《端っこだけ残るバーガー》
——世界線ESΩ∅:完食記録——
◆ 第一層 出現
最初の報告書は、三行だった。
> インシデント報告:ES01
> 食堂のテーブルに、食べかけのバーガーが置かれていた。
> 担当者不在。処理を試みたが、廃棄不能。
> 理由:食べても最後の一口だけが残る。
以上だった。
重要度:低。優先度:後回し。担当:未定。
ファイルは棚の奥に入れられた。
◆ 第二層 観察
▼ T+00:00:03(三日後)
担当が決まった。コードネーム〈Remnant〉、二十六歳の新人研究員だった。
割り当てられた理由は「暇そうだったから」と上司が記録に書いている。
〈Remnant〉はバーガーを見た。ごく普通のバーガーだった。食べかけで、最後の一口分だけが残っていた。一口サイズの、きれいな形の、何の変哲もないバーガーの断片。
食べた。
なくなった——と思ったら、皿の上に戻っていた。同じ形、同じサイズ、同じ一口分。
〈Remnant〉は三回繰り返した。三回とも戻った。
報告書に書いた。
> 観察記録:ES04
> 食べると戻る。何度でも戻る。
> 見た目に変化なし。においも変化なし。
> 特に問題はないが、地味に嫌だ。
以上だった。
▼ T+00:01:00(一週間後)
〈Remnant〉は毎日観察した。
毎日同じだった。一口残る。食べる。戻る。食べる。戻る。
記録は増えたが内容は変わらなかった。
十四日目に、〈Remnant〉は記録にこう書いた。
> 今日も同じ。明日も同じだと思う。
> 正直、他の案件に移りたい。
> 上司に相談する。
上司は「もう少し様子を見ろ」と言った。
〈Remnant〉はまた翌日も一口食べた。また戻った。
◆ 第三層 再評価
▼ T+00:01:21(二十一日後)
〈Remnant〉が何気なくノギスを持ってきた。
特に理由はなかった。何となく、気になった。
バーガーの残り一口を測った。
三十一ミリだった。
翌日測った。三十ミリだった。
その翌日。二十九点八ミリ。
〈Remnant〉は上司を呼んだ。
「これ、小さくなってませんか」
上司が見た。首を傾けた。「そうか?」と言った。
〈Remnant〉が計測データを並べた。初日から毎日計測すると、緩やかに、確実に、小さくなっていた。
上司が沈黙した。
「……前より小さくないか、これ」
▼ T+00:02:00(二ヶ月後)
実験ログES21が開始された。長期間観測。複数の計測機器。精密な記録。
結果は設定通りだった——
バーガーは縮小していた。
しかし縮小しているのは、バーガーではなかった。
計測機器が狂っていた。
正確には——計測機器は正常だった。
計測する「空間」の方が狂っていた。
バーガーのサイズは変わっていなかった。バーガーの周囲の空間が、少しずつ、削れていた。
> 緊急報告:ES崩壊/α
>
> 計測誤差の原因が判明。
> バーガーは縮小していない。
> 空間が縮小している。
>
> 施設の角が丸くなっている。
> 壁と床の境界線が曖昧になっている。
> 物体の「端」が消えかけている。
>
> 「角が減っている」——担当者〈Remnant〉の言葉。
> 「いや、角という概念が削れている」——解析担当者の補足。
◆ 第四層 真相
▼ T+00:03:00(三ヶ月後)
構造解析の結果が出た。
長い報告書だった。要約すると——
このバーガーの「最後の一口」は、宇宙の端と同一構造を持っていた。
物質の話ではなかった。概念の話だった。
「最後に残るもの」という構造が、宇宙の外縁部と共鳴していた。一口食べるたびに、宇宙の端が同じ比率で削れた。削れた分だけ、観測可能な宇宙の範囲が縮小した。
しかし完全には消えなかった——バーガーが消えないのと同じように。
宇宙も、最後の一口分だけは、残り続けた。
別の言い方をすると——
誰かがこのバーガーをかなり食べていた。
いつから食べていたのかは、わからなかった。
測定を始める前から、すでにかなり削れていた。
> 宇宙観測部門:緊急追報
>
> 銀河の外縁部に不自然な縮小を確認。
> 観測可能領域の境界が後退している。
> 「果て」が近づいている。
>
> 速度は極めて緩慢。
> しかし確実に。
▼ T+00:03:12
〈Remnant〉が報告書を読んだ後、しばらく黙っていた。
それから、ノギスを持った。
バーガーを測った。
十一ミリだった。
最初の計測から半分以下になっていた。
つまり宇宙も、半分以下になっていた。
〈Remnant〉は記録に書いた。
> 最初から気づいていれば、もっと早く対応できたかもしれない。
>
> でも最初は本当に、何でもなかった。
> ただの残り一口だった。
> 地味に嫌だな、と思っただけだった。
それが最後の記録だった。
その後〈Remnant〉がどうなったかは記録に残っていない——記録を書く「端」が、消えていたから。
◆ 第五層 充満
▼ T+??(時間計測不能)
宇宙が狭くなっていった。
劇的ではなかった。静かだった。
地平線が少し近づいた。空間の余白が減った。「遠い」という感覚が薄れた。隣の街が昨日より近く感じた。隣の星が昨日より近く見えた。
人々は気づいた。
「最近、世界が狭い気がする」と言った。
でも気のせいだと思った。
気のせいだと思う余裕がある間は、まだ一口分残っていたから。
銀河の外縁が削れた。可視宇宙の境界が後退した。「果て」という概念が縮小した。星と星の距離が、物理的に変わったわけではなかった——ただ、その間にあった「遠さ」が削れた。宇宙に「間」がなくなっていった。
それでも誰も死ななかった。
死ぬための空間が、削れていたから。
生きるための空間も、削れていたから。
宇宙は、最後の一口分の中に収まった。
◆ 第六層 完食……しない
▼ T+??
バーディが来た。
来た、というより——来られた、に近かった。
宇宙が縮小していたので、「来る」ために必要な距離が、もうほとんどなかった。一歩踏み出したら着いていた。着いたと思ったらもう端だった。
バーディは周囲を見た。
何もなかった。
何もない、というより——全部が一点に圧縮されていた。かつて銀河があった場所も、かつて地球があった場所も、かつて〈Remnant〉がノギスを持っていた場所も、全部が最後の一口の中にあった。
バーガーがあった。
一口分の、きれいな形のバーガーが、あった。
バーディはそれを見た。
回収しようとして——手を止めた。
食べると戻る。
これは、回収できない。
因果律プレス工場に持ち込んでも、プレスするたびに一口分だけ残る。パティにならない。バンズに挟めない。出荷できない。
初めてだった。
バーガーになれないバーガーは、初めてだった。
バーディはしばらく考えた。
記録に書いた——記録を書ける空間がまだ残っていたから。
> 回収記録:ESΩ∅
>
> 本個体の回収は不可能。
>
> 食べると戻るため、圧縮処理ができない。
> パティ化不可。
> 保管場所も存在しない(宇宙の空間が一口分しかないため)。
>
> 本個体は現在、宇宙の最後の一口として存在し続けている。
>
> 完食されることなく。
> 廃棄されることなく。
> ただ、一口分だけ。
>
> 担当:バーディ
> 備考:次の世界線の業務に支障はない。
>
> ——この個体は、メニューに加えられない。
> ただし、参照記録として残す。
◆ 補遺(パンデモニウム内部記録)
この世界線のバーガーは、現在も存在している。
nの次元の棚の上に、置かれたままだ。
誰も食べない。食べても戻るから。
誰も捨てない。捨てる場所がないから——捨てる先の空間が、このバーガーの中にしかないから。
棚の上で、一口分のバーガーが、今日も残っている。
小さい。
最初より小さい。
でもまだある。
ふと、こう思わなかったか。
「最近、世界がちょっとだけ狭い気がする」
もしそうなら、安心していい。
それは気のせいだ。
まだ——
一口分は残っている。
ただし確認しておいてほしい。
それは今日も、昨日より、少し小さい。
〔世界線ESΩ∅ 回収不能記録——了〕
〔本バーガーはパンデモニウム店頭には並んでいません〕
〔ただし、今あなたがいる宇宙の端に、まだあります〕
〔I'm lovin' it.〕
■ 名称
《端っこだけ残るバーガー》
(エッジ・セーバー)
別称:「最後の一口が消えない」
■ 概要
本個体は、どれだけ食べても
必ず“最後の一口”だけが残るバーガーである。
それ以上でもそれ以下でもない、
極めて些細で、日常的で、どうでもいい現象として報告された。
■ ビジュアル描写
ごく普通のバーガー。
ただし:
食べ進めると、最終的に完璧な一口サイズになる
それを食べても、同じ形で再び存在する
皿の上、手の中、時にはポケットの中に戻る
見た目に変化はない。
ただ一つ、
“終わらない”
■ 初期評価
M社初期分類:
> 「軽度ループ現象」
「無害」
「廃棄推奨(処理不能のため)」
実験も最低限に留められ、
一時は“放置対象”とされた。
■ 特性(初期認識)
1. 最終残留
最後の一口だけが無限に再生成される。
2. 消費不能
完全に食べ切ることができない。
3. 非感染性
他個体への影響なし(と当初は判断された)
■ 関連事件(軽微)
■ ケースE02:「ちょっとイライラする」
被験者がこう報告:
> 「最後だけ残るの、地味に嫌だな」
心理的ストレス以外の影響は確認されず。
ここまでが“表層”だ。
問題は、その後に発見された。
■ 再評価トリガー
ある研究員が、何気なくこう発言した:
> 「これ、前より小さくないか?」
測定の結果:
最後の一口のサイズが、微量に減少していることが判明。
■ 追加実験
実験ログ:ES21
手順:長期間観測
結果:
時間経過サイズ
初日約一口分
1週間わずかに縮小
1ヶ月明確な縮小
3ヶ月肉眼で確認困難
だが完全には消えない。
■ 異常の本質
ここで奇妙な事実が発覚:
減少しているのはバーガーではない。
■ 収容違反記録(抜粋)
■ インシデント:ES崩壊/α
複数拠点で同時に以下の現象発生:
空間の端が“削れる”
建物の角が丸くなる
物体の「境界」が曖昧化
観測ログ:
> 「角が減っている」
「いや、角という概念が削れている」
■ 追加報告
宇宙観測部門より:
銀河の“外縁”が不自然に縮小
観測可能領域の境界が後退
“果て”が近づいている
■ 真相
解析の結果、恐るべき事実が判明:
このバーガーの「最後の一口」は、宇宙の“端”と同一構造である。
つまり:
一口減るごとに
→ 宇宙の端も削れる
しかし完全には消えない
→ 宇宙も完全には終わらない
■ 現在の状況
最悪の事実:
すでに誰かが、かなり食べている。
■ 世界規模影響
地平線が微妙に近づく
空間の“余白”が減少
「遠い」という概念が弱まる
報告:
> 「最近、世界が狭く感じる」
■ M社最終見解
> 「本個体は食品ではない」
「これは“宇宙の余剰部分”である」
■ 哲学的意味
このバーガーは問う:
「終わりとは、消えることか?」
「それとも、削られていくことか?」
「最後の一口が残る限り、それは終わりではないのか?」
■ 警告
絶対に最後の一口に手を出すな
「もう少しだけ」と考えるな
小さくなっていることに気付くな
■ 補遺
ふと、こう思わなかったか。
「最近、世界がちょっとだけ狭い気がする」
もしそうなら、安心していい。
それは気のせいだ。
まだ――
一口分は残っている。




