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霊能物語  作者: 野沙朝臣
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ネックレス

 「う……ぅう……」

 枯れることのない涙が乾いた頃、私の視界に人影が映り込んだ。爆発で照明が壊れた部屋では、影しか見えないが、どうやら悪意はないようだ。

 「大丈夫ですか?瑠衣さん」

 「狐影さん?」

 声から察するに、その人影の正体は、所長直属の部下の狐影さんのようだった。

 「よかった、無事だったんですね」

 「私は。……でも、……所長は」

 狐影さんは、ゆっくりと背中を擦って、静かな声で「大丈夫ですよ」と言った。

 「なんとなくですが、大体わかりますから」

 徐々に震えていく声に、彼女も悲しいのだとわかった。所長は、誰にもこの事を話していなかったのかもしれない。

 「運営棟でみなさんが待っています。立てますか?」

 優しく引かれながら、私は立った。

 「すごいですね……。これだけの戦闘をしていながら、普通に立ち上がれるんですね」

 「私は動いてないので」

 「でも、霊力は大量に使ったのでしょう?残留霊力が肌に刺さってきますよ」

 大量に、だったのだろうか。生まれて初めての感覚だったから、確実なことは何一つわからないけど、あれは、大量の霊力だったのだろうか。

 「どこか痛みますか?」

 「え?」

 「いえ、これだけ大量の霊力を出していたのですから、どこか体に異常が生じていないかと……」

 私は自分の体に視線を落とした。どこも欠けていないし、血の一滴も出ていない。

 「特には……」

 「……」

 「狐影さん?」

 狐影さんは、私の手をまじまじと見つめている。

 「え……あ、それはよかったです。さ、行きましょうか」

 この建物が霊力を通さないというのは、どうやら本当らしい。あれだけの戦闘をしたというのに、建物には傷どころか、汚れすらついていない。上の建物にも、何ら影響はなかった。

 「これだけの設備を、今まで知らなかったなんて」

 「無理もないですよ。瑠衣さんは基本的に訓練棟と寮を行き来してただけなんですから」

 たまに漫画や教科書、衣類を受け取るために門まで行くことはあっても、基本的にそこ以外の場所には行けなかった。散歩ですら、訓練棟や寮の周りを歩くだけ。研究所の外なんて、1ヶ月前に出たのが数年ぶりだった。

 「とは言っても、僕も知ったのはここ2,3年の話なんですけどね」

 狐影さんの見た目的に、年齢は多く見積もっても30代前半だろう。つまるところ、ここで勤務してから10年も経っていないわけだ。私は小学校入学とほぼ同時にここに入所しているわけだから、随分と信頼を置かれているようだ。

 「ま……まあ、僕の家系は代々上層部のお手伝いが仕事だったので、その関係もあるんじゃないでしょうか」

 「そうなんですか」

 私の考えていたことが、顔に出ていたのだろうか。感情との付き合いが浅い私は、まだうまく感情を処理できてないのだろう。所長が死んだというのに、さっきの大きな波のあと、悲しいという感情がピタリと止んでしまった。今まで通りの普通の会話ができている。

 「ん?誰か来てますね」

 狐影さんの言う通り、今から向かうはずの運営棟とは別の方向から、制服である白衣を着た男が走ってきている。

 「狐影さん!やっと見つけた」

 「どうかしましたか?」

 その男は、私の記憶の中には姿がない人だった。ふさふさと頭の上で揺れている茶髪は短く切られているが、手入れをサボっているようだが、顎にはひげがなく、肌もつるりと綺麗だ。おまけに高身長で目は必死に主張している。

 「それが……。蓋棺虚神が逃げ出したかもしれない!」

 彼は、息を整えるように深呼吸を繰り返しながらそう言った。

 「蓋棺虚神が、ですか?」

 記録を見る限り、蓋棺虚神が逃げ出したとあれば、最悪日本という国自体が滅びかねない。ここも、郊外とは言え東京なのだ。蓋棺虚神からしたら少し、移動するだけであっという間に国の中心地である。

 「正確には、まだ、かもしれないの段階なんだけれど、蓋棺虚神を観測できなくなってしまったってことで……」

 観測できないのなら、それはいないのと同等だ。私はさっき痛感したからわかる。あれは観測できなくなった時点でいないのだ。でも……、さっき本体を倒したはずなのに、観測はできるのだろうか?

 「蓋棺虚神は、いつ観測できなくなりましたか?」

 白衣の男は、今気づいたかのように、「君は……?」と言いつつも答えてくれた。

 「つい20分前だよ。突然、エネルギーが低下して、限りなく0との結果が出た。――直接は観測できないから確実な値ではないけれど、事態の危険性を鑑みるに、消えたと言ってもいいだろう」

 20分前……。あの場所には時計はなかったし、あったとしても壊れている可能性が高い。正確なことは言えないけれど、本体は私が倒したのだから、観測室で観測できなくなっていてもおかしくはない。

 「多分ですけど、それ、大丈夫だと思います」

 「え?」

 「私、蓋棺虚神の本体を倒してきたので」

 男は、信じられないとばかりに目を大きく見開いた。

 「嘘だろう?村田所長でも倒せなかった相手だぞ……。君みたいな若僧が……?そんな、馬鹿な話が」

 心外だ。これでも日本国内で私相手に1時間生き残れる霊能力者はいないというのに。

 「嘘ではありません。信じられないなら、狐影さんに聞いてみればいいじゃないですか」

 私は狐影さんの方を見る。にこやかな笑顔で男を見ていた。男も、私の視線を応用に狐影さんに視線を向ける。

 「僕も、はっきりとは見ていなんですけど、瑠衣さんが倒したということで間違っていないと思います」

 「そうか。狐影が言うなら間違いないな」

 男は随分と狐影さんを信頼しているようだ。狐影さんが言うなら、と、大人しく引き下がる様子は、かなりのものを感じさせた。

 「なぜ、所長が倒したと思ったんですか?」

 私の質問に、男は視線をやや上に逸らしながらも、表情を変えずに答えた。

 「当然だろう?終夜さんは蓋棺虚神の分離実験もやっていたし、数日前に完成した蓋棺虚神の分身を持って親友の榴さんとどこかに行ってしまったし」

 「榴さん?……聞いたことのない方ですね。どなたで?」

 狐影さんは、男に強い視線を向けた。

 「おいおい、狐影が知らないはずはないだろう?お前が呼びに来たんじゃないか。終夜さんが呼んでるから、榴さんに来てほしいって」

 「記憶にないですね」

 「そんなはずないだろう?榴さんは、終夜さんの親友で、世界最強の藤樹瑠衣の父親だぞ?」

 ……私の、父親?私に父親なんていないはずだ。幼い頃に父も母も亡くしていて、幼い頃からここで所長や施設の方々に助けられながら私は育っていて……。

 「私に父なんていない!そんなはずはない!」

 思わず、強い声が出てしまった。私はただ、否定したかった。

 彼が言っているその事実を。

 彼の中にある記憶を。

 「何言ってんだ?お前……」

 彼はようやく気づいたらしい。私がその藤樹榴の娘にして、世界最強の霊能力者である藤樹瑠衣だということに。そして、彼自身の言葉の意味に。

 「まさか……」

 「いない」

 「……」

 「いないいないいないいない」

 「は?」

 「いないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいない」

 否定したい。否定してほしい。私の直感を、誰かに否定してほしい。誰かに――。誰でもいい。空音ちゃんでもいい。白さんでもいい。槿花ちゃんでもいいし、紅玉くんでもいい。駿さんでもいい。鷹清くんはどうだろう?あの子でもいい。優愛ちゃんでもいい。梨里ちゃんでもいい。――あれ?梨里ちゃんは死んでるんだっけ?呼び出せばいいか……。でも、誰も今はいないんだっけ?狐影さんは?そうだ、狐影さんがいい……。狐影さんならきっと――。否定してくれるはず。私は狐影さんの方をゆっくりと見た。

 「残念ですが、彼の霊能は完璧な記憶です。蓋棺虚神ですら、彼の記憶には鑑賞できなかったみたいですね」

 「いやだ……。そんなはずない……」

 私の中に、知らない記憶が流れ込んできた。知らないのに、知っている記憶が流れ込んでくる。母のお腹の中で響く、男性の低い声。病院で抱き上げあられた時の太く逞しい腕。不器用ながらに、丁寧に包みこんでくれる安心感。母が死んで、私をベビーカーに乗せたまま泣き叫ぶ父の声。泣く度に疲れていても優しくかけ続けてくれた父の顔。やっと思いでたどり着いた小学校入学。保護者の中で一番大きいカメラを持って私をとってくれた父の姿。同級生を吹き飛ばしてしまって先生と相手の親に頭を下げる父の姿。研究所に戻って徐々に痩せていく父の姿。私の背が伸びたら、意外と小さくなってしまった。父の背中。弱々しい霊力を震わせながら笑う父の表情。私にかけてくれた、私の名前と同じ意味を持つ……。

 「あんたのネックレス」

 突然発せられた声に、私は体を震わせた。

 「綺麗な青いアパタイトがはめられているな」

 男は、私と同じ視線まで腰を落とした。

 「青いアパタイトが持つ石言葉に、真実を告げる石という言葉がある」

 「このネックレス。誰から貰ったんだ?」

 このネックレスを、私の首にかけたのは……。

 「お父さん……」

 「……」

 「私の名前に入る瑠は、この石を見て母がラピスラズリと勘違いしたから入った文字」

 「私の名前の瑠は、この石から来ている!」

 全部思い出した。

 「私の父は、村田終夜に殺された!」

 男は声を出さずに「正解」と言った。

 「よく思い出せたな」

 「どういうことですか!?」

 「村田終夜はやりすぎたんだよ。自分の目的に執着しすぎた。霊能界を長年引っ張ってきた手腕には目を見張る物があるが、強い光には必ず影がある。さしずめ、村田終夜は藤樹瑠衣という太陽に照らされてできた夜ってところか」

 「何がいいたいんですか?」

 狐影さんは、より強く男を睨めつけた。

 「急かすなよ、狐影。これでも監査官なんだぜ?」

 「それくらい知ってます」

 「コードネーム海豚。遊びながら事件を紐解くってな」

霊能物語本編第五篇第四話「ネックレス」でした。お楽しみいただけたでしょうか?お楽しみいただけた方は、評価とブックマークをお願いします!コメントまでしていただけると嬉しいです。誤字報告等は、小説家になろうのログインに関係なく、常時受け付けておりますので、作品の質の向上のため、報告していただけると助かります!それでは、次のお話でお会いしましょう!

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