幕引き、そして――
(なぜ我輩が衆目に裸を晒さねばならんのだ――!!)
内心歯ぎしりしたい心情である彼、フィリップは決闘相手であるクリフと手を掴み合わせ衆人環視の中、相撲という奇妙な決闘を、力比べをしていた。
剣を使えず、また殴る蹴るといった打撃の攻撃方法が相撲の掟として禁じられているから、フィリップもクリフもその勝手の違いに戸惑っていた。
また殴る蹴ることすらできないということは
急所を狙うこともできないのだろう。
身長、体格は僅差でフィリップの方に分があった。
しかし土俵と呼ばれる決闘場の中央で、
どちらもしばらくは力負けをする気配はなかった。
フィリップはこの国で、身分の高い家柄に生まれた。
そのことによる周囲からの彼への対応は彼にとって好ましいことが多い反面、
反発する者、また彼の若さ未熟さを憂い厳しく対応する者たちのことを、
彼は好ましくは思えなかった。
彼にとってクリフはその反発する者たちの中でも最たる者だった。
クリフの家は、クリフの祖父の代にこの国に流れ着いたよそ者であるが、
彼の祖父が武術に秀でており、戦果を持ってこの土地に迎え入れられた英雄の家柄なのである。
大人たちならばともかくそういった事情の知らない子供、まだ血気盛んな彼らは初対面の頃から自然と衝突していった。
些細なことから大きなことまでぶつかり合った果てが今回の決闘だった。
15での成人の儀は終え、諸外国と対立することもなく平穏に迎えた3年間。
最近になって不穏な空気が漂い出し、いつ戦場に駆り出されるかもわからない今、
幼いころから衝突していた相手との決着は、なんとしてでもつけたかった。
フィリップは普段なら快く、また、気持ちよく聞き入れられていたであろう女性たちの歓声が、今はただただ不愉快であり勝負の邪魔にしか感じられなかった。
*
(……なんなんだこれはよぉ……)
クリフもまたフィリップとの力比べをしながらも、
耳に響いて止まない女性たちの黄色い歓声に内心舌打ちをしていた。
クリフはできることならば惰眠をむさぼるか、
数少ない友人のところで読書に耽りたかった。
過去の戦争、それによる功績、貢献によりまだ若かりし頃の祖父は英雄と呼ばれ、クリフは英雄の血を継ぐ者として、期待を込められ育てられてきた。
彼はそれを望んではいなかった。別に草花を愛する優しい性格というわけではなく、親や周囲の人間たちから期待や願望を押し付けられるのが嫌だったのだ。
また祖父や父の武術に対する指導が幼い子供に対するものとしては厳し過ぎたことも原因の一つであったが。
クリフの母は物静かで優しい性格だったが、だからこそ祖父や父の厳しい指導を止めることもできなかった。せめてもの反抗として、家に寄りつかずに外で時間を潰すことが多かった。それが殊更祖父たちからの鍛錬の苛烈さを増すことになったとしてもだ。
クリフにとってフィリップという男は、事ある毎にちょっかいをかけてくるイケ好かないお坊ちゃんである。地元育ちで家が金持ちで、常に誰か取り巻きがいて、それが当然であるかのように振る舞う。そして何故か自分を目の仇にしてくる。
何が気に入らないのかウザったいったらありゃしない。
フィリップが絡んできてそれをあしらい、
時には殴り合ったことも一度や二度ではない。
今回もまたいつものことかと思っていたら決闘に至ったことには驚いたが、内心不思議でもなんでもなかった。
いつまでも、相手をしていられないから……
*
土俵の上で向かい合った上半身裸のイケメン二人が、自分の合図で動き出し、
様子見とばかりに互いの手を握って押し合い力比べをしていた。
相撲相撲って私は言ってたけど、これじゃあまるでレスリングみたいだよね。
でも凄いなぁ二人の筋肉。 服の上からじゃわからなかったけど、ああして押し合って力比べしている時の背中の筋肉が盛り上がって彫りが深くなる感じとか以外と好みかも……
「フィリップ様~がんばって~~!!」
「クリフ~~!!応援しているわ~~!!」
二人の決闘を観戦している女性たちが二人に声をかけていた。
あ、今になって二人の名前を知らなかったことに気づいた。
そうか二人ともそんな名前なんだ……
唯一土俵に立つ第三者として私は二人の行動をしっかりと見つめていた。
二人とも、全力で相手を土俵の外へ押し出そうとしているから未だ中央で停止しているように見えるけど、太陽の光に照らされた白い肌も力んで赤くなり、
しっとりと汗が体表に浮かんで体に光沢が増していた。
時間がかかりそうだと思っていたけど、体力差か地面の状態か、両者の体勢そのままにジリっと一歩分、体格の大きい方が押して前進した。
「おうフィリップ坊ちゃん!!そのまま押し出してやれ~~!!」
「おいクリフ!負けてんぞ英雄の孫!!頑張れよ~~!!」
それを見て、今まで黙って見ていた男の人達が野次を飛ばしていた。
今まで貴族っぽいと思っていたのがフィリップ、クールなのがクリフね。
男の人達も応援に参加し、この中央の広場は観衆の人の山になっていた。
通りかかった人も誰かから聞いてきた人達も集まってきているみたい。
フィリップはそのまま押し出すことを狙っているみたいで、対してクリフは押し返す以前に耐えているみたいだった。ちらっと地面を確認したのが見えた。
二人とも剣を持ち歩いていたみたいだから、剣を振るうために胸にも肩にもしっかりと筋肉がついていて、私のいた世界の同年代の男の子たちと比べたら
差がはっきりとしているんじゃないかな。
そんな観察をしている間にも状況はまだフィリップの方が有利みたいで、
もう土俵際まであとわずかまできていた。このままではクリフは負けてしまうし、そもそも単純な押し合いだったら彼より体格の大きいフィリップのが有利に決まっている。
でもこれは押し合いでも力比べでもなく、相撲――!!
「相手の腰を掴んで後ろへ流して!!」
私の言葉に二人の視線が刺さる。
このままでは勝てないとわかっていただろうクリフはすぐに手を掴んでの押し合いをやめてフィリップのズボンを掴んだ。 勝てると思っていたフィリップの反応は遅れてしまい、クリフに続いてフィリップもクリフのズボンを掴んだ。
あぁあの体勢、まるで二人は抱き合ってるみたい……うっとり……
先にズボンを掴んで密着したクリフはクイっと体幹をひねって背後を見るように動き、フィリップはクリフのズボンを掴みはしたもののクリフの流れに乗せられて手が離れ、勢いに逆らおうと片足で踏ん張ろうにも耐えかねて地面に倒れこんで――
「この勝負!彼の勝利!!」
私、角川萌々子は異世界に来て初めて決闘を、
二人の決着を見届けることができた。
――それからの話なんだけど。
中央の広場で相撲なんてやってるものだから騒ぎを聞きつけた国の衛兵たちが駆けつけてきて、私とフィリップとクリフはお城で取り調べを受けちゃった。でもフィリップは有名な貴族の息子みたいだし、クリフも英雄の孫だしで対処に困ったみたい。私は後ろ盾もなにもなかったんだけど、フィリップとクリフの二人が守ってくれて一応お咎めはないらしい。
それよりも、私は異世界から来ているのでここでの衣食住を確保しないといけなくって二人に事情を説明したら、異世界のくだりは全く信じて貰えなかったけど、フィリップの家の屋敷にお邪魔することができた。 というのも――
「我輩に、相撲の勝ち方を教えてくれ!」
「えっ!?」
負けて悔しくて、やっぱり勝つまで諦められないフィリップは、
たびたび私やクリフを巻き込んであの広場で相撲をしていた。
私はフィリップの家にお世話になっているし、クリフもなんだかんだで付き合ってくれている。
今までの決闘みたいに血を流さない相撲は、ある意味催し物みたいで、この世界の人達も受け入れてくれているみたいだし、何よりフィリップやクリフの、二人のイケメンが上半身裸になってくれるのは私以外の女性たちにも好評だった。
それどころか話を聞きつけたのか、相撲に興味をもったイケメン達が現れて――
お父さんお母さん、それからどうでもいいけど一応お兄ちゃん。
異世界ではイケメン達が半裸で抱き合っているので天国です。 ――なんてね。
一区切りつけました。もし続きを書くとしても新タイトルにしようかと思っています。




