蛇崎家とクラスメイト
さて、日が変わって翌日、私はやっと、普通の?女子高校生として高校に通う日がやってきた。
「瑠衣ちゃーん!起きてるー?」
今日は、ドアの外から大人しく?私を呼ぶ空音ちゃんの声が聞こえる。
「起きてるよー!ちょっと待ってね〜。」
どうやら昨日の夕方、事務室に私宛で届いていたらしい制服に身を包み、私は諸々の教科書やノートを入れた鞄を持ち上げる。もちろん、体積的に入らない量は入れてないし、霊能を使って鞄を強化したりもしてない。純粋に、普通の量を入れている。
「瑠衣ちゃん、その量で本当に大丈夫?さすがの私でも、普通の指導はなかったことにできないよ?」
「いえいえ、空音ちゃん。この鞄をよーく観察してみなされ。」
空音ちゃんは、目を凝らしてジロジロと鞄を見た。
「あ!霊能使ってないって言ったくせに霊能使って鞄の中拡張してる!」
「その通り!昨日持ってきた霊能理論の論文見てたら閃いちゃって。」
「それで、徹夜でチャレンジしてたと……?」
「お恥ずかしながら。」
「教室で一気に取り出さないでよ?」
「わかってる。」
一番大きな任務が終わった直後だ、私はてっきり所内の空気は軽くなるものだと思っていたが、結局ほぼ同じ大きさの課題が湧いたことで、むしろ張り詰めていると言っても過言ではない。
「まぁ、消えてなくなると思っていた課題が、より大きくなって自分を苦しめてるようなものだし。やっぱり、苦しいよねぇ。」
「そうだねぇ。」
実に美味しいご飯も、さすがに5日も食べれば飽きが来る。そろそろ本部のご飯が恋しい。
「そうは言っても、帰還命令が来るまで帰れないしねぇ。」
「そうだねぇ。」
私はお茶をすすりながら、空音ちゃんと白さんが来るのを待っていた。
「なに気持ち悪い喋り方してるの?」
「おぉ、白さんが普通に喋ってる。」
やっぱり、新鮮だ。
「服でメリハリを付けるけてますの。」
「ついてなくない?」
「余計なことは気にしなくてよくってよ。」
やっぱりついてなかった。私はお茶を一気に飲み干し、立ち上がる。空音ちゃんはとっくに立ち上がって白さんの鞄に付いている人形を愛でている。
「では、参りましょうか。」
「そういえば、私ね、昨日ネットニュースで見たんだけど、ユニコーンって獰猛な性格らしいね。」
「へぇ、そうなんだ。」
「そそ。でも、なぜか純潔の乙女に抱かれると大人しくなるらしいよ?」
「いかにも、男性主義らしい考え方ね。それに、ギリシャ神話に出てくるユニコーンは犀みたいな姿をしてるものよ?」
「……つまり?」
「ユニコーンなんてのは、男性主義の社会で生まれた、男性を正当化させるための政治的存在だと思う。」
「ふーん。」
そういう考え方もあるのか、目新しい価値観だ。そういえば、私が最初に出した霊能の形はユニコーンだったか。なぜ、あの時の私はそこまでユニコーンに惹かれていたのだろう。
「ま、そういう一面もあるかもね。メディアの特性として、都合の悪い部分は排除するっていうのもあるらしいし。意外と、ユニコーンの正体は男性の自己正当化だったのかも。」
白さんがいると、なぜか空音ちゃんが大人しい。……苦手なのかな?
「私の夢はね、ユニコーンに乗ってみたいんだ。」
ほう、空音ちゃんにしては、子供じみた夢だ。
「作ればいいじゃん、ユニコーンくらい。」
空音ちゃんの霊力量なら、さほど大した苦労でもあるまい。
「作れないのよ、特に騙りの霊能力者は。」
作れない?作らないじゃなくて?
「どんな霊能よりも、現実主義者だから。ユニコーンっていう夢が見れない。幻想を妄想するけど、それを現実に持ってこれない、誰よりも人間離れした、誰よりも夢のような霊能を持ったばかりに、誰よりも現実に縛られる。それが、騙りの霊能であり、騙りの霊能力者なのよ。」
誰よりも現実に縛られる?騙りの霊能力者が?
「蛇に言われたくないね。」
空音ちゃんは、白さんに向かってべーっ、と舌を出した。いかにも子供じみていて、こんな人が、現実に縛られているなどとは、とても思えなかった。
「あら、蛇は誰よりも自由でよ?どこぞの、詐欺師様とは違って。」
白さんの一言に、私の右を歩いていた空音ちゃんが足を止めた。
「詐欺師とは、一体何のことかなぁ?世間に媚び売った、インテリ落ちの霊能者様?」
バチバチと、2人の間に台風の前のようなピリついた空気が流れる。
「あらら、そちらこそ誰のことを話してまして?私は、世間に媚びなんか売ったことなくてよ?詐欺師」
「私も、誰かを騙したことなどないけど?爬虫類。」
「あららら、騙りの霊能者は目も悪いのですね。私は生粋の、ホモ・サピエンスでしてよ。」
「蛇のくせに、人間を騙らないでくれないかな、騙りは私達の専売特許でね。」
「あらららら、そのハッタリこそが、すでに生粋の詐欺師ですの。」
「蛇は二枚舌が上手だねぇ。そっちに転職したらどうかな?」
私は、突然の2人の険悪ムードに困惑する。あんなにいい雰囲気だったのに、どうしてこうも険悪になったのだろう?
「あららが多いなぁ、白ちゃん。そろそろ、治ったんじゃないの?」
「ありがと。」
「?」
さっきまでの険悪ムードが嘘のように軽くなる。
「どういうこと?」
「「?」」
?じゃ、ないのよ。私何も知らないし。
「あっは〜。さては瑠衣ちゃん、白ちゃんの霊能のこと知らないなぁ〜?」
「当たり前でしょ、瑠衣ちゃんはつい4日前に来たばかりなんだから。」
「それもそうか。」
「そうだよ。」
知るわけないだろ、知り合ったばかりなのに。
「瑠衣ちゃんはさ、蛇崎って家、聞いたことある?」
「ないですね。」
小学校に通っていたときに、クラスメイトにそんな苗字がいた気もしないが。なんせ、10年も前の話だ。覚えている方が不自然だろう。私の記憶力はそこまで良くはない。
「即答しちゃう?白ちゃんが泣いちゃうよ?」
「いや、泣くほどではないのだけれど……。」
泣くほどではないらしい。
「そこそこ大きい家なの、蛇崎家は。」
「いやいやいや、結構でかいよ?霊能界では。そりゃあ、透石家と比べたら小さいけど。」
「人権無視の家と比べないでくださる?蛇崎家に失礼でしてよ?」
「人権無視とは、ひどいな〜。遺伝子操作とかは確かにやってるけどさ。」
「してるじゃない、人権無視。」
「してるけどね!?」
してるのか、人権無視。国連に訴えられろ。いや、まずは弁護士か……警察かな。
「で、蛇崎家がなんなの?」
「あ、そうだったそうだった。」
「忘れないでよ。」
気になるでしょ。
「蛇崎家はね、透石家の次に大きい家なんだ。霊能界ではね。その霊能っていうのが?」
空音ちゃんは白さんに目配せをする。
「毒とあらゆる蛇の操作と召喚ってところかしら。」
あらゆる蛇の操作?
「それって、もしかして怪異も含まれたり……。」
「するわ。とりあえず蛇の形をしてたら何でもできる。――さすがにおもちゃは無理だけどね?」
それは残念、世にも珍しい動く蛇のおもちゃが見られるって思ったのに。
「第一、瑠衣ちゃん蛇のおもちゃ持ってないでしょう?」
「動くなら買ってくる。」
「何にお金使ってるの?」
別に、今のところ使い道ないし。
「まあまあ。それでね、この蛇崎家の蛇の能力ってすごいのね。なんと、腕でも生えちゃうの!すごいでしょう?」
それは、すごい。普通の医者が知ったら卒倒してしまうし、一般に流れたが最後、死ぬまで仕事だろう。
「さらに!白ちゃんはもっとすごいの。蛇崎家で初めて、死者の蘇生まで成功させたんだよ!」
死者の蘇生?どっかで聞いたような……。
「これで安心して死ねるね!」
「死なない程度に頑張って、確定じゃないから。」
普通に、死にたくないです。
封鬼高校は、全普通科の全日制高校だ。総生徒数は720人、1クラス40人の6クラス。私は2年生として転入した。文化祭、体育祭両方とも1年間で行う上に修学旅行まであるこの学校は、意外にも進学校らしい。封鬼高校を襲っている霊体化現象は桃斬童子を討つ前後で大して変わっていない。石谷家のデータバンクにあった情報を基にすると、この学校のどこかに、鬼を封印しているなにかがあったはずだが、その何かは、駿さんが確認したところすでに何者かの手によって壊されていた。つまりは、この学校のどこかに鬼に憑依された生徒か職員、もしくは鬼そのものが潜んでいる。と、考えられる。今のところはこれが私達の軸であり、私がこの学校に通える建前だ。
昼休み、私はとあるクラスメイト2人と、校庭に置かれたベンチの上で食堂のコックさんが作ってくれた弁当を食べていた。というのも、空音ちゃん達が何やら職員室に呼び出され、私が1人きりになったところを
「ねぇねぇ、藤樹さん藤樹さん。」
「?」
「お昼、一緒に食べない?」
という具合に誘ってくれたのである。私に話しかけた方は長い茶髪のポニーテールで、梨里と言うらしい。私に話しかけてなかった方は、これまた髪が長いが、今度は結ばずに目まで覆った漫画に出てきそうなオタク系の見た目で、優愛と言うらしい。この2人に挟まれて食べるお弁当は、青春の味がする。
これぞまさしく私が思い描いた青春。
これぞまさしく夢に見た、友とのランチタイム。
あぁ、私は今高校生なのだと、実感する。
「藤樹さんってさ、妖怪とか興味ある?」
「ない。」
そう切り出したのは、優愛ではなく梨里の方だった。
「え〜?なんかありそうな感じしたんだけどなぁ。」
梨里は残念そうに唇を尖らせた。
「言ったでしょ。一般人には私達の世界が見えないんだから、こういうのに誘っても無駄なんだって。」
「ちぇ、一昨日山が崩れたから、なんかあると思ったんだけどな。」
一昨日、山が崩れたから?
「ねぇ、その山の名前って……。」
「あれ?知らない?封鬼高校って名前のもとになったんだけど。封鬼神社がある、封鬼山。一昨日、崩れたんだよね。」
梨里は淡々とそう言った。
「その時ね、私達見ちゃったの。」
「何を?」
梨里は声を小さくして、耳打ちするように続けた。
「藤樹さん達があの山にいたのと、昨日、藤樹さん達が山の跡地から引き上げた、あの鬼の死体。」
第二編スタートです。お楽しみいただけましたか?お楽しみいただけた方は、コメントと高評価もしてくれると嬉しいです。リクエストと誤字報告も随時受け付けてますので、コメントの方にお願いします。次は番外編です