急転
亜紀は白い眼をする蒼斗を手招きして事件ファイルを見せた。
開いて早々に目に飛び込んで来たのは、血塗れの本山の遺体写真だった。
以前生で直接見たとはいえかなり堪えた。衝撃のあまりに蒼斗は近くにあったゴミ箱を抱えて嘔吐し、奈島は悲鳴を上げた。
「テメェ、人のゴミ箱にゲロするとかどういうことっスか! トイレ行けっスよ、トイレ!」
「すいません……あまりにも唐突すぎたもので」
「ふぅん、中々の反応だ、素晴らしい……だがさっさと片付けて来い」
ゴミ箱を持たせて蒼斗をオフィスから追い出した亜紀は、引き続きファイルを読み始めた。
本山優。
バーの裏で仰向けの状態で倒れているのをゴミ捨てに出て来た従業員が発見。銃弾が胴体に六発、手足に一発ずつ、そして喉元に一発撃ち込まれており、接射創が見られることから至近距離から発砲された可能性が高い。
「接射創?」
「銃口と体の距離が近い状態で発砲された時に出来る、皮膚表面に黒く焦げた跡のことだよ」
「さらに、急所をわずかに外してつけられた刺し傷が見られた」
「同じですね、大倉さんの傷と」
「大倉?」
奈島はトイレから戻ってきた蒼斗の言葉に反応した。
「何かあるのか?」
「数ヶ月前、ウチの情報部から例の白井の研究所から膨大なエネルギー反応を感知したと報告があったっス」
「エネルギー……中身は探れたのか?」
「いや。ただ、最期の審判計画に使用されたようなエネルギー反応はなかったっス」
「あの計画は着実に進められている。以前のような反応がなかったにせよ、狂蟲が新たに放出される恐れがあるのは完全には否定できないな」
「で、その時間帯にあの場にいたのは大倉、新條、本山の三人だったっス」
万が一のことを考えてSTRPが研究所の調査に入ったところ、結果は白で何も出なかったようだ。
「いろいろ掘り下げてみても、あの研究所はここ数年に出来たかなり小規模のもので、扱う物質もこれといった危険性は特に見られなかったっス」
「なら、夜になったら二人について奴から聞き出してみるとするか」
「夜を待つ必要はないよ、亜紀ちゃん」
「何?」
――刹那、風を切る音が聞こえた。
続けて小さなガラスが割れる音を捉えた。
パラパラと舞うように散る破片がスローモーションのように床に散らばる。
「しゅ、襲撃!?」
「落ち着け、大丈夫だ」
何事かと早まる鼓動。
咄嗟に構える蒼斗を、亜紀は片手を挙げて制した。
亜紀が動かないというのであれば、本当に非常事態ではないのだろうと悟り、ほっと安堵を漏らした。
ゆっくり音の出どころへ顔を移せば、奈島が昇進した時の写真に矢が刺さっていたのを見て呆然とした。
「うわああああああ!?」
ものの見事に奈島の顔に風穴が開き、大事にしていた写真がお釈迦になったことに目を剥いて悲鳴を上げた。
「オレの写真がぁぁぁ!」
「うるさいよ、奈島君。……わぁ、凄い命中率だね」
「か、角度的にこの窓の隙間から狙ったみたいですね」
矢がオフィスに入って来られるのは換気の為に開けてあった窓の隙間のみ。
蒼斗は外を眺め数百メートル離れた建物の屋上から放ったのだろうと推測。
亜紀は嘆き苦しむ奈島と、強めの風が吹く窓の外を交互に見遣り、顎に手を当てて感心する。それから矢を写真から抜き取り、取り付けられた紙を回収する。
「庵の奴、相変わらず派手好きだな。それにまた腕を上げている」
「一体何だったんですか?」
「ただの配達だ」
「はあぁぁ?」
亜紀が見せて寄越したのは核からの勅命――つまり、先程の矢を撃った人物は、核に仕え、指令をAPOCに届けるただの郵便屋だった。
「普通に配達出来ないんですか! やっていることがおかしいでしょ!」
「那須庵は幼少の頃から弓が得意でな。頭の中はいつも的を射ることを考えているくらいの弓馬鹿なんだ」
「あの野郎……オレの輝かしい栄光の時を的にしやがったっス!」
自分の顔に穴が開いた写真立てを大事そうに抱え、怒りを露わにする奈島を卯衣が抑えている間、亜紀は届いたばかりの手紙に目を通す。
目が文字を辿って行く内にその表情は次第に険しくなり、普段一枚で済むはずの手紙は二枚目へと続いていた。
手紙を読み終え、蒼斗だけでなく奈島たちも亜紀の言葉を待った。
「……どうやら、核は俺たちの仲をさらに悪化させたいようだな」
投げやりに溜め息を漏らす亜紀から手紙を受け取った蒼斗は、ゆっくりと文面を読み上げた。
それはどちらに指揮権を委ねるか否かというものではなく、双方で情報を提供し合い、一連の事件を直ちに処理せよという命令だった。
犬猿の仲のAPOCとSTRPが合同で捜査に当たるという核の勅命。
奈島は目を吊り上げて猛抗議をした。それは亜紀も同じで、指差して喚く奈島の指を捻りあげ額に青筋を浮かべる。
「冗談じゃないっスよ! 誰がこんな悪魔と!」
「無能な猿どもと捜査に当たるなど、こちらから願い下げだ」
「でも、核の命令は絶対じゃないんですか?」
「ダメなものはダメっス! こんな悪魔の化身みたいな奴と一緒にいたら、どれだけ経費がかかり、人員が犠牲になるか分かったものじゃないっス!」
だが自立決定権を持つ機関かつ直接核の命令下には属さないSTRPとはいえ、手紙が届いてしまえば命令に逆らうことは出来ない。
当然、奈島たちSTRPも従わなければ反逆者――咎人となって制裁を受けることになる。
奈島は部下たちに合同捜査を納得させるにはどうしたものかと困り果てた。
「ねぇ二人とも、掟に背いたら私たちが亜紀ちゃんたちを始末しなくちゃいけなくなっちゃうんだよ? 私、そんなことしたくないよ」
「卯衣……」
「いい加減にしてください」
蒼斗は奈島の指を捻り上げ続けている亜紀の腕にそっと触れ、真っ直ぐ見据えた。
「何だ、蒼斗」
「今は些細なことでいがみ合っている場合ではありません。こうしている間にも、二人を狙った犯人は新條さんを探し狙っているかもしれないんですよ?」
「けどよ……」
「新條なら辰宮に任せてあるだろう。アイツもこの世界のプロだ、心配する必要ないだろう」
――するとオフィスの外が騒々しくなった。
「何だ、騒がしいな」
何事かと様子を伺うとドアがノックもなく開いた。
間髪入れず、白いシャツを所々真っ赤に染めた辰宮が雪崩れ込んで来た。
蒼斗は全身が凍りつくような感覚を抱いた。
出血箇所、髪や服も乱れ所々汚れた上着――あの時見た予知夢が、現実になった瞬間だった。
「辰宮……っ、しっかりしろ!」
「蒼斗君、ボス……ごめん、なさい……」
床に倒れこみ、痛みで身体を縮め硬直させる辰宮に蒼斗は驚愕した。
騒然とする状況の中、辰宮は蒼斗の袖を掴んで悔しそうに唇を噛んだ。
「新條が……新條が、近づくなり私に……っ」
「撃たれたのか」
「亜紀ちゃん、急所は外れているみたい」
「それで、奴は何処に――」
「大変です、ボス!」
汗を滲ませた部下が報告した。
「首のない死体がここから数キロ先のゴミ捨て場で見つかりました! 所持品のIDから被害者は例の白井のところの新條慶介かと思われます!」
「何だと!?」
事態は、深刻化しつつあった。
――どういう、ことだ?
ただ一人、蒼斗は脳の状況把握が上手くできていなかった。




