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少年、罪過を喰む  作者: 藤崎湊
FILE1死を視る青年
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特機隊




 強く揺さぶられる身体。

 ぐらぐらと頭がそれに伴って左右に大きく傾き、気持ち悪くなる。――何だ?


「蒼斗! しっかりしろ!」


 どうやら、蒼斗は気を失ってしまっていたようだ。

 ずっしりと重い瞼を押し上げ、こちらを見下ろす覚えのある顔を捉えた。

 背中と腕章に『POLICE』と刻まれた白い軍服に身を包み、活動用の軍帽を被った男。

 傷一つない肌がやけに鮮明で、血の気は少々失せているように見える。汗が額から頬を伝っているせいか、体調が悪そうにも伺える。それは憶測でしかないが。


「祥吾……なんで、ここに……?」


 蒼斗の義兄、桐島祥吾(きりしましょうご)は、蒼斗が目を覚ましたことに一瞬安堵の色を見せた。


「それはこっちの台詞だ。処刑場で襲撃があったと連絡を受けて駆け付けて見れば、この有り様。断頭台は滅茶苦茶、遊具は木端微塵、おまけにお前が倒れている……一体、何があったんだ?」

「ここのすぐ近くの店で買い物していたら鐘が鳴って、それで行って……クロヘビの襲撃現場に遭遇した。本当にあっという間の出来事だった。処刑人は脳幹撃たれて即死、僕も目をつけられて殺されかけた」

「戦ったのか?」

「まさか。丸腰がどうやって改造銃振り回す奴に対抗するの。逃げたよ……その代償があの遊具なんだけど」

「あれが……」


 経費で落ちるかな――そんな義兄の場に似合わない言葉に蒼斗は苦笑しか出なかった。

 仮にも一般市民が殺されかけたのだから、王から何かしら補助手当がくるだろう。


「それで、その後はどうなったんだ?」

「吹っ飛ばされた衝撃でふらふらで、不意打ちを食らって止めに銃で撃たれた」

「撃たれたのか?」

「うん。心臓に、ど真ん中……あれ?」


 蒼斗は胸部に受けた圧力と痛烈な痛みの元凶箇所を示す――が、そこは綺麗さっぱり傷がなくなっており、痣のように肌の一部が紫色に変色しているだけだった。

 確かに撃ち込まれたはずなのに、夢幻だったのかのような胸部。

 蒼斗は首を傾げ、焦燥が込み上げた。祥吾は眉間にシワを刻み、何ともないではないか、と言わんばかりの視線をちらりと寄越す。撃たれた当人にも分からないのだから、説明しようがないが。


「桐島隊長、どうかしましたか?」


 コツコツ、踵を静かに鳴らしながらやってきた女。面識がなかったため、恐らく新しく配属された隊員だろう。その後ろから祥吾の部下らしき軍服を着た男が数人。

 彼らは蒼斗を確認するなり嫌悪の色を隠しもせず、地に転がる腐敗物を見るような目で見下した。正直、この視線をもう受けることはないと思い安心しきっていたため、かなり精神的に応えた。

 祥吾が事の次第を説明している間もそれは続き、状況が呑み込めた彼らの内の一人が、後頭部をガリガリと無造作に掻きながら口を開いた。


「じゃあその人とっとと帰して、調書適当にまいて出しておけばいいんじゃないですか?」

「副島、これは立派なテロ行為だ。その惨状を上に報告することが俺たちの仕事であり、王の傘下である治安維持局の人間としての義務だ」


 副島史則(そえじまふみのり)は祥吾の従弟。

 幼いころから祥吾を慕っていたが、後から引き取られた義従弟の蒼斗のことは、良く思っていなかった。元々封建的な家庭環境下で育ってきたこともあり、よそ者――()()()を下に見る傾向が強くこびりついている。

 尊敬する祥吾に常に気にかけてもらっているなら、尚更のこと。


「それはそうですけど……裏切り者の為に俺たちが手を貸す義理なんてないじゃないですか」


 ――裏切り者。


 その言葉は蒼斗の心に深く突き刺さり、ぐりぐりと抉る。それはあまりも不本意で、あまりにも腹立たしく……歯痒いものだった。

 もう顔すら見たくないと背を向けたことで意思を体現し、副島含めた部下は他の被害箇所の確認に向かった。

 彼らの背を不満げに見据えたのち、祥吾は蒼斗に向き直って肩をそっと叩いた。

 蒼斗の前職――それこそ、祥吾と同じく治安維持局特殊機動部隊――通称特機隊に所属し、第四部隊隊長である。


 ――そもそも、空っぽの彼が現在に至るまでの経緯として、話は十年前の異常天災に遡る。

 十年前、蒼斗は義父、桐島重蔵(じゅうぞう)の管轄の立入禁止区域内――それも震源地付近で発見された。

 当時軽傷だったにも拘わらず意識が戻らず、目が覚めた時には彼の記憶は白で塗り潰されたキャンバスのように綺麗になくなっていた。

 唯一彼が覚えていたことといえば、『蒼斗』という自身の名前だけ。自分が何処の誰で、何故あの区域にいたのか――怪我の原因など全く分からず途方に暮れていた。

 そんな蒼斗を不憫に思い、保護した桐島本人が彼を引き取ることにした。

 蒼斗は助けられたその恩に報いる為、桐島が総隊長として所属する現在の特別機動部隊に入隊。

 誰かの為に自分の持てる力を出し尽くしたい――そんな思いを胸に血反吐が出るような過酷な訓練を乗り越え、努力を重ね続けた。祥吾と並んで隊長を担うこと、そして立派な姿を桐島に見てもらい、恩返しをすることができる。そのことに自信と誇りを抱いていた矢先のことだった。


 ――白昼堂々、銀行強盗が起きた。

 犯人は武装した四人組。中の様子が見られないようシャッターで出入口が遮られ、交渉人がコンタクトを取ろうと図るも梨のつぶて。威嚇のための銃声が一発聞こえただけで、それ以後は静まり返っていた。

 特機隊も人質で手が出せず、桐島ら上官の指示を仰ぐしかなかった。銀行強盗ならば人質を盾に逃走手段など要求を突き付けてくるはず。だが今回の犯人は籠城を続け、息を潜めていた。

 緊張感漂う警戒エリア区域――嵐の前の静けさのようで、蒼斗は言いようのない不安に駆られていたのをよく覚えている。

 それから痺れを切らした上層部はついに桐島を通じ特機隊に突入を命じた。桐島を通じ、各部隊長に指示が言い渡された。

 蒼斗の部隊は裏口からの突入。桐島の合図を待ち……いざ行動を開始しようとした時のことだった。


「……?」


 蒼斗は頭痛……それも脳にダイレクトに突き刺すような強烈な痛みに襲われた。三半規管が麻痺したように身体の平衡感覚が乱れ、片膝をつける。片手で顔を覆い、どっと脂汗が身体中から溢れ出るのを呆然と感じる。

 傍にいた隊員が蒼斗の異常を悟り、両肩に手を置いて顔を覗き込む。その焦点は全く合っていなかった。


「救護班を寄越してくれ!! 隊長の様子が変なんだ!」


 ぐるぐると頭の中が渦を巻いて嘔吐を誘う。蒼斗は隊員の袖を掴み、力なく、何度も首を横に振って懸命に訴えかけた。


「今、動いたら……ダメ、だ……っ、みんな……!」


 いきなり何を言うのだと目を見張る隊員が口を開きかけると同時に、()()は起こった。

 一瞬の閃光のあと……銀行を中心に凄まじい轟音と共に地面が揺れた。

 間髪入れず銀行が粉々になった。こぼれるように溢れる爆炎が引火した油のように勢いづいていく。


 ――アカ、イ。


 建物を粉砕するその威力は、特機隊や騒ぎを聞きつけ興味ありげに顔を出してきた周辺住民の思考を停止させるには十分だった。

 荒れ狂う熱風に誰一人身体がついていかず、気づいた時には瓦礫に呑まれ、後方に吹き飛ばされた。

 状況把握が追い付かない。酷い耳鳴りがする。飛ばされたせいで何処かぶつけたのか、身体の節々に鈍痛が走る。だるさも加わって少々辛いが、幸運にも耳鳴りと軽い打撲程度で被害が少なかった蒼斗は額に手をやり、軽く頭を振るう。脳が頭の中で跳ねまわっているかのような違和感だ。


「……え?」


 ――何もなかった。

 建物の面影も、周辺の店も……生存者の気配も、言葉通り、()()かもだ。

 嵐が過ぎ去り……世界が死んだような静寂がそこには存在していた。時折聞こえるのは、燃えかけの木片がパチパチと軽快な音を立てて炭に変わり果てる悲鳴。

 悲惨すぎる光景を突きつけられ、誰かの叫び声でついに現場は騒然とした。

 野次馬たちの中には知人や恋人が中にいたようで、彼らは絶叫し、更地と化したそこへ、特機部隊員に止められるまで一目散に駆け出していた。


「っ、ただちに生存者の捜索を開始しろ!!」


 生存確率ゼロの状況下で、顔に血の気をなくした部隊が蜘蛛の子を散らすように辺りを駆け回った。

 彼らはひたすら銀行周辺だけでなく爆発による影響が出たであろう範囲全てをあらった。――望みなど決して存在するはずのない、哀れとも思える期待を抱きながら。

 結果、爆発に巻き込まれた隊員のほか数名の軽傷者と周辺建物の損害で事態は収拾した。残酷なことに、従業員含めた人質二十五名は結局発見されず、遺体すら見つからなかった。


 ――さらに問題は、それから数日経った頃のことだった。

 蒼斗に対する命令違反と隊長義務放棄の異議申立てが上がったのだ。内容は、銀行襲撃事件の際、命令に背き蒼斗が突入しなかったことについて。

 他の部隊は命令に従い、爆破に巻き込まれ負傷者が発生した。

 特機隊は常に王に、国に命を捧げなければならず、死と隣り合わせ。

 今日死ぬかもしれない、明日……下手すればあと数時間後かも。

 人の上に立ち、先導するはずの隊長が人質の命よりも己の命を選んだ。

 特機隊としてのプライドを捨て、臆病者に成り下がった、ただの裏切り者だ。――蒼斗に反発した者たちは口々に訴えた。

 確かにこの命は王と国の為に捧げられたものであるが、それよりも前に一人の人間として部下の命を危険にさらすと()()()()いながら命令に従うだろうか?

 蒼斗はあの時、脳裏に確かに突如思い浮かんだ、あの惨劇のビジョンを()()()()のだ。

 あのまま突入していれば、彼だけでなく尊敬してくれる部下全員が焼かれ、吹き飛ばされていた。だから部下を引きとめた、それだけだ。


 しかし未来を予知できた、など言えば小心者のつまらない言い訳だと嘲笑われるのは目に見えている。当時のことを部下が説明しても、恐くなって咄嗟に体調不良という苦し紛れの言い逃れをしただけだ、と一蹴される始末だ。

 弁明できないまま、異議申立てにより蒼斗は隊長の任を下ろされた。


 ――だが、実はこの申立てが祥吾の部下の副島たちが企てた、蒼斗を引き摺り下ろすための仕組まれた計画だった。

 副島たちはただ、突如現れた記憶喪失の曖昧模糊な人間に、憧れの祥吾をとられ、さらにその積み上げられた努力を認められ功を奏し、隊長の地位を掴み取った蒼斗が気に入らなかったのだ。

 ――要は、醜い嫉妬だった。

 解任後、そのことを風の噂で知り、蒼斗は驚愕と同時に事の概観を悟り絶望した。

 期待に応えられるように、人一倍努力をした。

 拾った甲斐があったと……価値を認められたかった。己の居場所が欲しかった。

 その矢先、実に愚かで取るに足らない感情によって、ぶち壊された。まさに骨折り損のくたびれ儲け――対抗する気力すらも削がれてしまった。

 このまま惨めに平隊員として属していても、きっと他の隊員の鬱憤の捌け口にされて終わることだろう。義父にも祥吾にも顔向けできない。

 だから蒼斗は治安維持局を辞め、桐島家を飛び出し、ボロアパートに一人無味乾燥な一日を送る道を選んだ。


「気にするな、蒼斗」


 祥吾の肩を叩かれたことで意識を戻し、蒼斗は引き上げていく隊員たちをぼんやりと見つめた。


「誰が何と言おうと、お前が裏切り者扱いされる筋合いは全くない。それは俺や親父、お前の部下たちがよく知っている。誰の仕業か知らないが、今回の不正は必ず俺が証明してみせる」

「祥吾……っ、ありがとう」

「何も心配するな、きっと大丈夫だ」


 撤収の合図が鳴った。送って行こうという祥吾の申し出をやんわりと断り、広く逞しいその背中を見送る。去り際に本件の調書を取りたいからオフィスに来てくれと告げられたことを思い出し、先が思いやられる。

 何とも言えない複雑な気分になった。

 まさか今度は一般人として治安維持局に足を踏み入れなければならないなんて……。






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