37話 夜空へ昇る
肩で息をしながら皆の方を見ると、息も乱れておらず慣れた様子で立っていた。体力をつけてきた自信があったけど、現役冒険者のタフさには敵わないようだ。
苦笑いしながら立ち上がろうとした時、急に手が差し伸べられる。見上げると、そこに立っていたのはカルムだった。
「大丈夫か、ウェスティン?」
「ああ、ありがと」
手を握って助け起こして貰う。今更ながら、足が震えていた。
前世で散々戦ったというのに、その経験がもたらしてくれたのはトラウマぐらいのようだ。こんな調子で今後、ククリア神との約束どおり世界ごと救えるのだろうか?
そんなことを思っていると、彼が耳元で何かを囁いた。
「あの力は何だ?」
「えっ?」
あの力……何のことだ?
首を傾げる俺を見て、彼は訝しげに眉を潜めた。
「アンデッドに襲われかけた時に使った力だ。覚えていないのか?」
「えっと……いつの間にか召喚師が床に倒れてたのは、覚えてるけど」
記憶を引っ張り出そうとするが、途中から薄ぼんやりとしていて思い出せない。たった数十分前のことなのに、恐怖で記憶が飛んでしまったのだろうか。
「まさかあれ、俺がやったの?」
「あ、ああ」
問い掛けに対し、何故かカルムは困惑が混じった顔で頷いた。
含みがある反応だったが、それよりも無意識下とはいえ自分の能力がちゃんと発動したのが嬉しくて、それどころではなかった。
――なんだ。記憶取り戻すのが早くても、ちゃんと目覚めるんじゃないか。
思い悩んでいた俺が馬鹿みたいだ。良かった、これで能力面ではちゃんと神託者の仲間入りができる。
「やったーっ! ついに神様から与えられた力が覚醒した!」
諸手を挙げて喜ぶ俺だったが、その傍らでカルムは浮かない顔をしている。
「あれは神から与えられたものなのか……?」
「え、なにか言ったか?」
呟きがあまりに小さかったので聞き返すと、彼は渋い顔になり首を緩やかに振った。
「いや、何でもない。忘れてくれ」
「……? うん」
何か言いたげだけど、本人がそう言うなら深く追求しない方が良いだろう。
それよりも、やっと神託者として力が使えるようになったんだ。これからどんどん強くなれるに違いない。ゆくゆくはククリア神が言っていた通り、ゾンビを確実に倒せる力とやらを使いこなし、みんな大喜びの大活躍が出来るはずだ。
「エチェット!」
彼女ならきっと喜んでくれるだろうと思い振り返ると、そこに姿はなかった。視線を巡らせると、クルスの亡骸の前で座っている姿が目に留まる。
「……ククリア様。どうかこの幼き魂の穢れを払い、お導き下さい」
口にした言葉が心からのものだという事は、熱心に祈る姿から窺えた。
耳に掛けていた毛束が流れても気にも留めずに、彼女は目をつむり、じっと頭を垂れている。それを見ていると、舞い上がっていた自分が急に恥ずかしく思えてきた。
彼女に倣って召喚師の遺体の傍へ座り、そっと祈りを捧げる。
やはり姿は、俺のよく知るゾンビのものだ。さんざん見てきたし、嫌になるぐらい戦ってきた。
前までは、敵としか認識していなかった相手だ。
今さら心が動くはずはないのに、どうしてかボロボロのローブを見ると、鏡の中で起こっていた出来事を思い出してしまう。
横たわる亡骸は叫びの表情のままで、目にした人々がおそれ慄く様は容易に想像できた。
それはクルスも一緒だろう。俺を見て真っ先に駆け寄ってくるユエリスが、彼を怖がり泣いたのだ。きっと頭では分かっていても、誰も受け入れられない。
目の前にある遺体が、本当に彼だなんて。誰も。
「……俺たちで、火葬してあげよう」
口から出た言葉に、四人は驚きの表情でこちらを見た。けれど誰より一番驚いていたのは自分自身だった。今まで憐れに感じることはあっても、花を添えたり、ましてや火葬してあげようだなんて思いもしなかったからだ。
でも今は、彼らが人として弔われ、涙して貰えるように。願いを込めて送ってやりたかった。
俺の顔を見返していたエチェットとカルムが、ふっと口元をほころばせる。
「ああ、そうだな」
「はい。町の人に、温かく送って貰えるように。そうしてあげましょう」
彼らのため。その言葉で、今まで自分がしてきたことを思い出す。
死者に対して何かをしてあげた記憶はほとんど無い。手を合わせた回数も、たぶん両手で数えられる程度だ。唯一の肉親である母さんの遺体さえ、置き去りにしてしまった。
……あの時俺は、ちゃんと感謝を伝えられたんだっけ?
朧げな記憶を掘り起こしていると、ふいにデュランが不安そうな声を上げた。
「えと、触れても大丈夫なんスか?」
「あ、ああ。脳が壊れていれば、触っても大丈夫」
慌てて答えると、彼は安心した表情になった。
「そうっスか。良かった」
「あっちに庭がある、そこまで運ぼう」
カルムは庭に繋がる扉を示し、クルスの亡骸を担ぎ上げる。その瞬間、またデュランが不安そうな顔になった。
本当に友人想いなオークだ。カルムが借金の事をとやかく言いつつも彼を捨て置けないのは、こういう優しさを知っているからだろう。
「デュラン、何をボーッとしてる。早く運べ」
…………そのはずだ。
召喚師はデュランが運ぶことになり、俺たちは人のいない庭へと向かった。
庭に出てみるとすぐに、木の柵が一部壊されているのが目に入ってきた。辺りの草花は踏み荒らされていて、柵の傍にあった、双子が世話をしていた花壇の花はぺしゃんこになっていた。
そこから少し離れた土の地面はわずかに削れ、先に見える教会のステンドグラスが大破している。柵を壊して侵入し、花壇を踏み、土が削れた辺りで跳躍してステンドグラスに突っ込んだんだろう。幸いにも人の集まっていない場所で良かった。
近くに木や草が生えていない、剥き出しの地面に遺体を横たえる。
「頼んだぞ、リリエル」
「……分かった」
リリエルは静かに頷き、無骨な杖を構えた。
「我が傍に御座す火の神よ。天に昇る蒼の焔で、彼の弱き魂を護り、導きたまえ――葬送」
杖の先が夜の明かりのごとく灯り、綺麗な蒼い炎が二人の亡骸を包み込む。
てっきり普通に炎の魔法で燃やすのだとばかり思っていたので、彼女が口にした魔法に驚いた。それに気付いたリリエルが、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「故人を弔う際に使われる、古くからある魔法なの。今は土葬が主流だけど、昔はこうして神の元へ昇っていけるよう、送ってたんだって」
「そっか。……これで二人とも、迷いなく昇っていけるな」
見上げると、そこには頭上を覆う夜空が果てなく広がっている。まるでククリアがいた場所みたいだ。
立ち上る煙は風にゆらゆらと揺れながら、散らばる白い星々に吸い込まれては消えていく。
俺たちは空を仰ぎ見ながら、しばらくの間、それをじっと見守っていた。
やがて煙が収まる頃には、二人の亡骸は骨になっていた。
人の骨だ。モンスターではなく、正真正銘の人間の骨。ようやく彼らは、元の人間に戻れたのだ。
人間として多くの人々に悲しまれ、葬って貰えるのだ。
庭にあった小さな木の箱に、骨をそっと入れる。
クルスの箱は俺が、召喚師の箱はエチェットが持つことになった。
「さあ、皆のところに帰ろう」
抱えた箱に呼び掛ける。
身をひるがえした時、囁きほどの小さな声が耳をかすめた。
『――うんっ』
弾んだ幼い声。
待ち侘びた場所に行ける嬉しさが、隠せないのだろう。
くすりと笑って、俺は皆の待つ玄関口へと足を踏み出した。




