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霊能物語  作者: 野沙朝臣
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霊能物語1周年記念 祝話「短編版霊能物語――其の四」

 「――!」

 私の霊能者としての勘が、何かに警報音を発した。何かが――たった今、重大な何かが変わった。何かはわからない。だけど、絶対に無視できない。無視しちゃいけない――何か。第六感が、まるで実在しているかのように、嫌な予感をはっきりと感じた。私は、必死に頭を回転させる。可能性を、必死に探った。

 「どうしたの?」

 石谷空音が、私の顔を覗き込んだ。私よりも少し背の低い彼女の顔は、覗き込まなくても見えるのだが、彼女が私を見たかったのかもしれない。いずれにせよ、緊張感のない彼女の顔は、私のストレスを下げてくれる。

 「いや、別に」

 空音の顔を見て少しリラックスできた私は、ゼロ距離ではなく、少し俯瞰した位置で考えた。今起きたら最悪な状況を。

 「桃斬丸⋯⋯」

 封鬼山に封じられた、かつて日本を滅ぼしかけたほど強力な鬼。今、解き放たれたら、絶対にまずい鬼。考えうる限りの――最悪。

 「もも⋯⋯きり⋯⋯?」

 空音が、不思議そうに私を見上げた。何のこと、といった具合だろう。そりゃあそうだ。記録だって、10キロも離れた神社に1つだけ。おおよそ、都合が悪かったのだろう。行政ですら、公表していない。1学生が知れる情報の範囲じゃない。私が知っているのは、あくまで専門家だからだ。空音は、知らなくていい。知らないほうがいい話⋯⋯。

 「ねえ、ももきり⋯⋯なんとかって、なに?もしかして⋯⋯」

 本当にそうかな?少なくとも彼女は、今回の騒動の中心にいる。知っていたほうが、いざという時に⋯⋯ダメだ。私の一存で決められる範囲じゃない。でも、教えないと、彼女は一体何で私を信じる?言ってしまえ。桃斬丸の存在を。

 「桃斬丸、ね。封鬼山に封じられてる、鬼の正体。かつて、日本の人口の3分の1を屠った、最悪な鬼だよ」

 私の言葉に、空音は大きな瞳をさらに丸くした。ただの言い伝えとか、昔話の類だとでも思っていたのだろう。この世界にいなければ、まさか、そんな存在がいるなんて、思いもすまい。私だって、思いたくもない。まさか、鬼がこの世にいるなんて。

 「鬼の⋯⋯正体。日本の――3分の1」

 空音は、呆気にとられたように下を向いて呟いた。そして、瞳孔が開く。勢いよく顔をあげ、私の肩を掴んだ。

 「駿くんが危ない!」

 鬼気迫る空音の勢いに、私は嫌な予感が現実であったことを悟った。嫌な予感――陸奥守駿が、学校に向かっていない場合。平日の昼間から、学校ではなくその反対側――封鬼山に向かっている場合。そして、彼が封鬼山に入山している場合。空音の様子を見るに、少なくとも1つ目までは当たっていそうだ。

 もう1人のクラスメイト、陸奥守駿は、封鬼山に向かっている――これは間違いないだろう。

 「陸奥守駿は、どこにいるの?」

 空音の口から出た言葉は、間違いのないものだった。

 「駿くんは今、封鬼山に向かってる」

 「何のために?」

 「陽の生死をさぐるって、言ってた」

 「なんでそんな馬鹿なこと⋯⋯を」

 馬鹿なこと、ではないのだろう。彼女らからすれば、友達を誘拐されたのだから、その安否――生死を確認したいのは、至極当然で、その脅威を知っているからこそ、見届けたいのだろう。その気持ちは否定できるものではないけど、専門家として、共感できるものでもない。そして、尊重できるものでもない。

 「そんなに馬鹿なことかな?私達は、目の前であの化け物を見たんだよ?瑠衣ちゃんは、見てないよね。陽のことも、知らないよね」

 空音の声に、熱がこもる。空音も、行きたかったのかもしれない。やりとりだって、おおよそ予想がつく。だが、尊重も、肯定もできない。私からしたら、要救助者が増えただけだ。私は、空音に手の平を向けて黙らせる。スマホをポケットから取り出し――ズボンタイプにしてよかった――、通話アプリからママに電話をかける。

 『はい、ママだよ』

 ママが落ち着いた声で通話に出た。 

 『ママ、桃斬丸のことだけど』

 『うん』

 『男子高校生がそっちに向かってるって』

 スマホの向こうから、何かが落ちて大きな音を立てた。

 『え?男子高校生が自力で下りてきた?』

 『ううん、別の男子高校生がそっちに向かってるか、もう山に入ってる』

 『入ってる?今、山は警察に閉鎖されてるはずよ?』

 『全部じゃないでしょ。必ずどこかに穴があるはず。そこからもう入ってるかも』

 止められてるなら、いいのだが。入ってしまっていたら、もう手遅れだ。あの山に封じられているのは、桃斬丸だけじゃない。桃斬丸によって失われた、かつての日本の3分の1の民――その成れの果ての一部もいる。記録によれば、彼らは共食いによって大きく数を減らし、最終的には100体前後になったのだとか。

 『⋯⋯わかった。上に言っとく』

 『ありがと』

 『うん』

 私は通話を切り、空音に向きなおる。空音は、通話の間に落ち着いたようで、私の事をじっと見ていた。

 「瑠衣ちゃんは、最強の霊能力者なんだよね?」

 「うん」

 「じゃあ、瑠衣ちゃんが一番最初に山に入るの?」

 「たぶんそうなる」

 「じゃあ、私も一緒に入るっていうのは⋯⋯」

 「なしかな」

 「なんで?」

 これは、本人にはっきり言った方がいいだろう。

 「面倒だから」

 冷淡に、私は言い放った。これ以上の理由はない。私なら、たぶん桃斬丸を殺せる。でも、近くに足手まといがいたら、その人を死なせないように戦わなくちゃいけない。それだけで面倒だ。フルパワーで戦えなくなる。今回は、ただでさえ陽という足かせがあるのだ。これ以上増やしたら、殺せるものも殺せなくなる。これ以上は、リスキーというレベルを超える。

 「でも、最強なんでしょう?」

 「最強でも、人間な以上、限界はあるんだよ」

 「そんな言い方しなくても⋯⋯」

 「そんなに見たかったら、見せてあげるよ。私がする戦い」

 私は空音の腰を掴んで、右肩に担ぎ上げた。空音は、「え?え?」と戸惑っている。

 「口閉じないと、舌噛んじゃうよ」

 元々は、全速力で陸奥守駿の通学路を走り回る予定だったから、校舎の裏側に出てしまったが、目的が変わったから、表側に移動しないといけない。でも、そんな時間はない。これ以上、被害を出しちゃいけない。最短で、2点間を移動する!

 私は、地面を強く蹴った。体への大きな負荷とともに、校舎がはるか下に見えた。視界には、悠々とそびえる山が見えた。封鬼山だ。山の頂上には木がなく、代わりに紅い建物が見えた。きっと、封鬼神社だろう。私は、何かと目があった気がした。その何か――おおよそ予想がつく――は、私に強いメッセージを送っていた。殺意という形で。

 「きゃあああああ!」

 空音が悲鳴をあげたことで、私は落下していることに気づいた。これ以上落ちないように、霊力で足場を創る。足場を蹴ってもう一度高く上がり、足場を創る。今度は地面に対して平行に蹴って、山に向かって飛んだ。時速100キロ近い速さ飛んだ私は、封鬼山の麓に着地した。ただ、着地地点を間違えたようで、そこには誰もいなかった。

 「空音さん、少し歩けますか?」

 「無理⋯⋯。腰が抜けたみたい、おぶって」

 「担いだままでいいですか?」

 「レディーは大切に扱ってよ⋯⋯」

 「炎上しますよ」

 「SNSやってないから大丈夫」

 「私が投稿します」

 「追い詰めないでよ」

 どうやら、突っ込む元気はあるらしい。ぐったりとしているが、完全にダウンしているわけではないようだ。

 「ちょっと走りますね」

 「あ、良識ある速さでね?」

 「大丈夫です。20キロくらいなんで」

 「なら大丈夫か⋯⋯」

 やはり疲れているのだろうか。でもまあ、一般人の全速力くらいだから、大丈夫ということだろう。私は、空音を担いだまま走った。山を左回りで見ながらだが、やはり勘は当たっていたようだ。結界に大きなヒビが入っていた。劣化しているのと、ひび割れは別の問題だ。このヒビは、完全に桃斬丸が意図的につけたものだ。目視の限り、穴が空いていないようだが、いつ空くかわからない。

 10分ほど走ったら、人が密集している場所にたどり着いた。私達が着くと、先に着いていたらしいママが近づいてきた。私は、空音を下ろしてママの方を向く。

 「瑠衣!大変!」

 「なに?」

 ママはただならない様子で、私と結界の入口になっている鳥居を交互に見ている。

 「男子高校生が⋯⋯!」

 私は、走り出そうとした空音を無理やり抑え込む。腰に腕を回し、自分の方に引き寄せて固定する。

 「男子高校生が?」 

 「男子高校生が、無理やり警察の警備を突き破って中に入ったって!」

 どうやら、駿さんの意思は固いらしい。

霊能物語1周年記念祝話「短編版霊能物語其の四」でした。お楽しみいただけたでしょうか?お楽しみいただけた方は、評価とブックマークをお願いします!コメントまでしていただけると嬉しいです。誤字報告等は、小説家になろうのログインに関係なく、常時受け付けておりますので、作品の質の向上のため、報告していただけると助かります!それでは、次のお話でお会いしましょう!

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