御影摘発作戦
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ゲートを通り、ヘリはゆっくりと薄暗い世界へと舞った。
懐かしいオリエンスの空気。
蒼斗は上空からペンタグラムの歓楽街のように煌びやかなネオンを見下ろした。
そして太陽のない、まるで培養されているかような世界に目を細めた。
こんな世界で生きてきたのかと、寂しくなった。
そんな風に考えられるようなったのも、ペンタグラムで生活するようになったからだろう。
十年前までは、ペンタグラムのようにオリエンスも太陽があって、自分の思うままに、自由に生活していた。
たった一人の暴君が力を持ってしまったばかりに、世界は全て変わってしまった。
……ただ、それだけのことだ。
「……亜紀さん」
「何だ」
「王は……御影は、どうしてこんな虐殺ばかりの……誰も幸せになれない国を作ったんだと思いますか?」
断頭台がこの国の象徴となってしまうくらい、多くの人々を殺めてきた御影。
王に――自分に従う者だけが生きる国。
恐慌政治を敷く今の国が、民を幸せにできると本気で思っていたのだろうか?
桐島重蔵に拾われ、養子として引き取られ、一度だけ王と謁見する機会があった。
ゼロ・トランスに巻き込まれ、名前以外全てを失っても生き残った蒼斗と対峙し、御影は「辛かっただろう」と頭を撫でた。
多くの被害を出した元凶が、あんな憐みの目を見せるだろうか。
蒼斗は未だに、御影の真意が分からなかった。
「……俺たちは奴の下らない錬金術と計画のせいで大切なものを喪った。二度と戻らない、かけがえのないものを」
亜紀はネオン街を見下ろしながら、吐き捨てるように返した。
「だから奴がどんな思いで最後の審判計画を始めたのかなんて知らないし、知りたくもない。奴が大量殺戮者の大元であることは変わらない。俺たちは奴を始末することで、過去にケリがつけられる――そうでないと、俺たちは、前に進めないんだ」
「でも、殺してどうなるんですか? 殺してしまったら、そこに生まれるのは次の憎しみしかないです」
「憎しみが生まれたっていいさ。それは俺が全て受けるだけだ。それで世界に安寧の時が訪れるのなら、迷いなんてない」
「亜紀さんの犠牲で現状が変わっても、亜紀さんはどうなるんですか?」
「どうもしないさ。奴を殺されたことで恨む輩が俺に刃を向けるなら、俺は俺の正義を以て捻じ伏せるまでだ」
「亜紀さんの正義……っ、それじゃあ御影と変わらないじゃないですか!」
そんなの間違っていると亜紀の方に顔を向ければ、同じように亜紀も蒼斗を見据えていた。
揺るがない双眸が蒼斗をじっと捉えた。
「正義なんてもんはな、人の数だけあるんだ。俺がいいと言えば、いいんだ。――誰も俺の思いに、口出しなんざさせねぇよ」
「……っ」
「これは俺がアポカリプスの総帥として、第一皇帝として核に選定されてからずっと掲げてきたものだ。誰にも、譲る気はない」
一体十年前に何が亜紀に起こったのだろうか?
何が、亜紀をここまでさせたのだろうか?
仮に御影を亡き者にして虐殺のない世界が来ても、御影を信仰していた者たちは亜紀を恨み、憎み、刃を向ける機会を窺う事だろう。
それを自らの信念と正義で薙ぎ払ってしまうというのなら、それは権力を振るい従わないものは断頭台行きにしていた御影と変わらないではないか。
それじゃあ……。
「それじゃあ、亜紀さんは……幸せになれないじゃないですか……っ」
亜紀は何も答えなかった。
ただ、一瞬だけ……瞳が揺らいだ気がした。
ここで議論しても仕方がない。
そう言わんばかりに着陸準備を始めた。
「俺はお前とここでやりあうつもりはない。その価値もない」
「亜紀さん……」
「そんなに気になるなら、奴に問えばいい――度重なる罪の真意をな」
ヘリは強引に御影の住む城のヘリポートに着陸した。
降り立つ地上の感触に、ついにここまできたのだと実感し、こみ上げる緊張で無意識に唾を飲んだ。
「行くぞ、蒼斗」
「はい」
核の勅令が来たことで状況は一変した。
亜紀たちが御影の城を攻める間、ペンタグラムに残っているAPOCの捜査官たちは別ルートでオリエンスに侵入し、各要所を陥落させ活動を停止させる。
大々的な作戦に、誰もが気合が入っていることだろう。
同時に、狂魔と対峙する不安もこみ上げてくることだろう。
作戦予定時間が近づき、亜紀は無線に手をかけた。
「これよりオリエンス王御影の摘発並びに亥角愁の確保の任務を開始する。今まで以上に過酷な戦いになるだろう。命を無駄にするな。必ず生きてペンタグラムに帰り、俺の前に戻ってこい」
「「了解、総帥!」」
亜紀の合図で作成が開始となった。
蒼斗は外套を羽織り、大鎌を手に亜紀の後に続いた。
「そーら、お出ましだ」
亜紀たちの侵入は既に知られていたのか、彼らを待ち受けていたのは熱烈な死の歓迎だった。
水魔鏡をかけ、先手必勝とばかりに引き金に指をかける。
狂魔弾はけたたましく火を噴いた。
現れる狂魔は灰となって飛び散り、そうでない衛兵たちは気を失い倒れていく。その上を幾度となく踏み潰して駆け上がり、それを延々と繰り返してく。
「御影のことだ、きっと最上階にでもいるだろうね」
「とっとと行くぞ」
だが狂魔の数は予想を大きく上回って襲いかかり、少しの隙を見せれば不意打ちを食らいかねない。
長い螺旋階段を上り続けてもその数は減ることを知らず、埒の明かなさに舌打ちを漏らす。
「っ、蒼斗後ろだ!」
亜紀の怒声よりもいち早く狂魔が蒼斗へと腕を振りかぶっていた。
気づいた時には目前で、時間が止まったかのような錯覚を体感した。
全ての動作がスローモーションで……狂魔の腕が宙に跳ね飛ばされ、灰になるまで生きた心地がしなかった。
目の前の障害物が消えたことで堰き止められていた時間がどっと溢れるように流れ、蒼斗はその場にへたり込む。
「ボサッとしてんな」
「し、篠塚君……!?」
「――ボス! 東崎総帥ら援護のため到着いたしました!」
「!?」
ようやく最初の踊り場に足を踏み入れると、無線に聞こえるはずのない声が届く。
下から聞こえてくる数多の銃声に、馬鹿なと目を見張る。
呆ける蒼斗の襟首を引っ掴んで立ち上がらせた男――篠塚はAPOCと刻まれた上着を背負っていた。
訓練生ではなく、正式に捜査官として認められた何よりの証だった。
――それでは、無線越しに聞こえた援護班は他の訓練生らのものだというのか。
――そもそも彼は先の事件で謹慎状態だったはず。何故捜査官として認められているのか理解できなかった。
目が零れ落ちてしまいそうなくらい目を丸くさせる蒼斗を、篠宮は眉間にシワを寄せて睨みつける。
「みっともない姿晒してんじゃねぇよ、愚図」
「愚……!? ど、どうしてここに……?」
「瀬戸さんと東崎参謀代理の会話を聞いた」
「はあ!? そ、そんなことしたら後で……!!」
「そんなことは百も承知だ! 俺はお前よりも何倍も賢いんだからな! それよりも、俺たちの目的である御影を討つ機会が来たっていうのに、何もできないことの方が嫌なんだよ!」
「篠塚君……」
「これで借りは返した。自分のことは、自分でどうにかしやがれ」
篠塚は借りの意味が理解できていない蒼斗を放置し、他の捜査官らがと合流したのを確認すると声を張り上げた。
「ボス! ここは俺たちに任せて、先に行ってください!」
「ええ!? 何を言っているんですか、篠塚君!? これだけの狂魔の数なのに……!」
「俺たちの他に時期に応援も来ます。ボスたちは早く最上階へ急いでください!」
亜紀は一度見切りをつけた人間にはそれ以後歯牙にもかけない。
しかし、狂魔を的確に倒していきながら、援護に入る蒼斗の同期らを一瞥する。
――すると、亜紀は銃口を篠宮に向け、蒼斗が息を呑む間もなく発砲した。
パンッ、と弾は微動だできない篠塚の頬を通り過ぎ、亜紀の返答に気を取られすぎて認識しきれていなかった狂魔の額にめり込んで吹き飛ばした。
顔色が一変する蒼斗と篠塚。
一方で、亜紀は何事もなかったかのように元の狩りに戻っており、たった一言言葉を投げた。
「次はないと思え」
亜紀、瀬戸、千葉は互いに目配せすると階段を上がり始めた。
それに出遅れた蒼斗は泡食ったように三人と篠塚らを交互に見やる。
「ほら、行け」
「え、でも……」
「ボスはチャンスをくれたんだ。だから、ここはいいからお前も早く行け」
「亜紀さんが……」
次はない――それは、少なからず亜紀が篠塚らを認識したということ。
一度信頼を失えばゴミのように捨てて気にも留めなくなる亜紀が、そんなまさか……。
どういう風の吹き回しだろうか?
それとも、ただこの場限りで利用価値があると考慮しての判断なのだろうか……。
いや、しかし亜紀は――…。
「篠塚」
狂魔の数が減ってきたところで、篠塚はふと、上空に何かが投げて寄越された物に気づき慌てて受け取る――それは一丁の銃だった。
「狂魔弾が効かないイレギュラーが出てくるかもしれない。まだ試作でしかないが、何かあればそいつを使え」
「ボス……」
「全部で五発入っている。使いどころは見極められるはずだ」
「は、はい……っ、ありがとう、ございます」
「……」
「蒼斗、行くぞ!」
「ほら、さっさと行ってこい!」
「っ、ここはお願いします! 気を付けてください!」
中々動かない蒼斗に痺れを切らした篠塚は、ついに邪魔だと言わんばかりに蒼斗の尻を蹴り上げて追い払う。
最近こんな扱いが多いな、と嘆きながら蒼斗は亜紀たちの後を追って階段を駆け上がる。
途中振り返れば、狂魔に囲まれながら奮闘する篠塚他の捜査官たちが奮闘していた。
いつまでも留まっていても仕方がない、もう振り返ってはいけないと固く目を瞑り、鎌を握りなおして階上を目指した。




