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少年、罪過を喰む  作者: 藤崎湊
FILE2 寄生魂
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手掛かり





 卯衣に男が起きるまで監視を任せた亜紀は、判明した彼の身元についてモニターを使って瀬戸に説明させた。

 別のモニターには男の顔が表示された。


「男の名は大倉透(おおくらとおる)、白井科学技術研究所に所属する研究者。周辺を洗ってみたけれど、犯罪歴も事故歴もこれと言って目につくものはない。完全に真っ白な人間だよ」

「そんな人が殺されかけただなんて……信じられないですね」

「人はいくら前無しでも些細なことで狂魔への道を辿ることもあるってことだ」

「千葉、大倉の所持品は?」


 亜紀は青混じりの長い黒髪を高く纏め、右目にお気に入りのモノクルをつけた男を見た。

 男の名は千葉歩(ちばあゆむ)。十岐川大学の生物学の教授だ。


 表向きは大学の生物教授、医療――特に薬に関することは一流で、裏では主にそちらを基点に活動している。また、APOC全ての捜査官のカウンセラーも受け持っている。


 千葉は手元の資料を見て首を横に振った。


「ものの見事に何もない。彼は文字通り丸腰の状態で虫の息にさせられたようだな。それと、彼の身体にあった銃創と切り傷だけど、別人のものだということが分かった」

「じゃあ、犯人は複数ってことですか?」

「恐らく。まったく、一般人に何て事をするんだか」


 千葉は肩を竦めた。そして「ただ……」と、言葉を続けた。


「興味深いことに、彼の胃の中にこんなものが入っていたよ」


 亜紀に投げて寄越した物体は、イチョウの葉のような扇状の形をした、黒い金属製のもの。


「犯人が狙っていたものはコイツのようだな。奪われまいとして飲み込んだんだろうが……何だ、これは?」

「それを調べるのが君の仕事だろう?」

「俺の仕事は乖離点の番人だ。浸蝕する狂魔及び御影関係者を摘発、始末するだけ。そっち方面は彦の仕事だ」

「はいはい、まったく血の気が多い子だねぇ」


 今にも噛みつきそうな亜紀に対し、千葉は悠々として笑顔を浮かべているだけ。

 瀬戸はそれが気に入らないのか、盛大に咳払いをして亜紀の注意を自分に向かせようとしている。その目にはモニター越しでも怒っているのがありありと分かった。

 亜紀を崇拝する彼を相手にすると面倒だ、という意味を込めた溜め息を、蒼斗は胸の内にしまった。


「ねぇ、僕を放ったらかしにするならもう通信切るけど?」

「悪いな、彦。続きを頼む」


 亜紀はいつも邪険に扱うのとは正反対に、拗ねる子供をあやすような口調で話を促す。

 瀬戸の扱いを完全に理解している亜紀だからこそ、ここまで彼をコントロール出来る。



 瀬戸はさらに、大倉には一人息子がいたこと、それから彼は高校時代からの友人の新條慶介(しんじょうけいすけ)本山優(もとやますぐる)と同じ研究所に所属していたことを報告。



「本山優って、確か今日通報があった……」



 その名を耳にすると、パソコンから今日報道された惨殺事件の詳細を取り出す。



「本山さんが殺され、大倉さんが瀕死の状態……偶然でしょうか?」

「そいつはSTRPのファイルを見ないことには断定しようがない。奴が全部持っていっちまったからな」

「奴……? もしかして、あのスカシ眼鏡のことかい?」

「げっ」

「ひ、彦さんがハッキングして情報を拝借~なんていうのはどうですか?」

「……君も中々いい性格しているよね、工藤蒼斗。今度会ったら絶対エーイーリーで躾ける」

「なんで!?」


 蒼斗は笑顔で額に青筋を立てる瀬戸に目を丸くさせ、亜紀は愉快そうに口元を三日月に歪め、千葉は苦笑しながら首を横に振った。


「彦君を咎人にする気かい?」

「どういうことですか? だって彦さんは人が嫌がるくらいのいろんな情報を持っているじゃないですか」

「STRPのシステムをハッキングして情報を得ることは核から禁止されているんだよ」

「僕たちはあくまで狂魔がペンタグラムに侵入しないよう防ぐ境界の番人。核やSTRP側からの許可が来ない限り、干渉することは出来ないんだよ」

「掟を破った者は咎人として扱われ、俺たちが始末しないといけないんだ」

「でも、東城さんは特機隊摘発のことを知っていましたよ?」

「それは後日に手に入れた話だろう? STRPと俺たちは役割が違っても根本的な目的はペンタグラムを守り、根源の御影を潰すことだ。捜査中の話でなければ、情報を収集することは別に問われることじゃない」

「……次会った時は覚えておくんだね、工藤蒼斗」


 殺気に満ちた眼力を向ける瀬戸に蒼斗は肩を深く落とした。


「さて、こうしている間にも時間は進んでいる。――千葉、マスコミには大倉は死んだと伝えているだろうな?」

「バッチリな」

「どうして死んだことにする必要が?」

「本山の一件は別として、事件が発生した時間は夜――大倉の一件はウチのヤマだ。犯人は相当狂蟲に浸蝕されているだろうから、早期に始末しないとならない。こっちは生憎何も準備が出来てねぇから、それまでの足止めだ」


 大倉の傷の具合からして、訓練した人間でなければなせるものではないと千葉は説明。

 犯人の手掛かりとして、戦闘技術が身についた人間、もしくはそれに匹敵する護身術などを心得た人間と推測出来る。


「……?」

「どうした、蒼斗」

「いえ……っ」


 ザザザ、と再び砂嵐が襲った。




 ――薄暗い工場のような建物だろうか。


 錆びれ朽ちた壁が天に伸び、窓から差し込む明かりがぽつりぽつりと辺りをか細く照らす。

 汚れきった壁に背を預け、肩で息をする女がいた。仰け反ることでジリ、と髪が錆びた壁と擦れようが気にも留めず、時折咳き込む。

 片手は赤く滲む箇所を強く押さえ、もう片手は口元を覆う。掌には血が付着し、グローブを赤く濡らす――相当重傷を負っている。



「っ、亜紀さん……!」

「何だよいきなり」

「近衛さんは今単独任務に就いているんでしたよね!?」


 唐突に胸倉を掴んで訊ねる蒼斗に面食らった亜紀。あまりにも切迫した気迫の様子に、とりあえず頷いて答える。


「今何処に……近衛さんは今、何処にいるんですか!?」

「ちょっと工藤君、そんなに慌ててどうしたの?」

「っ、近衛さんが危ないです!」


 落ち着かせようと触れる千葉の手を乱暴に振り払い、縋るように近衛の居所を訊ねる。


「……どういうことだ?」

「今視たんです! 近衛さんが、見知らぬ工場のような場所で重傷を負って倒れているのを! あのままじゃ大変なことになってしまいます!」

「近衛が何だって?」

「お願いです、近衛さんをすぐにペンタグラムに戻してください!」


 ここまで取り乱す蒼斗を目にしたのは初めてだった。

 それが近衛となると尚更のことで、その勢いは凄まじいもの。亜紀は揺さぶる蒼斗の手を振り払い、少し考えた素振りを見せると、瀬戸と千葉と視線を交わす。



「――分かった」

「亜紀!」

「近衛に危険が及ぶのはこのペンタグラムなのか?」

「はい、それは間違いありません。オリエンスのような天候ではありませんでしたから」

「なら近衛には現任務中断及び帰還待機という措置を取る。分かったな、彦?」

「……分かったよ」

「亜紀さん……ありがとうございます!」

「総帥として当然のことをしたまでだ」


 涙ぐむ蒼斗を一瞥し、注がれる強い視線を素知らぬふりして煙管を口にくわえる。



「……話を戻すぞ。千葉は卯衣の代わりに大倉を頼む。俺と蒼斗は本山の事件を聞きにSTRP本部に行く。彦は今回の事件に繋がるあらゆる情報収集を怠るな。それから、念のため辰宮に新條を探させろ。白井のもとで働いている人間が狙われていることから、奴も無関係とは考えにくい」


 了承した瀬戸は、来客の知らせがあったのか通信を切った。

 千葉は辰宮に渡すための新條のデータを亜紀から受け取ると、零号館を後に。


 亜紀は卯衣に大倉をAPOCの保護施設に移送させ、こちらに合流するよう指示を出した。

 亜紀曰く、卯衣の存在は不本意ながらこれから向かう場所には必要不可欠らしい。


「でも、どうして卯衣ちゃんを?」

「それは向こうに行けば分かる。気に入らないがな」


 同じペンタグラムの人々を守る機関に行くというのに銃を用意する亜紀の表情は険しかった。





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