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霊能物語  作者: 野沙朝臣
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霊能物語 1周年記念 祝話「短編版霊能物語――其の五」

 霊能力について全くの無知な高校生が、伝説的な鬼がいる山に無理矢理押し入った。少年漫画にありそうな話だが、笑い事じゃない。鬼は霊能力を持っていなくても見えるけど、持っていなくちゃ抵抗すらできない。しかも、これが現実に起こったことだという。

 私はママの言葉を聞いて、すぐに走り出した。もちろん、全力疾走だ。私の全力疾走は、陸上世界記録を優に超える。素の身体能力は高くないが、そこは霊力でカバーできる。私の体に、硬い空気がピッタリと張り付く。屋根なし、フロントガラスなしのF1カーで、アクセルを深踏みしているかのようだ。私の前に、人影がのそのそと出てきた。私は目を凝らしてその人影をよく見る。青緑の肌に蝙蝠のような牙。長い爪は、皮膚を容易に切り裂けそうだ。

 鬼だ。

 私が見たことのある鬼とは全く違う見た目だが、私の直感はそう告げていた。桃斬丸とは違うようだが、直垂の服を着たその鬼は、緩慢な動きで私の方を向いた。口からは血が滴っている。誰の血だろうか。陸奥守駿のものでなければいいが。

 「化之剣(バケノツルギ)――啜血(セッケツ)

 私は霊力で刀を創造した。生暖かいその刀は、敵を斬る度に血を啜り、刀身をその血で染めてきた。あまりにも重く鋭い刃は畏怖の対象になり、神を祀る刀として祀られた。戦国時代、数多の人間を葬ってきた四尺刀は、妖刀と呼ばれた。祀られてなお血を求め、神主すらも殺したその刀を、いつしか人は化け物の剣と呼んだ。

 私は刀で鬼を斬り上げる。鋭い切れ味のせいで、抵抗はあまり感じない。仮にも神社の敷地の中で、殺生するのはどうなのかと思ったが、神様も許してくれるだろうと楽観的に考えることにした。私は、本殿の鳥居の影がすでに見えてきていることに少し焦る。まだ、陸奥守駿すら見つけられていないのに。

 私は、全力疾走で神社の境内に突っ込んだ。急停止した反動で、玉砂利が飛び散る。なんちゃってでも、さすがは神社といったところか、周囲には怪異の姿も人の姿もない。神域としてちゃんと機能しているようだ。小さな怪異の姿一つない。形ばかりの賽銭箱は苔むし、本殿にはカビが生えているが、壊れた様子はなく、むしろ小さい神社としては状態がいいくらいだ。ここまで清められた空間は、名だたる神社以来だ。

 何かが変だ。ここにあるはずの――いや、いるはずの存在がいない。

 「⋯⋯桃斬丸はどこ?」

 鬼なんだ。あんなに圧倒的な存在が、近くにいてわからないはずがない。まさか、あの青緑の鬼が桃斬丸だった?そんな馬鹿な。それに、もっと変なのは、陸奥守駿と陽が見当たらないことだ。ふつうなら、駿さんは私が通ってきた参道で追いつくはずだ。私以上に速く走れる霊能力者はいない。それに、なだらかな傾斜だとはいえ、ここの参道は短くても2キロはある。絶対に途中でぶつかるはずだ。

 私が考えにふけっていると、本殿の陰からこちらを覗いている何かがいた。

 「だれ?」

 私が呼びかけると、その何かは引っ込んでしまった。陽だろうか。私はそっと近く。

 「⋯⋯」

 「私は人間だよ。あなたが陽さんか駿さんなら、怖がらなくていい。あなたのことを助けに来た」

 私がそう言うと、何かはふらつきながら出てきた。倒れそうだったので、私はふらつく彼を支える。彼の顔を覗き込むと見覚えがあった。頬は痩せこけ、体は臭っているが、間違いない。

 「陽さん、ですか?」

 彼は小さく頷いた。

 「⋯⋯」

 「なんですか?」

 「⋯⋯」

 彼は、小さな声で私に何かを言っていた。私は彼の口元に耳を近づける。

 「化け物が駿を狙ってる。東の方⋯⋯」

 陽はそれだけ言うと、私の肩に頭を預けて眠ってしまった。ここ数日、寝付きが悪かったのかもしれない。私は、心のなかで神様に謝りながら、神社の賽銭箱に彼の背中をつけて寝かせた。

 「これでよし⋯⋯」

 死ぬならとっくに死んでいるだろう。私はそう思いながらも、東の方に向かって走る。縁起が悪そうだが、この神社の鳥居は綺麗に北を向いている。だから、東の方というのはとてもわかりやすかった。私が脚に力を入れた時、東の方で土煙があがった。どうやら、まだ生きていたらしい。

 「もう死んだかな、これ」

 そんな縁起でもないことを考えたが、私は土煙と一緒に何かが打ち上げられたのを見た。封鬼高校のホームページで見た、高校生の制服。

 「陸奥守さん!?」

 まだ生きていたようだ。私は、地面を強く蹴って空中の駿さんを拾う。こんな高さまで打ち上げられたというのに、彼の体には傷一つついていなかった。

 「なるほどね。狙われるわけだ」

 確かに、私が考えているとおりなら、この体は欲しいだろう。

 「我のものじゃ、妖術使い!」

 土煙の中から、私の腕に向かって紅い手が伸びてきた。私はさらに飛んで高度を上げる。さすがに、桃斬丸の攻撃は、受けたらやばいだろう。土煙の中から、ネコのような瞳孔は、私をまっすぐに捉えていた。

 「また、邪魔をするのか――大和防守ぃぃ!」

 桃斬丸は、私に向かってそう叫んだ。誰と間違えているのだろう。私は、そんな名前ではない。だいたい、大和防守はそっちじゃないのか。この神社に祀られている神の名前が、そんな感じだったはずだ。私は空中で回って、土煙から飛び出してきた桃斬丸の顔に踵落としをいれる。視界が悪かったのだろう。踵落としが綺麗に入った桃斬丸は、勢いよく山肌にぶつけられる。その隙に、私はもう一度空中を蹴って境内に戻る。

 「ここで待ってて」

 陽の横に私は陸奥守駿をおろし、少し薄れてきた土煙に向かって、もう一度飛ぶ。桃斬丸も速かった。私の目の前に飛び出してきた桃斬丸は、私の顔に拳をぶつけた。私は頭から地面に叩きつけられる。あいにくだが、私の体は硬い。病院では、注射針が刺さらないから、ワクチンを原液で飲むほどだ(真似しないほうがいい、私の体は特別だ)。だから、この程度ではダメージにすらならない。

 私はバウンドを使って飛び起きる。そのまま、啜血を造って自由落下を使った桃斬丸の踵落としを受ける。地面に脚が少し沈んだ。私は桃斬丸を押し返してそのまま刀で牽制する。地面から脚を引き剥がし、桃斬丸と距離を取った。さすがに、沈んだままでは分が悪い。

 「桃斬丸で、あってるよね?」

 「ああ?我の名前はそんな音じゃないわい。まあ、下等生物(きさまら)なんと呼ぼうが、我には関係ないがの」

 とにかく、あっているようだ。なら、いい。陸奥守駿達が死なない程度に、全力で倒すだけだ。

 「じゃあ、全力でいかせてもらうね⋯⋯」

 私は腰を落とし、刀の切っ先を心臓に向ける。刃は地面に向き、刀は腰の位置に置く。制圧を目的とした構えだ。

 「なんじゃ、全力じゃなかったのか」

 私が構えると、桃斬丸も構えた。桃斬丸は手を軽く開いて左手を右下に、右手左上に置いた。白刃取りでもするつもりだろうか。

 「悪いけど、私の刀は盗れないよ」

 私は桃斬丸の腹に向かって刀を突き出す。桃斬丸の左腕に刺さったが、桃斬丸が後ろに飛んだせいで深くは刺さらなかった。桃斬丸は間髪入れずに裏拳で私の鳩尾を狙ってきた。私は柄で拳を叩き落としたが、桃斬丸は負傷した腕で私を掴み、空へ投げ飛ばした。その拍子に、桃斬丸が掴んだ私の腹部の制服が破かれて、へそ出しルックになってしまった。

 「制服、高いんですけど⋯⋯」

 経費で落ちるかな。ぼんやりとそんなことを考えたが、桃斬丸は手が速いようだ。右手を私の方へ突き出し、雷のような攻撃を繰り出した。

 刀で受け流そう――いや、ダメだ!

 私は間一髪、結界を自分の周りに張った。第六感的な勘だが、あたりを引いたようだ。劣化していた山全体を囲む結界が、雷が当たった部分だけ割れてしまった。私は自分の結界を解き、飛んできた桃斬丸を斬りつける。

 「なんで、この攻撃をもっと早く出さなかったの?」

 私がそう問いかけると、桃斬丸は啜血の刀身を両手で強く掴んだ。桃斬丸の肌が斬れ、紅い血が刃を伝った。

 「できなかったんじゃ。今までの我だとな」

 「ふーん。なんで?」

 興味はないが、私は一応聞いてみる。

 「興味はないじゃろ?」

 「まあね」

 「なら、戦いに集中せい」

 桃斬丸は右手で私の後ろを指した。私は釣られて後ろを見た。すると、呪文が書かれた巨大な魔法陣のようなものがあった。

 「気づかんかったよの?」

 前を見ると、桃斬丸が右手の平を私に向けていた。その手は白く発光していた。私は反射的に全身を包む結界を張る。その直後、私の視界は青紫の光で染められた。結界にヒビが入ったので、私は刀を解除してその分の霊力をさらに結界に回す。十数秒、その光は続いた。私はその間に手頃なナイフを造り、ナイフが桃斬丸の視点から見えないように前腕で隠した。

 私は光が消えると同時にファイティングポーズをとった。結界を解き、右足で桃斬丸の顎を蹴り上げる。骨の砕ける音とともに、桃斬丸はひっくり返った。私はひっくり返った桃斬丸の心臓にナイフを突き立てる。さすがに、鋭利なナイフは想像できなかったので、かなりの力を込める。フルーツナイフのような見た目をしたそのナイフは、見た目とは裏腹に桃斬丸の心臓に深く突き刺さった。

 「謀ったな⋯⋯」

 「当たり前でしょう?」

 卑怯な手だが、桃斬丸は自分の死を悟ったらしい。暴れることなく、地面に落ちていった。私はゆっくりと桃斬丸のあとを追って下りる。

 「なあ、おい」

 桃斬丸の体は頑丈なようで、自由落下だったというのに、原型をしっかりと保っていた。

 「なに?」

 「とどめを、刺してくれないか?」

 「無理だよ」

 「ありがた⋯⋯あ?」

 何を言っているんだという表情で、桃斬丸は私を睨みつけた。

 「私には、あなたにとどめを刺せるほどの技術がないもの。あなたは出血多量で死ぬしかない。私が横で看取ってあげるから」

 桃斬丸の表情は睨みから驚きに変わった。

 「まさか⋯⋯首を落とせないのか?」

 「首を⋯⋯落とす?」

 なんだろう?介錯の話だろうか。

 「お前、刀持ってたじゃろう?あれで、我の首を斬り落とせ」

 ああ、なるほど。私は啜血を創る。

 「これで、あなたの首を斬ったらいいの?」

 「ああ」

 「言い残すことは?」

 「――ない」

 「ある隙間じゃん。聞くよ?」

 「いらん。斬り落とせ」

 私は刀を大きく振り上げる。力を抜くと、四尺刀はその重さにしたがって落ちた。刀の反り具合が、上手く桃斬丸の首を斬り落とした。紅い血が跳ね、四尺刀が啜った。

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