千年の鎖
◆
階段を上がりきったところで、小さな広場に出た。
天井には豪華で煌びやかなシャンデリアが飾られている。
記憶が正しければ、ここは御影がいる玉座の間ではなく小さな催し物が開かれる際に使われていた舞踏の間だったはず。
この奥にさらに階段があり、玉座の間に繋がっている。
「待っていたぞ」
コツリと靴音が鳴った。
見上げれば誰もが知る憎き王の姿があった。
らせん階段をゆっくりと下りる御影の表情は不気味なくらいに穏やかだった。襲撃を受けたというのに痛くも痒くもないということか。
久しく拝んでいなかった御影の姿に、反射的に身を竦めた。
かつての主を目の前にし、条件反射的に服従心が顔を見せてしまった。
そんな蒼斗の様子に気付いたのか、亜紀はさりげなく頭を小突き一歩前に出た。
「ふん、出てきやがったか」
「御影王……っ」
「我をずっと探していたのだろう? ここまで来た労いに、直々に出向いてやったわ」
「あぁ、会いたかったぞ、焦がれるほどな」
そして――。
「同時にこの手で殺してやりたかった」
最大の敵を目の前にして、亜紀は己の内に秘めた殺気を前面に出した。ビリリとした強烈な殺意が肌でも感じられる。
御影は亜紀のそれを心地よいとでも言いたげに鼻で笑った。
「我も待ち望んでいたぞ、APOCの総帥。貴様の数々の愚行は王たる我が直接粛清してくれる」
「やれるものならな」
亜紀は瞬く間に間合いを詰め、御影を射程圏内に入れた。
御影の表情は変わらない。それが異様に感じたが、亜紀は構わず銃を構え発砲した。
数発の銃声が止んだところで様子を窺うと、御影に銃弾は届いていないのか片手を前にかざし口角を持ち上げていた。
「っ、どういうことだ……」
「こんなものが我に通じるとでも思ったのか?」
「そんな……確かに亜紀さんの射程圏に入ったのに……」
「あれはもしかして結界……? そんな馬鹿な」
水魔鏡を確認しても御影の姿は狂蟲に浸蝕されきって異形と成り果てている。
とても正常でいられる訳がないのに、この落ち着き払った様子と結界を張れる余裕さは異常としか言いようがなかった。
「亜紀、何かがおかしい。用心しろ!」
「うるさい! 何にせよ、コイツの息の根を止めてやればいいことだろう!」
亜紀は表情をさらに険しくさせながら蒼魔弾を装填すると蒼斗に目配せした。
それを悟った蒼斗は大鎌を構え、呼吸を落ち着かせた。
自分の鼓動が早いのがよく分かった。
――果たして自分に本当に斬れるのだろうか?
――相容れぬ存在であったとしても、忠誠を誓い尽くしてきた相手の命を奪うことができるのだろうか?
「迷うな」
ビクリと肩が跳ねた。反射的に亜紀の方に顔を向ければ対象を見据えたままだった。
「今更迷ってもどうにもならない。いい加減腹を括れ」
「でも……」
「動く前に悩むな。悩んで動かずに後で後悔するなら、動いてその後に後悔しろ」
今御影を討たなければ、亜紀たちは勿論身代わりになってくれた辰宮や、蒼斗たちを信じて待つ卯衣や奈島たちのこれまでしてきたことが全て無駄に終わってしまう。
階下では篠塚たちが狂魔と命を懸けて闘ってくれている。
蒼斗たちが今ここにいるのは全ての周りの人たちの力のおかげ。
それに報いるためには、目の前の敵を討つこと――ただ、それだけだった。
自分ひとりの思いだけでもう、動くことはできない。
――やらないで後悔するなら、やって後悔するほうがずっとマシだ。
「やっと顔つきが変わった」
「亜紀さん、僕は……」
「今はそれでいい。どんどん悩め。そして自分の答えを見つけ出せばいい」
「……はい!」
亜紀は目を細めると、蒼斗から顔をそらした。
「近衛との約束もあるんだろう?」
「近衛さん……」
「アイツは約束を守らない奴は大嫌いなんだ。さっさと済ませてそのふざけたアホ面見せてやれ」
気に入っているから必ず返してくれ。
そう交わした近衛との約束を思い出した蒼斗は、己の手に嵌められたグローブを見つめた。
この闘いを終わらせなければ、約束を守るどころか彼女に会うことすらできない。
――会いたい。
あの冷たいようで、でも本当は単に不器用なだけの彼女をまた一目でもいいから会いたい。
例え、この想いが淡いものだとしても。
「俄然、やる気が出てきました」
「……本当に、単純な奴だなお前は」
呆れたような亜紀の声に、蒼斗は自覚していた。
自分は本当に、馬鹿だと。
「何人かかろうが同じこと――それを思い知らせてやろう」
御影が鉄扇を取り出したのを機に、亜紀と蒼斗は同時に走り出した。
先手は蒼斗。
振りかぶった第一撃は薙ぎ払い。御影はその渾身の一太刀をたった一つの鉄扇で受け流した。
蒼斗は大鎌の持ち手を変え、柄で急所をそのままの勢いで狙う。
大鎌は戦闘の型が振り下ろすか薙ぎ払うかに限られているため、読んでいた御影は上体をそらして第二撃を流す。
そこに待ち構えていた亜紀が両銃を構え発砲する。体制を崩された御影は銃弾を受けるが、咄嗟の判断で急所を外した。
どちらかが隙を作り、どちらかが攻撃を与える――。
「息の合った攻撃だが、綻びはすぐにでてくるものだ」
鉄扇で蒼斗の一太刀を受ける――入りが甘かった。
閉じていた鉄扇が開き、弾かれると同時に蒼斗は全身に裂傷が生じる。
「所詮はただの付け焼刃!」
「蒼斗!」
蒼斗の身体はいとも容易く柱に叩きつけられ、衝撃で内臓に影響が出たのか吐血し、ぐったりと項垂れた。
これほどまでの力が御影に備わっているとはあまりにも予想外だった。
亜紀は左手に銃、右手に剣を握り、間合いを詰め攻撃に緩急をつけ急所を狙う。
瀬戸、千葉のサポートを受けながら殺気を振るう亜紀のその動きは目で追っていくのがやっとで、今の蒼斗が下手に加勢しようとすれば巻き添えを食いかねない。
本当に自分は非力だということを実感させられた――これが、本当の前線で常に戦い。
着実に経験を積んだ者と、たかだか一年弱戦闘訓練を繰り返してきた未熟者の差ということか。
――しかし、数多の狂魔と戦ってきた亜紀たちを相手に、御影は顔色一つ変えず隙を作ったかと思えば流れるような攻撃で銃弾や剣戟を躱していく。
ダメージを受けるとしたら、ほんの掠り傷程度。
「っ、どうなっている?」
「完全に奴の死角を突いて狙っているはずなのに……」
「どうした、もう終わりか?」
御影は頬に走る一筋の赤を親指でなぞり、静かに訊ねた。
ただの人間が、人並み以上の身体能力を持つAPOC幹部三人がかりでも倒せない。やはり彼も契約を交わしているのだろうか。
――何にせよ、どんなことを手でも、この男の息の根を止めなければならない。
亜紀は後方に下がると詠唱で剣にバチカルの力を集束させ、柄を持つ手に力が籠る。
風が亜紀を中心に巻き起こり、七つの首を持つ悪魔の影が背後で揺らめく。
赤い瞳が悍ましい。
目を微かに開き、立っているのが精一杯の視界は、御影に剣を振り下ろす亜紀を捉えた。
御影の剣と激しくぶつかり合い、発散された閃光が目を眩ませる。
唸るようなバチカルの雄叫びが城中に轟き、瞬く間に起こる爆風が蒼斗たちを壁に追いやる。
――静寂が訪れた時、バチカルの雄叫びの余韻が一層それを引き立たせる。
「っ、亜紀さんは……?」
立ち込める煙を懸命に払い、亜紀の姿を探す。
ようやく晴れた先にいた亜紀は剣を両手で地に突き刺し、震える身体を支えていた。
……ひとまず、無事だった。
「奴はどうなった?」
「あの一撃で亜紀は力をかなり使った。もろに剣で受けていたから、無事じゃ……」
「残念だったね」
亜紀の向かいの煙がゆっくりと晴れていく。
差し込む人口の光の下に立っていた御影は、正常そのものだった。
所々軽傷は見受けられるが、あの一撃を受けてもまだまともに立っていられるほどの余力は残されていた。
「馬鹿な……バチカルの全力を受けてもまだ……!」
浸蝕レベルを視てもその姿は確かに狂魔に成り下がっている。
それなのにバチカルの攻撃を受けてもなお存在を保っていられる。
一体、どうなっている?
困惑一色に囚われた一同に、御影は無理もないと肩を竦めて嘲笑を漏らす。
「貴様は弱い」
「何だと……?」
「弱いが故に、貴様は悪魔に頼ることしか我に対抗する術がない」
御影は手元の分厚い書物の表紙に手をかけた。
そこから放たれる異様な空気に警戒の姿勢を崩せない。
「これが貴様と我の違いだ――現れろ、アバドン!」
地面に大きな亀裂が走った。
裂け目から風が渦を巻いて吹き荒れ、視界を守るために両腕を前に交差させて耐える。
拡大した裂け目は、人ひとり分は優にあるだろう。
そして動きが止まるや否や、ゆっくりとそこから翼と蠍の尾を持った、馬にも似た異形が姿を見せた。金の冠を被っているのがまた異様さを増幅させる。
――これも、悪魔か? いや、これほどまで悍ましいものは悪魔の何者でもないだろう。




