第1話 無能力者が最強の暴走を十秒で止める方法
「——カウント、十秒です」
夕闇に染まる旧校舎。
バリバリと大気を引き裂く紫電の中央で、自分は懐中時計の文字盤を淡々と見つめていた。
「っ……離れなさい……! 私に近づくと、あなたまで黒焦げに……っ!」
涙目で絶叫するのは、学園のアイドルであり最強の雷系異能者・天宮凛。
過度のストレスで抑えが利かなくなった彼女の異能は、旧校舎の壁を崩し、校庭の樹木を炭に変えようとしていた。直撃すれば、人間など一瞬で灰になる。
だが、自分は一歩も引かない。
「九、八……安心してください。自分が黒焦げになるリスクは、すでに打ち消してありますので」
「な……何を言ってるの……!?」
「七、六……あなたの右足が踏んでいるのは、先ほど自分が床に仕掛けた超高耐圧の絶縁シート。そしてあなたの背後、旧校舎の避雷針へと繋がる銅線を仕込んだピンが、すでに制服の裾に刺さっています」
「え……っ!?」
「五、四……異能の出力が高まれば高まるほど、電流は自動的に避雷針へ逃げる。あなたの攻撃は自分に届かない。……三、二」
自分は静かに視線を上げ、感情の一切を削ぎ落とした声で命じた。
「一。——これ以上無駄な足掻きを続けるなら、あなたの裏アカウントに保存された『愚痴日記』と『暴走の全記録』を、全校生徒の端末に同時送信しますよ」
「〜〜〜〜っ!?」
ピタッ、と。
学園を揺るがしていた巨大な雷鳴が、嘘のようにピタリと止んだ。
「ゼロ……。鎮圧完了です」
◇
時は少しだけ遡る。
自分はどこにでもいる、影の薄い中学二年生だ。
運動神経は女子平均以下。成績は中の下。異能測定の数値は完全な『ゼロ』。
クラスでは名前すら正確に覚えてもらえないような、どこにでもいる空気のようなモブ——それが表の顔だ。
だが、自分にはひとつだけ、絶対に譲れないポリシーがあった。
(自分の平穏な日常を、異能者のくだらないトラブルで邪魔されたくない)
放課後、無人の教室で自分は小型端末の画面を操作していた。
画面に表示されているのは、校内に張り巡らせた自動監視プログラムのデータだ。
『警告:旧校舎付近で高エネルギー反応。天宮凛のバイタル、閾値を突破』
「……はぁ。また天宮さんですか」
天宮凛。
容姿端麗、成績優秀、生徒会役員。誰もが憧れる『学園の絶対的ヒロイン』。
だが、完璧を演じる裏で彼女が抱え込んでいたストレスは、とっくに限界を迎えていた。彼女が極秘で運用していたSNSの鍵アカウントの投稿頻度、脈拍データ、そして最近彼女の端末にインストールされていた出所不明の『能力拡張アプリ』のログ。それらのデータから、自分は今日の暴走を百%予測していた。
もし彼女が学校で大爆発を起こせばどうなるか?
警察が介入し、学校は休校になり、自分まで事情聴取や特別補習に巻き込まれる。
放課後に自宅で新作ゲームをプレイするという、自分の完璧な平穏が崩れ去ってしまう。
「……コストに見合いませんが、揉み消すとしますか」
自分はリュックから数点の「道具」を取り出し、静かに席を立った。
自分の裏の顔——十代専門の裏方リスクコンサルタント『コンダクター』の仕事時間だ。
◇
そして、冒頭の旧校舎。
紫電を撒き散らし、恐怖でパニックに陥っていた天宮凛の前に、自分は姿を現した。
「だ、誰……!? 来ちゃダメ! 私はもう、自分を抑えられないの……!」
「落ち着いてください、天宮さん。自分、命がけのトラブル対応は時給に見合わないので」
「な、何を言っ——」
彼女が拒絶の電撃を放とうとした瞬間、自分はすでに仕込みを終えていた。
校舎の構造、風向き、彼女の立ち位置、そして精神状態。
すべては自分の指揮通りに配置されている。
「あなたの瞳の揺れ、呼吸の浅さ。……本当は誰も傷つけたくないのでしょう?」
「っ……!」
「大丈夫です。あなたの失態も、暴走も、完璧なお嬢様の裏にある苦悩も——自分がすべて裏で揉み消してあげますから」
心理誘導による一瞬の動揺。
その隙に放たれた過剰な電撃は、自分が仕掛けた銅線を通ってすべて避雷針へと吸い込まれていく。
そして、逃げ場を失った彼女のメンタルに、トドメの一撃——裏アカウントの暴露という冷徹な脅迫(心理的トラップ)を叩き込んだ。
「……あ……あ……」
能力を完全にカットされ、精神的な支えも失った凛は、その場に崩れ落ちた。
「ふぅ……間一髪ですね。では、事故の隠蔽作業に入ります」
自分は倒れ込む彼女を一瞥もせず、端末を操作して防犯カメラの映像を書き換え、ネット上の目撃情報を自動削除プログラムで潰していく。
警察も、学校も、クラスメイトも。誰も今日の出来事を知ることはない。
「……あ、あなた……一体、何者なの……?」
途切れ途切れの声で問いかけてくる凛に、自分は振り向きもせず、淡々と答えた。
「ただの影の薄い同級生ですよ。……それと天宮さん。明日の朝は、何事もなかったかのように笑顔で登校してくださいね」
夕闇の中に溶け込むように、自分は現場を後にした。
自分はヒーローではない。世界を救うつもりもない。
ただ自分の平穏を守るためだけに、裏でリスクを揉み消すコンダクター。
——だがこのとき、自分はまだ知らなかった。
この完璧な隠蔽劇が、翌日の屋上でさらなる厄介事(天宮凛からの猛追)を引き寄せることになるのだと。




