第12話 全てを賭け、大勝負の話
時は昨夜、ツバメと二人で計画を立案した時に遡る。
「日芽野さんが動く前に、私たちで夜畑神楽を殺害する」
彼の死が避けられないのなら、日芽野が殺人犯にならない手を考えればいい。
余裕を失った中、辿り着いたたった一つの結論だった。
「えっ……そんなことしたら、叶芽ちゃんが」
「違う、社会的に殺すんだよ。夜畑があの子をいじめる動画を撮って、それをネットに撒く」
「あっ……そうか、その手があったのね!」
スマホを取り出す。今の自分には、愚痴を呟くためのアカウントが大小含めて十個存在していた。
鍵を一時的に外す。動画を手に入れれば、別人を装って大量のアンチコメントを送り付ける。
それが着火剤になれば、動画が伸びて炎上に繋がっていく。
「ホタルがやってたのと同じ。悪魔は契約者以外でも、数分以内なら相手を乗っ取れる。それならツバメが夜畑に憑り付いて、あいつが突然暴れ出したように見せればいい」
付箋に走り書きを記入した。当日、ツバメが夜畑のもとに向かったら、自分はこっそり、牡丹に付箋を渡す。
もうすぐ夜畑がこっちに来る。ホタルは呼ばずに、泣くフリをした後に教室から逃げて。
「他の奴らは殴ってもいいし、教室を壊しても構わない。でも、日芽野さんだけは傷付けずにうまく脅して」
「それは良いけど……動画が撮れても、うまく伸びるの?」
「確実に炎上するコツは無いけど、可能性なら上げられる。日暮隼人の力を借りればね」
次に、ラインを開く。日暮とやり取りしていた個人チャットを、ツバメが興味津々に覗き込んできた。
「夜畑の取り巻きのフォロー欄から、この辺りに住んでいる学生たちのアカウントを特定できたの。それを使うよ」
彼に送ったのは、数十枚にも上るスクリーンショット。
「まったく……人使いが荒いものだ」
昼休み。誰もいない部室の中で、日暮隼人はスマホを開く。
扉の向こうが騒がしかった。彼女の言葉を信じるなら、作戦が予定通りに決行された頃合い。
「……仕事が早いな。それじゃあ、僕も」
十三時前、授業の開始間際。事前に教えてもらったアカウントから、一件の更新通知が届く。
簡易的なモザイクのかかった日芽野に、素顔の夜畑神楽が殴りかかろうとする動画。その傍では蹴られた男子生徒が倒れ、画面越しでも殺伐とした雰囲気が伝わってくる。
迷いなく、赤月叶芽の投稿に一件のリツイートを加えた。
被害者リストを基に彼女が見つけ出した。学生たちのアカウント。半分は鍵がかかっていたが、およそ五十はフォローが返り、交流を深めることができた。
数時間も経てば、それらから一斉にリツイートが来る。
「この動画、一年の夜畑君じゃないの?」
引用でコメントを付ける。取り巻きが入院している中、フォロワーは彼を庇うよりも拡散を選ぶだろう。
彼らのリツイート次第で、この地域の学生たち全てにこの動画が届く。
「さて、どうなるか楽しみだね」
予鈴のチャイムを浴びる。微笑みを浮かべながら、鞄を持って自身の教室へと向かった。
放課後。噂話で持ちきりになっているクラスメイトを横目に、ツバメと自分は一足先に帰路につく。
「あっちはまだ、終礼が続いてるみたいね」
「まあ、あれだけの騒ぎになれば当たり前だよ」
電源を入れると、スマホのバイブが鳴り止まない。鬱陶しく感じ、伸びが収まるまでは通知を切る。
コンビニに立ち寄り、棒状のスナック菓子を一つ。
人目に付かない住宅街の路地で、歩き食いをしながら隣のツバメに分け与えた。
「リツイートは五十。あと二時間もすれば百になる勢いだけど、その先がどうなるかだね」
「……炎上、と呼べる基準はどれぐらいなの?」
「理想は千かな。百を超えればインフルエンサーが見る可能性が高まるから、そこを狙うつもり」
分岐点は明日。伸びなければその先は望めず、伸びれば一種のトピックとして定着できる。
菓子を頬張り、笑みを零す彼女を見つめる。ひとまず峠は越したと自身に言い聞かせ、肩の力を抜いた。
「今日はいつものようにご飯を食べて。早く寝よう。こういう時こそ、しっかり休んで備えなくちゃ」
「そうね。私たちにできることは、みんなやったもの」
明日起きたら、ツイートはどうなっているのだろう。
愚痴を呟いて、気持ちよくなるためだけに作ったアカウント。それなのに、柄にもなく心が躍っていた。
「……後は、なるようになるわよ」
まるでプレゼント箱を抱えながら、その中身を楽しみにしている子供のようだった。
「……きて、起きてよ、叶芽ちゃん」
先の見えない、真っ暗な世界。ゆっくり目を開くと、そこに光が差し込んでくる。
ほんの一瞬、自分が今どこにいるのか分からなかった。
ツバメの声で、意識が戻っていく。深呼吸すると、いつの間にか日を跨いでいたことに気付く。
「どうしたの、まだ早いのに……」
目覚まし時計を見ると、朝の六時を回った所だった。起きて支度をするには、あと三十分は早い。
「ちょっと……見てみない?」
「はあっ?」
「ツイートよ。昨夜から、ずっと見てないでしょ?」
まだ働かない頭を必死に動かす。そういえば、昨日は何かする前にベッドに突っ伏してしまっていた。
何の準備もしていない鞄と、ノートとペンが出しっぱなしの机。それらを見回し、身体を起こした。
「別に、今じゃなくたって……」
「いつか向き合うことじゃない。それに何だか、いける気がするのよね」
ツバメは軽くスキップをしながら、カーテンを開いた。
差し込んでくる日の光と、眼前に広がる青空。眩しさは目に悪い気もしたが、何だか背中を押されてしまった。
放たれた矢の軌道を、今更変えることなんてできない。
「そこまで言うなら、失敗しても恨みっこなしよ」
六割のバッテリーが残ったスマホを開く。ゆっくりとスクロールし、通知を切ったアプリを開いた。
目を見開く。未読の通知は、九十九を優に超える数だった。
「コイツ日本国籍じゃねえだろ、顔で分かる」
「男ってほんと殴るかキレるかしかしないのむりすぎ」
「日本の教育が終り始めている!! 文部科学省は責任を負って解体しろ!!」
指をどれほど上下させても、コメントが終わらない。一台のスマホに、数え切れない言葉たち。
心臓が高鳴る。フォロワーが増え、自分の発信した投稿が、こんな多くの人に見てもらえるなんて。
得たリツイートは想像を通り越し、二千となっていた。
「ツイートが、伸びてるっ……!」
今この瞬間も、投稿は伸び続ける。それはまるで、動画そのものが生きて蠢いているようだった。
「やったよツバメっ、大炎上だよ!!」
「すごいわ……良かったわね、叶芽ちゃん!」
ベッドの上を跳ね回り、ツバメは両手を上げながら喜びを表す。彼女と手を繋いだ自分も同じように、小さくジャンプをして微笑んだ。
「こんないいね数、見たことない……!」
朝日が自分たちの姿を明るく照らす。薄暗かった目覚めが、一気に吹き飛んでしまうような爽やかさ。
窓を開き、大声で叫びたくなるのをぐっと堪える。
その代わりに、スマホに向かってほんの少し、二人で声を張り上げた。
「勝ったのね。私たちが……夜畑神楽に!」
「大勝利だよ! ざまあみろ、夜畑―!!」
「私たちが、これからのトレンドよーっ!」
一人一人の力で、できることは少ないのかもしれない。
それでも一つずつ、リツイートを重ねていけば、それは社会を揺るがす大きな力にもなれる。
今ここで積み重なったインプレッションが、その事実を自分たちに教えてくれた。
「ありがとう。あんたのお陰だよ、ツバメ!」
互いに手を上げて構える。言葉を使わずとも、相手の考えていることは手に取るように分かる。
早朝の静けさを吹き飛ばす程の、軽快なハイタッチを二人で交わした。
続く




