31、鑑定結果
数日の休養という名の謹慎が明けて、リュシアーナはようやく執務室への出入りが許されていた。さっそく机につまれた大量の報告書を読んでいく。
オルタナ地方で起きた誘拐と魔族による騒動は、一旦の収束を見せている。というよりも、オルタナ地方すべてが霧に包まれてしまい、詳しい経緯は解明されなかったのだ。
誘拐された女性たちだが、約半数が無事に戻ることができていた。それは、居住区にいた女性たちの半分だ。もう半分の行方はわからない。
「陛下、お呼びしました」
側近のランがリュシアーナにそっと呼びかける。
「入ってもらって」
仔細を問いただすため、リュシアーナは、ヘーゼルを呼び出していた。今、ヘーゼルは、監視が解かれ自由にしている。
彼がヘーゼルだった記録は抹消し、彼は新たな名前で人生を過ごすこととなっている。
「ヘーゼル……いえ、ノルン。あなたに聞きたいことがあるの」
執務室に入ってきた彼にリュシアーナは声をかけた。ヘーゼルは、本名がノルンだと改めてリュシアーナに名乗っていた。
「なんでしょう?」
彼は今、騎士団長が地方で見出した若者として、帝国騎士団の宿舎で暮らしている。彼がその後、どのような道を選ぶとしても最大限の支援をするつもりだ。
「誘拐された人々についてです。あの居住区に避難していた半数が見つかってません」
「そうなんですか?」
ノルンは、戸惑う様子もなく、こてんと首を傾げた。誰がいないのかを尋ね返すでもなく、しらを切ったのだ。
クラリーサの調べで、戻ってこなかった女性たちの素性は把握できている。
戻らなかった一人にリュシアーナと同じ場所に攫われていたアイリーンがいる。彼女は、婚家でかなり酷い扱いを受けていたことがわかっている。また、その婚家は身代金詐欺にあっており、その金の行方もわかっていない。
「…………裏で身代金詐欺を働いているのでしょう?」
「僕にはなんのことだか」
にこにことノルンは言い切った。
「戻らない女性たちが置かれている環境はわかってます。国際的な大規模な誘拐の被害者になったとなれば、世間体を気にして、身代金を払わざるを得ない。そんな状況を作り出したのでしょう。本当はエンプーサに誘拐される予定もなかったのでは?」
リュシアーナが推論を述べるが、ノルンは否定も肯定もしない。
「エンプーサを倒す。オルタナ地方をもとに戻す。厳しい環境に置かれている女性たちを救う。それ以外にも目的があるのですか?」
「正気を保つのに精一杯な僕にはわかりません」
話す気のないノルンの口をどう割らせるか。リュシアーナは思考を巡らせる。
ノルンとノルンの友人たちは、いったい何者なのだ。騎士団長の息子であるアルトが秘技を使ってノルンの手助けをしていた以上、背後に変幻魔導師がいた可能性も高い。
(……そもそもなぜ変幻魔導師は、エンプーサを倒すことに協力したの?)
一番の疑問はそこだ。
ヘーゼルもといノルンを支援したこと、アイリーン含む女性たちを助けたこと。それ自体は弱き者を助ける善行だと思う。しかし、変幻魔導師は正義の味方ではない。
結局、オルタナの民たちは全滅し、その地も霧に沈んだ。救う以上に犠牲も多い。
そもそも救ったといっても、身代金詐欺をかけた家の女性たちとノルンを合わせた十数人だけのことだ。さらに変幻魔導師が得たのは、身代金詐欺の金のみ。どう考えても吊り合わない。
(わたくしが知らないだけで、他に利益を得ていたのか。それか……そうせざるを得ない理由があったとでも?)
オルタナ地方に封印されていたエンプーサという魔族は、復活と共に自壊した。ヘーゼルの言うことを信じるならそうだが、あの場にもし変幻魔導師本人がいたのなら、変わってくる。
――エンプーサは自壊したのではなく、変幻魔導師によって始末されたのではないだろうか。
しかし、わざわざ魔族エンプーサを秘密裏に始末する理由がわからない。放置して被害が出たなら、シャフラン王国から魔法使いの国に救援要請がされるはずだ。その方が大金が稼げる。
それこそ、身代金詐欺よりも大きな額が動く。
どれだけ考えても真相は解き明かせない。リュシアーナは大きなため息を吐いた。
「皇帝陛下は、とても歴史がお好きなのですよね?」
そんな時、ノルンが口を開く。全く関係のない話題だった。
「ええ。歴史には経験と教訓が詰まっているから」
だが、沈黙を続けられるよりもましだ。リュシアーナは頷いた。
「では、霧の大森林の歴史は知っていますか?」
意外な問いにリュシアーナの背筋がすっと伸びた。エンプーサと関係のない話題ではないのかもしれない。
「あの場所は、古来から深い霧が立ち込めていて、魔物の巣窟とも言われており、周辺国も霧から出てくる強力な魔物に手を焼いている。……それ以外には特には」
出てきた強力な魔物による被害や対策の歴史なら知っているが、それを求めているわけではないだろう。
「霧の中に小さな国が存在しています。そう言ったら信じますか?」
「…………」
魔物の巣窟に人が住めるわけがない。
しかし、もしエンプーサと同じように霧を払うことができる存在がいたならどうだろうか。
「僕も友人から聞いただけなので、本当かはわかりませんが、歴史好きな皇帝陛下なら興味があるのではないかと思いまして」
わざわざノルンがそう言ったのには、理由があるはずだ。けれど、彼の真意も読めない。
その後も何度か問いを重ねたが、ノルンはのらりくらりと交わす。結局、何も聞き出せないまま、会話を切り上げることとなった。
(…………すべての真実を明らかにすることはできそうにないわね)
ノルンが退出した後、リュシアーナは深く腰掛け、釈然としない気持ちを吐き出すようにため息をつく。
謹慎中、ブリジッタと話してから、リュシアーナは、ルカについて調べ直したのだ。だが、新たにわかることもなかった。何かを見落としているのか、それともルカが痕跡を残さなかったのかは、わからない。
消化しきれないことばかりが積み重なっていく――。
「陛下、ブリジッタ様から手紙が届いています」
ため息をつくリュシアーナに側近のランがそっと手紙を差し出した。
一度、仕事を離れて休憩しようと気遣ってくれたのだろう。普段なら友人からの私的なやり取りは、仕事中には渡さない。
「ありがとう」
リュシアーナは、手紙を受け取った。ただ手紙というには、分厚い封筒に入れられている。
(そういえば、オルタナについて調べたことを教えてくれるのだったかしら?)
薬学者のブリジッタは、何者かからオルタナ地方に関する調査を請け負ったと言っていた。ランには悪いが、仕事の延長のような手紙だ。
封筒から出てきたのは、ある鑑定結果だった。
『アルミロ・ファリーナから検出された麻薬の成分と類似点あり』
「……は?」
目に飛び込んできた一文にリュシアーナは思わず立ち上がった。先帝アルミロ・ファリーナの名に一気に鳥肌が立つ。表向き、リュシアーナは先帝を暗殺して皇帝の地位についた。
しかし、裏では先帝は生きているのだ。
今も生きているかはわからないが、二度と日の目を見ることもなく、生き地獄に囚われている。
「リュシアーナ様……?」
ランの声も聞こえず、リュシアーナは目を皿のようにして次々と頁を捲った。
「なにこれ……なんでこんなものが……!」
オルタナ地方の民たちは、昔から記憶力と思考力の欠如がみられ、最後にはエンプーサによって魔物化していた。魔物化の原因であるエンプーサの力は、血液を媒介にし、水路を通して民たちにばら撒かれた。
――そのエンプーサの血液が、先帝アルミロ・ファリーナからも検出されていた。
完全には一致しないが、間違いなくエンプーサの血液が原料として用いられている。そう記載されていた。
リュシアーナは愕然として、何度も資料を読み返したのだった。




