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《誰にも思い出されない誕生日バーガー》


> 「あなたが生まれた日を、覚えている人はいますか?」





---


◆第一層 『祝福のない朝』


誕生日というものは、不思議だ。


誰も見ていない瞬間に始まり、 本人は何も覚えていない。


それでも毎年その日になると、 誰かが「おめでとう」と言う。


ケーキを囲み、 蝋燭を立て、 去年より少し大きくなったことを喜ぶ。


つまり誕生日とは、


「自分は生まれてきてよかった」


という証明を、 他人から毎年更新してもらう儀式なのだ。


……


もし。


世界からその儀式だけが、 最初から存在しなかったら。



---


世界線観測記録 BD-000


最初の異変は、 誰にも観測されなかった。


ある地方都市で、 ケーキ屋の売上が前年比で3%減少した。


翌年には7%。


五年後には25%。


店主は不思議に思った。


クリスマスケーキは売れる。


結婚式もある。


入学祝いもある。


なのに。


丸いショートケーキだけが、 年々売れなくなっていく。


「最近、誕生日ケーキって減ったね。」


そう呟いた店主の妻は、 その言葉を口にした瞬間、 首を傾げた。


「……誕生日ケーキ?」


自分で言った言葉なのに、 意味が分からなかった。



---


翌月。


市内最後のケーキ屋は、 ショートケーキの予約受付を終了した。


理由は単純。


誰も注文しなかったから。



---


だが。


誰もその異常に気付かなかった。


「最近の子はホールケーキなんて食べないから。」


「時代だね。」


「甘い物離れかな。」


誰もが、 もっともらしい理由を並べた。


違和感だけが、 誰にも名前を付けられないまま積み重なっていく。



---


育児日誌(一部抜粋)


> 四月十二日。


今日、歩いた。


三歩。


転んだけど泣かなかった。


パパに似て頑固なのかな。





---


> 八月三日。


初めて「ママ」と言った。


何度も何度も言うから、 嬉しくて泣いてしまった。





---


> 十一月九日。


来年は何をプレゼントしよう。





---


ここで日誌は終わっている。


ページが破られたわけではない。


燃えた跡もない。


ただ。


その先を書こうとした形跡だけがあり、 何も書かれていない。


何十ページも。


永遠に。



---


調査班は、 母親へ事情聴取を行った。


「どうして途中から書かなくなったんですか?」


彼女は困った顔で笑った。


「え?」


「途中?」


「ちゃんと最後まで育児日誌ですよ?」


「全部書いてあります。」


調査員が白紙を見せる。


母親も見る。


そして。


「……あれ?」


「何を書こうとしてたんでしょう。」


「忘れちゃいました。」


その表情には、 焦りも恐怖もなかった。


人は。


存在しない思い出を、 失ったとは感じない。



---


その夜。


調査員は自宅へ帰り、 妻へ尋ねた。


「そういえば、 息子っていつ生まれたっけ?」


妻は即座に答えた。


「春だったよ。」


「何日?」


「……。」


「……何日だっけ。」


スマートフォンを開く。


母子手帳を見る。


写真を見る。


どこにも書いていない。


いや。


書いてあったはずだ。


書いてあった気がする。


その証拠だけが、 脳の奥で泡のように弾け続けていた。



---


調査員は翌朝、 出勤前に息子へ尋ねた。


「○○。


お前、自分が生まれた日って知ってる?」


幼い息子は首を振った。


「知らない。」


「でもみんな知らないよ?」


「そういうものでしょ?」


調査員は笑った。


「そうか。」


笑ったまま。


胸の奥だけが。


理由もなく、 ひどく冷えた。





◆第二層 『祝われなかった子供たち』


> 観測対象


世界線 BD-000


通称


「祝福消失世界」


初期危険度:E


現在危険度:測定不能





---


最初に異変へ気付いたのは、 政府でも学者でもなかった。


幼稚園児だった。



---


「せんせい。」


「どうしたの?」


「なんで○○ちゃんだけ、おうちでケーキたべたの?」


先生は笑った。


「いいなあ。」


「何かのお祝いかな?」


「うん。」


「でもなんのおいわい?」


誰も答えられなかった。



---


保護者へ確認した。


「昨日ケーキを食べましたよね。」


「はい。」


「理由は?」


母親は黙った。


父親も黙った。


二人は顔を見合わせる。


「……。」


「……。」


やがて父親が言った。


「美味しそうだったので。」


確かにそうだ。


理由として成立している。


だが。


食卓の写真には、 数字の形をした蝋燭が立っていた。


「5」


誰が立てたのか。


誰も知らない。



---


写真を拡大する。


父親が笑っている。


母親が泣いている。


祖父母が拍手している。


子供は満面の笑みで蝋燭を吹き消そうとしている。


全員が幸せそうだった。


なのに。


誰一人。


何を祝っているのか説明できない。



---


聞き取り調査 No.114


対象:女児(5歳)


Q.


昨日何があったの?


A.


ケーキ。


Q.


どうして?


A.


知らない。


Q.


嬉しかった?


A.


うん。


Q.


何のお祝い?


……


A.


わかんない。


でも。


みんな泣いてた。


なんで?



---


教師の日誌


最近。


子供たちが奇妙だ。


「何歳?」


と聞くと答えられる。


「五歳。」


「六歳。」


「七歳。」


ちゃんと理解している。


しかし。


「いつ六歳になったの?」


と聞くと。


全員が止まる。


時間が止まる。


教室全体が。


一斉に。


考える。


そして。


「ずっと六歳だった。」


そう答える。



---


調査班は全国規模でアンケートを実施した。


> あなたは自分の誕生日を覚えていますか?




九八・七%


「いいえ。」



---


> あなたは家族の誕生日を覚えていますか?




九九・一%


「いいえ。」



---


> 誕生日という行事を知っていますか?




九七・九%


「知らない。」



---


だが。


奇妙な回答が一つだけ存在した。



---


質問


「誕生日が無いなら、 どうして年齢が増えるのですか?」



---


回答欄。


そこには。


全国で。


全く同じ文章が書かれていた。



---


> 気付いたら増えている。





---


筆跡も違う。


年代も違う。


職業も違う。


なのに。


誰一人違わず。


同じ言葉を書いていた。



---


M社解析部報告


年齢は存在する。


時間も流れている。


成長もする。


老化もする。


しかし。


その増加を指し示す「節目」が存在しない。


世界は。


一本の線だった。


区切りがない。


始まりがない。


だから。


終わりも曖昧になっていく。



---


ある老人ホームで。


百一歳の女性へ尋ねた。


「長生きですね。」


老人は笑った。


「そう?」


「私。」


「いくつなの?」


職員が答える。


「百一歳ですよ。」


老人は驚く。


「そんなに生きたの?」


「いつ?」


「いつ百一歳になったの?」


誰も答えられなかった。



---


その夜。


老人は静かに息を引き取った。


枕元には。


誰が置いたのか分からない。


小さなショートケーキが一つ。


蝋燭は一本だけ。


火は灯っていなかった。


職員全員が言った。


「こんなの置いてありませんでした。」


監視カメラを確認する。


午前三時十二分。


病室には誰も入っていない。


それでも。


ケーキだけが。


最初からそこにあった。



---


調査員は報告書の最後に、 一行だけ付け加えている。


> 「人は祝われなくても生きられる。 だが、祝われなかった人生を、最後に誰が肯定するのだろう。」





◆第三層 『世界で最後の誕生日』


> 回収資料


個人記録媒体 BD-000-α


所有者不明。


世界線崩壊直前まで更新されていた唯一の記録。


記録者は後に「最後の観測者」と呼称される。





---


五月六日


今日は妹の誕生日だ。


……いや。


そう書いた瞬間、 手が止まった。


誕生日?


そんな言葉、 今の世界にあっただろうか。


ある。


絶対にある。


母さんが毎年ケーキを焼いてくれた。


父さんは不格好なプレゼントを包んでいた。


妹は蝋燭を吹き消す前に、 必ず願い事をする。


覚えている。


全部。


なのに。


母さんへ電話した。


「今日、何の日だっけ?」


母さんは笑った。


「水曜日。」


違う。


「そうじゃなくて。」


「何か忘れてない?」


少し沈黙。


「忘れる?」


「何を?」


電話はそこで終わった。



---


五月七日


妹が来た。


ケーキを買って。


蝋燭も買って。


数字の「8」も。


「今日だよ。」


そう言った。


妹は困った顔をした。


「何が?」


「お前の。」


言葉が出ない。


「……。」


「私の?」


俺はアルバムを開いた。


八年前。


妹が笑っている。


ケーキ。


蝋燭。


プレゼント。


祖父母。


親戚。


全員いる。


妹へ見せた。


「これ。」


妹は写真を見る。


「かわいい。」


「……誰?」


「お前だ。」


「え?」


「私?」


写真の裏を見る。


日付が無い。


何枚見ても。


どこにも。



---


五月九日


病院へ行った。


医者は言う。


「記憶障害でしょう。」


違う。


俺だけじゃない。


病院の受付。


カルテ。


出生記録。


母子手帳。


全部。


「生年月日」


という欄だけが、 空欄になっている。



---


六月一日


会社で健康診断。


問診票。


「生年月日」


空欄。


看護師が困っていた。


「ここ書いてください。」


「書けません。」


「分からないんです。」


看護師は笑う。


「みんなそうですよ。」


「……え?」


「何言ってるんですか。」


「生まれた日なんて誰も知りませんよ。」


診察室にいた全員が笑った。


俺だけ笑えなかった。



---


七月二十一日


夢を見た。


大きな部屋。


丸いケーキ。


知らない人が歌っている。


♪ Happy Birthday to You


聞いたことがない歌だった。


なのに。


涙が止まらなかった。


目が覚めても。


メロディだけが残っている。



---


八月三日


歌を録音した。


忘れないように。


三十分後。


再生した。


雑音。


歌っている。


俺の声だ。


なのに。


何を歌っているのか、 一音も聞き取れない。


波形だけが存在する。


意味だけが失われている。



---


十月二日


ネットへ投稿した。


> 「誕生日って知っていますか。」




返信。


二万三千件。


全部。


同じ内容。


> 何それ?





---


十一月十一日


夢の歌を口ずさんでいた。


駅で。


すると。


少女が振り返った。


目が合った。


少女は。


小さく歌い返した。


たった一節だけ。


♪ Happy...


そこまで歌って。


突然泣き始めた。


「ごめんなさい。」


「知らない。」


「知らないの。」


「なのに。」


「なんで泣いてるの。」


周囲の人間は、 誰もその歌が聞こえていなかった。



---


十二月二十四日


俺は決めた。


世界中を探す。


あと一人。


誕生日を覚えている人がいる。


そんな気がする。


その人に会えれば。


きっと。


この世界は元に戻る。



---


この日記はここで一度終わる。


だが調査班は、 最後のページが破り取られていることに気付いた。


ページ番号だけが残っている。


365。


一年。


ちょうど一周分だけ。


誰かが。


意図的に持ち去っていた。



---


> 解析補足


調査班は、この「365ページ目」を最後まで発見できなかった。


しかし、世界線消滅直前の観測ログには、同一人物と思われる男性が、巨大な白い箱を抱えながら、世界中を歩き続ける姿だけが記録されている。


箱の中身は、最後まで確認されなかった。





◆第四層 『世界で最後に「おめでとう」と言った人間』


> 世界線終末観測記録


回収番号:BD-000-END


記録状態:断片化





---


男は十三年歩き続けた。


都市を。


村を。


島を。


国境を。


砂漠を。


雪原を。


歩く理由は一つだけ。


世界のどこかに。


「誕生日」という言葉を覚えている人間が、 もう一人だけいる。


そう信じていた。



---


誰に聞いても同じだった。


「誕生日?」


「何それ。」


老人。


子供。


教師。


医者。


政治家。


宗教家。


誰も知らない。


だが。


その単語を聞いた瞬間だけ。


胸へ手を当てる。


泣きそうな顔になる。


理由は説明できない。



---


男は気付いた。


世界は。


忘れたのではない。


喪失したことだけを覚えている。



---


十三年目。


海辺の町。


潰れたケーキ屋。


看板だけが残っていた。


店内には埃。


崩れたショーケース。


腐らない蝋燭。


誰も来ない椅子。


男はそこで。


一人の老婆と出会う。



---


「営業中ですか。」


老婆は笑った。


「もう五十年、 誰も来ないよ。」


「でも毎朝掃除する。」


「どうして?」


「分からない。」


「ここで誰かを待ってる気がする。」



---


男は店内を見回した。


棚の奥。


古いレシピ帳。


最後のページ。


そこだけ。


文字が残っていた。



---


> Happy Birthday





---


老婆は震えた。


「……。」


「読める。」


「これ。」


「知ってる。」


男の手から帳面が落ちた。


「思い出せるんですか。」


老婆は泣き始めた。


「思い出せない。」


「でも。」


「この言葉だけ。」


「すごく。」


「あったかい。」



---


男はその日。


十三年ぶりに笑った。


世界は終わっていない。


まだ一人。


残っていた。



---


翌日。


老婆は死んだ。


老衰だった。


医師は言う。


「大往生です。」


男は違うと思った。


世界が。


最後の証人を。


静かに回収したのだ。



---


遺品整理。


誰も住んでいない家。


古い木箱。


中には。


数百枚の写真。


全員。


知らない人。


だが。


全員。


丸いケーキを囲み。


笑っている。



---


写真の裏。


一枚だけ。


文字が残っていた。



---


> おめでとう。





---


それだけ。


日付は無い。


名前も無い。


誰へ向けた言葉か。


永遠に分からない。



---


男は初めて。


ケーキを焼いた。


レシピも知らない。


材料も適当。


丸いだけの。


歪なケーキ。


蝋燭を一本立てる。


火を灯す。


誰もいない店内。


椅子も一脚だけ。


男は空席へ向かって言った。



---


「おめでとう。」



---


その瞬間だった。


世界中の時計が。


一斉に止まった。



---


病院。


学校。


空港。


駅。


海。


衛星。


深海。


宇宙ステーション。


あらゆる時計が。


00:00


を示したまま。


動かなくなった。



---


人々は混乱した。


だが。


誰一人。


時計が止まった理由を説明できなかった。


男だけは理解していた。


世界は。


今。


「一年」という単位を失った。


誕生日とは。


一年を一周した証明だった。


その概念が消えた瞬間。


時間は。


巡る理由を失った。



---


最後の観測映像。


男はケーキ屋の椅子へ座っている。


向かいの席には。


誰もいない。


それでも。


二人分の皿が置かれていた。


録音には。


男の声だけが残る。



---


「遅くなった。」


「ごめん。」


「ずっと。」


「言いたかった。」


長い沈黙。


そして。


世界最後の言葉。



---


> 「生まれてきてくれて、ありがとう。」





---


その音声が終わる一秒前。


世界線 BD-000 は、 観測対象から完全に消失した。



◆最終層 補遺


M社 異常標本収容記録



---


> 異常標本番号


PB-BD-000


《誰にも思い出されない誕生日バーガー》


保持核状態:安定


世界線圧縮率:99.99999998%


回収担当:第四巡回調理班





---


標本概要


本標本は、 世界線 BD-000 の終焉直前に回収された保持核を調理した異常バーガーである。


当該世界では、 「誕生日」という概念のみが宇宙法則から完全に削除されていた。


重要なのは、


人類は絶滅していない。


文明も崩壊していない。


戦争も起きていない。


飢餓もない。


科学も発展している。


それにもかかわらず、 世界線は消滅した。



---


消滅理由


解析部は長年理解できなかった。


なぜ。


たった一つの文化が失われただけで、 宇宙が終わったのか。


結論は。


世界線最後の音声から導かれた。



---


> 「生まれてきてくれて、ありがとう。」





---


この言葉。


人類は、 誰かから一度でも肯定されることで、 世界へ固定される。


誕生日とは、 年齢を数える儀式ではない。


存在を毎年再承認する儀式だった。


その更新が失われた世界では。


生命は生き続ける。


だが。


存在だけが、 少しずつ世界から剥離していく。



---


世界は滅びなかった。


「存在した」という事実が滅びた。



---


保持核


保持核は、 直径十八センチ。


白いスポンジ状。


内部から、 微弱な歌声が観測される。


解析不能。


音声を逆再生すると、 乳児の泣き声へ変化する。


さらに逆再生すると、 祝福の拍手になる。


さらに逆再生すると、 完全な無音になる。



---


摂食記録


被験者A


一口。


「俺、 誕生日いつだっけ。」


二口。


財布から免許証を取り出す。


生年月日欄が読めない。


三口。


母親へ電話。


「俺っていつ生まれた?」


母親。


「春だった気がする。」


その会話を最後に。


両者は互いの存在を思い出せなくなった。



---


被験者D


摂食から四時間。


部屋中の写真立てを集め始める。


「写真だけ残せ。」


「日付はいらない。」


「顔だけあれば。」


その三十分後。


写真から全員の顔だけが消失した。



---


被験者H


摂食から七日。


毎日。


知らない誰かへ。


「おめでとう。」


と言い続ける。


理由は本人にも分からない。


死亡まで続いた。



---


調理主任所見


私はこの標本が嫌いだ。


他のバーガーは、 世界を喰う。


このバーガーだけは違う。


世界から祝福だけを喰う。


すると。


残った世界は。


驚くほど長生きする。


驚くほど平和だ。


驚くほど静かだ。


そして。


誰一人。


生まれてきた意味を思い出せない。



---


提供時注意事項


本商品をご注文のお客様へ。


提供前に、 スタッフは必ず一言だけ申し上げます。



---


> 「お誕生日、おめでとうございます。」





---


その言葉を聞いて。


違和感を覚えた方。


笑った方。


泣いた方。


理由もなく胸が苦しくなった方。


お帰りになる前に、 受付までお申し付けください。



---


調理主任は、 そういうお客様だけには。


毎年。


必ず一通の葉書を送っています。


差出人はありません。


宛名もありません。


中には。


たった一行だけ。



---


> 生まれてきてくれて、ありがとう。






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