第23話 積雪の試練
二月——季節は、一年で最も寒さが極まる「寒の底」を迎えていた。
連日降り続いた雪は過疎村をすっぽりと呑み込み、ぼろ屋の木引き戸は積もった雪の重みで外から圧迫され、毎朝、隙間から侵入した凍える冷気を払いながら、体当たりするようにして押し開けなければならなかった。
外へ一歩出れば、視界のすべてが灰白色の吹雪に埋もれている。
大人の腰の高さまで積もった深雪を踏みしめるたび、ズボリと足が沈み込み、粗末な革靴の奥まで刺すような冷気が染み込んできた。
この世界における「冬」は、画面の季節グラフィックが変わるような生易しいものではない。
一歩間違えれば、凍傷で手足の感覚を失い、孤立した家屋ごと雪に潰されかねない、本物の自然の威圧だった。
「ハル! いるか!」
吹雪の唸り声を突き破るようにして、切迫した声が響いた。
扉を開けると、雪まみれになったレンが、木製のスコップを握りしめて息を弾ませていた。
彼の顔は寒さで赤く強張り、眉毛や睫毛には白い霜がびっしりとこびりついている。
「レンさん! こんな吹雪の中に……どうかしましたか?」
「エリスのばあちゃんの家だ! 裏屋根に重い湿り雪が溜まりすぎて、横木が悲鳴を上げてる! このままだと、今日の夜までに屋根が抜けちまう!」
「な……! すぐ行きます!」
私は防寒用の毛皮を固く締め直し、グラック老人から借りていた頑丈な木製スコップと、太い麻縄を掴んで外へ飛び出した。
吹雪の中を這うようにして進む。
足腰にかかる猛烈な負荷と、顔面を叩きつける氷の粒。
現実世界でのデスクワークで鈍っていた肉体なら、数十メートル進むだけで挫けていただろう。だが、秋の開墾と水路掘りで鍛え直された太腿と背筋が、泥臭く雪を押し分けて前へ進ませてくれた。
エリス老女の家に着くと、そこにはすでにバノックの姿もあった。
彼は危険を省みず、梯子をかけて傾斜の急な屋根の上へと登り、必死に斧の柄で固まった氷雪を叩き割っていた。
「バノックさん! ロープを持ってきました!」
「ハルか! 助かる! 屋根の北側だ! 風下で雪が溜まり込み、氷の塊と化している! 下から支柱を交わしつつ、上から削り落とさねば柱が折れるぞ!」
バノックの怒号のような声が吹雪に掻き消されかける。
屋根の上に溜まった雪は、ただのフワフワした新雪ではない。
連日の冷え込みと自重によって凝縮され、まるで岩のように重く硬い「氷雪の層」と化していた。
下手に一箇所だけ削れば、重量のバランスが崩れて屋根板ごと雪崩のように崩落する危険がある。
「レンさんは下で落ちてくる雪の排雪をお願いします! 私とバノックさんで、端から均等に切り崩します!」
「わかった!」
私は腰に麻縄を巻き付け、母屋の頑丈な大黒柱に反対側を縛り付けると、慎重に梯子を登った。
屋根の上に立つと、強風が一気に身体を浚おうと吹き荒れた。
足元は凍りついた茅葺き屋根で、一歩滑れば数メートルの高さから墜落する。
内臓が縮み上がるような緊張感の中、私は木製スコップの刃先を氷雪の層へと力強く叩き込んだ。
ガツン! と硬い手応えが手首と肘を激しく痺れさせる。
一度では削れない。
二度、三度と角度を変え、氷の亀裂を見極めながらスコップを打ち込む。
手袋越しでも指先の感覚が麻痺していくほどの冷気の中、背筋の筋肉をフルに使い、自重を乗せてスコップを押し込んでいく。
バリバリッ! と大きな音を立てて、数十キロはある氷雪の塊が屋根から剥がれ落ち、下へと滑り落ちていった。
「よし! その調子だ、ハル! 次は束柱の上を削るぞ!」
バノックと呼吸を合わせ、屋根構造の骨組み(柱の位置)を意識しながら、加重がかかっている箇所の雪を順番に削ぎ落としていく。
汗が吹き出し、それが直後に冷たい風で凍りつきそうになる感覚。
体力も気力も削り取られていく中、ただ「目の前の家と、そこに住む老人を守る」という手仕事の意志だけが、私を突き動かしていた。
作業を始めて約二時間。
ドサドサと音を立てて最後の大きな雪塊が地上へ落ち、メリメリと悲鳴を上げていたエリス老女の家の屋根が、静かにその圧迫から解放された。
屋根の上で息を切らし、ハァハァと白い蒸気を吐き出しながら、バノックと私は顔を見合わせた。
雪と汗でぐしょぐしょになった顔のまま、バノックが無骨な口元を緩め、ぽんと私の背中を叩いた。
「……見事な手際だったぞ、ハル。お前がいなければ、今頃屋根は潰れていた」
「いえ……間に合って本当に良かったです」
梯子を降りると、家の中から震える足取りでエリス老女が出てきた。
彼女は雪だらけになった私とバノック、そしてレンの手を、両手でしっかりと包み込んだ。
その掌は小さく温かく、涙で潤んだ目が何よりも深い感謝を語っていた。
「ありがとねぇ……本当に、ありがとねぇ……。お前さんたちがいてくれなかったら、今頃わしは雪の下敷きだったよ……」
「エリスさん、もう大丈夫です。家の中の暖炉の火を確かめて、温かいスープでも飲んで休んでください」
私が声をかけると、エリス老女は何度も深く頷き、家の中から温めてあった干し肉のスープと、自家製の硬いパンを差し出してくれた。
吹き荒れる吹雪の庇の下で、三人で分け合って食べる温かなスープ。
塩気と干し肉の旨味が、凍え切った五臓六腑へと強烈に染み渡っていく。
二月の寒さは厳しく、雪はなおも激しく舞い散っている。
だが、この二月の「寒の底」さえ耐え抜けば、もう少し辛抱すれば、やがて陽の光は柔らかくなり、雪を解かす温かな春がやってくるのだ。
どんなに猛烈な吹雪が村を閉ざそうとも、
手仕事の汗を流し、互いの命を守り合う人間同士の繋がりがある限り、この過疎村が冬の冷たさに屈することはない。
私は空を見上げ、深く吸い込んだ清冽な冬の空気を胸に溜め込みながら、あと少しで訪れる春の気配を信じ、村の仲間たちとともにこの季節を乗り切る覚悟を、静かに、そして強固に噛み締めていた。




