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少年、罪過を喰む  作者: 藤崎湊
FILE3 死ノ一族
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契約





「ハッ、このガキ……覚醒しやがった!」

「亜紀さん!」


 解放された亜紀の身体は氷のように冷え切っていた。

 絶対に離すものかと掻き抱き、込み上げる涙を、唇を噛むことで堪える。



「……ん?」



 亜紀の拘束を解くことはできた。

 しかし、無我夢中で飛び込んできた蒼斗は、ここからの()()()など知る由もない。


 ヒヤリ、と悪寒がした。

 下から聞こえてくる、ジャラジャラという金属がぶつかり合う音を合図に、蒼斗は全身が震えた。



「ぎゃああああああ何かきたあああああ!!?」



 勢い良く伸びてくる鎖を視界に捉え、ついに蒼斗は悲鳴を上げた。

 まるで生き物のようだ。蒼斗は亜紀の身体をしっかりと抱え直し、再び拘束しようと伸びる鎖を斬り砕いていく。


 されど、何度破壊しようが鎖の数は無限に存在し、勢いを増していくばかり。

 このままでは蒼斗の体力は無駄に削られ、共倒れになるのが目に見えている。



「ジリ貧かよ、情けねぇな」


 嘲笑が響いた。


「ちっとカッコいいこと吐いたと思えば、みっともねぇ声出してんじゃねぇよ」

「バチカル!」

「次の一振りでいい、もう一度あの鎖を一掃できるくらいの力を出せ」

「え?」


 有無を言わせないバチカルの命令。

 どういうことだと訊ねる前に、蒼斗は目の前の人の顔にも似た、鎖の集合体に奇声を上げた。



 ――ええい、どうとにでもなれ! 



 半ば自棄になり、真横に鎌を振り切る。

 青い閃光とともに、鎖は欠片に成り果てた。力の配分ができず、蒼斗はだらりと鎌を持つ腕を垂らし、脂汗を滲ませた。



「上出来だ」



 亜紀の身体から赤い光が膨らみ、バチカル本体が姿を見せた。十本の頭が何とも恐ろしい。

 その内の一本が、蒼斗の襟元を、猫の首の弛みのように摘まむ。

 何が起きているのか呆然とする蒼斗を他所に、バチカルは現界へと飛んだ。


 進んでいるのかは、やはり目では確認できない。

 けれど、背後から追ってくる鎖との距離が縮まらないことから、小さな希望を抱くことができた。



「……すご、い。これが、バチカルの力……っ」


 首だけ見上げ、改めて蒼斗は、バチカルのその力の強大さを知らしめられた。

 同時に、これだけの力を持つ悪魔が何故亜紀と契約をしたのか気になるところでもあった。


 バチカルも恐らく、亜紀の信念に惹かれたのだろうか。

 それは蒼斗の知るところではないが。



「抜けるぞ」


 アバドンの鎖の効果がなければ、空間を割ることなど造作もない。

 間髪入れず、パリンとガラスが割れるような音が耳に届く。

 付き纏う重々しい空気も、幻聴も、息苦しくもない。

 肺に飛び込んでくる冷たい酸素の感触に一瞬戸惑い、咳き込む。



「蒼斗君、亜紀!」



 重力で首が絞まる。

 襟元に指二本差し込みながら下を見下ろすと、千葉と瀬戸の姿を確認した。



「良かった……戻って、これた」



 地上に下ろされた蒼斗は、未だ眠ったままの亜紀の口元に手を運ぶ。

 呼気が指先にかかること、顔に血色が戻りつつある肌で生きていると実感。


 安堵と開放感のあまりに全身の力が抜け、その場にへたり込んだ。

 本当に、死ぬかと思った。



「……ありがとう、バチカル。アンタのお蔭で、僕たちは助かった」


 亜紀をそっと支えながら、頭を下げる蒼斗。

 ゆらゆらと十本の頭は動揺しているのか各々蠢き、その内の一本がそっぽを向く。


「悪魔に礼を言う死神なんざ、聞いたことねぇよ」

「僕はそういう死神なんです。アンタがいなかったら、亜紀さんも、僕も……地獄にいた。本当に、ありがとう」

「……オレは、皇なしに好き勝手に動けねぇ。だからオレは、自分自身のためにしただけにすぎない。お前はついでだ」

「それでもいい。アンタが助けてくれたことには、何一つ変わりないから」

「……もういい、オレは疲れた。お前の魔力をもらったとはいえ、正直限界だ」

「僕の魔力?」


 

 バチカルは諦めたように首を振り、姿が半透明になり始めた。


「前に皇が言っていただろう? 皇はオレとお前と二重契約を交わしている。つまり、間接的にオレとお前はパスで繋がっている。だから皇に代わってお前の魔力をもらったんだ」

「そんなことが……つまり、僕があなたを使役したってことですか?」

「その言葉は少々語弊があるが、まぁそういうことだ」


 アバドンの鎖に力を吸収されたことや、さらに現界に出るために力を絞ったこともあり、労力の消費が激しかった。

 流石の大悪魔も、もう現界に姿を保っていられるほどの力は残っていないようだ。


「皇は奈落にいたことで、肉体的にも精神的にも、オレ以上にダメージが大きい。生きて帰れたら、休ませろ、いいな?」



 それと――



「皇のことは任せたぞ、あお……二才」

「あ、青二才!?」


 半人前と大差ないだろう!と、反論するが虚しく終わり、バチカルは完全に消え、空気が米の粒ほど和らいだ気がする。


 ――兎にも角にも、亜紀が助かって、本当に良かった。




「うわあああああ!!」


 刹那、引き裂くような悲鳴が辺りに木霊した。


「ひっ!」


 蒼斗はつられて声が上がる。

 弾かれたように振り返れば、御影の身体がアバドンの鎖によって、何重にも拘束されているところだった。

 標的は亜紀の持つバチカルだったはずなのに、一体何故……?



「契約の代償だよ」

「代償?」



 蒼斗の疑問を見越してか、瞳に冷徹を宿した瀬戸が腕を組みながら、口を開いた。



「僕たち人間が、悪魔とか、この世に存在しないものを現界で操るには、契約にそれなり対価が必要となる」

「彼の場合、ちょっと違うみたいだけど」

「どういうことですか?」

「蒼斗君、鎖にあるあの印、見える?」


 訳が分からないと首を捻る蒼斗に対し、千葉がアバドンの鎖のある一点を見るよう指差した。

 ご丁寧に、蒼斗の目線に合わせて。

 目を凝らしてみると、鎖には御影家の紋章が浮かんでいる。


 対価を支払うことで、その悪魔の力を思うがままに使うことができる。

 その際、契約の証として、両者には契約関係にあるという印が刻まれる。今回のアバドンに当てはめると、御影が契約をしたことで、鎖に契約者の御影の家紋が浮かぶ。

 契約関係にある悪魔や精霊は、呪縛により主人に逆らうことはできない。もちろん、刃向うこともできない。


「けれど、現に御影は地獄に堕とされようとしている。その理由は至極簡単――()は、御影じゃない。あれは御影に似せた、偽者ってこと」


 契約者が不正な手続で契約をした場合、契約違反として独断で契約魔の方から契約者に罰を与えることができる。

 それが、今起きている状況ということだ。

 冬支度が終わったような姿になった御影の影武者は、アバドンの罰により地獄へと繋がれる準備が完了した。



「た、助けてくれ……助けてくれぇええええ!!」

「っ!」

「無駄だよ、工藤蒼斗。君なら分かっているはずだ、彼の末路を」


 命乞いをする影武者の悲鳴。悲痛な声に、咄嗟に助けようと前に踏み出そうとする蒼斗に、千葉は肩を叩き、首を横に振った。

 冷たく制した瀬戸は、ゴミを見るような目で先を見据えていた。

 瀬戸の言う通り、蒼斗には分かっていた。


 いや、ここにいる全員が悟っていることだろう――彼の姿は既に、狂魔と化していた。


 初めは、狂魔に変化する兆しは微塵も見受けられなかった。だがアバドンの力を使えば使うほど、彼の中の狂蟲が急激に浸蝕を開始した。


 ……どう足掻いても、手遅れだった。


 助けられない――敵であっても、救いを求める彼の手を取ってあげることができない悔しさに、蒼斗は力なく項垂れ、拳を握った。



 ――それでも。


 蒼斗は彼の身体を魔術書共々真二つに斬り払った。

 二つの個体と化した彼は床に転がるとゆっくり灰となり枯れ果てた。


「彼もまた、御影の被害者です。せめて、地獄で苦しむことなく僕の手で葬り去りたい」

「……それは、斬る前に言う言葉じゃないのかい?」


 地獄に堕とし損ねたアバドンは冷ややかな目で蒼斗を見下ろした。

 それに負けじと蒼斗は対抗を続け、数拍の睨み合いの末……折れたのはアバドンだった。魔術書も消えたこともあって霧のように姿を消した。


「千葉さん、亜紀さんは……?」

「バチカルが言ったように、息はあるけど精神的にも肉体的にも相当負荷がかかっている。しばらく休ませないと……」

「でもこれから亜紀を背負っていくのはキツいよ」

「俺の結界で結界を張っておくから、一先ず隠しておこう」


 千葉は手に皇帝の紋章を出現させると亜紀を包むように魔力の壁を張る。


「これが、千葉さんの契約魔……」

「十大悪魔のシェリダーだよ。ちなみに、この水魔鏡や狂魔弾が完成したのは、彼の恩恵だよ」

「悪魔の恩恵……」

「さぁ、亜紀はシェリダーに任せて先に行くよ」



 先を行く二人の背を見つめ、蒼斗はピタリと足を止めた。

 それから亜紀の方を振り返り、顔色の悪い頬にそっと触れた。


「亜紀さん……必ず、戻ります。それまで、ここで休んでいてください」


 壁に寄りかからせるように亜紀の身体を安置し、蒼斗たちは最上階へと進んだ。





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