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第13話:君と始める経営譚

競合製品が市場に広まり、数日が経たった。

俺たちのローションのシェアは、一割にまで落ちていた。


店舗では親方の商品を買う。立ちんぼの娘たちは安い方を買う。

俺たちの商品を選んでくれるのは、質で買ってくれる一部の嬢だけだった。


「20本も残っちゃいましたね」


エリーゼが竹筒を数える。

つい数日前まで、足りない足りないと騒いでいた商品。

それらが今は、こんなにも余っている。


「由太さん」

「ん?」

「私の…せいですよね?」


その問いに、俺は顔を上げた。

エリーゼは俯いていた。


「私がもっと上手く作れたら……もっと安く、たくさん作れたら……」

「違う」


俺は即答した。


「それは違う」

「でも……」

「違う…俺のせいだ」


商売を舐めてた。

良いものを作れば売れると思ってた。

売れれば勝てると思ってた。


それは違った。当たり前の話だ。


商品。価格。流通。信用。権力。

商売には、商品以外の要素が多すぎる。


「ごめん、エリーゼ」

「どうして謝るんですか?」

「君を見つけたとか、売れる女にするとか、偉そうなこと言った」

「…」

「その結果、これだ」


俺は売れ残った竹筒を指差した。


「経営者ごっこをして、三日で潰された」


エリーゼは黙っていた。俺も黙った。

森の夜は静かだった。


少し前まで、ここには希望があった。

でも、今はもう…。


「由太さん」


エリーゼが立ち上がった。


「少し、見ていてください」

「ん?」


彼女の体が淡く揺れ、ぷるんと輪郭が震える。

いつもの変身だが、今までとは違う。前よりずっと滑らかに。


半透明の体が少しずつ人を象る。

腕、肩、髪、顔。

不安定さは薄れ、細部が研ぎ澄まされていく。


そして、そこに立っていたのは。


挿絵(By みてみん)


「……」


俺は言葉を失った。


人間ではないが、完成されていた。

どこか儚く、どこか柔らかい。

透明感という言葉が、本当に物理的な意味を持っているような姿だった。


エリーゼだった。誰かの偽物ではない。

エリーゼが、エリーゼのまま、美しくなっていた。


「少しは、上手くなりましたかね?」


彼女は照れたように笑った。


「……なんだよ」


俺の声は少し震えていた。


「できるじゃねえか」

「ふふ、頑張りましたから」


彼女は寝る間も惜しんでローションを作ってくれていた。

そんな状況でも、俺を信じて、変身の練習をしていたのだ。


事業は親方に潰された。

多分、ベルズにも笑われている。

それでも、エリーゼは成長していた。


「由太さん。私…もう売れなくて構いません」

「……」

「それより、もっと嬉しいことを見つけたので」

「それって?」

「私が作ったものを、誰かが喜んでくれることです」


俺は黙って聞いた。


「だから、またやりたいです」

「……」

「今度は、もっとちゃんと」

「……」

「私と由太さん、二人で」


その言葉は静かだが、確かな強さがあった。

"二人"という言葉が俺の心に突き刺さる。


- そうか、また俺は間違えたのか…


俺は、一人でやっている気になっていたのだ。


自分が、金脈を見つけたつもりになっていた。

自分が、成功させるのだと息巻いていた。

自分が、エリーゼを守るのだと思い上がっていた。


自分が、自分が、自分が、自分が、自分が、自分が…。


本当に、どうしようもない馬鹿野郎だ。

自尊心だけ一人前、救いようもない阿呆だ。


プライドでしか生きられない男が、惨めでもなんとかやってこれた。

無様で、情けなくて、悔しくて。それでもどうにかやってこれた。


このクソみたいな世界から、こんな俺を守ってくれていたのはーー


「私たち、底辺ですよね?」

「…そうだな」

「なら、底辺から始めませんか?」


その言葉を聞いて、俺は少し笑った。


「エリーゼ」

「はい」

「"底辺から始めるよう"ってのは、普通はいい誘い文句じゃないんだぜ」

「…そうですよね」

「だがまあ…」


俺は立ち上がり、売れ残った竹筒を拾う。


「俺たち二人には悪くない」


夜の森に、静かな時間が流れた。

俺は売れ残った竹筒を抱え、エリーゼは少しだけ人に近い姿で立っている。

この光景を美しいと言うには、やはり多少の勇気が必要だ。


けれど、美しいかどうかなど、どうでもいい。

俺にはエリーゼがいる。エリーゼには俺がいる。


「やりましょう、由太さん」

「ああ、エリーゼ」


こうして俺たちは、底辺から始めることになった。

天国に行き損ねた風俗レビュワーと、誰にも選ばれなかったスライム娘。


資金なし。信用なし。販路なし。

あるのは、売れ残りのローションと、少しだけ前を向いた二人分の心。


さあ、経営を始めよう。

世の中に舐められた者たちの、反撃の時間だ。


ーー


空を見上げれば、いつもの星が瞬いていた。

点と点を結べば、おっぱいの形に見える。

相変わらず品性の欠片もない星座だ。


挿絵(By みてみん)


「由太さん。いつも夜空を眺めてますよね」

「あの星の並びがさーー」

「ああ、スライム座ですね」

「え?」


俺は声を上げて笑った。

まさか、あれに名前がついていたとは。


ー そうか、スライム座か


もう一度、夜空を見上げだ。

漆黒の中、星たちは爛々と輝いている。


俺は心の底から思う。


「 なんて素敵な星座なんだ」

13話で1章の「下働き編」は完結です。

2章から本格的な経営が始まります。プロット的に50話くらいの想定です。

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― 新着の感想 ―
一気に読みました! 笑いあり、感動あり……めちゃくちゃ面白いです! 光あれば闇があるようにここから彼らがどうのし上がるのか、めちゃくちゃ楽しみです! これからも更新楽しみにしてます!
タイトルのインパクトから勢い重視のギャグ作品かと思いきや、堀辺由太のどこか情けなく、それでいて妙に行動力のある人間臭さが絶妙で、気づけば物語に引き込まれ異世界転生後も“英雄”ではなく、裏方の雑用や泥臭…
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