十三、夫婦の部屋事情
そんな濃い食事を終えてから、私は城中を連れまわされた。
城の清掃を担当するメイド、私の世話を担当してくれる侍女。旦那様のサポートをする執事に側近のエリク様。はては厨房から庭師にまで紹介すると連れまわされ……
ご丁寧に行く先々で愛しの妻と紹介されましたが!?
その紹介いります!?
おかげで向かう先ではその度に旦那様との仲を質問責めだ。特に女性陣から興味津々に迫られると緊張してしまう。
ああ、困ることはまだあったわね。このお城、広すぎない!? 早く道を憶えないと迷子になってしまうわ。
そんな私は現在旦那様に付き添われ私室へと向かっている。早く道を覚えなければと思うのだけれど、今はちっとも構造に集中出来そうになかった。それというのも先ほど終えたばかりの夕食のせいだ。
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いい魚が手に入ったからと、急遽本日のメニューは魚料理に決まった。冷蔵庫のないこの世界では新鮮な魚を食べられるのは港町の特権だそうで、提供された料理は魚のムニエルだった。
前世におけるムニエルとは、小麦粉などの粉をまぶしバターで焼いたもの。この世界でも同じ手法を使っているのかは不明だけれど、やはり見た目は私の知るそれと同じだった。
まず見た目が美しい。私自身も自分で作ったことはあるけれど、それとは比べ物にならないほど盛り付けはおしゃれ。
使われている魚は白身魚の切り身らしく、皿の中心に置かれている。立体的に組まれた野菜は食べてしまうのが勿体ないほど調和がとれていて、組み上げられた食材は芸術作品だ。
いただきますと手を合わせてから、食べた瞬間のかりっとした触感には思わず笑みが零れた。
たっぷりと懐かしい魚の味を堪能し、食事を終えたところで迎えたのがサプライズ。
なんと私の歓迎のために、特別にケーキが用意されていたのよ! それも私が前世で一人食べていたようなレベルのケーキじゃあないわ。
いい? 一言で言うのなら、結婚式のケーキ入刀にでも使われそうなケーキよ!
白いクリームで丁寧にコーティングされたスポンジ生地は贅沢にも三段重ね。赤い苺、カットされたフルーツ、それらが色鮮やかな装飾となりケーキをさらに美しく引き立てる。ちりばめられている花さえも食べられることを教えられた。
ケーキの真ん中にはプレートが乗せられていて、そこに書かれた『ようこそ奥様!』の文字に感動した私。今度は感動の涙を流して旦那様を狼狽えさせてしまった。
そんな私に旦那様は優しく言ってくれた。好きなだけ食べていいんだぞ、と。
なんて贅沢だろう。もちろん最初はそう思った。けれど私は首を振る。一人でホールケーキを食べるのも夢ではあるけれど、それよりもみんなで味わった方が美味しいに決まっている。
「ありがとうございます。でも私の分は、お昼に食べたキッシュくらいの大きさだけ切り分けてもらえれば十分ですわ。残りはみなさんで分けて下さいね」
「いいのか?」
「私の歓迎をするためのものなら一緒に食べて下ほしいのです」
城中を連れまわされて改めて感じたこと。旦那様は使用人たちからとても慕われているらしい。だからこそ彼らは無条件で私という存在を信じ、受け入れてくれる。そんな彼らに、イデットさんに、そしてニナにも食べてもらいたい。
「もちろん旦那様にもですからね?」
私がお願いを付け加えると旦那様は少しだけ表情を強張らせた。
「甘い物は苦手なんだが、仕方ない。妻のためにも根性見せるとするか。お、そうだ! お前が食べさせてくれるってのはどうだ?」
「では旦那様の分は私が美味しくいただきますね」
ここで照れる必要はない。そっと私の胃袋に収めてしまえば問題ないことだ。
フォークを構える私の本気が伝わったのか、旦那様は掌を返し謝った。もちろん私も鬼ではありません。素直に謝る旦那様には大人しくケーキを渡します。
だってとっても美味しいんですもの! 食べられないなんて悲しいわよね!
柔らかなスポンジに、添えられたクリームは甘すぎない仕上がりだ。フルーツの甘酸っぱさとも調和がとれている。こっそり齧らせてもらったプレートは甘いチョコレートだ。舌の上でとろけるカカオの風味に、スイーツも美味しい世界に転生できたことを改めて喜んだ。
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「はあ、夕食も美味しかったですわね」
うっとりと、私はつい先ほどまで浸っていた幸せに思いを馳せる。
「そいつは何よりだ」
現在私たちは軽口を叩き合いながら階段を昇り、広く長い廊下を進んでいる。旦那様は軽快な足取りだというのに私は途中で力尽きないかが不安で仕方がない。
「みなさんのこと、紹介して下さってありがとうございます」
「いや。俺が自慢したくてたまらなかったんだ」
旦那様はさらりととんでもないことを言ってくる人――、ということは今日一日で身をもって学ばせてもらった。耐性のない私はその度にどう答えればいいのかあたふたしてきたけれど、夜にもなれば多少なりとも受け流すスキルが身についている。
「この城の一員として迎えてもらえたこと、とても嬉しいですわ」
いつまでも狼狽えてばかりの私じゃあないのよ!
私も成長しているのだと密かに胸を張った。
「けど、さすがに疲れたろ? 今日は連れまわして悪かったな」
連れまわすと言っても全部お城の敷地内ですけどね。どれだけ広いのよと途中で心が折れそうになったのは内緒よ?
「なかなかに広いお家でいらっしゃいますわよね」
少し意地悪な言い方だったかもしれない。きっと心のどこかには、多少なりとも城中連れ回された不満が燻っていたのだ。旦那様が気にせず受け流してくれたことは幸いだった。
「そりゃ仕方ないさ。大昔の話だが、昔はここがリヴェールの王都だったらしいぜ」
「それでこんなに大きなお城が……え、ということは、ここは王都ではない? 旦那様がいますし、お城もあるのでてっきり王都なのだと思っていました」
「いや、こっから王都までは結構あるぜ。王都の奴らにしてみたら田舎の港町ってとこだな。気になるって言うんなら、いつか連れてってやるよ」
「まだ見ぬ王都での食事を楽しみにしていますわね」
「おう、楽しみにしとけ!」
そう言って旦那様が立ち止まる。やっと目的地こと私の部屋に到着したらしい。私は明日から一人で出歩けるのだろうか。
「じゃ、また明日な。朝も一緒に食べようぜ」
「え?」
「ん?」
固く閉ざされた扉の前、軽く告げて去ろうとする旦那様に拍子抜けしているのは私だけ?
「私、一人で眠っていいのですか?」
私たち一応、夫婦なのよね?
あまりにも話題に上らないものだから、つい私から聞いてしまった。さすがにここまで言えば旦那様にも正確に伝わったようだけれど。
「確かに俺たちは夫婦だな。けど言ったろ? 俺はお前に好きになってもらうのを待つって。だから今はまだいいんだ。お前に無理はしてほしくない。それにまだ式も挙げてないしな」
「するつもりがあるのですか?」
「安心しろ。ちゃんとお前が俺のこと好きになるまで待つよ。だから、その時が来たら式を挙げさせてくれ。お前の花嫁姿も見たいしな」
仕事一筋で前世を終え、生まれ変わった私にもウエディングドレスというものに憧れはあった。
一度は着てみたいって、きっと誰だって憧れるわよね? そうですよーだ。前世は独身のまま生涯を終えましたが何か!?
もうこの話は止しましょう。私の心がすり減るわ。まあ、今生では私にはもったいないほど素敵な旦那様に恵まれたことですし、それで良しとします!
旦那様にはああ言ったけれど、私だってそれなりにポジティブなのよ? 正妻だろうが王太子妃だろうが、結婚してしまったものは仕方がないわよね!
閲覧ありがとうございます!
諦めない旦那様と、ケーキも食べられて幸せいっぱいポジティブなエスティーナさんでした。
それではまた明日!




