7 譲歩と共闘
流は、正しく自分の価値を提示する。何せ、持っているのは情報どころではない。『都市』に出入りするための手段そのものが、今流の手元にはある。
「これを使えば簡単に『都市』に入れる。ほらよ」
「お、っと」
流は、右手に巻かれた携帯端末を外して放った。
あたふたと危なげに端末を受け取ったテディは、丹念にそれを見つめ、疑惑の視線を流に返した。
「失礼ながら、ナガレ。本当にこれで? 機能していないように見えますが?」
彼らは『都市』の廃棄物を利用して生活の基盤を整えている。機械を見るための知識はあるのだ。
「よこせ」
突き出した流の手のひらに、テディはおずおずと携帯端末を乗せた。
端末を流の手首にはめ直すと、端末は元通り機能を回復した。その様子を間近で見せつける。
「これは『都市』の人間が持つ認識装置なんだ。見ての通り俺専用の機械で、俺でなければ使えない」
テディは、初めて聞いたとばかりに目を剥いた。
「預言者とやらは持っていなかっただろ? そいつにはもう必要のないものだったからな」
それは彼らには知りようもない事実。この場において流だけが有する有益な情報だ。
と、横で見ていたハディがテディに何か耳打ちする。
「腕切り飛ばして持っていけばいいとでも思っているのか? 残念。こいつは脈動に反応する。生きた血が通っていなければ機能しない。さすがに、ここにあるものでそんな高度な化かし方はできないだろ?」
「む、むう……」
怪訝そうな顔を見せるハディには伝わらなかったらしいが、テディは別だ。分かりやすく青ざめて、考えあぐねるように視線を泳がせた。
「どうする、長老? 『都市』に入りたいのなら、俺を頼るしかないぞ?」
駄目押しのひと言だった。
テディはすぐに見張りに命じて武器を集めさせ、流の前に次々と並べていった。
刃物、銃火器、斧、鈍器。ツルハシなどの大型工具。どれも適度に使い込まれ、壊れる度に何度も修繕したようなつぎはぎ痕が見られる。もとが廃棄物であったのだ、無理もない。数は少ないが、爆発物もあったのは僥倖だ。
「これが今我々の持てるすべての武器です。あなたに差し上げます」
「一人でこんなに持っていけるかよ」
狩猟用の自動小銃一丁と、水平二連ライフル一丁。刃こぼれの少ない日本刀一本。いざ使うとなった時、流一人で扱えそうなのはこれくらいだ。それから、手りゅう弾を手に取る。
「これもあるのはありがたい。後で使い方教えてくれ」
当然だが流は、引き金の引き方ひとつ分からない。たとえ付け焼刃であっても、撃ち方と装弾のやり方を教わる必要がある。
「それから『都市』に連れて行くのは十……いや、五人だけだ。明日決行する。朝までに選んでおいてくれ」
「そ、そんな突然……っ。お待ちください。明日と言われても!」
「別に、長々と話し合って立てるような作戦なんかないぞ? 俺が端末で認証すれば壁門は開く」
「しかし、さすがに危険が過ぎます! そんな少人数で侵入したところで、一体何ができるというのですか?」
「いくらなんでも、侵略なんて一朝一夕でやるもんじゃないだろ? あー、要するに、何度もしつこく攻撃して、相手の戦力減らしていけって言ってんだよ。詳しいことは知らないけど、それが正攻法だろ? アンドロイドは何千何万体といるんだ、どれだけ人数をかき集めたところで一日じゃ絶対に無理だ」
「それはおっしゃる通りですが、しかし……」
流は、なお食い下がるテディを鋭く見据え、黙らせた。
これがどれだけ危険な橋を渡っているのかは、重々理解していた。『都市』侵略を企てる外敵を招き入れようという、全住民への裏切り。その見返りは、アンドロイドへの対抗手段だ。
だが、いずれにせよ、流がこの場を切り抜け、かつ武器を手に入れる方法は限られていた。預言の通りに現れた流を、新人類たちは是が非でも取り囲み、『都市』侵略に利用しただろう。受け身でいたのでは勝てない。
勝利のために必要だったのが、五人の危険因子を『都市』内部に入れるという妥協。逆を言えば、これ以上譲歩することは許されない。
良心の呵責を黙殺し、心を欺瞞で満たして、己に虚勢を張る。やるしかないのだ。有無を言わせぬ口調で、流は交渉を押し進める。
「俺が五人を中に入れてやる。そいつらで役割を分担して、『都市』内部を調べるなり、別の出入り口を探すなりすればいい。一か所は俺が知っているから、教えてやれる。脱出するだけならどうにかなる。取引きだというのなら、互いの利を差し出し合うべきだろう? もらった武器への対価としては申し分ないはずだ」
「……ナガレ、どうか聞いてください。我々はここに居るだけしかいないのです。貴重な戦力を裂き、万が一失うようなことがあれば……」
「その心配はいらない。アンドロイドは人間を攻撃しないからな」
「な、何ですって? それは本当ですか?」
テディは眉根をひそめ、信じられないと訊き返す。
「アンドロイドは人間に危害を加えないようにプログラムされているんだ。暴れ回れば拘束されるかも知れないが、殺されはしない。俺が自由にするように言えば、まあたぶん解放してもらえる」
テディは目を丸くした。
「ナガレ、あなたはそれほど力のある立場に?」
「あー、そういうことかもな」
軽く言葉を濁しはしたが、嘘は吐いていない。流は実際、それだけの特権を有している。
アンドロイド側も、入り込んだ外敵を中に置いておくわけにもいかないだろう。殺せず、生かせず、ならば外に放り出すしかない。手ぶらで侵入しようとも、五体満足で帰ってこられる。
勝算はある。
「何度も侵入を阻まれてきたって言ったけど、死人が出たことはないだろ? それは自分たちだけの手柄じゃないってことだ」
「ううむ……。であれば、もっと大胆に動けたものを……」
唇を引き絞り悔やむテディに、流は右手を差し伸べた。この辺りが落としどころだ。
「俺には武器。あんたらには『都市』侵入の手引き。この条件だったら受け入れてもいい。嫌なら俺を殺してもう何百年か待つんだな。……どうする?」
流が崖っぷちであるように、新人類側にも他に選択肢は存在しない。テディは、すぐに流の手を握り返した。
「ええ、是非とも協力を」
待ち侘びた希望をようやく手に入れ、逃がすものかと手繰り寄せる。テディがその目に宿すのはやはり未来への活力であり、流のそれとはかけ離れた濁りのない色をしていた。
「……ああ、よろしく」
友好的な握手を交わしながら、一方で言葉にできない不安が腹の底を騒ぎ立てる。
取り返しのつかないことをしでかしている。その自責の念が雪だるま式に大きく転がっていく。やがて膨れ上がったそれは、誰にも止めることのできない大いなる暴力の塊となって、憎き敵へと襲いかかるだろう。
その時攻撃の対象となるのは、本当にアンドロイドだけで済むのだろうか。
思い描く最悪のシナリオを、何としてでも回避しなければならない。しかし、同時に思うことがある。そのシナリオを描くペンを握っているのは、誰でもない流自身かもしれない。
「……」
いくつもの感情に苛まれながら、流はそれでも足を止めることができなかった。
☆ ☆ ☆
ここまでの読了、ありがとうございます。これにて5章完結です。
次章からクライマックスへ向けて、一気に加速していきます。引き続き、楽しんでいただけると嬉しいです。