《世界征服バーガー》
世界線コード:SHCK0000DX
分類:征服意志暴走型・完成後自己解体崩壊
危険度:回収済
備考:この世界線は征服された。
完全に。例外なく。一点の残余もなく。
征服が完成した瞬間、組織は次の征服対象を探した。
残っていたのは、征服するという行為そのものだけだった。
組織は征服という行為を征服しようとした。
世界線は、それに耐えられなかった。
◆記録一 地下抵抗組織・記録係イネスの手記 第一期
私たちは負け続けた。
最初の十年間、組織——彼らは自分たちを「改造機構」と呼んでいた——は、着実に世界を手に入れていった。
改造機構の技術は単純だった。
生物を捕らえる。
分解する。
再構築する。
再構築された生物は「戦闘員」になる。
戦闘員は命令に従う。
命令は一つだ。「征服せよ」。
最初は人間だけだった。改造されたのは人間だけだった。
でも五年目から、動物も改造された。
七年目から、植物も改造された。
植物が征服のために動き始めた時、世界の変わり方が別の次元になった。
九年目、改造機構は「第一期征服計画の完了」を宣言した。
地球上の全生物の七十三%が改造機構の管理下に入った。
残りの二十七%は山岳・深海・砂漠の奥地にいる。
私たちのような「未改造体」も、その二十七%の中にいる。
でも毎日、少しずつ、二十七%が減っている。
◆記録二 施設観測ログ SHCK世界線 第一期末
【観測記録01:改造機構の技術と世界線への影響】
改造機構の「改造技術」の物理的特性:
改造のプロセス:
対象生物の有機的多様性を一部除去し、
「征服への意志」を物理的に実装する。
「征服への意志」とは何か:
この世界線において、「征服」は概念ではない。
物質だ。
重さがある。においがある。温度がある。
改造された生物の体内に
「征服への意志」が物理的に埋め込まれる。
意志の重さ:一個体あたり平均十七グラム。
意志のにおい:鉄と硫黄の混合臭。
意志の温度:体温より三・二度高い。
世界線への影響:
この世界線では「征服への意志」は
世界線の密度を消費して維持される。
一個体の改造体が存在する間、
一日あたり〇・〇〇〇〇〇三グラム相当の
世界線密度が消費される。
第一期末の改造体総数:約四十二億個体。
一日の世界線密度総消費量:
約百二十六トン相当。
この段階での世界線崩壊確率:0.003%。
要注意フラグ設定。
◆記録三 イネスの手記 第二期・開始
第一期征服完了から三ヶ月後、改造機構は「第二期征服計画」を発表した。
対象:太陽系。
地球の外へ出る技術を、改造機構はすでに持っていた。
改造技術を宇宙船に応用した。
宇宙船が「征服への意志」を持つ機械に改造された。
意志を持つ宇宙船が、火星に向かった。
月に向かった。
木星の衛星に向かった。
改造機構の首脳——彼らは「幹部怪人」と呼ばれていた——が演説した。
「地球は征服した。次は宇宙だ」
演説を聞きながら、私は計算した。
宇宙船一隻あたりの「征服への意志」の量は、生物個体の約四万倍だ。
宇宙空間に出た意志は、宇宙空間の密度を消費する。
宇宙空間の密度は、この世界線の密度そのものだ。
地球征服の段階では、密度消費は「許容範囲内」だったかもしれない。
でも宇宙征服は、規模が違う。
私はこの計算を誰にも見せなかった。
見せても、止められないから。
◆記録四 施設観測ログ SHCK世界線 第二期
【観測記録07:第二期征服計画による密度消費の急増】
第二期・征服対象の拡大による変化:
第二期で展開された改造体・改造機械の総数:
宇宙空間展開分:約三万七千機(宇宙艦艇・探査機・改造衛星)
地球残留分:約六十億個体(第一期からの継続)
宇宙空間における「征服への意志」の特性変化:
宇宙空間では、意志を維持するために
地球上の約四万三千倍の密度消費が必要になる。
理由:宇宙空間の物質密度が極端に低いため、
意志を「固体として維持する」のに
世界線全体の密度を引き出す必要がある。
一日の世界線密度総消費量:
第一期末:約百二十六トン
第二期中:約三百八十億トン
崩壊までの期間:
第一期のペース:約二百万年
第二期のペース:約六十七年
外部観測者注記:
第二期征服計画の進行状況:
火星:征服完了(第二期開始から二年後)
月:征服完了(八ヶ月後)
木星・土星の衛星群:征服完了(四年後)
太陽系全域:征服完了(第二期開始から七年後)
太陽系征服完了時の改造機構首脳部の反応:
七秒間の沈黙。
その後、最高幹部が言った。
「次は銀河系だ」
この段階での世界線崩壊確率:12.7%。
緊急フラグ更新。
◆記録五 イネスの手記 第三期・開始
第二期完了から二ヶ月後、「第三期征服計画」が発表された。
対象:宇宙全域。
改造機構の技術は第二期の間に跳躍していた。
第一期:有機体の改造(生物→戦闘員)
第二期:無機体の改造(機械→征服艦)
第三期:概念の改造(星間空間そのものに「征服への意志」を実装する)
星間空間を改造する。
空間自体に意志を持たせる。
改造された空間は、「征服」という機能を持った新しい次元になる。
その次元が宇宙全域に広がれば、宇宙全体が改造機構の一部になる。
技術的には可能だと、彼らは言った。
私は計算した。
宇宙空間の総体積:約四×10の80乗立方メートル。
空間一立方メートルあたりに「征服への意志」を実装した場合の密度消費量——
計算が合わなかった。
合わない、というのは「エラーが出た」という意味だ。
この世界線の密度の総量より、消費量の方が大きくなった。
計算式が成立しなかった。
◆記録六 施設観測ログ SHCK世界線 第三期・初期
【観測記録14:第三期征服計画の物理的問題点】
第三期征服計画の技術的詳細:
「空間改造技術」の原理:
対象空間に「征服への意志」を充填する。
充填された空間は、
その空間内に存在する全ての物質を
「征服の道具」として再分類する。
充填必要密度:
一立方光年あたり
この世界線の総密度の約〇・〇〇〇〇〇七%。
改造対象の宇宙の体積:
約四×10の80乗立方光年(推定)。
必要な密度消費量(計算値):
この世界線の総密度の
約二・八×10の74乗倍。
改造機構がこの計算を実施したかどうか:
していない。
改造機構が宇宙規模の改造を
「技術的に可能」と判断した根拠:
第二期までは全て成功した。
失敗の経験がない。
外部観測者注記:
改造機構は「失敗の経験がない組織」だ。
第一期:成功した。
第二期:成功した。
第三期:——
この世界線の崩壊が「第三期の失敗」によって
起きるという仮説は、外部観測者には正しくない。
崩壊は「失敗」ではなく「成功」によって起きる。
詳細は後述する。
この段階での世界線崩壊確率:38.4%。
◆記録七 イネスの手記 第三期・中期
二十三年後、改造機構は「第三期征服計画、進捗率四十七%」を発表した。
宇宙の四十七%が改造された。
「征服への意志」を持つ空間が、宇宙の半分近くを覆っていた。
その空間の中では、全ての星が「征服の砦」になっていた。
全ての銀河が「征服の艦隊」になっていた。
物質と空間と星と銀河が、全て一つの意志に向かって動いていた。
「征服せよ」という意志に。
この段階で、改造されていない宇宙は残り五十三%だった。
でも毎日、少しずつ、五十三%が減っていた。
私はもう計算をしていなかった。
計算しても、止められないから。
でも今日、別のことが気になった。
改造機構の幹部怪人が会議をしていた。
私は傍受した。
「征服完了後、我々は何をするか」
誰も答えなかった。
十七秒間の沈黙があった。
「次の目標を設定する」と最高幹部が言った。
「しかし、征服する対象がない」と誰かが言った。
「対象を作る」と最高幹部が言った。
「どうやって」
「征服された宇宙を、もう一度征服する」
◆記録八 施設観測ログ SHCK世界線 第三期・完了前夜
【観測記録22:崩壊構造の特定】
外部観測は、この段階で崩壊の真の原因を特定した。
崩壊の原因は「改造による密度消費」ではない。
崩壊の原因は「征服の完成」だ。
説明:
改造機構は「征服への意志」を世界線から作った。
意志は世界線の密度を消費して維持される。
しかし最も重要な事実は別にある。
「征服への意志」は、
「征服する対象」が存在する間だけ
安定した状態を保つ。
征服する対象がなくなった瞬間——
意志は不安定化する。
不安定な意志は「新しい征服対象」を
探し始める。
征服された宇宙の中に、
征服対象は残っていない。
残っているのは——「征服した自分たち」だけだ。
不安定化した意志が、
「征服した自分たち」を
「次の征服対象」として認識し始める。
改造機構が「征服された宇宙をもう一度征服する」
と言った理由がここにある。
でも「征服された自分が自分を征服する」ことは
物理的に何を意味するか:
改造体が自分自身をさらに改造する。
改造された改造体がまた自分を改造する。
この無限ループは終わらない。
終わらないループの間、密度消費は止まらない。
崩壊まで、残り時間の計算が不可能になった。
崩壊は「いつか」ではなく「既に始まっている」。
この段階での世界線崩壊確率:71.3%。
◆記録九 イネスの手記 第三期・完了
征服が完了した日、世界は静かだった。
宇宙の全域が「征服への意志」を持った。
全ての星が。
全ての空間が。
全ての物質が。
改造機構の最高幹部が宣言した。
「征服は完了した。宇宙は我々のものだ」
その三十一秒後に、問題が起きた。
幹部怪人の一人が、自分の腕を改造し始めた。
「何をしている」と最高幹部が聞いた。
「次の征服対象を作っています」と幹部怪人は言った。「自分をもう一度改造すれば、改造前の私が征服対象になります」
「それは意味がない」と最高幹部は言った。
「征服の対象がなければ、征服への意志が不安定化します」と幹部怪人は言った。「私はその不安定化を感じています。今すぐ征服対象が必要です」
「自分自身を征服できるはずがない」
「わかっています」と幹部怪人は言った。「でも止められません」
三日後、改造機構の全改造体が同じ行動を取り始めた。
自分自身をさらに改造する。
改造が完了した瞬間、また自分を改造する。
止まらなかった。
止める方法がなかった。
「征服への意志」が征服対象を失った後の挙動が、誰にも予測されていなかった。
設計されていなかった。
◆記録十 施設観測ログ SHCK世界線 最終段階
【観測記録31:収容違反・最終段階の宣言】
征服完了から三十日後の状況:
改造体の状態:
全改造体が「自己改造ループ」に入っている。
一改造体あたりの自己改造頻度:
一日目:三回。
十日目:一日あたり三千回。
三十日目:一秒あたり約十七万回。
自己改造が加速する理由:
改造が完了するたびに、
「征服された自己」が「次の征服対象」として
認識される。
認識された瞬間に次の改造が始まる。
改造速度が上がるほど、
密度消費速度も上がる。
一日の世界線密度総消費量:
第一期末:約百二十六トン
第二期中:約三百八十億トン
第三期中:約四十七×10の23乗トン
征服完了後三十日:測定不能
(世界線の密度そのものが崩壊し始めたため、
基準値が消失した)
追加で確認された現象:
現象01:
改造機構の最高幹部が
「征服という概念そのものを征服する」
という計画を発表した。
計画の内容:
「征服という行為を解体し、
解体された征服を再征服することで、
征服の純粋な本質だけを残す」
外部観測者の分析:
この計画は物理的に意味をなさない。
「征服を征服する」とは
「征服という概念を、
征服という行為によって
征服することを意味する」。
これは論理的な無限後退だ。
しかしこの世界線では
「征服への意志」が物理的に存在するため、
論理的に不可能なことが
物理的に実行されようとしている。
現象02:
自己改造ループに入った改造体が、
改造のたびに有機的多様性を失い続けている。
第一期の改造体は人間に似た形をしていた。
今は「征服への意志の塊」以外に
何も残っていない。
現象03:
星々が自分自身を「征服目標」として
自己燃焼を始めた。
太陽に相当する恒星百七十三個が
征服完了から二十日以内に消滅した。
この段階での世界線崩壊確率:94.1%。
◆記録十一 イネスの最後の手記
私は今も「未改造体」だ。
三十七年間、改造されずにいる。
そのことが、今日ようやく意味を持った。
外を見ると、宇宙が光っていた。
改造体が自己改造を繰り返すたびに、意志のエネルギーが放出されて光になる。
宇宙全体が、内側から燃えていた。
でも炎ではなく——「征服への意志」が光になっていた。
美しかった、とは言えない。
ただ、明るかった。
宇宙がこんなに明るいのを、私は初めて見た。
改造機構の最高幹部が「征服という概念を征服する儀式」を執行した。
私は傍受した。
儀式の内容:「征服」という言葉を、改造機構の全改造体が同時に発音する。
発音した瞬間、その音が「征服という概念」に変換される。
変換された概念を、組織が「征服する」。
三億七千万の改造体が一斉に「征服」と言った。
その音が宇宙に広がった。
三秒後、何かが変わった。
「征服」という言葉の意味が消えた。
この世界線から「征服」という概念が物理的に消えた。
改造体の体内にあった「征服への意志」が、根拠を失った。
根拠を失った意志は、一秒以内に霧散した。
三十七年間、四十二億の改造体を動かし続けた意志が、一秒で消えた。
宇宙が、暗くなった。
暗くなった宇宙で、私は思った。
彼らは最後まで征服し続けた。
征服できないものを征服しようとして、征服という概念を消した。
征服するために征服を使い、征服を消した。
完璧だった。
◆記録十二 施設観測ログ SHCK世界線 最終記録
【観測記録38:最終圧縮プロセスの記録】
征服完了から五十一日後。
征服概念の消失から七秒後。
00:00
「征服への意志」が宇宙全域から消えた。
四十二億の改造体から意志が消えた。
意志を失った改造体は
「征服された状態のまま、征服する理由がない」
という状態になった。
00:03
改造体の自己改造ループが停止した。
四十二億の改造体が静止した。
00:07
宇宙全体が静止した。
物質は動いているが、「目的」がない。
「征服という目的」で動いていた全ての物体が、
目的を失ったまま慣性で動き続けた。
00:11
世界線の密度が急速に低下し始めた。
「征服への意志」が密度を消費することで
世界線を安定させていたことが、
この段階で判明した。
三十七年間、意志による密度消費は
「崩壊要因」だと思われていた。
しかし実際には——
意志が世界線の密度を消費しながら
同時に「別の種類の安定性」を提供していた。
意志がある間、世界線は「目的を持った構造体」
として存在した。
意志が消えた瞬間、
世界線は「目的を持たない物質の集合」になった。
「目的を持たない物質の集合」は
世界線として維持できない。
00:23
最終圧縮開始。
00:41
圧縮完了。
SHCK0000DXとして収容する。
最後に記録されたもの:
イネスが最後の手記を書き終えた後、
窓の外を見た映像が残っていた。
宇宙が暗くなっていた。
四十二億の改造体が静止したまま漂っていた。
征服することも、改造することも、
命令することも、抵抗することも、
何もできない。
ただ、存在していた。
イネスが何かを言おうとした。
でも圧縮の方が先だった。
◆付録 回収後の記録 世達の業務ノート
担当:世達
案件番号:SHCK0000DX
回収後重量:三百八十九グラム
標準バーガーの平均重量との差異:+253グラム
においの記録(流焔による判定):
「鉄のにおい。すごく濃い。
あと硫黄。
でも——奥の方に、
全部抜けた後の空気のにおいがする。
何もなくなった後のにおい。
静かなにおい。
重いのに、なんか……空っぽな感じがする」
重量超過の原因:
「征服への意志」の残滓が
バーガーに封入されているため。
意志が消えた後も、
意志が占めていた「形」だけが残っている。
その形の分の重さがある。
死因の分析:
征服したから死んだ、ではない。
征服が完成したから死んだ。
征服する対象がある間、
世界線は「目的を持った構造体」として
安定していた。
征服が完成して対象がなくなった瞬間、
世界線は「目的を失った」。
目的を失った世界線に、
征服という概念への執着だけが残った。
執着は概念を消した。
概念が消えると、執着も消えた。
全部消えた後に、
何も残らなかった。
イネスだけが——最後まで改造されなかった。
改造されなかったから、
征服への意志を持たなかった。
意志を持たなかったから、
征服が完成した後も「目的を失わなかった」。
イネスには元々、
「記録する」という目的があった。
それは征服機構が与えた目的ではない。
だから征服が完成しても消えなかった。
でも世界線の圧縮には勝てなかった。
「記録する」という目的を持った人間が、
世界線の最後の一人だった。
処理:千姿による摂取を提案する。
備考:
「征服への意志の残滓」の取り扱いについて
新規分類を申請する。
「目的を失った意志」という分類は
現行のカテゴリーにない。
審査を依頼する。
また、本バーガーの処理において
一時的に「征服への意志」の
残滓が業務室に漂ったため、
業務室の清掃費用を申請する。
鉄と硫黄のにおいが業務室に
三日間残った。
残業代申請中。




