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《夕焼け色パラレルバーガー》


——世界線ORΩ∅:完食記録——




◆第一層 出現


 バーガーは、夕焼けの色をしていた。


 オレンジ色のバンズ。オレンジ色のソース。断面まで、夕焼けだった。


 誰が置いたかわからなかった。


 屋上にあった。


 誰かがよく夕焼けを見に来る屋上に、ある日から置いてあった。




 街は、普通だった。


 普通に見えた。


 でも——この街では、時々、おかしなことが起きた。


 昨日話した内容を、今日また話す。でも微妙に内容が違う。


 同じ角を曲がったのに、違う景色が見える。


 夕焼けが、昨日と同じ夕焼けのような気がする。


 誰もそれを「異常」と呼ばなかった。


「なんとなく、そういうもの」として、受け入れていた。




 バーガーもそうだった。


 屋上にある、オレンジ色のバーガー。


「なんとなく、そういうもの」として、誰も触れなかった。




◆第二層 三人


▼少年


 少年は転校してきた日から、「普通でいよう」と思っていた。


 目立たない。選ばない。選ばれない。ただ、普通にいる。


 でも不思議なことがあった。


 廊下を歩く時、少年は何かを「避けて」いた。


 転ぶ前に曲がる。ぶつかる前に止まる。


 意識してではなく、体が自然に動いた。


 偶然だと思っていた。


 ずっと偶然だと思っていた。




 ある日、少年は屋上でバーガーを見た。


 食べなかった。


 ただ、見た。


 その瞬間——何かが変わった。


 少年の「偶然」が、少し、意図的になった。




▼ヒロインA


 彼女はクールだった。


 距離を取った。笑わなかった。


 でも——この街で一番、時間のズレを受けていた。


 同じ日を、何度も生きていた。


 昨日と同じ朝が来る。昨日と同じ授業がある。でも何かが少し違う。


 彼女はそれに気づいていた。


 気づいていたから、誰とも深くかかわらなかった。


 どうせやり直すから。どうせ変わるから。




 少年が転校してきた日から、街の「やり直し」の頻度が上がった。


 彼女は気づいた。


 あいつが来てから、変わった。


 だから、距離を取った。




▼ヒロインB


 彼女は明るかった。


 少年の「普通」を、全力で肯定した。


「普通でいいじゃない。普通が一番いいよ」


 彼女がそう言うと、少年は少し楽になった。




 でも——彼女は「選ばれなかった未来」から来ていた。


 ある分岐で、少年が違う選択をした未来。


 その未来で、彼女は少年に会えなかった。


 会えなかった未来の彼女が、別の分岐に滑り込んで、ここにいた。


 彼女自身は、それを知らなかった。




◆第三層 選択のやり直し


▼同じ日が、何度も来る




>観測記録:ORΩ03

>

>街で「選択のやり直し」が観測された。

>

>具体的には——

>

>少年が廊下で転んだ。

>翌日、同じ廊下を歩く少年が転ばなかった。

>転ばなかった少年の体が、転ぶ直前に微かにズレた。

>

>少年は「偶然よけた」と思っている。

>

>だが記録上、少年は前日に転んでいる。

>転んだ記憶を持ちながら、転ばなかった。

>

>これは「やり直し」ではない。

>「転んだ未来」と「転ばなかった未来」が、両方存在している。

>

>少年の体は、両方の記憶を持っている。




>観測記録:ORΩ07

>

>三人の関係で「選択のやり直し」が増加した。

>

>少年がヒロインAに話しかけた日——

>翌日、同じ場所で同じ会話をした。

>でも内容が微妙に違った。

>

>少年がヒロインBと帰った日——

>別の分岐では、ヒロインAと帰っていた。

>

>どちらも本当に起きている。

>どちらも未確定のまま、重なっている。

>

>三人の関係が進展しているが——

>どのルートも完全には成立していない。

>

>全部が「途中」のまま、並走している。




▼屋上での会話


 少年とヒロインAが屋上で話した。


 夕焼けだった。


 オレンジ色のバーガーが、隅に置いてあった。




「なんで距離置くの」と少年が聞いた。


「どうせやり直すから」とAが言った。


「やり直すって」


「この街、同じ日が来るでしょ。ちょっと違うけど、また来る。だから深くかかわっても意味ない」


「……気づいてたんだ」


「あなたが来てから増えた。やり直しが」




 少年は黙った。


 バーガーを見た。


 食べようとして——やめた。


 やめた瞬間、また明日が来た。




>観測記録:ORΩ11

>

>少年がバーガーに触れなかった日、

>翌日の「分岐の数」が減少した。

>

>少年がバーガーに近づいた日、

>翌日の「分岐の数」が増加した。

>

>バーガーは少年の「未確定性」と共鳴している。

>

>バーガーの正体の仮説:

>「選ばれなかった未来の圧縮体」

>

>少年が選択を保留するたびに、

>バーガーは選ばれなかった未来を一つ吸収する。

>吸収した未来を内部に圧縮して、保持する。

>

>だからバーガーは、夕焼けの色をしている。

>夕焼けは一日の終わりの色ではなく、

>「まだ終わっていない無数の今日」の色だ。




◆第四層 臨界


▼Bの告白


 ヒロインBが少年に言った。


「好き」


 はっきり言った。


 少年は——答えられなかった。




 その瞬間、街が揺れた。


 物理的に揺れたのではない。


 分岐が、暴走した。




>緊急観測記録:ORΩ22

>

>少年が答えを保留した瞬間、

>街全体の分岐数が臨界を超えた。

>

>現在、街は以下の状態を同時に保持している:

>

>・少年がBに「好き」と答えた街

>・少年がBに「ごめん」と答えた街

>・少年がAに会いに行った街

>・少年が誰にも何も言わなかった街

>・少年がこの街を出た街

>

>全部が、今、同時に存在している。

>

>「どれが本当か」を決める主体が、いない。

>少年が決めていないから。




▼Aの変化


 Aが少年に言った。


「決めなくていいよ」


「でも——」


「決めなくていい。全部本当だから」




 少年は首を傾けた。


「全部本当って、どういうこと」


「あなたがBに答えた未来も本当。あなたが私を選んだ未来も本当。あなたが誰も選ばない未来も本当。全部どこかに、本当にある」


「それって——どれも選ばなくていいってこと?」


「違う」


 Aが初めて、少し笑った。


「どれを選んでも、間違いじゃないってこと」




◆第五層 バーガーの正体


▼屋上で、最後の夕焼け


 少年はバーガーを、手に取った。


 初めて、手に取った。




>最終観測記録:ORΩ∅

>

>少年がバーガーを持った瞬間——

>

>バーガーの内部から、何かが溢れた。

>

>圧縮されていた「選ばれなかった未来」が、全部、出てきた。

>

>Bを選んだ未来の少年が、そこにいた。

>Aを選んだ未来の少年が、そこにいた。

>誰も選ばなかった未来の少年が、そこにいた。

>街を出た未来の少年が、そこにいた。

>

>全員が少年だった。

>全員が夕焼けの屋上にいた。

>全員が、バーガーを持っていた。

>

>少年たちは、互いを見た。

>

>誰も何も言わなかった。

>

>それから——

>

>一人ずつ、消えた。

>

>消えながら、バーガーに戻った。

>

>最後に残ったのは——

>

>「まだ何も決めていない少年」だけだった。




 少年はバーガーを見た。


 食べた。




>摂食記録:ORΩ∅

>

>少年がバーガーを食べた。

>

>味は——夕焼けの味がした。

>

>正確に言えば、夕焼けを見ながら誰かと並んでいた時の、あの感覚の味がした。

>特定の誰かではなく。誰かと、という感覚だけの味がした。

>

>食べ終わった後——

>

>街の分岐が、全部、消えた。

>

>消えたのではない。

>

>確定した。

>

>どの分岐が確定したかは——

>

>記録されていない。

>

>少年だけが知っている。




◆第六層 圧縮


 バーディが来た。


 M社からの圧縮指令を確認した。




>圧縮指令:ORΩ∅

>

>発動条件:

>対象世界線において、

>「未確定な選択」が全て確定した時点で

>圧縮処理を開始する。




 バーディは街を見た。


 静かだった。


 分岐がなかった。


 全部、確定していた。


 プレスをかけた。




 世界が収束した。


 全ての「選ばれなかった未来」が、一点に集まった。


 Bを選んだ少年も。Aを選んだ少年も。誰も選ばなかった少年も。街を出た少年も。


 全員が、一枚のパティになった。




 パティはオレンジ色だった。


 夕焼けの色だった。




>回収記録:ORΩ∅

>

>圧縮処理:完了。

>

>パティ品質:オレンジ色。夕焼けの味がする(推定)。

>

>担当:バーディ

>

>備考:少年がどの選択をしたか、記録されていない。

>

>   記録しようとしたが——

>

>   少年が選んだのは「どれか」ではなく、

>   「選ぶという行為そのもの」だったのかもしれない。

>

>   だとすれば、結末は記録できない。

>   選んだ内容より、選んだという事実の方が、重いから。

>

>   夕焼けが、きれいだった。




◆製造


 パンデモニウムの因果律プレス工場。


「ORΩ∅、搬入。未確定選択収束型、完熟。オレンジ色」


「お疲れ様です」


 担当者がパティを受け取った。


「……きれいな色ですね」


「夕焼けです」


「なぜ夕焼けに?」


 バーディが少し間を置いた。


「夕焼けは、終わりの色ではないからです。今日がまだ続いている色だから。選択がまだ終わっていない色だから」


「でも夕焼けの後は、夜が来ます」


「そうです」


「夜が来たら、夕焼けは終わります」


「そうです」


「それでも、夕焼けの色なんですか」


「終わるからこそ、です」




 オレンジ色のバンズが選ばれた。


 夕焼けのソースが塗られた。


 パティが挟まれた。


 包みに巻かれた。


《夕焼け色パラレルバーガー》

別称:「どの未来も、間違いではなかった味」


「出荷先は?」


 バーディが少し間を置いた。


「選択の前で止まっている人間がいる場所なら、どこでも」


「——それはどこにでもある」


 トレイに乗せられた。


 夕焼けの色だった。


 見ていると——選ばなかった方の道が、少し、見えた気がした。


 バーディは目を逸らした。




◆補遺


 この街の話をする。


 街は今、普通だ。


 分岐がない。やり直しがない。同じ日が来ない。


 普通の、普通の街だ。




 屋上には、もうバーガーがない。


 夕焼けだけがある。


 毎日、夕焼けが来る。




 Aは今も、少し距離を取る。


 でも以前より、少しだけ近い。


 Bは今も、明るい。


 でも以前より、少し遠い。




 少年は何を選んだか——


 ここには書かない。




 ただ、少年は毎日、屋上に行く。


 夕焼けを見る。


 バーガーがあった場所を、見る。


「あの時、確かに何かを選んだ気がする」


 そう思いながら——


 階段を降りる。




〔世界線ORΩ∅ 完食記録——了〕

〔本バーガーは現在、パンデモニウム店頭にて提供中です〕

〔夕焼けの色です〕

〔食べると、選ばなかった方の道が少し見えます〕

〔I'm lovin' it.〕


メニュー名:夕焼け色パラレルバーガー

キャッチコピー:「選ばなかった方の道」も、等しく絶望オレンジの味がする。


概要

本個体は世界線ORΩ∅にて回収された、因果律の未確定性を物理的に圧縮・成形した概念装置である。視覚的には極めて愛らしい「ゆめかわ」なオレンジ色のグラデーションを呈しているが、その実体は崩壊した並行世界の残滓である。

バンズ:「遅延された決断の微粒子」。選択を先延ばしにした際に生じる時間的摩擦熱により、常に体温程度の温かさを保ち、夕焼け色の発光を伴う多孔質概念物質。

パティ:「選択しなかった自己の総体(圧縮肉)」。異なる分岐に存在した「自分」を因果律プレス機で1枚の肉塊へと収容。咀嚼のたびに、その個体が経験するはずだった一生分の悲喜交交が味覚としてフィードバックされる。

ソース:「高濃度・惜別エマルジョン」。ノスタルジーを誘発する香気成分を含有。摂取者の前頭葉に作用し、「あの時こうしていれば」という後悔を多幸感へと変換・誤認させる精神汚染液体。


実験記録/摂取効果

一口目:摂取者は強烈なデジャヴに見舞われる。視界がセピア色からオレンジ色へと変色し、周囲の人間が「自分と別の人生を歩んでいる可能性」がノイズとして視覚化される。

完食後:摂取者の存在確率が拡散。現在の自分という実感を喪失し、無数の「ifの自分」へと個我が霧散する。肉体は屋上のコンクリートに同化し、概念的な「夕焼けの一部」として永遠にその場に固定される。


収容違反記録(世界はどう滅んだか)

当初、このバーガーは「誰も選ばなくていい優しい世界」の象徴として受容された。しかし、全市民が「夕焼け色パラレルバーガー」を摂取した結果、社会から「決定」という行為が消失。

人々はあらゆる分岐を同時に生きようとし、因果の糸が複雑に絡まり合った結果、世界線そのものが重みに耐えかねて自壊。街は永遠に終わらない「17時45分」のループに陥り、全ての可能性が1枚のオレンジ色のパティへとプレスされ、M社の在庫となった。


️グリマス博士の提言

「君たちは、選ぶことを恐れすぎだ。右の道を選べば左を惜しみ、左を選べば右を夢見る。ならば、その迷いごと飲み込んでしまえばいい。

無数の可能性が1枚の肉に収束される瞬間——その『決断の残酷な美しさ』こそが、最高のスパイスなのだよ。

……おや、何を選んだか覚えていないのかい?案ずるな。このバーガーを食べた時点で、君の未来は『私に食べられる』という一点に確定しているのだからね」

〔多次元味覚統制機関(M社)記録保管局〕

〔ステータス:提供中(※お帰りの際は、元の世界線に戻れる保証は致しかねます)〕


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