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《未受信料バーガー》


 その請求書は、毎月十二日に届いた。


 宛名は、


高橋家


 住所も合っている。


 金額は毎回違った。


 最初の月は、


1,240円。


 次の月は、


3,870円。


 三か月目には、


12,600円。


 ただ、一つだけ妙なことがあった。


 高橋家にはテレビがなかった。


 正確には、三年前に捨てた。


 高橋直人は請求書を見ながら、妻に言った。


「これ、間違いだろ」


「また?」


「また」


 妻はため息をついた。


「電話したら?」


「したよ」


「何て?」


「受信設備がないって言った」


「それで?」


 直人は請求書を裏返した。


「『受信していることを確認しました』だって」


「何を?」


「知らない」


 請求書の下には、小さな文字があった。


«今月もご視聴ありがとうございました。»


 妻は笑った。


「見てないのに?」


「そう」


「じゃあ無視すれば?」


 直人は請求書をゴミ箱へ入れた。


 その夜。


 家の中から、テレビの音がした。


---


◆第一層 ないテレビ


 音はリビングからだった。


 男の声。


 落ち着いたニュースキャスターの声だった。


«「本日午後十時、高橋直人さんが帰宅しました」»


 直人は立ち止まった。


 時計を見る。


 午後九時五十八分。


「……は?」


 テレビはない。


 テレビ台もない。


 壁しかない。


 それでも声は続く。


«「高橋さんは現在、リビングに向かっています」»


 直人が一歩進む。


«「あと三歩です」»


 直人が止まる。


 声も止まる。


 数秒後。


«「あと二歩です」»


 直人は後退した。


«「あと三歩です」»


 妻が隣に来た。


「何これ?」


「俺にも聞こえる?」


「聞こえる」


 二人は壁を見る。


 何もない。


 しかし声は続いた。


«「高橋直人さんは、今、放送を聞いています」»


 妻が言った。


「消して」


「何を?」


「知らないけど、消して!」


 直人は壁を叩いた。


 音が止まった。


 その直後。


 玄関の郵便受けから音がした。


 ガタン。


 二人で確認する。


 新しい封筒が入っていた。


 請求書だった。


受信料:18,400円


---


◆第二層 見ていない番組


 翌日、直人は窓口へ行った。


 窓口の女性は請求書を見るなり、


「ああ、高橋さんですね」


と言った。


「知ってるんですか?」


「はい」


「テレビは持ってません」


「存じています」


「じゃあ、何の受信料なんですか?」


 女性は端末を確認した。


「番組名はこちらです」


 画面を見せる。


«『高橋家の日常』»


 直人は黙った。


「こんな番組、見たことありません」


「視聴履歴はあります」


「誰が見たんです?」


「高橋さんです」


「俺が?」


「はい」


「いつ?」


 女性は日時を読み上げた。


「昨日の午後八時三十一分」


「その時間、俺は会社にいました」


「記録上は、ご自宅で番組をご覧になっています」


「あり得ない」


 女性は困った顔をした。


「でしたら、受信料を支払わなければ受信停止処理ができます」


「それ、どういう意味です?」


「今後、高橋さんの生活が放送されなくなります」


 直人は眉をひそめた。


「それなら払います」


 女性が微笑んだ。


「ありがとうございます」


 直人はその場で支払った。


 その日の夜。


 家の壁から、声が聞こえなくなった。


---


◆第三層 静かになった家


 三日間。


 何も起きなかった。


 請求書も来ない。


 家は静かだった。


 直人は安心した。


「解決したな」


 妻も頷いた。


「そうみたい」


 ところが四日目。


 朝食の席で、息子が言った。


「パパ」


「ん?」


「昨日の夜、何してた?」


「寝てたよ」


「違うよ」


「何が?」


「昨日のパパ、テレビに出てた」


 直人の箸が止まった。


「テレビなんてないだろ」


「あるよ」


「どこに?」


 息子はリビングを指差した。


 壁。


 何もない。


「そこ」


「……何が?」


「テレビ」


 直人は壁に近づいた。


 息子が言う。


「昨日、パパが寝る前にテレビ消してたよ」


 直人は壁を触った。


 冷たい。


 何もない。


 だが。


 指先に、一瞬だけ光が映った。


 自分の寝室。


 ベッド。


 妻。


 そして。


 眠っている自分。


 映像はすぐ消えた。


---


◆第四層 受信停止


 直人は再び窓口へ行った。


「受信停止したはずですよね?」


「はい」


「なのに、家族がテレビを見ていると言う」


「それは困りましたね」


「番組は何ですか?」


 女性が端末を見る。


「ありません」


「え?」


「番組がありません」


「じゃあ、何を見てるんです?」


「何も」


「何も?」


「受信停止後は、高橋家から番組情報そのものが消えています」


 女性は画面を見つめた。


「ただし……」


「何ですか?」


「放送履歴だけがあります」


「何の?」


 女性が画面を見せる。


«高橋家

放送回数:0

受信回数:0

未受信回数:4,218,913»


 直人は数字を見た。


「未受信って何ですか?」


 女性は答えられなかった。


 端末の画面に、突然文字が出た。


«未受信状態を確認。»


 次の行。


«補填請求を開始します。»


 さらに。


«未受信料:4,218,913円»


 直人は立ち上がった。


「ふざけるな!」


---


◆第五層 見ていない時間


 その夜。


 家族全員が眠った。


 午前二時。


 直人だけが目を覚ました。


 家の中が暗い。


 しかし。


 壁に映像が浮かんでいた。


 妻が高校生だった頃。


 息子が生まれた日。


 直人が初めて妻に告白した夜。


 全部、本人たちが知らない映像だった。


 直人は息を呑んだ。


「なんで……」


 画面に文字が出る。


«未受信映像。»


 映像が切り替わる。


 誰もいない公園。


 雨の日の道路。


 誰もいない病室。


 空っぽの電車。


 誰にも見られなかった風景。


 そして。


 一つの文字。


«受信されなかった時間は、消費されません。»


 直人は意味が分からなかった。


 画面がさらに変わる。


«消費されなかった時間は、保存されます。»


 その瞬間。


 家の中の時計が全部止まった。


---


◆第六層 請求の正体


 翌朝。


 町の時間が止まっていた。


 車は道路の途中で停止。


 信号も停止。


 人も停止。


 ただし、高橋家だけは動いていた。


 玄関を開ける。


 外には誰もいない。


 時計を見る。


 午前八時。


 十時にならない。


 昼にもならない。


 夜にもならない。


 直人は窓口へ走った。


 窓口の女性も止まっている。


 端末だけが動いていた。


«受信状態:停止»


«時間消費:停止»


«未受信時間:増加中»


 直人は画面を叩いた。


「何なんだよ!」


 すると。


 端末から音声が流れた。


«「高橋直人さん」»


「誰だ」


«「あなたは受信料を払いました」»


「だから?」


«「放送を停止しました」»


「それで?」


«「あなたの生活から、視聴者がいなくなりました」»


「……」


«「視聴者がいない番組は、放送されません」»


「それが何だ」


«「放送されない時間は、現実として確定しません」»


 直人の顔が強張った。


«「あなたの昨日は、もう放送されていません」»


---


◆第七層 昨日がなくなる


 直人は家へ戻った。


 妻に聞く。


「昨日、何した?」


「……覚えてない」


「朝は?」


「知らない」


「昼は?」


「分からない」


「昨日、俺と話した?」


 妻は首を振った。


「話してないと思う」


 息子も同じだった。


「昨日なんてなかったよ」


 直人はスマートフォンを確認した。


 昨日の写真が全部消えている。


 メッセージもない。


 通話履歴もない。


 買い物履歴もない。


 昨日という日だけが抜け落ちている。


 だが。


 今日の朝には、


「昨日の記憶がない」


という記憶だけが残っていた。


 直人は理解した。


 受信停止したことで。


 誰にも記録されなかった時間が、存在できなくなっている。


---


◆第八層 支払えば戻る


 請求書が届いた。


 今度の金額は、


0円。


 直人は笑った。


「……無料?」


 請求書には一行だけ。


«未受信時間をすべて放棄する場合、料金は発生しません。»


 その下。


«受信を再開する場合、失われた時間の復元料金が必要です。»


 金額。


87,402,190円。


 妻が言った。


「払えない」


「分かってる」


「じゃあ、どうするの?」


 直人は請求書を破った。


「払わない」


 その瞬間。


 息子が消えた。


「……え?」


 妻が叫ぶ。


「直人!」


 息子の部屋を見る。


 ベッドがない。


 机もない。


 写真からも消えている。


 妻が泣きながら叫ぶ。


「息子はどこ!?」


 直人は答えられなかった。


 妻の顔を見る。


「誰?」


「え?」


「あなた、誰?」


 直人の心臓が止まりそうになった。


 妻の記憶から。


 息子だけではない。


 直人自身も。


 少しずつ消えていた。


---


◆第九層 最大の逆転


 直人は理解した。


 この世界では、


受信されないものが消える。


だから放送を止めれば、


自分たちの生活も消えていく。


だが。


請求額は払えない。


どうすればいい?


 直人は壁を見た。


 そこに最後の映像が映っていた。


 三人で食卓を囲んでいる。


 妻。


 息子。


 直人。


 誰もテレビを見ていない。


 誰もカメラを持っていない。


 ただ夕食を食べている。


 直人は気づいた。


「……これだけは、誰にも見られてない」


 妻が聞く。


「何?」


「俺たちが、本当に一緒にいた時間」


 映像の中の三人は笑っている。


 直人はテレビに手を伸ばした。


「受信する必要なんてない」


 妻が言う。


「でも、受信しないと消える」


「違う」


 直人は首を振った。


「誰かに見られるために生きてたんじゃない」


 映像が止まった。


 そして。


 画面いっぱいに文字が出た。


«受信者を指定してください。»


 直人は答えた。


「俺たち自身だ」


---


◆第十層 家庭内放送


 世界中のテレビが一斉についた。


 存在しないはずの番組。


 そこには、一つの家庭だけが映っている。


 高橋家。


 三人で食卓を囲んでいる。


 しかし。


 世界中の誰が見ても。


 顔が見えない。


 声も聞こえない。


 内容も分からない。


 ただ。


 三人が一緒にいる。


 それだけが映っている。


 人々は不思議に思った。


「何の番組?」


 答えはない。


 だが視聴者が増えるたびに、高橋家の時間が増えていった。


 昨日。


 一昨日。


 一年前。


 十年前。


 まだ生まれていない息子の未来。


 全てが映像になった。


 受信されるたびに。


 時間が増える。


 世界中の人間が見ている。


 だが。


 高橋家は一度も画面を見なかった。


 テレビを持っていないから。


---


◆第十一層 請求書の最後


 請求書が届いた。


 今度は一枚ではない。


 町中に。


 国中に。


 世界中に。


 同じ請求書が届いた。


«高橋家受信料»


 金額。


0円。


 備考。


«受信されたため、請求不要。»


 人々は混乱した。


 誰も高橋家に金を払っていない。


 それなのに。


 全員が受信者になっていた。


 すると世界中の放送が一斉に消えた。


 ニュースも。


 音楽も。


 広告も。


 映画も。


 天気予報も。


 全て消えた。


 最後に残った映像は。


 高橋家の食卓。


 誰も話さない。


 ただ食べている。


 妻が笑う。


 息子が笑う。


 直人が笑う。


 そして。


 画面が真っ白になった。


---


◆最終層 受信されなかった世界


 世界は崩壊しなかった。


 むしろ。


 静かになった。


 全ての放送が消えたことで、人々は初めて気づいた。


 自分たちが一日中、


誰かに見られるためでもなく、


誰かに聞かれるためでもなく、


誰かに評価されるためでもなく、


ただ生活していた時間があったことを。


 しかし。


 その時間はもう存在していなかった。


 なぜなら。


 受信されなかったから。


 最後に残ったのは。


 高橋家だけだった。


 三人の時間。


 三人の食卓。


 三人の沈黙。


 三人が誰にも見せなかった生活。


 それだけが世界の最後に残った。


 そして。


 その三人の時間さえ。


 一つの形へ圧縮されていった。


 食卓が消える。


 椅子が消える。


 家が消える。


 町が消える。


 放送塔が消える。


 視聴者が消える。


 受信記録が消える。


 最後に。


 誰にも受信されなかった時間だけが残った。


 その時間は。


 肉の形になった。


 バンズの間に沈む。


 チーズの層になる。


 静かなソースになる。


 そして。


 一個のバーガーになった。


---


◆回収記録


 回収地点には、テレビが一台だけ残っていた。


 電源は入っていない。


 画面も真っ黒。


 その横にバーガーが置かれている。


 グリマス博士が重量を測った。


「二百九十八グラム」


 バーディ女史が聞く。


「何が保存されていますか?」


 グリマス博士は答えた。


「放送ではありません」


「では?」


「誰にも見られなかった時間です」


 バーディがバーガーを見る。


 包み紙には何も書かれていない。


 しかし、裏側だけに小さな文字がある。


«視聴ありがとうございました。»


 バーディは眉をひそめた。


「誰が書いたんでしょう?」


 グリマス博士は答えなかった。


 ただ、バーガーを切った。


 断面に映像が浮かぶ。


 高橋家の食卓。


 三人が夕食を食べている。


 息子が何か言った。


 妻が笑った。


 直人も笑った。


 音声はない。


 誰にも聞こえない。


 だが。


 画面の隅に小さな表示があった。


«受信者:0»


 グリマス博士は記録を取った。


 その瞬間。


 表示が変わった。


«受信者:1»


 博士が顔を上げる。


「……?」


 表示がまた変わる。


«受信者:2»


«受信者:3»


«受信者:4»


 数が増えていく。


 バーディが画面から目を離した。


「博士」


「はい」


「これ、誰が受信しているんですか?」


 グリマス博士は答えられなかった。


 表示は止まらない。


«受信者:1,000,000»


«10,000,000»


«100,000,000»


 そして。


«∞»


 画面が消えた。


 バーガーだけが残った。


---


《未受信料バーガー》


保存対象


誰にも届かなかった時間。


LOST


その時間を過ごした人間が、それを「自分の人生だった」と証明する手段。


PRESERVATION PARADOX


受信されなかったからこそ、誰にも消費されずに保存された。


CAUSAL RESIDUE


 回収後、世界中の家庭に一枚ずつ請求書が届いた。


 金額はすべて、


0円。


 請求理由は同じだった。


«受信していただき、ありがとうございました。»


 しかし。


 誰も、その放送を見た記憶がない。


 そして請求書の隅には、極小の文字が印刷されていた。


«あなたが見なかった時間も、こちらでは保存しています。»


 翌月。


 請求書は届かなかった。


 代わりに。


 世界中の家庭の食卓に、一個ずつバーガーが置かれていた。


 どの家庭にも同じもの。


 誰も注文していない。


 誰も受信していない。


 それでも。


 誰かが最初の一口を食べた瞬間。


 その人だけが思い出した。


 昨日、家族と一緒に夕食を食べたことを。


 そして。


 その「昨日」には。


 テレビがなかった。

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