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緋鋼皇国物語Ⅰ 第一期 第一部 七聖学院編  作者: ふみの世界樹
第七章 襲撃事件

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第八十五話 無精髭危機一髪

【 緋鋼皇國暦1003年 覇竜12年 3月8日 銀狼曜日 0:17 礼拝堂 祈祷室 】


 「後で説明します」


 アルフォンス先生はそう言ったが、俺には何の事やらさっぱりだ。


 とりあえず礼拝堂を出た俺は、短い渡り廊下を通って本校舎に向かう。


『ゴーンズさん、敵が来ます。あなたは見つかれば殺されます。必ずどこかへ隠れて下さい』


「ひっ⁉」


 いきなり耳元で囁かれた。若い男の声だ。これがさっきの伝声術(シュティンメ)とかいう魔法なのは分かったが、慣れない内はくすぐってぇな。


「これ、返事はできるのか?」


 俺は思わず声が出た。


『できます。……が、お気を付け下さい。大きな声を出すと見つかる危険があります』


 便利なようでいて微妙に不便だな。頭の中だけで会話ができるのかと思っていたぜ。それはそれで、俺にはどう対処したらいいか分からねぇとは思うが。


『私が必ず外部に報せて、助けを呼んで来ます。それまで絶対に迂闊な行動はせず、隠れ続けて下さい』


 言われなくてもそうする。俺は魔法も使えない。それなりに力仕事もやってきたから、腕力には少し自信もある。……が、がっつり鍛えた連中には勝てねぇ。


 そうでなくても、下手すりゃ小僧共が相手だって、まず勝てねぇ。毎日アホみたいに剣を振ってる奴等だぞ。技術で勝てねぇ。さらに魔法も使えるガキなんざ、絶対に俺の手に負えねぇ。こちとら弱者の一般市民なんだ。


『ちなみに、敵は両殿下が目的です。私は、先ずその目論見を打ち砕きます。ですが、私にできるのは、そこまでのようです』


「そうかよ。まあ、そっちが優先なのは間違いねえ」


 マナ様もマギ様も、立場があるってだけで子供だ。一般市民じゃねぇが、まだまだ大人が手を貸してやる必要のある子供だろう。


 アルフォンス先生の判断は正しい。


 だが俺は少し腹が立っている。子供の安全に、優先順位なんかあってたまるかよ。みんな生意気で、小憎たらしくて、それでいて可愛いガキ共じゃねぇか。


 だが俺が腹を立てるのは、先生の判断そのものにじゃねぇ。そう判断をするしかねぇ状況に、俺達を追い込んだ。その敵とかいう連中に対してだ。クソ共め。


 ……と、そこで俺は立ち止まる。この扉は、中庭から丸見えだ。


 扉の窓から、中を覗く。


 廊下、内窓を越えた先、中庭に集まる男達。何人ぐらいなのかは分からねぇ。


『それと、敵の数は50名を越えています。大勢の術士も混じっています』


 聞きたくねぇ情報だ。


 なんだ? また一人、増えやがった。


 何もない場所に、夜空みたいな窓が見えて、そこから出て来た。魔法?


 魔法だろう。魔法以外には考えられない。転移の一種か?


『これで最後になります。どうか、運命の女神(アルモニア・ミラ)様のお導きがあらんことを……』


「ああ、そっちもな」


 アルフォンス先生、若いのに立派だ。そっちも大変だろうに、こんなおじさんの事を心配してくれる。それなりに良い家の生まれなんだから、庶民なんざ気に掛ける必要もねぇだろうに。


「ふう、行くか」


 俺は扉を静かに開き、姿勢を低くした。窓から頭を出さないよう、しゃがみ歩きで技術工作室の方へ向かう。あそこなら、ひとまず隠れるには問題ないし。工具や何か、自衛の為に使えそうなものを確保できそうだ。


 どこかで戦いの音が聞こえてくるような気がする。だが、それ以上に心臓の鼓動音がやべえ。


 俺は廊下の曲がり角で、少しだけ顔を覗かせた。何人かの男が、廊下の反対側から走って来るのが見える。部屋を一つずつ点検しているようだ。調理室に入った。


 今だ。


 俺は技術工作室に入る。幾つもの作業台が並ぶ。この深夜の時間帯、誰もいないに決まっている部屋だ。灯りもない。だが部屋の間取りも、机の位置も、道具箱の位置だって、目を瞑(つむ)っていても分かる。


 隠れる場所。どこが適切かを考える。


 工作机の下。


 用具入れの戸棚。


 カーテンの裏。


 いや、麻袋だ。


 俺は戸棚の下段、引き出しを開けて麻袋を六つ取り出した。四つを開き、適当に広げて空気を入れた後、ぐしゃと軽く結んで一つの麻袋に詰めて行く。中身スカスカだが、何かゴミが詰まっているように見えるはずだ。


 最後に残った一つの麻袋は、俺が入る。足を入れてからズボンを履くように麻袋を引き上げ、俺が慎重にしゃがんで、すっぽり頭まで入れば完成だ。部屋の隅に置いておけば、廃棄待ちのゴミ袋が二つ置いてあるようにしか見えないだろう。


 まるで、ガキの頃にやった遊び。これは命懸けの、かくれんぼだな。


 部屋の外に足音が響いた。そしてすぐに足音は遠ざかって行った。


 あれは単なる通過だ。状況が落ち着くまで、今は動かねぇ方が大事だ。皇國将棋(ピスコレ)と同じさ。辛抱が肝心。耐える事もまた勝利への一歩だ。


 しかし。勝利ってなんだ。勝利条件が見えねぇ。王の駒を取って終わり、なんて簡単なものじゃねぇはずだ。


 生徒全員の無事。……これは絶対事項だ。


 教職員全員の無事。……これも絶対だが、生徒よりは優先順位は下がる。


 学院施設の無事……は、もうねぇな。あの派手な爆発音だ。あいつら何をブッ壊しやがった。クソめ、誰が修理すると思ってやがる。せめて、これ以上の損壊は防ぐ。……ってところか。


 敵の撃破もしくは撤退。これは街の衛兵隊か、軍隊の出番だろう。


 つまり。


 俺はアルフォンス先生の言った通り、隠れて、やり過ごして、生き残ってれば勝利。なんだ、簡単じゃねぇか。

 

 やがて、廊下を走って来る何人かの足音が聞こえて来た。


 乱暴に扉を開く音。


 部屋の中を、光が這う。恐らく、投光式の油灯(ランタン)か、魔導灯(マギー・ランタン)だ。


「誰もいねぇ」


「よし、次だ」


 男達の会話が聞こえた。扉を閉じる音はしない。


 おい、ちゃんと閉めて行けよ。


 俺は麻袋の粗い織り目を指で押し広げ、二つの覗き穴を作った。


 まあ、これはこれで好都合か。廊下の様子が分かる。


 それから、どれぐらい時間が経過したのかは分からない。大勢の足音が聞こえて来た。学院の生徒達だ。


 体格が桁外れに大きく、ぼさぼさの長い髪をした仮面の男がいた。そいつに先導されて、寄宿舎側から連行されている。他にも仮面の男達が大勢いる。


 白い坊主。ローティの姿があった。額から血を流している。両脇から、オジョウサマのお嬢ちゃんと、桃色髪のお嬢ちゃんが支えている。何があった? あいつら、子供に暴力を振るったのかよ。


 俺は学生達の数を、きっちり数えた。名前はよく覚えちゃいないのも、覚えているのもいる。ハリス、ハリエット、オーレリア、三人ともいた。新聞記者(ブンヤ)の嬢ちゃんもいる。ちいせぇ嬢ちゃんと、でけぇガキもいる。


 それから、キャサリン。炊事係で、寄宿舎の寮長も兼任している。当然と言えば当然だ。……ああ、俺の馬鹿。先ず最初に、あの人だけでも救ってやるべきじゃなかったのか。


 列が最後まで過ぎた。多分、間違いない。126名。全学院生徒の約半数。寄宿舎で寝泊まりしている学生の数は、全部で126名だ。ちゃんと覚えている。


 122名。


 今、列にいた人数だ。


 マナ様、マギ様はいない。おそらくアルフォンス先生が連れて逃げるのに成功した。だとすれば、124名のはずだ。


 命の数が、二つ足りねぇ。


 ヴァン、それにミコト。……あいつらがいねぇ。


 まさか、ヴァンのことだ。逆らって、殺されたんじゃねぇだろうな。いや、だとしても、ミコトまでいない理由にはならねぇ。


 さてはあの二人、どこかへ無断外出してやがったな。


 待て、アルフォンス先生が一緒に連れて行った可能性もあるか? いいや、その可能性は皆無だ。この混乱の中、あの二人だけを連れて行く余裕も、理由もないはずだ。


 ならどうする? あいつが自由に動いてるって事は、時間がくれば敵にもばれる。絶対に生徒名簿と照らし合わせるはずだ。書類を処分する?


 いや。職員室まで行って、それを処分するなんてことは無理だ。位置が校舎の真反対にあるし、各学級毎の出席簿まで含めると、かなりの量になる。処分する時間も方法も効果的なものがねぇ。


 そもそも、苦労の割に、得られるものが少なすぎる。


 ヴァンなら、どれだけ苦しい時でも、耐えて必ず反撃の目を探す筈だ。皇國将棋(ピスコレ)の指し方は人間性が出る。嘘はつけねぇ。


 ハリスもそうだ。あいつも今まで最後の最後まで勝負を諦めた事はねぇ。詰みが確定していると自分では分かっていても、相手が打ち間違える可能性を、最後まで捨てずに、平静な顔を繕えるガキだ。


 ああ、いやだ。……あいつら、絶対にじっとしてねぇ。


 確か、林間学校でも魔物のイノシシを狩ったとか何とか、怖いもの知らずかよ。


 だが、そうだよな。……ガキ共が何かしようってんだ。止めても止まらねぇ。今までもそうだったし、今回も絶対にそうだ。


 なら、あいつらが動きそうなこと、考えそうなことを先読み、先回りしてやるのが、皇國将棋(ピスコレ)の師匠として、やるべき事なんじゃねぇか?


 俺は、ありとあらゆるパターンを考えた。それは皇國将棋(ピスコレ)に例えるなら、こちらの駒を一つも失わないで、相手の駒だけを全て打ち取る方法。それ以外に許されねぇ。捨て駒は絶対に使えねぇ勝ち方、無理に等しい方法だ。


 つまり、盤面に縛られちゃダメだ。もっと視野を広くしろ。駒は何も学院の中だけじゃねぇ。持ち駒ってもんがある。そうだ。アルフォンス先生が救援要請をする。必ず救援部隊が派遣されるはずだ。


 問題は時間だ。


 それまでに、どれだけ暴力を振るわれるか、誰が見せしめに殺されるか、分かったもんじゃねぇ。


 キャサリン。


 畜生め。貴族階級じゃねぇ俺やキャサリンは、生徒達と違って、人質としての価値はねぇ。それはダメだ。ゴーンズ・ウィリス、ここで惚れた女の為に、何もできねぇようじゃ、てめぇ男失格だぞ。


 待て待て、熱くなるな。俺がガキ共に教えて来た事だろ。


 常に冷静さを失うな。


 現状、俺は見付かってねぇ。場所は技術工作室。だが、この場所には敵にとっても有用な品が多い。


 木槌、鉄槌、鉄梃(かなてこ)、手斧、鉈、鋸、鎖、縄、石灰、油、樹脂、加熱棒(ヒートシュトック)、風圧筒(ルフトブロワー)等々。


 見ようによっては、ちょっとした武器庫だ。しかし、そんなものは無意味だ。連中は既に武器を持って侵入しているだろうし、これを学生達に使わせるのも危険だ。


 だが、今ここで一番の価値があって、敵の手に渡したくない品。


 結界杭(バリア・ステイク)。


 工事や、作業区画の安全を維持する為、障壁として使える品。これが敵の手に渡っちまえば、学院のあちこちで通行が簡単に制限されちまう。


 救援部隊が内部に突入して来た時、あちこちが封鎖されていたんじゃ、作戦の邪魔になる。逆にこっちが持ってりゃ、いざって時に使えるかも知れねぇ。


 その数、36本。


 俺一人でも運搬できる数だ。


 それに、この場所で隠れ続けるのも限界がある。今は夜だからいいが、昼になれば簡単に違和感に気付かれちまうだろう。あれを持って移動するのが、次の一手だ。


 半刻ばかりが過ぎたか、俺は静かになった頃を見計らって、こっそりと麻袋から這い出た。そのまま、袋を手に戸棚へ向かい、二番目の引き出しを開く。


 俺は中にある結界杭(バリア・ステイク)を残らず掻き集め、先端で布を破かないように気を付けて、麻袋へ全部ブチ込む。


 開け放しの扉から慎重に顔を出し、周囲を確かめる。遥か向こうに人の姿が見えるが、窓の外を警戒しているのか、こちらに背を向けている。


 大丈夫、気付かれねぇ。俺は最短距離で、隣の運動実技室に入る。この部屋は反対側にも扉があって、そのまま通り抜けられる。


 ……おっと、裏庭を見張っている男がいる。


 こちらに背を向けているが、すぐ目の前じゃねぇか。距離が近過ぎる。


 俺は扉の裏側で、慎重にじっと待ち続けた。


『裏庭、異常は無いか?』

 

「へい、異常なし」


 連中のやり取りが聞こえた。やつらは伝声術(シュティンメ)を使ってねぇ。何かしらの魔道具(マジックアイテム)か、魔導具(マギテクアイテム)を使っている。


『そろそろ交代だ』


「うぃっス」


 こいつ、交代が来る前に移動しやがった。馬鹿か。


 だがこれは絶好の機会(チャンス)だ。


 俺は、男が廊下の角を曲がった瞬間に飛び出た。地下室への階段を降りる。扉の前で立ち止まる。中に人が居る気配は無い。明かりも点いてない。誰もいない。


 いた。


「みー」


 黒い仔猫。ルナだ。


 そういや、ここはこいつの寝床だった。


「おまえか、ビビらすんじゃねぇよ」


 俺は子供達が秘密基地と呼んでいる場所へ入る。あそこなら誰かが地下室へ降りて来ても、それに気付くだけの時間的余裕がある。


 先ずは結界杭(バリア・ステイク)だ。これを月姉妹(シュヴェスタ・ムーン)のワイン用木箱に入れておく。こいつはしばらく、月の女神(ルナエ)様に預かって頂こうじゃねぇか。


 俺は次に、貨物用の木箱を開いた。大人が一人隠れるには十分だ。中には、ガキ共が集めた宝物(ガラクタ)が詰まっている。俺はそいつらを幾つか取り出した。


 凹んだ古い騎士兜。

 針の止まった大時計。

 刃の折れた儀礼用大剣。

 傾いた天球儀。

 帆柱の折れた大型帆船模型。


 いつか修理する予定で、とりあえず詰め込んだって感じの品々だ。俺はこれらを壁際に並べて箱の中にスペースを作ると、代わりに中へと入る。


 暗闇の中で、この作業をするのは骨が折れた。しかし、住み慣れた場所だ。問題はねぇ。そうして、俺は箱の中で少し眠りに落ちた。


  *


 扉の開く音がした。俺は目を覚ました。


 今は何時だ? いや、それは問題じゃねぇ。息を殺せ。静かにしろ。俺。


「……ったく、ガキ共はどこへ隠れてやがる」


「おーい、隠れてないで出て来い!」


 男が二人、地下室の扉を開けて入って来た。一人は大倉庫へ向かったようだ。もう一人がこっちにやって来る。


 部屋の灯が点いた。壁に掛けた永遠の灯(ネウガシーム)の蓋が開かれた。俺の隠れる貨物用木箱の隙間から、光が漏れ込んで来る。


 俺はじっと動かない。男がやって来た。木箱の蓋を開く。


 大丈夫だ。俺は木箱の底板を押し上げて、その下に隠れている。上から覗いたぐらいでは見つからない。単に、不用品が詰まっているだけの木箱にしか見えないだろう。


「なんだ、ガラクタか」


「おい、そっちは何かあったか?」


 俺は、すぐそこの箱に放り込んだ結界杭(バリア・ステイク)が見付からないかと心配だった。あれが魔法の品だと知ってなきゃ、ただの鉄杭にしか見えねぇはずだから、多分あの品の価値には気付かないとは思うが。


「何もない。お宝の一つでもあれば、くすねてやろうと思ったのに」


「じゃ、さっさと引き上げるぜ」


「待ってくれ、オレはもう少し探してみる」


「けっ、好きにしやがれ」


 男の一人は探索を終えて、地下室の階段を登って行く。


 一人残った男は、しばらく俺の頭の上でガラクタを漁っていたが、断念したらしく。今度は、棚を調べ始めた。


「なんだこれ?」


 野郎、皇國将棋(ピスコレ)盤を見付けやがった。


「ちっ、ゴミか」


 しかも、無造作に放り投げやがった。こいつ。


 おまえは知らないかもしれないが、そいつは962年初版の限定品なんだ。今じゃ手に入らねぇ彫刻家(マエストロ)の品なんだぞ。


 しまった。


 俺は身じろいで、物音を立てたようだ。


 一手、間違えた。


「おい、誰だ!」


 やばい。


「そこに誰かいるのか?」


 男が何かを取り出した音が聞こえた。


「おい、いるなら返事しろ!」


 いきなり目の前、刃の先端が飛び出た。


 木箱の隙間から、短剣を突き込まれたようだ。


 マジやべぇぞ、クソ。

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