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閑話 新たな騎士団

これは、冤罪の晴れたメルデンがファリーナ帝国に滞在していた頃の一幕――。



メルデンは、皇宮内にある帝国騎士団の宿舎で過ごしていた。日中、騎士たちは訓練や任務についていて、宿舎内は閑散としている。


(…………どうするかな、俺は)


静かな宿舎の一角で、メルデンは物思いに耽っていた。


オルタナ地方で、魔族とされる人智を超えた存在が猛威を振るい、メルデンはそれに巻き込まれる形で冤罪をかけられた。


かけられた冤罪は、各国の王族や貴族の女性たちの誘拐だったが、結局その魔族は、オルタナ地方諸共消滅した。誘拐された女性たちも全員は見つかっていないという。


魔族の存在が明らかになり、冤罪は晴れたものの、異母兄ヨークが魔族に力を貸してしまった以上、ディズラエリ家の没落は免れない。


既に父親であるラピス・ディズラエリは、宰相職を辞職する構えであり、他の家族たちもどこかに避難しているらしい。


そして、メルデンも戻ってくるなと警告を受けた。


今は、職も家も失った状態だ。メルデンはリュシアーナの温情でここに滞在できているだけに過ぎない。


「こんなに良い天気なのにメルデンさんは浮かない顔ですねー」


足音もなく近づいてきたノルンが、近くにあった窓を開ける。穏やかで暖かな風が入ってきた。


ノルンは、オルタナ地方の生き残りだ。一人だけ魔物化しても正気を保ち、魔族を倒すためにヘーゼルという偽名で活動していた。その苦労と努力なんておくびにも出さずに彼はにこにこと笑っている。


「ノルン、足音を消して近づくのはやめてくれ。心臓に悪い」


「え、消してました?」


自覚がなかったらしい。彼は足踏みして、とんとんと床を鳴らす。


「メルデンさんって、今自由なんですよね? どうしてそんなに浮かない顔を?」


そして、ノルンはメルデンに問いかけた。


(自由か……)


ノルンにとってはそうなのだろう。魔族に支配され、狂ったオルタナ地方と比べれば当然だ。


「……ヨークのことも、親父のことも、割り切ったわけじゃないからな」


メルデンの中では、ヨークの死を悔やむ気持ちと心の奥底では兄に嫌われていたという衝撃がないまぜになっている。ヨークは、魔族に支配されて、理性がなかったと聞いたが、それでも消化しきれていない。


そして、父親はそのヨークの弔い合戦を始める気だ。


協力したいが、突き放されたメルデンにやれることがあるのかと何度も自問していた。メルデンは父親の庇護下で好き勝手に暮らしてきただけだ。足手纏いになる可能性が高い。


「ああ……家族ってそんな感じなんですね」


複雑な心中でいると、ノルンがぽつりと言った。彼は両親に存在を忘れられている。


「……ノルン」


メルデンが何か声をかけようとした時だ。


「おーい、そこの二人ー」


無造作に二人を呼ぶ声がした。声の方に顔を向けると、アリサがいた。


ファリーナで開かれた剣術大会で、ただ一人女性として参加して、優勝をもぎとった猛者だ。シャフラン王国で海賊をしていた経歴もある。


今は、ファリーナ帝国で特別に騎士となっているらしい。失われたはずの秘技まで使えるのだから、異色過ぎてよくわからない存在だ。


「陛下が話したいことがあるからきてくれってさ」


アリサに言われて、メルデンは立ち上がった。


「なんでしょうね?」


「さあ? 行ってみればわかるだろう」


不思議がるノルンと共にメルデンは、アリサの後を追う。


向かった先は、皇帝の執務室だった。客間ではないことにメルデンは疑問を持つ。部外者を国政を扱う場所に連れてきてもいいのだろうか。


「来てくれて感謝しますわ」


執務室の奥でリュシアーナが楚々と微笑む。いつもの笑みだと思ったが、その表情が少し固い気がした。


他に部屋にいたのは、数名の側近と騎士団長だ。人払いされている気配にメルデンは問題が起きたのかと、警戒する。


「気楽になさって? 二人に提案がありますの」


リュシアーナはそんなメルデンに気づいたのか、少し笑みを柔らかくして言う。同時にさっと動いた側近がメルデンとノルンの前に紙を置いた。


「今回のオルタナの件を受けて、ファリーナ帝国に新たな騎士団を作ることになりましたの」


置かれた紙には、入団契約書と記載されていた。


「……新たな、ですか?」


騎士の国であるファリーナ帝国には、もともと皇族だけの私設騎士団が存在していたと聞く。皇位を簒奪したリュシアーナは、その騎士団を作ろうとはしていなかったはずだ。


「ええ。新たな騎士団は、私設騎士団とは違い、皇族を守るよりも未知の敵に備える役割を持つものです」


未知の敵とは言うが、そもそもメルデンは騎士ではない。


「俺は、騎士ではありませんが……」


「僕も剣は威嚇用に携帯したことしかないです」


ノルンも続いた。短剣を持っていたところを見たが、全く使えなかったらしい。


「この騎士団は、剣術大会で現れた夢魔の絵画やオルタナの魔族のような存在に対抗するためのもの。剣の腕は二の次ですわ」


問題ないと、リュシアーナは言う。だが、剣の腕はいらないと言われても、メルデンには力不足だ。


絵画の夢魔が現れても何もできなかったし、オルタナの魔族も同様だ。メルデンはリュシアーナを守れなかった。


――――親を助ける力もなければ、好きな女を守る力もない。


じわりと苦々しい鬱屈が腹の底に広がっていく。


「……俺には」


断ろうと、メルデンが口を開きかけた時だ。メルデンの前に手が差し出された。


「無理にとは言いません。でも、どうかわたくしを助けてほしいのです」


リュシアーナの青い瞳が、まっすぐにメルデンを見ていた。


「未知の存在に対して、わたくしは何もできませんでした。生贄にされそうになった時も、霧の中に取り残された時も、あなたはわたくしを助けてくれた。わたくしには、あなたが必要なのです」


二人きりであれば、告白されたと勘違いしていただろう。


(…………本当に俺を必要としてくれているんだな)


リュシアーナは何もできなかったというが、それは違う。いつだって懸命に国を守るために行動していた。その姿にメルデンは惚れたのだ。


ぴくりと自分の手が動いた。リュシアーナの助けになりたい気持ちはある。


でも、だからこそ、メルデンはその手を取ることを躊躇った。メルデンには、その期待に応えられる自信がない。


生贄の時も霧の時もリュシアーナには助かる術があったのだ。今後、メルデンが中途半端に手を出した結果、その術を消してしまうかもしれない。


「喜んでやりましょう」


その時、ノルンがメルデンの手を掴んで、リュシアーナの手に乗せた。


「おいっ」


さらにノルンはメルデンとリュシアーナの手を両手で挟んでぶんぶんと上下に振る。


「僕たち、職なし家なし金なしのないない尽くしなんですから。やるに決まってます」


……それを言われると痛い。あと、一応貯金はある。


「いや、だけど……」


「難しく考えなくて、まずはやってみてはどうかしら? わたくしはメルデンに相応しいと思っているから」


遠慮のないノルンに笑いつつ、リュシアーナが言った。


(ここまで言われたら、断れないな……)


ついにメルデンは、観念した。


「わかった。だが、俺には力不足だと思っている。リュシアーナもそう思ったら正直に俺を切ってくれ。それだけは約束してくれないか?」


皇帝に対する物言いではない。わかっていてメルデンは言った。対等に話していた頃と同じように本音で答えて欲しかったのだ。


「ええ。ちゃんとあなたを見ているわ」


リュシアーナはしっかりと頷いた。



迷う気持ちはある。だけど、約束をもらった以上、努力し続けるしかないのだと、メルデンは覚悟を決める。



「――皇帝陛下、あなたとあなたの国のため、この身を捧げましょう」



少し力を込めて手を握り返し、メルデンはにっと笑って見せたのだった。



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