2-07.学費納入
学院の休業週が終わり、学業に復帰したセバスを抜いた第七週も順調に進行。
週末の無の曜日もスケジュール通りに狩りの日をこなし、養護院にていつものやり取りが交わされる。
「さあ、今日の稼ぎを出すんだ」
「ガメてねぇだろうな、ハゲ」
言葉も絵面も悪いが、なんでかんで院長にお金を預ける程度にはオルガたちの理解も深まっている。
全財産を持ち歩かないでいいのは、素直に安心できる。
初めての荷運びに同行したセバスの兄の面通しや、悪所を避ける、一人にならないなどの自衛のおかげで悪質なカツアゲはくらっていないが、『先輩のありがたい教え』で酒をおごらされたことはある。
また、院長が預かっていなければ養護院内での盗難もありえた。
はっきりした悪意によらずとも、自分のものと他人のものとが区別ができない子もいれば、ちょっと借りただけのつもりで永遠に返さないような子もいる。
院長預かりの意味を、理解しつつはある。
だがそれはそれとして、他人を、大人を信用できないのがオルガたちだ。
猜疑心は自衛にもつながると、院長は自身への悪態を受け流している。
「最初っから素直に渡せば痛い目を見ないで済むものを、この悪たれが!」
いや本当、言葉も絵面も悪いね。
「……オルガ、アズクル、グラム、そしてヨルグ。頑張ったな」
「あぁん? 俺らはいつだって全力全開バリバリだってばよ!」
アズクルは、連日の負荷で成長した筋肉を誇示した。
前世知識により、激しい筋トレはいろいろあって身長が伸びなくなるリスクがあることを転生三人組は懸念しているが、現地ボーイズにとって筋肉は正義。
オルガやグラムも筋肉質ではあるが、アズクルは一段上の筋肉量を誇る。
ちなみに、適度な筋トレは必須。
特に10歳前後では、筋肉を使うための筋トレが運動制御能力の向上に欠かせない。
関節を痛め、成長軟骨に強い負担をかけるようなものはやりすぎです、という話。
「学費は小銅貨72枚だったね。今日で貯まったよ」
「マジか!?」
松明をはじめとする消耗品代のほかに、自分の稼ぎだのお大尽気分で財布のひもが緩くなり、買い食い、養護院の仲間への土産で費えた分もある。
小銅貨72枚にはまだ届かないはずなんだけどな、と脳内帳簿をもとにヨッシーが首を傾げれば院長からウィンクひとつ。
院長が微妙に補填してくれたらしい。
「さっそく明日、学院に行って手続きしてきなさい」
ウッホーと喜びの踊りを舞いながら去るオルガたちだったが、ヨッシーの肩には院長の手が載っていた。
肩をつかんだまま腰を落とす院長に目線を合わせられると、もはやヨッシーに逃げ場はない。
「頼みますよ、ヨルグ。オルガたちの入学を確定させてください」
社会的人材の供給源としての養護院を大過なく運営してきた院長は、伊達にハゲているわけではない。
重責に見合うストレスが頭皮を毛根を痛めつける対価に、人を見る目が育まれた。
「それと、あれでもココで育った仲間です。見捨てないであげてください」
「……うっす」
院長の目にヨルグは、【祝福の儀】でまるで別人になったように見えていた。
少なくとも、儀の日までのヨルグ坊やを演じているかのように見えていた。
加護の影響にしては、小石を隠すだけとなんともしょぼい効果。
むしろ、ショボすぎてグレたのならわかる。そういう子は何人も見てきた。
なのに英雄級の探索者になるだなどと言い出す。
お調子者だったヨルグ坊やに英雄願望があったとは思えない。
伝説の、盛られた数字に過ぎないだろうレベル100などと妄言を吐くような子でもなかった。
考えにくいことではあるが、悪霊か質の悪い妖精でも入ったかと慎重に見定めること数週間。
なお、前世の死後に怨霊化しかけたモンが入っているので、ある意味正解である。
さすが院長、ハゲは伊達ではない。
閑話休題。
立ち居振る舞い、新たな交友関係、ハズレギフトなのに英雄級を目指す、そう言わざるを得ない背景は……。
大人が、無邪気な子供を演じている。子どもの群れに付き合っている。
そう確信に至った。
「【祝福の儀】を経て、大人にならざるを得なかった。そう考えると、悲しいことです」
開放されたヨルグが逃げ去る姿を見送りながら、院長は、失われた髪を探すかのように己の頭皮をなでた。
☆
第八週の始まり光の曜日の朝、セバスは学院の門近くで捕まった。
早朝から張りこみ待ち構えていたオルガやヨッシーたち養護院ワルガキ衆曰く。
「だって、中に入らな手続きできないやん」
「門衛に、用件を伝えれば通してくれるはずですよ」
「だとしても! こわいやん!」
前回の門衛からの威圧に、よほど懲りたらしい。
オルガたちは、前回同様セバスの案内で無事に門をくぐり、事務棟庶務課で係員に預けられた。
「話があるから、じゅぎょー終わったらいつもの木陰な」
「わかりましたから、指示に従って手続きししてくださいね」
保護者不在となったオルガたちは応接スペースに連れ込まれ、前回提出済みの願書を並べられた。
学院に願書を出したことを知った養護院院長が訪問しそれぞれ裏書済みであるが、子どもたちが知ることはない。
院長の計らいで両替済みのクオルタ銀貨を、迷い迷い差し出し、手続きが進む。
その際、「すごいね」「やったね」「たいしたものだよ」「未来の英雄候補かな」のおだて文句にすっかり気をよくし、誘われるままに同じ事務棟の探索者組合支部に連れていかれる。
支部には、探索者として活動する学院生のための専用窓口がある。
利便を供するていで、一般探索者からの隔離を意図して設置されているのだが、これは過去のトラブルの反省。
学院生は、わりと幅広く門戸を開いている探索科であっても、おおむね人品として一般探索者の上澄みに位置する。
学院に入れる時点で、最低限の読み書き計算能力を有しているからね。
自分の名前も書けないレベルの文盲が珍しくない探索者界隈、論理的な話が通じる……かもしれないというだけで上澄みなのは理解してもらえると思う。
組合本部でゴロツキ・チンピラと一緒くたに扱って、せっかくの金の卵が潰れてしまってはもったいない。
いや本当に。
かつて潰れてしまった卵の中には、鳳雛だって混じっていたのかもしれないのだから。
「仮学章の提示で出入りできるから、今度からはコッチで買取に出したり手続きをするんだよ」
「本部と違い、こちらでは木札級であっても個人口座を開設し、買取額のプールが可能です。
また、ご本人が直接申告することで、口座から学費等の引き落としもできますよ」
受付のお姉さんの説明に、預金と決済機能は助かるなと考えるヨッシーはさておき。
「コーザってのはハゲ院長の『預かる』と同じなんじゃねえか?」
「けどよぉ。どーせ俺らここの世話になるんだろ?」
最後は組合を信用するかしないかだと開き直りに至る。
少年たちの目が受付のお姉さんの胸部に吸い寄せられていたことは、その場にいた男たちだけの秘密である。
その胸は豊満であった。




