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少年、罪過を喰む  作者: 藤崎湊
FILE1死を視る青年
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失墜




 翌朝、蒼斗は妙な胸騒ぎがして、目を覚ました。


 汗をびっしょりとかき、鼓動は運動もしていないのに忙しなく、小刻みだ。

 もっとも、蒼斗を不安にさせたのは――彼がみた祥吾の夢だった。


「何だったんだ今の夢は……っ」


 薄暗く視界が不明瞭だった。

 その中で、蒼斗はただ真っ直ぐある一点を見下ろしていた。荒い息遣いが頭の中で木霊し、口角は気味が悪いくらい持ち上がっている。

 見据える先には、恐怖と苦痛で悲鳴を上げ、必死に助けを求める祥吾。

 そして狂気に満ち時折怒声を上げながら注射器を片手に身体に突き刺す()()の声。


 木霊するその汚らしい笑い声が普段の義父からは想像できず、何故このような夢をみたのか自分でも理解できなかった。

 尋常ではないそれは、ただの夢とあしらうには無理難題だった。


「……?」


 蒼斗はそこで不穏な気配を感じた。

 こめかみをおさえる手を離し、職業柄の癖もあって身の回りを確認し、警戒する。カーテンの隙間から窓の外を伺えば、見覚えのある防具と武器を持つ人間たちがアパート全体を囲っていた。


 これは一体……? 何故()()()がこんなところに?

 事態は回るように一変した。

 複数の足音と防具がガチャガチャと鳴る音がこちらに近づいた。

 緊張が走った身体は逃走ルートを瞬時に探り、蹴破られたドアの先を見据えて驚いた。


「ここにいたか、桐島蒼斗」

「副島君……!」

「呑気に寝ていたのか。反逆者め」

「……何の話ですか」


 暗闇に慣れていない視界の中、うっすらと浮かび上がる副島の顔には侮蔑の色が見えた。


「今までもそうやって善人面をして機会を窺っていたのか?」

「話が見えません」

「シラを切る気か? お前の正体はとっくにバレているぞ」

「……僕、の正体だって?」

「王に最も仇なす死神」

「なっ、僕が死神……!?」

「お前を国家反逆罪で逮捕する」


 死神――特機隊入隊したての頃に教養項目としてその存在は聞いたことがあった。

 この世界には王と敵対する者がおり、即排除しなければオリエンスに災いをもたらす――簡潔に言えば、危険人物だということ。

 それが自分だなんて、藪から棒に言われても困る。

 何かの冗談かと思ったが、副島の表情からして嘘には到底見えない。そして、彼の考えていることが、滑稽なくらいに理解できた。


「……副島君、君は確かに僕よりも優秀で、素晴らしい才能を持っている。でも、君は僕のことをあまりにも嫌悪しすぎた」


 蒼斗は拾われ者という境遇の中、様々な人間の悪意をその身に受けてきた。だから、微々たるものも、少しは感じ取れるよう身体が沁みついていた。

 至るところから感じ取れる殺気――狙撃手だろうか。それにしては、あまりにも未熟すぎるのが手に取るようにわかる。


「君は僕が同行に応じようが応じまいが関係ない。どの道僕が逃走を図ったということを理由に殺そうと思っているんだろう?」


 流されやすい蒼斗も流石にそこまで馬鹿ではない。

 蒼斗の問いに、副島は答えずとも不敵な笑みを浮かべていた。

 覚えのない容疑をかけられ、おめおめと殺されるような真似は、絶対にしない。


 ――目が暗闇でも対応できるようになった。

 死神容疑をかけられ状況をいまいち理解しきれていないが、ひとまず蒼斗は置き去りになったままのマグカップを窓に向かって投げ、外で待機する狙撃手の注意を引く。

 案の定、現場慣れしていないのか宙に浮くマグカップに向かって弾道が集中する。陶器が砕けるその音を好機と読み、蒼斗は投げ捨ててあった上着をわし掴むと飛び出した。

 降り注ぐ銃弾の雨を紙一重で躱し、足場の限られた塀の上にギリギリ片足で着地――するはずだった。


「おわわ……っ!?」


 ふらつく身体はその場に留まることが叶わず、外の手入れが行き届いていない植え込みに嘆かわしくも落下。

 だが植え込みが幸運にも蒼斗の隠れ蓑となり、一瞬だけ彼らの目を誤魔化すことに成功した。


「蒼斗!」


 見慣れた通りを全速力で走り、吸い込む冷気に肺が悲鳴を上げそうなところで一台の車が目の前で急停車した。

 追っ手かと肝を冷やす蒼斗を驚かせたのは意外にも祥吾で、緊迫した表情のまま手招きすると車に乗せ、伏せているよう指示。


「祥吾、どうして……!」

「治安維持局内でお前が死神だという情報が流れた」

「死神……?」

「御影王に仇なす最大の敵。王を殺しその血筋を根絶やしにすることを定めとして生きる存在――そう、伝わっている」

「僕が、王の……?」

「それから、特機隊含めた全ての執行部隊にお前捕獲の命令が下された」

「もうそんな命令が……っ、まさか、祥吾も……?」

「命令に従っていたら、わざわざこんな早朝に碌な装備なしに車飛ばしてお前を探しに来るわけがないだろう」


 早鐘を打つ心臓がおさまらない。

 警戒網がまだ張られていないルートを探り、車を走らせる祥吾の厳しい横顔。時折エラーが表示されると「くそっ!」という言葉が漏れる。


「祥吾は、僕を信じてくれるのか?」

「当たり前だろう。何を根拠にお前を危険人物と断定するんだ」

「で、でも……」

「それに、身内を信じるのは家族として当たり前だろう」

「か、ぞく……」


 蒼斗にとってこの史上最悪の状況下に突き落とされても自分を信じてくれる人間がいるということが何よりも嬉しかった。

 特機隊に捕まれば、この国の象徴である断頭台が待っているのは間違いない。ひとまず落ち着くまで安全な場所に身を潜めておこう。

 その祥吾の提案を飲み、無難な山岳方面へと車を走らせていると、街との分岐点辺りで追いつかれてしまった。


「ここは俺が食い止める。お前は出来るだけ奥に逃げ込め」

「そんなことをしたら祥吾もただじゃ……!」

「俺のことは気にするな。今は自分の身の安全のことを考えろ。きっと近衛が今頃動いてくれているはずだ、それまでの辛抱だ」

「近衛さんが……っ」

「早く行け!」


 踏み込んでいたアクセルを外し、ブレーキを踏む。ハンドルを回し、山岳方面への出入り口を塞ぐように乱暴かつ正確に停車させる。

 吸い込まれるような暗闇が左側に続き、怖気づく蒼斗を早々に降りるよう怒鳴ると、ドアを開けて蹴落とす。まさか祥吾に蹴られると思わなかった蒼斗はそのまま転がり落ち、土埃に塗れる。


「ありがとう、祥吾……!」

「踏ん張れよ」

「……っ、祥吾!」


 ふと先ほど見た夢の悲鳴を思い出し、とっさに振り返って呼び止めた。


「き、気を付けて……!」


 言いたいことはあるはずなのに、時間もおしている中うまく言葉にすることができず、結局その言葉しか出なかった。

 祥吾は少し可笑しそうに声を漏らすと頷いた。

 背後からの無数の車のライトを頼りに、蒼斗は大きく一歩踏み出し、茂みの奥へと姿を消した。


「……さて」


 残された祥吾はこちらに銃を構える隊員らを一瞥。

 ゆっくりとドアを開け、何もしない意思表示としてその場で手を上げる。様子を伺うように辺りを見渡すと、そのままの態勢でゆっくりと車から降りる。ヘッドライトが眩しく、眉間に皺が寄る。


「桐島隊長、あなたのしたことは反逆者逃亡の幇助にあたります。言い逃れはできませんよ」

「別に言い逃れするつもりはない。俺は確かに蒼斗を逃がした。勿論王に牙を剥くつもりはない」


 祥吾は丸腰のまま、堂々とした立ち振る舞いで隊員一人一人を見る。


「アイツは誰よりも他人に認められ、必要とされることに貪欲で、努力を惜しまなかった。自分の身の上のこともあるだろうが、それでも真っ直ぐで、虫も殺せないくらい優しい奴だ。そんなアイツが、王の敵になると思うか? 俺はアイツが養子として引き取られた時からずっと見てきたからな。これはもう断言できる」


 空っぽで自分の存在が分からず、自暴自棄になり引きこもりがちだった蒼斗の為に、祥吾はいつだって前を歩き続けた。

 先を行く背中を見つめ、彼が自分の足でちゃんと立てるよう、常に道標としてあろうとしてきた。


「俺たちがすべきことは、一つの浮上した事実を鵜呑みにするのではなく、その信憑性を確かめることが先決じゃないのか? 初めから疑ってかかれば、見えるはずの真実が見えなくなることもあるだろう」


 揺るぎない瞳の威力に、誰もがこの場をどう処理すればいいのか途方に暮れた。相手は尊敬する祥吾。武器を向けるのも心苦しいことだろう。


「その必要はない」

「桐島さん!」


 人垣を抜け、やってきた桐島。いつになく険しい表情を浮かべる父を目の前にしても祥吾は顔を上げ、目をそらさなかった。

 そんな祥吾に対し、桐島はくしゃりと憐れむように眉を下げた。


「こんなことになったのは、アイツを養子にしてしまった私の責任だ」

「……どういうことだ?」

「この件に関し、王がお前を呼んでいる。特機隊の代表として特命があるとのことだ」

「王が? 何故?」

「それは移動の途中で話す。他の者は持ち場につけ。先決すべきは桐島蒼斗の確保。どんな手を使ってでも連れてこい」


 父の背を追いかけ、祥吾は早速説明を求めた。検索が開始されていく様子を横目に用意された車に乗り込み、桐島はようやく重い口を開いた。


「アイツについて、最近になって分かったことがある。それはとても重大で、このオリエンスの命運を左右するものだ」

「どういう、ことだよ?」

「アイツの左手の甲に逆さ十字と剣の痣が浮かんでいたとの報告を受けた。その痣の紋様は、我が王の宿敵の証」


 お前も聞いただろう、と桐島はそう告げた。


蒼馬(そうま)……オリエンスを、王を滅ぼすためにだけ生まれた最も悪しき死神を」


 絶句する祥吾をよそに、桐島はスーツのポケットに手を入れた。





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