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少年、罪過を喰む  作者: 藤崎湊
FILE3 死ノ一族
51/62

死を招く黒





 ◆




「……私の望みは世界の安寧と繁栄、人々の無益な血を流すことのない平穏な生活――お前のような外道なんぞに、叶えられるものではない」


 亥角の目を細め恭しく姿勢を低くしていた態度は一変し、人間味を感じさえない瞳が寸分の狂いもなく狙いを定めた。

 その瞳の奥に色はない。


 御影が彼の言葉を理解するのにそう時間はかからなかった。

 獣染みた漆黒の瞳が玉座から重い腰を上げかけた御影を見据えるや否や、御影の身体は宙に投げ出され、階下に落ちた。


「随分とふざけたことを言ってくれる。戯言はそこまでにして貰おう」

「っ、亥角……貴様――!」


 冷笑を浮かべ、好意的な態度からゆらりと敵意を剥きだしにした亥角。

 御影は打ち付けた身体の痛みに耐えながら、ゆるゆると階段を下りて来る姿を恨めしそうに睨み付けた。


「貴様……我を裏切るというのか!?」

「裏切る? はっ、冗談はそこまでにしてくれ。私はお前のためになど働いたことなど一度たりともない。全ては一族……自分のためにしたこと。お前は十二分に役に立った」


 頭を打って怯んだ御影の衣類を見ると、亥角は鬱陶しげに足で踏みにじり、言葉を吐き捨てるように発する。


「人々が血の滲む思いで労働する一方で、お前はただ息をしているだけで高級物を身にまとっている。――だがお前の身を守ってくれないものなど、この場ではただの無価値な布きれにしか過ぎない。哀れなものだ」

「亥角……貴様、何故!?」

「ふん、何故だと? それはお前がよく知っているはずだ。お前は蒼馬覚醒前の蒼斗を陥れ捕縛し、殺そうとしただろう」

「それがどうしたというのだ! 葛城の血を継ぐ者が周りにうろついてみろ、我の命は危うい。先手を打って始末しようが我の勝手だ!」


 御影の口走りは亥角の怒りを買った。

 次の瞬間には、長い足が御影の腹部を蹴り上げ、何度も撃ち込まれた。

 御影は葛城家を恐れるその慎重さゆえに玉座の間に衛兵も誰も寄せ付けない。


 故に、この場には彼と、この計画に手を貸していた亥角しかいない。

 いくら助けを求めようとも、滅多に届くことはない。



 ――踵を鳴らして近づく足音が木霊した。



「亥角さん!」


 大理石の床を駆け、ガラス張りの高い天井が伸びる玉座の間に辿り着いた蒼斗。そのあとに瀬戸らが続く。


「貴様は……っ、葛城……!」

「見なよ、工藤蒼斗。君のかつてのご主人様が無様な格好をしているよ」

「王……!」


 目を見張る御影を顎で指す瀬戸の視線を追い、蒼斗は前を見据えた。亥角の足元で床に這いつくばる彼のきらびやかな服はすっかり汚れきってしまっていた。


「あぁ……来てしまったんだね、蒼斗」


 亥角は愁いを帯びた瞳で蒼斗を見つめた。

 それから御影の頭に足を乗せ、口を開いた。


「はじめまして、かな? 私は亥角愁。こんな形で会うなんて、とても残念だよ」


 御影に手を貸して最期の審判計画を遂行することを目的としていたはずの亥角の行動。

 誰もが戸惑いを隠せなかった。


「あなたは御影側についたはずじゃ……?」

「私がこんな下衆と? よくそんな冗談が言えたものだ。コイツさえいなければ、世界は狂蟲に汚染され、十年経った今、APOCの捜査官たちが命を懸けて陽の当たらない裏の世界で異形を狩ることもなかった。私たちも、終わりのない悪夢を見続けることもなかった」

「私、たち……?」


 眉間にシワを刻み、肩を竦めてみせた。

 亥角は呻きを上げる御影を、汚いものを見るような蔑む目で見下した。

 その目は亜紀が時折見せる嫌悪の眼差しと同じ光を放っていた。


「終わりのない、悪夢?」



 ――では、亥角の真の目的とは?



「私がすることはただ一つ。全ての元凶であるコイツを滅ぼすこと。血筋一つ残さずにね。そしてこのオリエンスを抹消し、世界の再生を促す」

「滅びと再生……っ、そんなことをしたら、狂魔になって僕でもあなたを救えなくなってしまいます」


 確かに御影のしてきたことは極悪非道で、許されることではない。

 傘下にいた蒼斗ですら彼の行動に疑問を抱いていた。

 だが御影をオリエンスごと破壊することは間違っている。蒼斗は刺激しないよう説得を試みた。


 亥角は長い間オリエンスに出入りし、大量の狂蟲を体内に蓄積させている。

 故に少しでも浸蝕が悪化してしまえば狂魔に堕ちてしまう――蒼斗はそれを恐れたのだ。


「私が狂魔、ねぇ……それはないよ」


 亥角は顎に手を当てて嘲笑を浮かべた。


「なぁ蒼斗、私を視てごらん? 狂魔になっているかい?」

「……いえ、人間そのものです」


 両手を広げる亥角を視れば、祥吾同様体内には狂魔の気配どころか狂蟲すら巣食っていなかった。


 ――そう、()()()()も。


「そうだろう? 狂魔に成り得るわけがないんだよ、私も……お前も」

「……亥角、お前は一体何を何処まで知っているんだい?」


 窒息しそうな空間の中、千葉が辛うじて口を開いた。

 身体は突き刺すような殺気に自由を奪われていた。

 流石のAPOC幹部クラスも、狂魔や太一、辰宮に激怒した時の蒼斗よりも遥かに上回る威圧感に押され気味だった。


「そもそも、俺はずっと疑問に思っていた。十年以上もオリエンスで生き、これだけ気が弱くメンタル的に弱かった人間が、狂蟲に誘発されて狂暴化しないのは明らかにおかしい」

「僕のことどれだけダメ人間だと思っていたんですか」

「かなりだよ。――ただでさえ彼は劣等感の塊だ、きっかけになるものなんて星の数ほどある。にもかかわらず発動しないのは何故だ?」


 亥角は御影を一瞥して、簡単なことだと答えた。


「蒼斗には狂蟲なんて通用しない」

「身体が狂蟲を受け付けないというのか?」

「葛城家には初代から与えられた、御影を滅ぼす使命がある」

「それは蒼斗君が自分で思い出した」

「そうか、なら分かるだろう? 死の象徴である葛城家が、憎き宿敵が生み出した産物に浸蝕されるわけがないだろう」


 蒼斗は困惑した。

 亥角の話が本当ならば、蒼斗が狂蟲に浸蝕されないことの説明がつく。


 しかし、亥角に至ってはそうはいかなかった。

 亥角は確かに、自分が狂魔に堕ちることはないと断言していた。

 それはつまり――


「みんなは、御影の最期の審判計画について、どれくらい理解しているか?」

「……御影が自分たちに従う者とそうでない者を選定するために、手始めに四つの災いを起こさせる計画だと、亜紀を通じて把握している」

「そうだね、その通りだ。御影は死神の力を以て人々をふるいにかけ、真に従順な者を世界に残し、全てを支配する算段だった。その存在は知られていない」



 葛城家の人間はある特殊な力を持つ。


 蒼斗のように青い瞳を持ち、狂魔と普通の人間の境界を見定める力。


 灰白い瞳を持ち、全てを支配出来る力。


 血のような赤い瞳を持ち、戦いと破壊を起こさせる力――そして、



「私のように黒い瞳を持ち、触れたものを餓死させる力」



 それは一瞬のことだった。

 亥角は銃を抜いた瀬戸らを牽制。空いた手の革手袋を噛んで外しながら、ゆっくりとしゃがみ込む。


 胸中がざわついた。

 彼の手に触れられてしまったら――。

 助けを乞う御影の頭の上にあった足をどかす。


「待って!」


 蒼斗が一歩踏み出し止めようとするも虚しく、亥角はその大きな手でしっかりと掴み、獲物を逃がさないよう爪を立てた。

 一瞬の空白……動悸が激しくなった。


「うぎゃぁぁぁあああ!」


 養分をたくさん含んだ木が軋むような音を立て、御影の体はみるみる内にやせ細り始めた。

 手足が骨ばり、悲鳴も蚊の鳴くような声に下がり、救いの手を求めた。


 この光景を、嫌というほど目の当たりにしていた。


「助けてくれ! 私は……っ!」


 腸が煮えくり返りそうな程に憎い人間が、目の前で壮絶な死を迎えようとしている。

 いつかどう料理してやろうか常日頃計画に花を咲かせていた瀬戸らは、今の自分の心に感じるのが喜びではなく、恐怖だということに驚きを隠せなかった。


「さようなら、私たちの運命を狂わせた害獣」


 憎らしげに――だが、何処か恍惚とした表情を浮かべる亥角は、干からびた御影の頭を掴む手を乱暴に横に払う。

 弱々しい落下音と共に倒れた亡骸。


 蒼斗は歯が小刻みに鳴った。

 身体が震え、こみ上げる吐き気を押さえ切れず膝をつきその場で嘔吐する。

 胃酸で咳き込み荒い息を繰り返していると、双眸からは自然と大粒の涙が流れた。顔のラインに沿って伝う涙は絨毯を濡らした。


「しっかりしなよ、工藤蒼斗」


 同じ目の高さまで屈んだ瀬戸は、震えきった腕を強めに掴んで声をかけた。

 そこで蒼斗は気づく――瀬戸の手が微かに震えている。


「どうだい、これで私が狂蟲に侵されない理由が理解出来たかな?」


 革手袋を直し、微笑みかける。

 亥角の仮面のような作り笑顔は、先程の激昂とは別物だった。


「亥角……お前、まさか――」


 亥角は凛とした面持ちで、静かに口を開いた。


「私の名は葛城黒羽(くれは)。御影及びオリエンスに飢餓と死をもたらし、滅亡へと導く使命を持つ、葛城家三代目当主」





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