↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
緋鋼皇国物語Ⅰ 第一期 第一部 七聖学院編  作者: ふみの世界樹
第七章 襲撃事件

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

111/112

最終話 また、見つけてね

 七聖学院の講堂。


 そこは卒業式で先輩たちを見送り、入学式で後輩たちを出迎える。そんな、素敵な場所だったはずなのに。ここはもう既に。


 ──戦場だった。


 炎と矢が飛び交い、人々の怒鳴り声や、悲鳴が満ちている。窓硝子は割れ、床板は剥がれ、建物は崩れた。血を流して倒れる人、死んでしまった人もいる。


 私は不安で、怖くて、怖くて、泣き出しそうなのを我慢していた。エドワード様が来て下さったから、嬉しくて、ちょっと不安が消えた。


 でも、まだ安心できる状況じゃなかった。私は今、目の前にある命の灯火を繋ぐこと、そのこと以外に考える余裕はなかった。


「先生、今すぐに治しますから」


「それよりハリエット、みんな脱出はできたか?」

 

「こんな時に、自分の心配が先なのよぅ!」


 ジークハルト先生の深い傷に、包帯を宛がうオーレリア。


「あんた、無茶はここまでだ」


「肩をお貸し致します。先生も急いで脱出しましょう」


 ゴーンズさんと、キャサリンさんが二人で肩を貸して、ジークハルト先生が起き上がろうとした時だった。


 爆音が響いた。


 壇上の方だった。


 嫌な予感がした。


 とても嫌な予感がした。


 私が見た時、遠くてはっきりと声は聞こえなかったけれど。


 ヴァン君の背中、その向こう側で。



「また、見つけてね」



 ミコトちゃんが、寂しそうに笑っていた。


 ──え?


 次の瞬間、光がミコトちゃんを呑んだ。


 嫌だ。


 誰か、これは嘘なんだ。夢なんだと言って欲しかった。


 ヴァン君が、呆然としていた。どんな顔をしていたかは分からない。


 ただ糸が切れて、動かなくなってしまった繰り人形のように。とても静かだった。


 ハリスが何か叫んでいた。ヴァン君に駆け寄ろうとしていた。


「ヴァン! 無事かえ!」


 ヴァルク先生の声も聞こえた。他にも大勢、やって来たのが分かった。でも、私はヴァン君から目が離せないでいた。


 その黒い髪の毛が、おまえ和之国の人なんじゃないかと冗談で言われることもあった、あの髪の毛が、根元から灰色に、そして白色へと染まっていった。


 ミコトちゃんと二人、おそろいだった。お似合いの黒髪だったのに。まるで何かが抜けて、剥がれ落ちて、失われていくみたいに、色がなくなった。


 ヴァン君は、小さな刃を一つ握り締めて、ただ真っ直ぐに向かって行った。あれは無謀だと思った。あの嫌な音が鳴って、光が来た。


 今度は、ヴァン君まで光に呑まれる。そう思った時。


 一本の剣が、その間に投げ込まれた。


「ヴァン!」


 走り込んで行ったヴァルク先生だった。その剣は、ヴァン君の代わりに、塵になって崩れた。


 ヴァン君は、その塵がまだ地面に落ちるよりも先に、そんなもの気にしないみたいに真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに突き進んでいた。


 ────殺した。


 私は息を呑んだ。


 何か、言葉を。


 なんて、言えばいいの。


「うわぁぁぁぁぁぁぁっ‼」


 ヴァン君が叫んでいた。胸に短剣を突き立てられた男は、仰向けに倒れていた。その上に跨って、何度も何度も殴りつけていた。


「ヴァン! もうえい。そいつはもう死んぢょる!」


 ヴァルク先生が、後ろからヴァン君を抱き留めた。


 気が付けば、外の魔物は倒れていて、襲撃犯の人達は、みんな死ぬか捕まるかしていて。生徒のみんなは避難していて。とても静かになっていた。


 ヴァン君が、ふらりと立ち上がった。


「ねえ、ミコトちゃんの姿が、どこにも見えないんだけど……」


 つばめ先生に、オーレリアが抱き着いた。


「……先生」


 その続きを、言わなかった。


 たぶん、言えなかった。


 ヴァン君が、冷たい石床に落ちた衣服の前に、膝をついた。


「……ミコト」


 あの時、みんなで花火を見た時の服だ。


 ヴァン君は、それを拾って、抱きしめた。


 遠くに、古き影(ダーゲデン)の森。


 さらに遠く、青灰色の石の背(ディネス)山脈の尾根。


 夜が抜け、水晶湖(クリスタル・レイク)の湖面に朝の光が差した。


 ヴァン君の泣き叫ぶ声は、そこにいる誰もが聞いた。


 ひどく壊れた七聖学院も、いつもと変わらない雄大な景色も。


 何も答えてはくれなかった。



  *  *  *


 七聖学院襲撃事件。


 緋鋼皇國暦1003年、覇竜12年、3月8日~3月10日。


 記録者、オーレリア・キルシュ。

 

 武装集団によって七聖学院が襲撃を受け、占拠された事件。主犯格は、マディアラス・ヴネオン。禁断の知識神(マドネ)の信者であり、後々の調査で黒壇の教団(エボニー・オーダー)の構成員であると判明する。


 犯人達は、学生と一部の教職員を人質として学院に立て籠もり、学院各所に爆弾も仕掛ける。彼等は皇國政府に対して身代金と、皇宝具《インペリアル・レガシー》を要求した。


 しかし、ヴェナリス皇帝は、要求を却下する。最終的に、内部の詳細情報を得た緋鋼皇國海兵隊(ブラック・ファング)による突入作戦によって、襲撃犯達は鎮圧され、主犯格以下、半数以上が死亡。人質は無事に解放された。


 事件後、学院は一時閉鎖となったが、建物の補修が終わった6月半ばには、再び授業が始まった。しかし、生徒の多くは既に七聖学院を離れ、皇立統合学術園(ティーア)の方へと移っていた。


 また、アンディアナ校長は全責任を負って辞職。ジークハルト先生は怪我で療養。その穴埋めとして、クィジル教頭が校長代理と生活指導担当を兼ねる事となった。


 この学院襲撃事件では、衛兵隊に二名の殉職者、多数の負傷者は出たが、誰一人として学院関係者に犠牲者はおらず、事件は無事に解決された。


 ──と、世間には発表されている。


 しかし、事件に無関係な行方不明者として、公的記録に残されている者が一名いた。


 ミコト・サトーだ。


 彼女には戸籍が無かった。出身国とされる和之国にも、サトーという家名はあるけれど、留学生を派遣したという事案に、該当する貴族家は発見されなかった。


 また、ミコト・サトーは、転入時の書類に幾つかの不備と、不審な点が発見された為、初めから学院に在籍しなかった者として処理されている。


 であるにも関わらず、彼女の存在を証言してくれる者は、学院関係者はもちろん、皇族関係者の中にもいる。しかし、ヴェナリス皇帝の出身校でもあり、皇族と九大貴族の子弟が学ぶ七聖学院で、たった一人でも生徒に死者が出たという不名誉は、絶対に許されないそうだ。


 だが、私は記録する。その場には、ミコト・サトーという名の、眼鏡の似合う、ちょっと気弱で、時に大胆で、あの時、あの場所で、みんなの恋心に語り掛けて、勇気をくれた女の子がいた事を、記録する。


 私達の大切な、ともだちだ。



 *  *  *



 あの日から、ヴァンはあまり誰とも話さなくなった。


 皇國将棋(ピスコレ)もしなくなった。


 食堂でも、講堂でも、庭でも、隣に空席があるみたいに振る舞った。


 ただ、ルナの世話だけに没頭した。


 誰の慰めも、届きはしなかった。


 だが、ある日を境にヴァンは変わった。


 勉学に励んだ。


 授業もサボらなくなった。


 エイデン神父に弟子入りして、更に自分を鍛えた。


 彼を前に進ませたのは、アルフォンスの言葉だった。


「ミコトさんに、また会える方法があります」


 理由はどうでも良かった。


「おれは絶対に、ミコトを見つける」


 ヴァンの長い旅が、今ここから始まった──。



 続く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。