される道源。 困惑の面持ちを隠し切れない。
「乗っていた者が旧知の者だけでなく美しい女性、それに機体が意思を持つとは…刮目する場とは何歳になっても新鮮なものだな。」
『驚かせて済まない。』
「いや、こちらこそ年甲斐もなく狼狽して申し訳ない。それにお嬢さん、みっともない様を見せてしまい申し訳ない。」
自身が目の当たりにしている光景が、先刻の奇跡と地続きなのだと理解しつつも、掛かる事態の緊急性から冷静を取り戻す道源。
「銛旭柰さん、間違っていたら失礼だが、確か漁港の代表として基地にお越し頂いた際にお目にかかった記憶があるのだが。」
「はい、その通りです。4年前だったかと思います。」
「まずはこの区域の防衛の任に就く者として礼を述べさせていただきたい。救って頂いたこと、心より感謝します。そしてその勇気ある行動に(敬礼)。」
そういって深々と頭を下げた。
この後、道源は二人とイグナクトから事の経緯を聞かされ、その日の内に南雲と二人東京、防衛省へ向かった。
真鎖人は民間からの契約形態が基本。しかし研究所預かりとはいえ軍籍の範疇で事態への関係性に幾何かの報告義務がある。
旭柰に関しては完全な民間人。ひとまず事態への方針が定まるまでは元の生活へ戻ってもらいたいと告げられる。
全ては現時点で【お願いする】という行為を超えることができなことは承知していた。
だが事態は国家を超え、世界の危機へと繋がる超一級重大事項。
そのことの重みを関わる者全てが理解していた...
次回
-天のイグナクト-
第5話 【追憶の航海】-前編-
2026年9月4日13時00公開
ご覧頂きありがとうございます。
ここも多くを語る必要はないのかもしれません。
『天のイグナクト』は今皆さんの生きている現実世界からの地続きとして存在している世界です。
仮に今、苦悩に悲劇や絶望があっても未来は希望が光と共にある、そう信じ描いた物語です。
どうか引き続きこの世界を生きる者達の軌跡を追ってやってください。
よろしくお願いします。




