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霊能物語  作者: 野沙朝臣
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心と霊力

 「ああ……あぁ……ぁああ!!」

 私の脳は、父が殺されたことをすぐに理解した。当然受け入れがたい事実だったが、相手が相手だ。そいつの強さも、父の弱さも、私が1番よくわかっている。父では到底勝てない相手だし、あの状況下で助かるような父ではない。父の背中の小ささを、私はよく知っている。

 「私の妻は、20年前の蓋棺虚神出現の時に、出現の中心地にいました。当時一緒に働いていた私も、当然一緒にいました」

 所長が、淡々と語りだした。私の脳は、その話を拒んだ。

 「私は助かったが、彼女は助からなかった。――私はとても不思議に思いました。蓋棺虚神がその存在を無にするまでの時間に、大きなばらつきがあった。そこで、私はこういう仮説を立てました」

 「消滅までの時間は、感情量と霊力量によって決められるのではないかと」

 聞きたくない、聞きたくない。その先を、知りたくない。私の中から父が消えていくのを、認めたくない。確かにいたんだ、私に父がいたんだ!

 「私は感情量こそ人並だけど、霊力量は何十倍もありますから、生き延びることができたのでしょう。案の定、私の仮説は概ね正しいものでした」

 ――ただ1つ。

 「感情量と霊力量、そして、存在地位、これも加わることを除けば」

 私は思わず所長に飛びかかってしまった。

 「止めてよ!これ以上その話を続けないで!」

 この人は、なんでこんなにも平然としているのだろう。なぜ、私はこんなにも乱れているのだろう?なぜ、こんなにも悲しいのだろう?

 「瑠衣、あなたにとって大切な人が、他の誰かにとっても大切な人とは限らないんですよ」

 所長は、私にそう言った。

 「蓋棺虚神は、その世界における自分より存在地位の高い存在を、無にすることはできません。つまりは、世界最強であるあなたを、蓋棺虚神は無にできません」

 「!?……じゃあ、なんで……」

 「まあ、保険みたいなものです。あなたに死なれては困りますから」

 村田所長は、そう言って私に顔を近づけた。

 「今からあなたに、見せてあげましょう。この世界の理不尽を」

 何をする気なのだろうか。蓋棺虚神の恐ろしさは、もう十二分にわかったつもりだ。これ以上、何をしようというのだろうか。所長は胸元からハンドガンを取り出した。

 「私は、この世界が大嫌いですよ。蓋棺虚神も含めてね」

 所長はそう言いながら、蓋棺虚神に向かって1発、発砲した。銃の乾いた音が、廊下に反響する。どうやら実弾は入っていなかったようだ。ガラスには傷一つない。

 「こちらを狙いなさい。蓋棺虚神」

 所長は、スーツの中からナイフを取り出した。蓋棺虚神も所長に気づいたのか、徐々に加速しながら、勢いよくガラスを突き破った。

 「やっと会えたねぇ、死にぞこない」

 「いえいえ。ちっとも嬉しくないですね」

 私はようやく理解した。所長が何をする気なのか――否、何をされる気なのか。

 「所長!ダメだよ、死んじゃう!」

 死なないでほしい。私の唯一の理解者なんだ。あなたに死なれてしまったら、私は誰に理解してもらえばいい?

 「死ぬんですよ!私は!これから!」

 所長の荒い口ぶりに、私は殴られたような気分になった。今まで、この人がこれほどまで怒ったことがあっただろうか?私はようやく理解した。この人にとって、私という存在が何だったのか、今日のこの瞬間のために、どれほどの思いを持っていたのか。どれほどの労力を使ったのか。

 「私が死ぬことで、あなたは完成する。私が死ななければ、あなたは一生、蓋棺虚神に勝てない!我々は、神に勝てないんだ!」

 「そういうことだ、藤樹瑠衣。我と死にぞこないの逢瀬を邪魔してくれるな」

 何が逢瀬だ。何が邪魔だと言うのか。私は鬼に勝った。たった1人で。今の私でも、蓋棺虚神には勝てるはずだ。蓋棺虚神は、私に勝てないのだから。

 「私も……!」

 「止めなさい!」

 私は、強い壁に吹き飛ばされてしまった。いいや、正確に言えば、所長の霊力か。強くて、硬くて、荒々しい霊力が、それ以上私が近寄ることを拒絶した。なぜ拒絶されるのか、理解できなかった――いや、したくなかったのかもしれない。所長に、知らない方法で拒絶されるのが、信じられなかった。信じたくなかった。

 「そこで座って見ていなさい。運が悪ければ、またすぐに会えます」

 座ってみていろと言われても、滲む視界に所長は曖昧な輪郭でしか映っていない。所長の姿も見れない。所長が1人の時も、私は何一つできない。最強と言われても、梨里ちゃん1人も救えなかった。また、私は救えないのか。止められないのか。

 「名を述べよ。無に還れば、誰からも忘れられるが、我は覚えておこう」

 「気遣いなら要りませんよ、あなたに覚えられても、本当に覚えておいて欲しい人は、もうこの世にいませんから」

 「そうか。ならば、遠慮なくいかせてもらおうか」

 短槍を持った蓋棺虚神が、所長との距離を一気に詰めた。所長は、至近距離で突かれた短槍をナイフで払い、喉元を狙った。だが、私は知っている。所長の人生は、ここで終わった。

 「なるほど、これは勝てませんね。私では、力不足だ……」

 所長は、ナイフを持っていた手から徐々に消えていく体を見て膝をついた。自分の体が消えていく感覚は、あまり気持ちの良いものではない。不快ですらある。死とは、すべての生物に等しく訪れる物語の結末である。最初にして最後の経験であり、死を、人の完成とする宗教も数多く存在する。普通の死であるならば、この現象を受け入れられるだろうが、無に還るというのは違う。存在が消える、というのは、それそのものを終わりとして受けれることすらできない。

 何もなかった。

 そんな者は存在してすらいなかった。

 そんな部位は、私にはなかった。

 記憶と異なる事実を、毎秒突きつけられる。膨大な記憶とともに、自分の記憶が改変されていく。それが事実であったと、記憶が語りかけてくる。私のように、自傷行為を伴って記憶が塗り替えられる前に、再生を含む治癒を行えば、大した支障は出ないが、あいにく、所長はその手段を持っていない。所長の傷は、ずっと私が治してきた。

 「……まだです。まだ、来てはいけません」

 駆け寄ろうとする私を、所長はそう言いながら抑えた。

 「もういいだろう?十分ではないか、死にぞこない。お前の消滅は確定した。我なら、少しでもこの世に残れるように努力するがな」

 「まだ、ですよ!」

 「まだ、まだだ!あと少し、今ではない!もうちょっと、あとどれくらい掛かる?もう少し――!あとどれくらいこの感覚に耐えればいい?もう死にたい!なぜ死ななかった、私が死ねばよかった!なぜ妻が死んだんだ、なぜ逃げた!瑠衣は見捨てるのか?彼女に必要なことだ!罪を背負え!お前は死ね!私は死にたいんだ!もうすぐ死ねる!」

 突然、所長が大声で叫びだした。その声とともに、所長の体を巡る霊力の速度が上がっていった。おおよそ、人間の体が耐えられる速度を超えている。

 「何をする気だ!やはりとどめを刺すべきだった!」

 蓋棺虚神が再び短槍を構え、所長に近づいた。だが、あと1秒遅かった。

 「私は今、死ぬんだ!」

 刹那――所長の体は眩く発光し、4倍の体積に膨れ上がった。

 「眩し――!」

 空気を破くような破裂音とともに、強い衝撃によって私の体は突き当りまで飛ばされた。逃げ場のない衝撃が、部屋の中を駆け巡る。

 「所長?所長!」

 壁の塗装が剥がれ、床が大きくえぐれた部屋は、赤く染まっていた。

 「所長――!」

 私は許せなかった。家族のいない私を育ててくれた人が、こんな死に方をしたことが。

 私は悲しかった。こんな結末になってしまったことが。

 私は悔しかった。所長の心に巣食った穴に気づけなかったことが。

 「また1人、お前から奪えたことを誇りに思うよ、藤樹瑠衣」

 蓋棺虚神の分身が、無表情で私にそう語りかけた。

 「放っておいてよ。私は今、悲しいんだ」

 私は、俯いたままそう言った。

 「敵が無防備になっているのを、我が見逃すと思うか?」

 「うるさい」

 私は、こんな乱暴な言葉を、生まれて初めて使ったような気がした。

 「そうか。では、静かに殺すとしよう」

 右手に持った短槍を、蓋棺虚神は大きく振り上げた。

 「じゃあな、藤樹瑠衣。もう二度と、顔を合わさないことを願っている」

 「うるさい!」

 蓋棺虚神が、短槍を振り上げたまま止まった。

 「うるさい!悲しい!悔しい!なんで?許せない!許さない!どうしてこんなに悲しいの?うるさい!」

 私の中で何かが弾ける音がした。これまで感じた程のない怒りが、わたしのなかでむくむくと成長していくのを、はっきりと感じた。せきを切ったように止めどなく霊力が溢れ出ていく。

 「なんだ?何をする!」

 「なんでこんなにうるさいの?そうか、すべてなくなってしまえばいいんだ!」

 私の霊力が大きく膨れ上がっていくのを感じたのだろう。蓋棺虚神の姿が変わった。

 「やはり、話を受けて正解だった!一番初めに消すのはお前だ、藤樹瑠衣!」

 全身を鎧に包み、持つ短槍はより鋭さと輝きを増している。鎧の隙間から見える目は、金色に鋭く輝いていた。鎧に彫られた模様は、体のタトゥーと同じように絶え間なく動き、太陽を射落としては月を砕き、地球を飲み込んでは、奈落を埋めている。

 「全力でいかせてもらう!」

 私の五感が、強く告げている。これは分身ではなく、本体だ。

 「関係ない!」

 私は、垂れ流していた霊力を、消滅の光に変える。逃げ場のない全体攻撃に、蓋棺虚神はあっけなく消えてしまった。

 「なんで?なんで……」

 私は所長を救えなかったのだろう?さっきの全体攻撃で、赤い血の一滴も残っていない部屋の隅に、所長が最後にいた場所に、私は座り込んだ。

霊能物語本編第五篇「本部」第三話「心と霊力」でした。お楽しみいただけたでしょうか?お楽しみいただけた方は、評価とブックマークをお願いします!コメントまでしていただけると嬉しいです。誤字報告等は、小説家になろうのログインに関係なく、常時受け付けておりますので、作品の質の向上のため、報告していただけると助かります!それでは、次のお話でお会いしましょう!

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