38話 もう死天使じゃない
観音開きの扉を開け外に出ると、出迎えたのは大勢の笑顔と歓声だった。
呆気に取られ立ちすくむ俺たち。人だかりの中にはビール腹のおじさんや、ここまで送ってくれたセルシオ運送のおじさんの姿もある。
皆一様に、笑顔だった。
「ウェスッ!」
人を掻き分けて進み出てきたのは、神父様とエッカさんだった。駆け寄るとエッカさんが俺を抱き寄せ、代わりばんこに今度は神父様が抱き締めてくれる。ちょっと力が篭って苦しかったけど、それだけ心配してくれたんだと分かって嬉しかった。
「無事に戻ってくるって、信じてたよ」
神父様は俺に向けてそう言ってから、後ろに立つエチェットたちに視線を向け深く頭を下げた。
「この町を、大切な家族を救って頂き、本当にありがとうございます。何とお礼申し上げていいやら……」
慌ててエッカさんも倣ってお辞儀をする。そんな二人を前に、カルムは涼やかな顔で答えた。
「俺たちは、ただのしがない冒険者に過ぎない。ウェスティンがいなかったら、そもそもこの町を救うという選択肢すら持たなかっただろう。持ち上げるべきはこいつだ」
背中を押され、前に立たされる。
カルムはそう言って俺を立ててくれるけど、ワタワタしている内にいつの間にか仲間が集まっていた感じだから、実感なんて微塵もない。
「……そうか。ありがとう、ウェスティン」
神父様が屈んで、頭を撫でてくれる。
「流石はしん――……、いや。この町の、勇者様だ」
神父様は首を振ってからそう言った。
勇者の称号は本来、神託者という言葉が出来る以前に活躍した転生者――エリス様と、召喚師によって喚び出された人にしか与えられていない。知る限りでは、町人たちから勇者と呼ばれた人などこの世界には存在しなかったはずだ。
なぜ神父様は、俺を「神託者」ではなく「勇者」と呼んだのだろう。
「俺が……勇者?」
「ああ。『勇ましき者』、誰よりも強い人に贈られる称号だよ」
「俺、強くなんてないです。仲間の方がよっぽど……」
「なにも力に限ったことでは無いんだ。決して希望を捨てず、優しさを持ち、逆境を乗り越える。そういう心の強さがあってこそ、初めて人は誰かを守るために戦えるんじゃないかな?」
神父様の言葉に、エッカさんも微笑みを浮かべた。
「こういう時ぐらい、ありがたく頂戴しとけ。プレナントの幼き勇者さんよ」
周りにいた町人たちが顔を見合わせる。その時、人混みの中からひときわ大きな声が聞こえてきた。
「勇者ウェスティンばんざいっ!」
一体誰だと思ったら、セルシオ運送のおじさんだった。俺に向けて悪戯っ子のような笑みを浮かべている。
それを皮切りに、次々と声が上がり始めた。
「そうだ! この町から勇者が誕生したぞ!」
「勇者一行を今すぐおもてなししようっ!」
「広場に人を集めろ、会場を作るぞ!」
口々に言うと、大勢の人混みはわらわらと散って会場の設営の準備を始めてしまった。
中には「酒だー!」と叫んでいる者もいて、多分みんなお祭りのテンションで口にしただけなんだろうとは思う。けど……何だかソワソワとして落ち着かない。そんな大層な呼ばれ方をして良いのだろうか?
下を向き、抱えた箱をギュッと抱き締める。
中でぶつかる音がして、それに気付いた神父様が首を傾げた。
「ウェスティン、その箱は?」
顔を上げた俺は、手に持った箱をそっと神父様に差し出した。
「……クルスです。『おかえり』って、抱き締めてあげて下さい」
神父様は震える手で箱を受け取った。
あの時の姿を思い出しているのだろう。表情は暗く、ためらいがちに箱の蓋を開ける。
そこで、驚きに目を見張った。
「…………あ、あぁ…………!」
真っ青な瞳から、次から次へと涙が零れ出す。
「どこに行ってたんだ。皆、お前のことを……ずっと、ずっと……!」
応えるように、箱の中から微かな音が鳴った。零れる涙は、乾いた真っ白な欠片に降り注いではにじんでいく。
箱の中に収まった骨は、俺たちのものと何ら変わらない。変わってしまった姿ではない、人間としての彼が、確かにそこにいた。
エッカさんも神父様から箱を受け取り、また同じように抱き締める。
箱の中を愛おしそうに見つめ、彼女はぽつりぽつりと語り出した。
「半年前、町にクルスが現れて騒ぎになった時にな。ギルドから討伐依頼を出すよう、強く言われたんだ。でも、どうしても出来なかった。クルスは人間だ、あたしたちの家族だ。町を脅かすモンスターとして討伐依頼を出すなんて、とても出来ない。その甘さで家族を二人も喪ってしまったけど……決断は出来なかった」
後悔が混じった声音に、エッカさんがどれだけ苦しんでいたのかが表れていた。
「『殺す覚悟』なんて言ったけどさ。そんなもの、あたしが一番持てていなかったんだよ」
顔を上げた彼女は、泣きそうな顔で笑っていた。
きっとクルスがいなくなった日から、繰り返し自問自答していたのだろう。
「ありがとう、クルスを救ってくれて。……うちに、来てくれて」
歯を食いしばり、零れ出そうになるものを堪える。
救ったのはエッカさんたちの方だ。怖がることもなく受け入れてくれて、俺のせいにしないでくれて。
それがどれだけ救いだったのか、きっと二人は分かっていない。
「お前は、家族の誇りだ。ウェス」
堪えきれずに零れた雫が、目尻から伝う。
一度決壊してしまえば、もう止めることは出来なかった。顔はぐしゃぐしゃに濡れ、開いた唇は震えて、上手く言葉が出てこない。
エッカさんはそんな俺の頭をぐりぐりと撫でてから、親指と人差し指で額をピンと弾いてきた。
「いっ!?」
「お前はもう死天使じゃない。メソメソすんな、泣き虫勇者」
広場側から呼ぶ声が聞こえ、エッカさんは俺の背を強く押した。
振り返ると、エッカさんや神父様、エチェットやカルムたちが笑っている。
「呼ばれてますよ、ウェス様っ!」
「勇者らしく、大手を振って歩け。ウェスティン」
「お、お前らだって後で壇上にのぼらされるんだからなっ!」
涙でぐちゃぐちゃになった顔を拭いながら言うと、後ろからくすくすと笑い声が聞こえてきた。
くそう、後で覚えてろよ。
鼻を啜りながら、呼ばれた方へ向けて駆け出す。
勇者と呼ばれ、からかわれている節もなきにしもあらずだが、しかし気分は悪くなかった。
――もう『死天使』じゃない。『勇者』だ。
その言葉を、もしかしたら一番欲していたのかもしれない。
人を不幸にし、殺す存在から、人を助けられる存在へと変わりたかった。
親父がウイルスをばら撒いた『元凶』だと報道された日。
容疑者家族として敵視された俺と母さんは、故郷を追われ、遠くへ逃げることを余儀なくされた。偽名を使い、いつもビクビクしながら日々を生きていた。
ゾンビだけでなく人々の目からも逃げる生活は予想以上に苦しく、俺と母さんの神経を疲弊させていた。
今思えば、必死に生き抜いたところで先すら無かったように思う。親父のように諦めてとっととゾンビになってしまえば、逆に楽だったかもしれない。
前世でも、今世でも。人に敵視されるのに慣れ、それが自分なのだと半ば諦めていた。
けど、そんな俺にも人を救う事が出来た。
己だけの力では決してないけど、きっときっかけを作れたのは自分だ。
……今だけは、誇っておこう。
「お待たせしましたっ!」
広場から聞こえた呼び声の方に駆けていくと、おじさんおばさんにドッと囲まれた。
「おい勇者、酒飲め、酒! 美味いぞーっ!」
「いや、未成年だし幼児なので飲めません……」
「プレナントの新しい名物として、勇者まんじゅうを作ろうと思うんだが!」
「え、えっと?」
「肖像画を描くからポーズ取ってくれ!」
……お前ら、絶対面白がってるだろ。
揉みくちゃにされながらそう思っていると、遠くからまた呼ぶ声が聞こえてきた。
「ウェースティーンッ!!」
フィリカとフェリアだ。元気にこちらに向け、手を振っている。
二人の間にいたユエリスが両手を広げてこちらに突っ込んできた。抱き留めようとしゃがんだ瞬間、額が俺のものとぶつかる。
「いでっ!」
勢いでよろけ、その場に尻もちをついた。
その上から抱き付き、ユエリスは胸に顔を埋めてくる。
「……おにぃ、ちゃ……」
また兄がいなくなってしまったらと思い、怖かったんだろう。俺はユエリスの頭を優しく撫でながら、ポーチに手を伸ばした。
「ユエリス、これ。お兄ちゃんからのプレゼントだよ」
取り出した木の実の枝を、小さな手にそっと握らせる。
「大事に……、してあげてくれ」
ユエリスはしばらくその枝を見つめていたが、ふいに顔を上げると笑顔を浮かべた。
「うんっ! ありがと、うぇしゅおにーちゃん!」
「……うん」
枝を握る手に、そっと自身の手を重ねる。
彼女にも分かる時が来るのだろうか。俺が本当の兄ではないこと、最愛の兄がもうこの世にいないことを。
いつか来るその時まで。
せめてこの温かな手を、離すことのないように。
握っていよう。
ずっと、この笑顔が見られるように。
――――俺はもう、死天使じゃないのだから。




