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第8話:"救い"

その夜も、俺は森の外れへと向かった。

いつものように、彼女に会うためだ。


エリーゼは俺を見つけると駆け寄ってくる。

しかし、普段とは明らかに違う様子に、少し驚いた顔をした。


挿絵(By みてみん)


「由太さん…大丈夫ですか?」

「エリーゼ……」


エリーゼは何も言わずに俺の手を握る。

温かくて柔らかい、ヌルヌルした優しい手だった。


俺は木の根元に座り込んで、小袋をエリーゼに見せた。


「給料が出たんだ」

「よかったですね」

「一万ポニカ…」

「……それは」


エリーゼの表情が固まった。

どうやら、この世界の住人から見ても少ないらしい。


これは給料じゃない。楔だ。

僅かでも対価を得れば、人はそこに希望を見出す。

こうして、自分を縛りつける口実を得るのだ。

契約はいずれ軛になり、やがては隷属へとなり果てる。


まだ、サラリーマンだった時のことを思い出す。

俺が世界を旅する前の話だ。


「俺は…君を買いに来るって言ったよな」

「…はい」

「3年、かかりそうだ」

「……はい」

「それまで、待っていてくれるか?」

「………」


エリーゼは何も言わなかった。

月明りに照らされた半透明な顔が、こちらを静かに覗いていた。


- ああ、なんて無様なんだろう


投げ出すように会社を辞めて、逃げ出すように海外を旅した。

世界中の風俗を回って、何かを成した気分になっていた。


凄いことをしたつもりになった。

自分は人と違うのだと思い込んだ。

何でもできる気になっていた。


けれど、目の前にあったのは、女の子一人すら励ませない現実。


「ごめん…」

「…謝らないでください」

「ごめん…エリーゼ」

「私は、大丈夫ですから」

「違う…そうじゃないんだ」

「え?」


エリーゼは戸惑った顔をした。

俺の言葉を理解できなかったからだ。


そう、俺はこの状況になってやっと気が付いた。

-俺はエリーゼを救いたかったんじゃない


俺はエリーゼを買って「君に価値がある」と伝えたかった。

それは"俺が救われたかっただけ"だったのだ。


哀れなスライム娘を金で買うことで、

俺は"英雄"になりたかった。

なんという倒錯。なんという自意識。


救世主妄想メサイアコンプレックス、目も当てられない救い難さ。 


死ぬくらいじゃ生ぬるい。

本当に、心の底から消えてしまいたかった。


しかし、エリーゼはそんな俺を抱きしめる。

自己嫌悪に陶酔する愚者を、現実に引き戻すように。


「大丈夫です。大丈夫ですから」


柔らかな手が頬を撫でる。


「私は、由太さんが毎日来てくれるだけでいいんです」


薄く透明な青色の瞳が見つめる。


「私は嫌われ者で、誰からも相手にされない存在で…。だから、会いに来てくれるだけで十分なんです」


輪郭の乏しい手の先。それが五指に分かれ、俺の涙を拭った。

涙と一緒に、遥か昔に染み付いた汚れまでも濯いでいくようだ。


「私にとって、由太さんは"救い"なんです」


-君を救いたかった

-君に救われたかった


"救い"とはドラマチックであるべきだと思い込んでいた。

いや、ドラマチックであってほしかっただけなのだろう。


けれど、本当はもっと退屈で、もっと輝かしい…

どこにでも転がっている、些細な日常なのかもしれない。


「由太さん。ありがとうございます。私を見つけてくれて」


エリーゼが泣きながら笑った。

それは俺が見たかったもの。

『エリーゼの心からの笑顔』だった。


- ああ、そうか


涙が滂沱のごとく流れ落ちる。


- 俺は…君を買う必要なんてなかったのか


俺は泣いた。エリーゼも泣いた。二人で泣いた。


夜の静かな森で、子供のような泣き声が響く。

一人の人間と一匹のスライムが、泣きながら抱き合っていた。


ーー


ひとしきり泣き晴らして、俺たちは顔を見合わせる。

少し照れたように、二人で笑った。


俺はベトベトになった目元を袖で拭った。

その時、俺は"あること"に気が付いたのだった。


「そうか……」

「由太さん?」

「買うんじゃない」


俺は立ち上がった。

エリーゼが不安そうに見上げる。


「君を買うんじゃない。君を売るんだ」


言ってから気付いた、最低の言い方である。


夜の森で、少女に向かって「君を売る」と宣言する中年男。

字面だけなら完全に悪役だが、断じて違うぞ。


「いや、人身売買的な意味じゃなくて」

「え、えっと……」

「君の価値を、この世界に売り込むって意味だ」


エリーゼはキョトンとしている。


「俺が君をプロデュースする」

「ぷろ……?」

「簡単に言うと、君を売れる女にする」

「……!」


エリーゼの顔が真っ赤になった。


「私、売れるようになるでしょうか?」


挿絵(By みてみん)


「君が持ってるものを、この世界にちゃんと分からせれば」

「私に……そんなもの、ありますか?」


その声は小さかった。俺は即答した。


「ある」

「……」

「まだ俺しか知らない、君が持つポテンシャルだ」

「それは……どういう?」


置いてけぼりのエリーゼに向かって、俺は手を差し出した。


「俺が君を見つけた。だから、君を見つけた俺の正しさを証明するんだ!」

「証明するのは、由太さんの正しさなんですね」


エリーゼは少し驚いた顔をして、それから小さく笑った。


「そうだ。俺は俺のためにそうする」


俺も笑って、それでも正直に言った。


「俺はもう、君を言い訳にしない」

「変なところで真面目ですね」


エリーゼは呆れたように笑って、俺の手を掴む。

不安定な形状だった彼女の手は、確かな輪郭を持ち始めていた。


「よろしくお願いします、由太さん」

「任せろ」


根拠はない。金もない。地位もない。信用もない。

あるのは、世界中の風俗を巡った無駄に偏った経験と、百円相当の給料と、目の前のスライム娘だけ。


だが、不思議と悪くない気がした。

いや、むしろ最高ではないか。


夜の森の外れで、天国に行き損ねた男と、自分を嫌いかけていたスライム娘が、手を取り合う。


- ここからだ…


誓うように俺は告げる。


「エリーゼ、ここから成り上がるぞ」

第8話を読んでいただき、ありがとうございます。

引き続き、応援よろしくお願いします。

リアクションあると俄然やる気でます 笑


2026年5月10日 堀辺由太

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