第66話 情報の共有
最北の辺境の村に、静かな夜が訪れていた。
無事に「深淵の口」の居住区画までの一次調査を終え、村へと帰還した私たちは、ネルソン村長やエマたちとの温かい夕食を終えた後、集会場の隅にある暖炉の前に集まっていた。
パチパチと薪が爆ぜる心地よい音が、室内に優しく響く。
暖炉の火に照らされた私の前には、私たちが遺構の調査に向かっている間、村に残って守りと作業を引き受けてくれていたカイとリリアの姿があった。
「――ハルさん、バノックさんたちも、奥の調査本当にお疲れ様でした」
カイが温かいハーブティーの残った木製コップを両手で包み込みながら、穏やかな笑みを向けてくる。
彼は他村から逃げてきた後、この村の薬草調合師として知識を振るい、今ではすっかり村の生活になくてはならない頼もしい仲間となっていた。
「ああ、ありがとう。バノックたちの協力のおかげで、無事に居住区画まで安全な経路を確保できたよ。……それで、カイ、リリア。私たちが留守にしている間、村の様子はどうだった?」
「村の警備も畑の管理もバッチリですよ。それとね、ハル」
向かい側に座るリリアが、膝の上に抱えていた手帳をゆっくりと開いた。
彼女もカイと共にこの村へ身を寄せた降臨者であり、裁縫や布織りの技術を生かして村人の衣類や防寒着の補修を一身に引き受けてくれている、優しく確かな手仕事の持ち主だ。
「ハルたちが調査に行っている間、私とカイで『掲示板』の最新情報をずっと追いかけていたの。世界各地の降臨者たちがどう動いているか、かなり大きな情報が集まってきたわ」
「そうか。助かるよ、どんな内容だった?」
私が身を乗り出すと、リリアとカイが顔を見合わせ、手帳に書き留めたメモを指差しながら語り始めた。
「まず、世界全体の遺構についての報告です」
カイが真剣な表情で口を開く。
「南の樹海エリアでも、西の鉱山都市でも、見つかった遺構はすべて同じ灰銀色の金属でできていて、中身の構造も共通しているそうです。……スレッドの考察勢の間では、かつての世界には今の王都や部族、鉱山都市みたいな国家や地域差は存在せず、世界全体がひとつの超高度な共通文明で覆われていたという結論でほぼ確定しています」
「やっぱりそうか……。私たちがコアルームで見た地図や、過去の記録と同じだね」
「ええ」と、リリアが言葉を継ぐ。
「画面の向こうでも、なぜそんな無敵の超技術文明が滅びて今のサバイバル世界になったのかについて、各地の記録が一致していたわ。無尽蔵に見えたエネルギーが枯渇し始めて、便利さに慣れ切った人々が残された資源を巡って激しい奪い合いを始めたの。結果、世界全体が壊れかけて、システムによって文明が強制凍結された……」
「……身につまされる話だな」
暖炉の炎を見つめながら呟く私に、カイが大きく頷いた。
「僕たちにこの不便で泥臭い生活をさせているのは、二度と過剰な力を与えて自滅させないための、システムの安全装置だったんですね。……それと、ハルさん。ハルさんたちが深淵の口で実証していた『門の開錠条件』についてです」
「門の条件……『降臨者と現地人が共に立つこと』かい?」
「はい!」と、リリアが大きく頷いた。
「最初はどこのエリアでも門が開かなくて皆パニックになっていたらしいんだけど、西の鉱山エリアで仲良くなったドワーフの鉱夫たちと一緒に扉の前に立ったチームが、あっさり認証を通して開けたそうなの。南の樹海でも同じ報告が上がっていて……ハルたちがここで確かめた通り、『双方の存在と共生』こそが世界中の門を開ける唯一の鍵だったことが、全スレッドで証明されたわ」
「そうだったか……」
私は手帳の表紙を撫でながら、静かに息を吐き出した。
私たちがバノックたちと信頼を重ね、共に「深淵の口」の門の前に立ったことで滑らかに開いたあの瞬間。あれは最北のこの遺構だけの特別な仕掛けではなく、過去の愚かな歴史を踏まえてシステムが世界全体に施した、絶対のプロトコルだったのだ。
「スレッドの雰囲気も大きく変わっていますよ」
カイが嬉しそうに報告を続ける。
「単なる力づくや効率だけで突破しようとしていた人たちも、この歴史と門の仕組みを知って、自分たちの生き方を見直し始めています。『明日から拠点の村で薪割りと畑仕事からやり直す』とか、『現地の人たちと本当の家族になろう』という書き込みで溢れていました」
「素晴らしい変化だな」
私は二人に向かって深く頷いた。
「私たちも、最初はこの村に来た時は生き延びることで精一杯だった。……でも、泥に塗れて薪を割り、畑を耕し、ネルソン村長やエマたちと温かいスープを分け合う日常こそが、何よりも大切なんだと身をもって学んできた。ほかのエリアの人たちも、そこに気づき始めたんだね」
だが、そこでリリアが手帳の別のページをめくり、少し声を落とすようにして私を見つめてきた。
「……ハル。基本的には世界各地の降臨者たちも、この古代の未知の技術を無暗に使わないことで意見が一致しているわ。そして、その『過去の過ちを繰り返さないために、安易に過剰技術へ飛びつかない』という姿勢は、各地の拠点でも現地の人たちとしっかり共有されつつあるの」
「そうか。現地の人たちにとっても、自分たちの暮らしを守るための大切な前提だからね」
「ええ。……ただね、掲示板を見ていたら、ごく一部だけど『少し気になる動き』も報告されていたの」
「気になる動き……?」
私が問いかけると、カイが手帳のメモを指でなぞりながら言葉を足した。
「西の鉱山都市のエリアなんですけど……あそこのドワーフの技術者や鍛冶師たちの間で、古代の鍛造技術や鉱石の精錬装置をめぐって、ちょっとした葛藤が起きているらしいんです。古代の技術が過剰な力であり、崩壊の引き金になったと理解してはいるものの……ドワーフとしての『より強固で優れた金属を作りたい』という種族的な欲求と探究心が、どうしても恐怖や節度を上回ってしまうみたいで」
「ドワーフの鍛冶技術に対する執着か……」
「はい」と、リリアがうなずく。
「もちろん、暴走して世界を壊すような規模じゃなくて、自警団や地元の降臨者たちがちゃんと間に入って抑え込める範囲の小さないざこざよ。『この装置の構造だけでも見せてくれ!』って頼み込んで、説得されているドワーフの親方たちが数人いる程度なんだけど……」
「なるほどな」
私は暖炉の火を見つめながら、静かに考えを巡らせた。
悪意や支配欲からではなく、自らの職人としての探究心や欲望ゆえに技術に惹かれてしまう。それは人間やドワーフという種が持つ、抗いがたい本性の一部なのかもしれない。だからこそ、周りにいる降臨者や仲間たちが「慎重な節度」を持って寄り添い、ブレーキをかけてあげることが必要なのだ。
「……でも、だからこそ、私たちがこの最北の辺境の村でどう動くかが大切になってくるね」
私は二人の顔を交互に見つめ、力強く答えた。
「ただ恐れてすべてを遠ざけるのではなく、また欲に任せて力に飛びつくのでもない。私たちが足元の日常を愛し、ネルソン村長やグラックさんたちと一緒に『本当に村の暮らしを支える知恵』だけを一つずつ慎重に選んでいく姿が、他のエリアの仲間たちにとっても良い指標になるはずだ」
「はいっ! 掲示板でも、僕たちの村のような地道な歩み方を参考にしたいっていう声がたくさん上がっていました」
カイが誇らしげに胸を張る。
「深淵の口の小部屋に残された物資や記録についても……焦らず、身の丈に合った選択をしていこうと思う」
私は手帳の表紙をゆっくりと閉じ、二人に向かって微笑みかけた。
「古代の作物の種子や、病を癒やす薬品の知恵、あるいは素材の扱い方……それらを一気に持ち込むんじゃなく、村の土壌や今の暮らしに合うかどうかを、一つひとつ慎重に吟味するんだ。カイの薬草の知恵や、リリアの裁縫の技術も借りながらね」
「はいっ! 喜んで協力します!」
「ええ、任せて。村の温かな暮らしを守りながら、少しずつ、正しく役立てていきましょう」
二人の心強い言葉に、私の胸の奥に確かな温もりが広がっていく。
過剰な力に頼らず、足元の日常を愛し、現地の人々と共に歩む――その覚悟が、カイやリリアという大切な仲間たちと共に、この最北の辺境の村で揺るぎないものとして一つに繋がっていた。
窓の外では最北の夜風が吹いていたが、集会場の暖炉の炎はパチパチと音を立て、私達を優しく包み込んでいた。




